Episode 08:真実のノイズ
【導入:音の檻の中】
(BGM:一切の音がない、不気味な「沈黙」。ノイズが打ち消し合った結果の無音。)
ナレーション(サクラ):
プロデューサー、ミズキ…その呪われた影によって、私はこの村の音場に閉じ込められた。超低周波ノイズが、周囲の音を相殺し、外界とのすべての繋がりを断つ「音の檻」を作り出した。
(映像:サクラが地面にうずくまっている。耳を塞いでいるが、何も聞こえないため、かえって恐怖が増している。)
サクラ(ナレーション):
目に見えるものは、私を追う影と、森の奥で点滅する無数の赤い光点。ケンジさんのカメラの光だ。タクヤさんとケンジさんは、儀式の「贄の数」に組み込まれ、私は「空白」の役割を継承しようとしている。
(サクラは、唯一手元に残っている機材、超低周波マイク(ELF-Mic)の本体を握りしめる。)
サクラ:
(インカムに囁く)マイク…このマイクだけが、まだ動いている。
ナレーション(サクラ):
絶望的な状況で、私はあることに気づいた。「音の檻」が作り出した完全な沈黙は、あらゆる音波を打ち消すための、逆位相のノイズ波形だということ。この沈黙こそが、村のノイズの核心、その「設計図」そのものだった。
【パート1:ノイズの設計図】
(映像:サクラがELF-Micの本体を開き、バッテリーを確認する。ケンジのカメラから取り出したSDカードは、影によって破壊された。)
サクラ:
(インカムに囁く)ミズキは、この沈黙をもって、外界との接続を完全に断とうとした。しかし、この完全な相殺波形を逆手に取れば、一時的に外界へ信号を送れるかもしれない。
(画面に、ELF-Micの波形が表示される。完全に平坦で、沈黙を示している。)
サクラ(ナレーション):
この沈黙を打ち破るには、彼らが作り出したノイズと同じ周波数、同じ位相の音波を、マイク自身が逆に出力するしかない。それは、この村の音響兵器を、自分自身で再生するということ。
(サクラは、タブレットの破片に残されていた、古文書の断片の画像を思い出す。)
サクラ:
「ニ・エ・ヲ・マ・コ・ト・ス」…儀式を構成する、あの言葉の波形。
(サクラは、ELF-Micの記録再生機能と、ノイズキャンセル機能を操作し、意図的に村のノイズを逆位相で出力する設定を試みる。)
【パート2:覚醒する記録者】
(映像:サクラの背後から、黒い影(ミズキ)がゆっくりと近づいてくる。その胸のカメラが、サクラの動きを正確に捉えている。)
影(ミズキの声、微かな低周波音):
「…無駄だ。お前も、記録の一部となる。」
サクラ:
(インカムに囁く)ミズキ!あなたは何者なの!?どうして10年前に、仲間を儀式に捧げた!
影(ミズキの声):
「…俺は、記録者だ。外界の者たちに、真実を記録させ続けるために…。」
ナレーション(サクラ):
影は、単なる亡霊ではない。彼は、贄の儀式を継続させ、外界の取材クルーを招き入れ、その記録を永久に村の音場に取り込み続ける、**自己増殖する「記録装置」**だった。
(サクラは、ノイズキャンセル機能の逆転スイッチをONにする。)
(その瞬間、耳を塞ぐほどの激しい低周波ノイズが、マイクから爆発的に出力される。沈黙の空間が崩壊し、村全体のノイズと打ち消し合い、一瞬だけ外部の音が聞こえる。)
【パート3:10年間の孤独な記録】
(映像:ノイズの爆発的な音の中で、サクラは絶叫しながら、インカムに叫ぶ。)
サクラ:
(インカムに叫ぶ)この儀式は、村のためじゃない!ミズキ、あなたが外界に見せたかった、たった一つの記録だった!
(サクラの叫び声は、ノイズの反響によって増幅され、村全体に響き渡る。その音波が、影の胸に埋め込まれたメインカメラを直撃する。)
(カメラのレンズに、ひびが入る。影が一瞬、動きを止める。)
ナレーション(サクラ):
タカシの日記、古文書、そしてミズキが自ら外界との繋がりを断ったという事実。すべてがつながった。この儀式は、村人の意思ではなく、プロデューサー、ミズキただ一人が作り出した、10年周期で外界を招き入れるための壮大な罠だった。彼は、自身のクルーを贄とし、自らを儀式を執行し記録を増殖させる「闇の奥の神」の媒介者とした。
(映像:影の身体から、黒い泥のようなものが剥がれ落ちる。その下から現れたのは、憔悴しきった、10年前のプロデューサー、ミズキの顔だった。)
ミズキ:
(弱々しい声で)…撮るな…撮るな…俺を…記録するな…。
サクラ:
(インカムに叫ぶ)ミズキは、記録に囚われた!彼は、外界の目を必要とする神に憑りつかれていた!
(その瞬間、ミズキの肉体は再び黒い影に覆われ、沈黙の空間が完全に復活する。)
【パート4:最後の声、ノイズの真実】
(映像:沈黙の空間。サクラはマイクのスイッチを入れたまま、動かなくなっている。影は、サクラの目の前に立ち、その顔に、黒い泥のようなものをゆっくりと塗りつけていく。)
ナレーション(サクラ):
私の視界は、黒い泥に閉ざされた。私は、次の「空白」の役割を与えられ、この村の記録装置の一部となる。
(映像:最後に、サクラのピンマイクの視点。泥がマイクを覆い、音声が完全に途切れる寸前、サクラの最後の囁きが記録される。)
サクラ(最後の音声):
「…外界へ。聞こえますか。この記録が…ノイズとして聞こえたなら…それは、真実です。」
(画面に激しいノイズが走り、強制的にブラックアウトする。)
【エピローグ:アーカイブされた映像】
(テロップ:VERITASアーカイブ - 虚ろ村検証記録 - Episode 08 - 最終報告)
(映像:編集室。テーブルの上に、サクラが最後に投げ捨てたELF-Micだけが残されている。そのマイク内部のSDカードから、データが復元されている。)
(ナレーション:プロデューサー)
この映像は、失踪したVERITASクルーの最後のリサーチャー、サクラが、単独で村から持ち帰ったとされる、唯一の音声記録である。彼女の肉体は、現在も見つかっていない。
(音声:復元された最後の音声が再生される。それは、ミズキの叫び声、ケンジのうめき声、そしてサクラの最後の囁きが混ざり合った、**意味不明の「ノイズ」**としてしか聞き取れない。)
(ナレーション:プロデューサー)
このノイズは、我々の調査結果と照合すると、10年前に失踪した取材クルーが残した『虚ろファイル』のノイズと、全く同じ周波数パターンを示しています。この二つのノイズは、10年の時を隔てて、**同じ一つの「記録」**を構成している。
(映像:ノイズの音声波形の上に、テロップが表示される。)
$$テロップ:ノイズの周波数パターン:**ニ・エ・ヲ・マ・コ・ト・ス**$$
(ナレーション:プロデューサー)
我々は、このノイズを「真実のノイズ」と名付け、本ドキュメンタリーを締めくくる。この記録は、外界に公開された時点で、虚ろ村の「贄の儀式」の一部となる。そして、10年後、必ず次の「外界の者」を招き入れるだろう。
(最後に、VERITASクルーのメインカメラのレンズが、完全に黒い泥に覆われ、赤い光を放ちながら、画面から消える。)
(END)
【検証】虚ろな村の記録 - 続・神隠し事件の行方 - @tamacco
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