コーヒーフロートの群れ

@oyadatabon

第1話

もし生まれ変わるとした時にあなたに出会う人生だったからもう一度自分に生まれる変わるよ


あなたに人生の全部は預けられない


添加物まみれのソフトクリームみたいに甘い言葉とオフィス街でひっそりやってるいい雰囲気の喫茶店のブレンドコーヒーくらい苦い言葉

驚くことに同じ人物から言われたものである。


「紅生姜とネギ大盛りでお願いしまーす」

「僕麺少し硬めで」


会社近くのいつものラーメン屋でいつものトッピングを頼むいつもの後輩


「へぇー、なかなか堪えそうっすねそれ」


自分が聞いてきたから話してやってんやろ

もうちょっとマシな反応はないんかなどと思いつつ


「そりゃ堪えたよ、泣けるで」

「先輩も泣くんすねー」

「うるさい」


季節外れの雨で作業を中断せざるを得なくなり

いつもより早めの時間に来店してみたがランチタイムを少しずらすだけで雰囲気がガラッと変わるもので男2人恋愛トークをしたって違和感を感じないくらいには静かなものである。

もうすぐ今勤めている会社を辞めることを決めている自分はこのラーメン屋も来れなくなるなーなどと窓の外を眺めて物思いにふけっていたのだが


「先輩の好きな人の話してくださいよ!」


インド映画の主人公みたいな笑顔で不意に脇腹にボディーブローみたいな話題を振ってこられたのである。顔黒いなあ。


「やだよ、もう終わったもん」


「辞める前にお願いしますよー、先輩結局その話一度もしてくれないじゃないですか寂しいっすよ俺」


雨のせいなのかいつもと違うこの静けさのせいなのかはたまたインド映画の主人公に寂しそうな顔をさせてしまった後ろめたさからなのか、いやホントは誰かに聞いてもらいたい気持ちがあったんだろう


「言葉を大事にする人かな」


したり顔でニヤけるインド映画の主人公


「他にもいっぱいあるでしょ、ほらほら」


人生最後の恋だなんて意気ごんでいたものの撃沈してはや3ヶ月。いまだに毎日なんやかんや彼女のことを考えてはいるものの誰かに彼女との話をするのは初めてかもしれない。


「いつもなんかを守るためになんか戦ってる人」

「なんすかそれ、全然わかんないっす」

「本が好き、それで仲良くなれたんやと思う」

「それはわかりやすいっすね」


彼女の1番好きな作品を読んだことがあったのが幸運だった。綺麗な文章を書く作家さんだなでも内容は中々くるものだななんて思いながら読んだ覚えがある、もちろんこの本が好きだって教えてもらって読み直しもした。本棚に残しておいてくれた母よグッジョブ。


最近は落ち着いたものの20代の頃はラッパー顔負けのビーボーイファッションに身を包んでいたもので読書が趣味ですなんて言ったって信じてもらえないしそういう話ができる友人には恵まれずに専らそういう話は母としかしてこなかった。


30を過ぎてそういう話ができる人に出会えたのは我ながら運がいいなと思う。惹かれるのはさもありなんって感じだったのかもしれない。


「言葉を大事にするかー、先輩も名言メーカーっすもんね。いつもくらってます」

「名言メーカーは悪口やろうが」

「やーまん」


いつもの心地の良いノリに思わず笑みが溢れる


「じゃあ先輩がその人に言われて嬉しかったことと悲しかったことってなんですか」


・・・・・


「僕からしたら先輩は頼れる先輩って感じしかないんすけど厳しくないっすかその人」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、その子の言うとおりなんよ」


彼女には自分の全部を見せたと思う。なかなか自分でも情けないところばかり引っ張り出してきたもので思い出すだけで顔を伏せたくなってしまうものである。もっとカッコつけてればよかったのだろうかとも思うがもう遅いし顔を上げて考えてみればそこにあまり後悔はない、自分のカッコ良さや男らしさなんかを犠牲にしても彼女に伝えたいことがあったのだ。


「お前の知らん俺のことをぜーんぶ知ってるからな、多分俺のこと世界で1番わかってる人やと思う」

「それはやばいっすね、大事にしないと」

「ね、めちゃめちゃ大事よ今もこれからも」

「どんな人なんやろ会ってみたいな」


お待たせしましたーラーメン並麺固めと紅生姜ネギ大盛りトッピングでーす


「コーヒーフロートの群れみたいな人」

「先輩マジでわかんないっす、なんすかそれ」


エンディングムービー中のダンスくらいの笑顔で爆笑する主人公につられて笑ってしまう。


「それがさ上から見たらすっごい美味しそうなでっかいソフトクリームなんやけどさ、いただきまーすって飛び込んだら中はすっごい苦いコーヒーなんよ、それもでっかいジョッキとかじゃなくて細いグラスがいっぱい集まってんねん」


なんとかコーヒーを飲み干して上に登ろうとするもののふんわりやんわりのソフトクリームーが掴めずに隣のグラスに落ちてしまう。彼女との日々はまさにそんな感じの毎日であった。

コーヒーがなかなか飲み干せずに溺れそうになったこともあるし、飲むのを諦めようと思ったこともあった。


「じゃあ先輩は、巨大な飲み物と戦ってたんすね」

「そう。甘くて苦くてでっかくて掴みにくいやつと」


全部は飲み干せなかった。きっと人と人とが完璧に理解し合うなんて到底無理なことでそれは自分も彼女もわかっていることでだからこそ自分のことをこんなにも理解してくれた彼女のことを少しでも多く理解してあげたかった。今はどうだろうか、彼女の大切なものがなぜ大切なのかそれくらいは理解できているんだろうか


「おいしかったっすか?」


偶にこういう質問をしてくるからこの後輩は憎めない。主人公だけじゃなく名脇役までこなそうとする凄まじいポテンシャルだ


いろんな思い出が駆け巡る。きっと脳みそだけじゃなく心臓から血管から目には見えないような細かい部分にまで、良いことも悪いことも噛み締めて


「めっちゃおいしかった」


多分ちゃんと笑えてたと思う


「さすがっすね先輩、僕は醤油味くらいが丁度いいっすわ」


ラーメンをすすりながら気のない返事をしてくるさっきまでのポテンシャルはどこへいったのやら


「俺はさソフトクリームも好きやけど苦いコーヒーの方が好きなんよ」


少し硬めに注文しておいてよかった。今が1番食べごろだ

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