魅せ了せ-0 ―少年が置いた笑顔は、死を魅了した―
蘇々
その笑顔が、僕を生かし続ける
革命とは、世の中の当たり前をひっくり返すことだ。だから、"死"も変えられるはずなんだ。
ーー夢を叶える瞬間。
大革命を起こして歴史に名を刻む。
"大革命家"を夢見た少年、過々。
「……」
彼は、無言で笑顔を置いていった。
心に一切の迷い無し。
誰もがその笑顔を疑わなかった。
しかし、それは"死"を演出した彼の計画だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「え、今から死ぬんでしょ?そんな顔でいいの?そんな後悔した顔してていいの?みんなに見送ってもらえるのに。 最期くらい、笑いなよ!」
僕は言えなかった。今から死んでいく人に言えるわけなかった。怒りのような感情をぶつけるわけにはいかなかった。
大好きだった祖母が死んだ。
悲しいはずだった。
初めて人の死を見た僕は、驚いていた。
"死"がもたらす周囲への不快感に。
それは、家族だけでなく、看護師にまでだった。
悲しみだけに浸りたいと、無理に泣く人だらけの異様な空間のなか、僕はいつまで経っても涙がでなかった。周りが泣くほど、僕の心は静まっていく。
それは、"死"はなぜ不快感を置いていくのか、という疑問が頭から離れなかったからだ。
僕は、その不快感の正体を探した。
祖母の死は確かに悲しかった。そして、とても暗かった。あの場面、泣きながらでも、笑顔の人がいてもよかったんじゃないかと思った。
しかし、そんな人はいなかった。
それはなぜか。
「あの表情だ、本人が暗さを作り出してたんだ」
僕は気付いた。
祖母の死に際の顔が、不快感そのものだったと。
死は怖い。だから、しょうがない。
……ではない。すでに答えは出ていた。
「"死"を笑顔で迎えさせるんだ」
そしたら、死は不快感ではなく、温もりを残していく。それは、僕にあることを気付かせた。
「これって、もしかして大革命になるんじゃ……」
そう思い、僕は"笑顔の死"を作ると決めた。
この物語は、僕が生きた証である。
笑顔で死ぬ。それは、とても難題だと気付いた。
死ぬ寸前に笑顔を見せる。
そんなことなかなかできない。
多分、人生を振り返るから。
そして、後悔を思い出してしまうんだ。
それなら、祖母のあの表情は納得できる。
「でも、後悔じゃなかったらどうなる?」
多分、悲しまない。
でも、恐怖に襲われるかもしれない。
「……違う、楽しかった記憶を思い出せばいいんだ。その記憶だけに浸ってもらえばいい」
それには、過去を知っている人たちの協力が必要だった。思い出を一緒に話す相手さえいれば、絶対に成功すると思えた。
「完璧だ。このアイデアは革命に繋がる」
また、夢に近づいた気がした。
早速、僕は祖母が亡くなった病院を訪れた。
入り口付近で、泣いて倒れそうになっている夫婦とすれ違った。彼らもあの不快感を感じたのだと思っていたとき、後を追いかけるように看護師が走ってきた。
僕の祖母を看取ってくれた看護師だ。どうやら、大切なことを伝えているようだった。
話し終わり、泣きながら戻っていく彼女に、僕は思わず声をかけた。
「亡くなった方がいたんですか?」
彼女は、亡くなったのは娘さんだと言った。
「ちょうど君と同じくらいの女の子で、最期まで"まだ生きたい"って泣いていてね。変われるなら代わってあげたいって思ってしまうほどかわいそうで。何もできなかったことが悔しくて。 最後まであの子に私の情けない姿見せちゃったな……」
泣きながら、悔しさを滲ませて彼女は言った。
しかし、その泣き顔は、急に真剣な顔つきに変わった。僕の心は、若干構えた。自分の考えを見透かされたような気がした。
「でもね、この涙が、私の愛情をあの子へ伝えてくれたと思う。最期、あの子も"ありがとう"って言ってくれたから。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらでも、笑ってくれたから」
泣きながら温かい笑顔を向ける看護師に、僕は何も言えず、ただ立ちすくんでいた。
彼女の笑顔からは、幸せすら感じられたから。
僕の頭は混乱していた。この大きな病院の院長に直談判するつもりだったが、体が勝手に出口に向かい始めた。
家に帰る途中、考え直すことすらせず、自分の間違いを認めていた。そして、そのまま家に着き、考え始めた。
明らかに祖母と少女の"死"は違った。生き方が違うことは確かだった。それぞれ違う人生で、最期の瞬間を統一させるのは無理だと気付いた。
一番の衝撃は、少女は最期まで笑顔だったこと。
それなのに、周りの人たちは泣いていた。
それは、"死"を幸福に変える方法はない、と言われたようだった。
きっと、少女の笑顔はとても素敵だったはず。
僕は、祖母の笑顔を思い出していた。
いつ見ても安心した、あの優しい笑顔を。
だからこそ、僕は笑顔の力を信じたかった。そんな祖母をも襲った"死"に、僕は勝たなきゃいけないと思った。
「心からの笑顔で死ぬ」
その日になんとか出した結論は、諦めを告げてきた。そんなことができる人なんていないと、子供ながらにわかってしまったから。
その日、僕の思考は限界を迎え、急に意識が途切れたように眠りについた。
"みんなの手本でありなさい"
次の日、寝起きで冴えきっていた僕の頭には、祖母の口癖が浮かんでいた。その言葉は、今の僕に正しさを求めている気がした。
あの少女の死も、結局悲しんだ人がいた。それは"死"というもの自体が、悲しみの象徴として扱われているからだった。
「じゃあ、"死"の概念を変えるだけだ」
確信に気づいた僕は、なぜか怒り気味だった。そして、その感情が思考を強引に動かした。
「"死"を幸せの象徴に変えてみせる」
本気でそう思った僕は、自分の命を懸けられるほど気が大きくなった。
「そうだ。手本を見せてやろう。最高に幸せそうな……"笑顔の死"を見せてやる」
"笑顔"。 やはり僕は間違っていなかった。
僕の中で幸せとは、"達成感"だった。
これから味わうであろう達成感が、死の恐怖を消し去っていった。
そして、高揚が冷めないうちに、僕は世界的に有名な観光地、『天上地』に向かった。
『天上地』なら、多くの人に僕の"死"を見せられるから。
『天上地』前では、いつも通り天気予報士がライブ中継をしている。水しぶきがかからないように、滝壺からは皆、一定の距離を置いていた。
カメラマンが多くの観光客を映す。そして、一人の少年にインタビューした。いつも通り、将来の夢についてのインタビューだ。
「今から僕は夢を叶える。そして、みんなを笑顔にする」
第一声、"大革命家になる"と宣言した彼は、興味をそそる返答をした。
『天上地』に立つ彼の言葉は、カメラと観光客の視線を独占した。そしてすぐ、カウントダウンを促した。
じゅう、きゅう、はち……
滝壺の前に移動する彼の笑顔は、幸せな未来を知っているかのように感じさせた。
「……こんな危ない笑顔、子供がするもんじゃない」群衆の中の一人の老人が呟いた。
にー、いち、ゼロー!
「……」
無言で胸に手を当てた彼は、笑顔のまま深々と一礼した。そして、なんの躊躇いもなく、自ら滝壺に身を投げた。
……
異様な光景だった。
姿が見えなくなってからの数秒間はスロー再生され、世界から音を消した。
こんなに静かな『天上地』は見たことがない。きっと、カメラの向こう側でも同じような沈黙が流れている。
そしてその空間は、彼が置いていった満ち足りた笑顔に支配されていた。
幸せが溢れ返っている人々の心に、不快感など見当たらない。長く生きている老人でさえ、他人から与えられた幸せに、驚きを隠せていなかった。
沈黙を繋いでいた滝の轟音が、人々を我に返した。天気予報士は慌てて実況を再開する。
「なんて幸せそうな……どう言葉にすればいいんでしょう……。 いま確かに、ここに悲しみがないんです。……温まっている『天上地』でした」
温度を持った彼の笑顔が、カメラを通して全国に伝わった。
そして、その瞬間の映像は拡散され、SNSで"笑顔の死"という言葉が生まれた。
「彼は幸せ者だった。だからこそ、"死"すらも選ぶことができた。その証拠があの笑顔だ。ありがとう少年・過々。あれからずっと、私たちは感動に包まれている」
インタビューでの発言によって、彼は世間から"大革命家"と呼ばれた。一切悲しみを生まなかったあの笑顔が、"死"を幸福の象徴に変えたとして。
それから、多くの笑顔が滝壺に落ちた。ニュースより早く、『天上地』に置かれた笑顔を、風が運んだ。
少年・過々はもういない。しかし、まだ存在しているかのように思えるほど、あの笑顔だけが生きていた。
これは、大革命家という夢を追った少年・過々の物語。そして彼は、私に終着点を作っていった。
「あれは、あの時の……」
急に胸が熱くなった。
最期に笑顔だった少女の話は、誰の心にも響くはず。しかし、彼は力無く病院から帰っていった。
彼の"死"を見送った私は、あの時のわけがやっとわかった。
「あの少年は"死"の後に残る笑顔で、周りも笑顔にしようと考えていたんだ」
彼が本当に幸せだったのか、私にはわからない。でも、あの笑顔に嘘はなかったと思いたい。
私も看護師として、"死"に意味を見出だそうとしていた。人の最期に寄り添う仕事をしてきたからこそ、あの笑顔の意味を、私はどうしても信じたかった。
私の終わりを笑顔に変えてくれてありがとう。
この"死"も、あなたの革命の一部となるから。
ーー何もできなかった私にも、革命は訪れた。
魅せ了せ-0 ―少年が置いた笑顔は、死を魅了した― 蘇々 @43Yomi_43Yomi
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