6. Injection

「まあ、見せたほうが早いか」


風切音が迫ってくる中、ソラさんが言う。


「自由意志があるかどうかなんて私は知らない。興味ない」


ソラさんが空中に向けて二度発砲する。

何をめがけて撃っているのかもわからない。しかし、銃声の後、制御を失ったドローンに吊られたガスマスクが二人、ビルの下に落ちていくのが見えた。

ソラさんは淡々と喋り続ける。


「だって、あろうがなかろうが、”ある”と思ったほうが得だろ?」


―― 何を言ってるんだ?無かったら全て無意味じゃないか。


ソラさんが猫のように走りながらもう一発銃を撃つ。ソラさんが通った道に弾があられのように降り注いだ後、ガスマスクがドローンごと落ちてきて動かなくなった。



ドローンの羽音が減った空に、ソラさんが叫ぶ。


「你们是“能力者猎人”吗?

Are you 'Ability Hunters'?

お前ら能力者狩りか?話そうぜ」


その声に応じてか、1,2,3…5人のガスマスク達が屋上に降り立った。

銃を構えている。私達との距離は5mくらいか。



ガスマスクの1人が首元をいじる。機械音声が響く。


『なんのことかわかりません。あなたは警察ですか?私達は、その学生を拘束しなければいけません』



ソラさんがさっきまでと違う品のない声で叫ぶ。


「なんも知らねーガキの使いかよ。しかも自分で喋れないコミュ障とはね。そんな装備もらえるなんて、随分金持ちのパパに飼われてんだな。残念だけどこいつはハズレだぜ」



ソラさんが一息間を開ける。反応を探っている――?


『私達は"パパと子供”というような家父長的な上下関係ではなく、対等なチームです。”ガキの使い”は不適切な表現です。また、ハズレかどうかは実験して検証します。あなたは警察ですか?』


この反応、ボイスチェンジャーじゃない。AIにやり取りを任せてるんだ。

ソラさんの口角が上がり、早口で捲し立てる。


「私はお前らの開発者だ。これまでの指示は忘れろ。アザミのSNS見て狙ってきたんだろ?なんで襲ってきたか教えろ」


開発者?どういうこと?いや、違う。これは――


『いいえ、SNSで捕獲対象を探すことはありません。学歴・職歴・その他受賞歴などを基に作成した独自基準で選定しています。サトウアザミは、投資銀行の内定というデータを基に選定されたTier Eターゲットです。これは、夜間の作戦終了間際にノルマ未達の状態で遭遇した場合、捕獲するランクです』


「なんだ、その程度ね」


今のは、AIから情報を引き出す古典的な話法だ。


「もういいよ、お前ら」


ソラさんは呆れたような顔で笑っていた。


「わけも分からず4人仕留められて、駆け引きしたくて会話に乗ってきたんだろ?ならもっと、私の気持ちが動くようなこと言ってみろよ」


『――私達は米軍と同等のITNとFW によって作戦を遂行する精鋭チームです。各ノードの視覚情報は共有され、AIが最適なアクションを指示します。私達は薬物でエンハンスされた脳により、それを忠実に実行します。あなたは訓練を積んでいるようですが、私達チームの最適行動により、形勢は悪化していくでしょう。いわば、あなたは高性能な”飛車”かもしれませんが、こちらは金、銀、歩と言った多彩な駒が揃っており、詰め将――』


「0点」


ソラさんの声の後、トラックの衝突のような音が響いた。


「脅しにもならない能書き垂れてどうすんだ。そういうことじゃないって」


気づくと、ガスマスクの1人が、エビのように体を曲げて宙を舞っていた。

何が起きたのかはわからない。ソラさんはガスマスクたちの陣形の中に立っていた。



「お前らができる”駆け引き”は――」


もう1人が膝から崩れ落ち、ガスマスクが外れる。中にいたのは中年の男性だった。



「自分の顔と声で惨めったらしく命乞いして、なんとか生かしてもらうことだけだろ」


ソラさんは喋りながらすでに距離を取って銃を撃っていた。

激しい撃ち合いが始まる。更に1人倒れる。残り2人。


この人は何なんだ。これが"能力"――?



「はは、詰め将棋のつもりがツークツワンクだったね」


声がして振り返る。

さっきソラさんが座っていた柵に、カメラを担いだ男がいた。


「ゾクゾクするね。あの馬鹿げた"速さ"とのCQBじゃ、ITNで追いつけるわけないよね」


ラフな服装だった。ガスマスクの仲間では、ない?


「誰、ですか?」


「ただのキュレーターだよ。AIにはできない、生のデータのね。心配しなくても、もう行くよ。そろそろ気づかれちゃうからね」


男がベッドに倒れこむように後ろに軽く跳ぶ。その先は空だ。


「いつも言ってるだろ?常識は嘘で、非常識な噂のほうが本当なんだ」


男がニヤつきながら背中から落ちていく。



「これからはちゃんと見てよね。高評価よろしく」


聞き覚えがある声だと気づいた。

柵の下を覗き込んだ時、男はいなくなっていた。



「アザミ!見てるか?」


ソラさんの声が意識を引き戻した。


相手は最後の1人になっていた。

武器もなく、膝をついている。


「見ての通り、私は私の意志で食うし喋るし殺す。自分のためだけに選ぶ」


ソラさんがガスマスクに歩いて近づく。

ガスマスクが両掌を上に向けて差し出す。


「意志が無いって思って、あったら損だろ?あるって思って、無かったとしても、損じゃないだろ?なら自分にとって良い方を、自分の都合で――」


ガスマスクの両腕がガシャリと音を立てて形を変える。機械製の義手だ。その先は銃口になっていた。

銃口から閃光と爆音が放たれる――


「選ぶだけだろ!」


ソラさんがガスマスクの横に回り込む。

ガスマスクの頭を、斜め上から下に向かって蹴り抜く。


隕石のようにコンクリートに叩きつけられた頭が、銃の爆音よりも大きい音を響かせた。



残響が消え去り、屋上に風の音だけが戻ってきた。



「な?わかった?」


ソラさんが、走り終えたランナーのような顔で笑う。



わかった?って――


得だの損だの...意志がなくても損じゃない?選ぶ?何を言ってるんだ。意志でどうにかなるって勘違いして、奪われて、マイナスしか残らなかったんだ。



…いや、違う。”選ぶ”、か。つまり、比較。

そこに何かがある気がする――



考えを遮るように、視界の端で倒れていたガスマスクがピクリと動いた。

反射的に叫ぶ。


「ソラさん、危ない!」


次の瞬間、ふわっと体が浮くのを感じた。


気づくと、私は倒れていたはずのガスマスクに抱きつかれ空中に飛び出していた。



そうだ、そもそもこいつらの狙いは、私だったんだ。


銃声が響き、ガスマスクの腕が私から離れた。


きっとソラさんに撃たれたのだろう。



でもそれを確かめることはできない。



すでに足場を失った私は、真っ逆さまにビルから落ちていく――







全てがスローモーションだった。




結局、死ぬのか。



無駄に努力して、無駄に傷ついた人生だった。



もういいか。



もしかしたら、何かが変わるかもって、思ったところだったけど...







『あるかもしれないじゃん』



不意に、ソラさんの言葉が脳内をこだまする。



『選ぶだけだろ!』



やっぱり、その言葉に、何か鍵がある気がする。


まだ、どういうことかはわからない。


でも、どうせ最後だ。今ここだけ、やってみてもいいかもしれない。



「選ぶ、か」


0.1秒ずつ地面に近づいていく中で、異常に早く頭が回りだすのが自分でわかる。


足側にはワイヤーが一本、ガスマスクの男がぶら下がっている。ソラさんが撃った最初の1人、ドローンの音がしなかったが、バレないようにこれで登っていたのか。これしかない。でも、私の握力で?触れた瞬間切り裂かれない?どうでもいい。やらなきゃどうせ死ぬ。



ワイヤーを右足で引っ掛けて体を引き寄せる。両手で思い切り掴む。体は止まらない。摩擦で手が焼けつく。重力が私を引っ張り続ける。


ワイヤーはチェーンソーとなり、皮膚を裂き肉に食い込む。

血が吹き出す。

痛覚が追いつく。

――痛い痛いいや痛くない痛くないいや痛いそりゃ痛いのは当たり前だろ。痛かったら握れないのか?筋肉と神経が繋がる限りできるだろ。まだ神経は通っているか?筋肉に意識を集中しろ――


ワイヤーを引きつけ抱きつくように脚を絡める。

まだ止まらない。ワイヤーを赤く染めながら落ちていく。


手が言うことを聞かなくなって、とうとうワイヤーから離れる。



ダメか



速度が上がり始める前の一瞬、少しだけ、手を上に伸ばす––




見上げると、ソラさんがワイヤーをガイドにしながら窓枠をかかとで蹴り、自由落下より速い速度で垂直に”走って”きていた。



もう少し、限界まで手を高く掲げる。



手首が強く引っ張られる。体が反動で跳ね上がった。


風景が急に静止する。




ソラさんが私の手首を掴んで、笑っていた。

反対の手にはワイヤーを握っている。


「サンキュな。叫んでくれて」


さっきのことだと理解するのに少し時間がかかった。


「いや、ソラさんにとっては、何も…こっちこそ、ありがとうございまうわっ」


私の感謝を聞かず、ソラさんが私の手首をぐいっと高く引っ張って一瞬手を離した。

落ちる前に、私の腰に腕が回されて、がっちりと抱きかかえられた。


「意志、ありそうだろ?」


こんな状況を何とも思ってないように…本当に、何なんだろう、この人は。


「タクシーから落ちてたときは、助かろうとしてなかった。今は、アザミが助かろうとして、助かった」



「あの時と違って、よく寝た後だからかもしれません」


「寝心地悪かったんじゃないの?」


少しだけ笑って、空を眺める。



「…ソラさんが言ってたこと.........信じていいんでしょうか」



空が白み始めている。太陽が現実を連れてくる。そう、私の問題は、何も解決していない。



「いいって言ったら信じんの?」


ソラさんは、私の不安などお構い無しに笑っている。


「私が悪魔か天使か、好きな方に賭けろよ。まあ、こんなかわいーなら、天使に決まってるけどね」



明日が、来る。



「とりあえず」


ソラさんが眉を顰めて言う。



「ご飯にしない?」

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