第2話 またまた美少女から相談なのだが

 星川みなと。

 金髪っぽい明るい色の髪に、軽いメイク。

 いわゆるゆるギャルというやつだ。

 クラスでも人気が高く、男女問わず距離感が近いタイプ。


 そんな彼女から『話したい』とメッセージが来た。


 いや、無理だろ。

 絶対、俺の手に負える相手じゃない。


「なんでだよ……」


 スマホを見つめたまま、俺は路上でしばらく固まっていた。


『今日時間ある?』


 この文面が、ほんの数秒前の俺の幸福な日常を崩壊させている。


「会話すらまともにしたことない相手から相談ってどういうことだよ」


 しかし、既読をつけた以上、返信しないわけにはいかない。

 俺は震える親指で、恐る恐るメッセージを書き込む。


『少しなら時間あるよ』


 送信してしまった瞬間、自分で自分にツッコミたい衝動が湧いた。


(俺、なんでOKしたんだ!?)


 しかし、その直後に返事が来た。


『よかった! じゃあ明日の放課後、中庭で!』


 強制決定かよ。

 完全に逃げ道を塞がれた。



そして翌日。


 放課後、中庭。

 夕陽が校舎に反射して眩しい。


「帰りたい」


 俺は一人でベンチに座り、心の中で地面にめり込みたいほどの気分で待っていた。


 そのとき


「おっ、宮下! 来たじゃん!」


「うわっ!?」


 背後から肩を叩かれ、俺は飛び上がった。

 振り返ると、星川みなとが屈託なく笑っていた。


 距離感が近い。

 普通に近いんじゃなくて、なんか近すぎる。


「そんなビビらんでもいいじゃん。あたしに食べられると思った?」


「い、いやその」


「冗談だってば」


 みなとは笑いながら俺の隣に座る。

 当たり前のように近い距離に座るから、余計に落ち着かない。


「でさ、相談ってやつなんだけど」


「は、はい」


「なんかさ、宮下って、女子から相談されてるらしいじゃん?」


「まぁ、そうですね」


 昨日の噂の拡散スピード、異常すぎない?


「ひかりん(日向ひかり)と話してたって聞いて、びっくりしたし」


「そ、それは……!」


「葵(黒瀬葵)とも二人で図書室で話してたって噂も聞いたよ?」


「………………」


 俺は俯くしかなかった。


(もう俺の教室内でのステルス性、完全に失われてる)


 そんな俺の沈黙を見て、みなとはクスクス笑った。


「いや、別にいいじゃん。モテ期ってやつでしょ?」


「いや、そんなわけ」


「は? あるでしょ」


 なぜか断言された。


「んで、あたしも宮下にちょっと聞きたいことあるってワケ」


「な、なんで俺に?」


「だって、話しやすそうじゃん。それに、宮下ってガチで悪いこと言わなさそうだから」


「どういう褒め方?」


「褒めてんの!」


 そう言って、みなとは足をぷらぷらさせながら、少し言いにくそうに口を開いた。


「でさ本題なんだけど」


 いつもの明るい調子が消え、声がわずかに低くなる。


「あたし、実は好きな人いるんだよね」


「!」


 またか!


 なんでこう毎日毎日、新しい女子に好きな人が出現するんだ。

 俺の生活はどうなってるんだ。


「そ、そうなんだ」


「うん。でも、ちょっと事情があってさなんか素直になれないっていうか」


 事情?

 なんか今、意味深ワードが出た気がする。


「その人、どんな人なの?」


 俺が恐る恐る尋ねるとみなとは急に目をそらした。


「優しいんだよ。その人。すごく」


「ほう?」


「んだけどさ、あたし、たぶんその人の前だと、うまく笑えないっていうか。素でいられないの。変だよね?」


「べ、別に変じゃないと思うけど」


「だよね。あーなんか、こういうの言うの、めっちゃ恥ずかしいんだけど」


 みなとは足先で地面をこすりながら、もぞもぞしている。


 ギャルのくせに妙に純情だな。


「それでさ、その人とどうやって距離縮めよっかなって思って。宮下、なんかいい方法知らん?」


「う、うーん……」


 昨日までの俺なら絶対答えられない相談だった。

 しかし、いまの俺には少しだけアドバイスができるようになってしまっている。


 日向ひかり。

 黒瀬葵。

 その二人の相談が、確実に俺の経験値を上げていた。


「距離を縮めたいなら作られた笑顔よりも、素の状態を見せるほうがいいと思う」


「素?」


「うん。意識して笑おうとしなくても、自然でいいんじゃないか?」


「で、でも素のあたしって可愛くないじゃん」


「いや、そんなことないと思うけど」


「なんで断言できんの?」


「ん? いや普通に、可愛いと思うけど……」


 言ってから気づいた。


(やべ素で言ってしまった!)


 みなとは目を丸くしそして、頬を赤くした。


「なに、急に。そーゆーこと、さらっと言うタイプ?」


「い、いや違…! 違うけど!」


「ふーん宮下、意外とやるね?」


「そ、そんなつもりじゃ!」


 みなとは少し笑って、しかしすぐに真顔に戻った。


「でもさありがと」


「え?」


「そう言われると、ちょっとだけ勇気出たわ。

 素でいればいいって言われたの、たぶん初めてかも」


「そ、そう?」


「うん。だからさ。あたしも、また相談してもいい?」


「……え?」


「宮下さ、意外と聞き上手じゃん。だから、また頼るかも」


 みなとは照れたように言ってから、ベンチを立った。


「じゃ、今日はありがと!」


「あ、ああ」


 中庭を去っていくみなの後ろ姿を見送りながら、俺はため息をついた。


「俺、なんでこんなことになってるんだ」


 三日連続で美少女たちから相談される人生。

 これはもう、完全にバグっている。


「絶対勘違いしちゃだめだぞ俺!」


 自分に強く言い聞かせた。


 ところが。



 翌日。

 教室にて。


「宮下、ちょっといい?」


「なっ…!」


 ひかりが俺の机の前に立っていた。


 そして、


「あのね前言ってた距離の縮め方、試してみたんだけど」


「う、うん!」


 ひかりは指先を胸元で絡ませながら、小さな声で続けた。


「そしたらその人と、ちょっとだけ仲良くなれた気がして。それで宮下くんに報告、したくて」


「ほ、報告!?」


「うん。宮下くんに聞いてもらいたくて」


 その頬は、うっすら赤い。


(た…たまらん!!)


 が、俺は耐えた。

 これは相談だ。恋愛じゃない。

 ここで勘違いしたら終わりだ。


「そ、それはよかった!」


「うん。でもね」


「?」


「もっと仲良くなりたいからまた協力して、くれる?」


 ひかりは熱を帯びた目で、じっと俺を見てきた。


(む、無理!! 心臓が耐えられん!!)


 だが、俺はうなずくしかなかった。


「もちろん……」


「ありがと。ほんとに宮下くんって優しいね」


 またその言葉だ。

 俺の弱い部分に刺さるやつ。


 ひかりが自分の席に戻っていくのを見ながら、俺は机に突っ伏した。


「これ本当に、大丈夫か?」


 恋愛相談地獄。

 その中心にいるのは、なぜか陰キャの俺。


 この先、一体どうなるんだ。





 翌日、教室に入って三秒で察した。


(なんか視線が多くないか?)


 いや、もともと俺なんて誰にも注目されない存在だ。

 だから多少視線を感じるだけで違和感がすごい。


 しかも今回は、明らかに女子の視線が多い。


「ねぇ、昨日のあれ本当?」


「うん宮下くんと話してたって」


「ひかりと?」「葵も?」「みなともだったよね?」


 名前が全部聞こえてるんだが。


(やばいやばいやばい!)


 完全に噂が広がっている。

 ただでさえ目立ちたくない俺のクラス生活が、いま崩壊しはじめている。


 そんな中、その元凶のひとりが近づいてきた。


「宮下くん、おはよ」


「ひ、ひかり」


 日向ひかり。

 クラスの中心にいる美少女で、なぜか俺に恋愛相談をしている張本人。


 彼女はいつもよりちょっとだけ距離が近い気がする。

 いや、気のせいじゃない。


「昨日の続き、放課後で大丈夫?」


「つ、続き?」


「うん。また相談したいこと、あるから」


 その言い方が妙に柔らかくて、俺の心臓は不穏な跳ね方をする。


「た、たぶん大丈夫」


「ありがとう」


 ひかりは嬉しそうに微笑んだ。

 それを見た周囲の女子が、なぜかざわつく。


(まずい。絶対まずい)


 しかし、さらに追い討ちが来た。


「宮下、昨日のあれ言ったやつ、あれマジ嬉しかったんだけど」


「み、みなと!?」


 星川みなと。

 昨日、中庭で素でいればいいと言ったら、ガチ照れしていたギャルだ。


 彼女は俺の机に前かがみで寄りかかってくる。


「今日も時間ある? ちょい聞きてぇことあってさ」


「あ、あー」


 答えようとした瞬間、


「宮下くん。昨日の本、ちゃんと読んだ?」


「う、うわっ!」


 静かに近づいてきたのは黒瀬葵。

 全体が柔らかく落ち着いた雰囲気の文学少女だ。


 彼女はそっと俺の席の横に立ち、


「相談の続きをできれば今日したいのだけれど」


「お、おう」


 ひかり、みなと、葵。


 三人が朝からほぼ同時に俺に話しかけてきた結果


 教室全体に空気の異常が生まれた。


「なんで宮下なの?」


「ていうか宮下ってそんなに女子と話すタイプだったっけ?」


「いや、全然だろ」


「なんかモテてね? アイツ」


「いやいやいや、そんなわけ」


 男子の嫉妬交じりの視線。

 女子の好奇と疑念が混じった視線。


 すべてが俺に刺さる。


(この状況、ほんとにどうすんだよ)


 



 午前中の授業はまるで集中できなかった。

 ノートを開けば三人の視線が気になり、黒板を見れば背中に視線を感じる。


 そして昼休み。


 俺は逃げるように屋上へ向かった。

 風が気持ちいいというより、現実逃避にはちょうどいい。


「はぁ……」


 誰もいない、誰にも見られない時間がほしかった。


 だが。


「宮下くん!」


「ひかり」


 日向ひかりが、弁当を手にして屋上に姿を見せた。


「ここにいると思ってた」


「な、なんで」


「なんとなく」


 ひかりは俺の隣に腰を下ろし、カバンを置く。


「今日その話したいことあって」


「は、はい」


 ひかりは小さくため息をついて、ほんの少しだけ俯いた。


「宮下くんってさなんでそんなに優しいの?」


「え? いやそうかな」


「そうだよ。葵ちゃんの話もちゃんと聞いてあげてるし、みなとにもアドバイスしてあげてるし」


(誰情報だよ)


 まあ広まってる時点で今さらか。


「それでねちょっと不安だったの」


「不安?」


「うん。宮下くんって、誰にでも優しい人なのかなって」


「……は?」


「もしそうなら私の相談も、特別じゃないのかなって」


(いやいやいや、何言ってるんだ!?)


 俺は混乱した。

 完全に、混乱した。


「と、とくべつとか、そんなのは!」


 言いかけた瞬間


「ひかりん、やっぱここかー!」


「みなと!?」


 屋上の扉が開き、ギャルの星川みなとが乱入してきた。


「うわ、マジでいた! よかった〜! 探したんだよ?」


「あ、うん……」


 そして当然のように、俺の反対側に座る。


「宮下、さっきの話の続きさ、ちょっとだけでいいから聞いてよ」


「ちょ、ちょっと……!」


 両側から挟まれ、俺はリアルに逃げ場を失った。


 そのときさらに、


「あなたたち、本当に騒がしいわね」


「葵まで来た!?」


 黒瀬葵まで屋上へ。


 まさかの四人勢揃いである。


(いやいやいやこれは無理……!!)





 四人は当然のように、俺を中心に座った。


 視線が集まる。

 空気が重い。

 心臓がうるさい。


「宮下くん。私、最初に話してたよね」


「いや、あたしも昨日相談してんだけど」


「私だって本の件があるの」


 三人がわずかに牽制し合っている。


(仲悪いとかじゃないんだろうけどなんか、なんか怖い!!)


 そして次の瞬間、三人の視線が一斉に俺に向いた。


「「「宮下くんは誰の相談から聞く?」」」




 三方向から「答えろ」と言わんばかりの圧。


(あ、これは詰んだ)


 ここで一人を選べば角が立つ。

 でも全員一気に聞くのも無理。


 絶望していた俺に、ひかりがふっと笑った。


「宮下くん。困らせちゃったね。順番はいいよ。放課後、また改めて相談するから」


「ひかりん!?」


 みなとが驚く。


 葵も小声で「あら……」と呟いた。


 しかしひかりは微笑みながら言う。


「宮下くんが困るのは嫌だから。それだけ」


 その言葉が、胸に刺さってしまう。


 やめろってそういうの


 危ない。

 勘違いしそうだ。


「じゃあまたね。放課後、相談させてね?」


「あ、ああ」


 ひかりが先に立ち上がり、屋上の扉へ向かう。

 それを見て、みなとと葵も続いた。


「じゃ、またあとでね、宮下」


「私も、少しまとめてくるわ」


 三人が去っていく。


 屋上に残された俺は、しばらく動けなかった。


「ほんと、どうなってんだ俺の人生」


 空だけが、やけに青かった。

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2025年12月10日 17:00
2025年12月11日 11:00

陰キャの俺がクラスの女子から恋愛相談をされるのだが 桐葉 @Kiriha0

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