建材化する日常
ささやきねこ
侵食
2025/11/14
部屋の四隅の角度がおかしい。
朝、起きて天井を見上げた時、クロスの継ぎ目が妙にぼやけて見えた。近視が進んだのかと思ったが、眼鏡をかけても変わらない。
直角であるはずのコーナーが、ぬるりと湾曲しているような、あるいは逆に鋭角に食い込んでいるような、遠近感の掴めない形になっている。
試しに家具の配置を変えようとして、本棚を壁に寄せた。
隙間ができない。
本棚の背板と壁紙が、磁石のように吸い付いて、最初から「一つの塊」だったかのような密着感がある。
無理に離そうとすると、壁紙ごと剥がれそうだったのでやめた。
管理会社には連絡していない。なんと説明すればいいか分からないし、生活に支障はないから。
2025/11/16
通勤経路の地下鉄の入り口。
あそこの階段の段数が、毎日変わっている気がする。
増えているのではなく、減っている。
一段一段の高さが微妙に高くなり、その分、段数が省略されている。
今日、降りている最中に前のめりになったサラリーマンを見た。
彼は転んだのではない。
彼の革靴の爪先が、階段のコンクリートに「沈んで」いた。
泥沼に足を取られたような沈み方ではない。コンクリが乾燥したまま、彼の靴を受け入れたのだ。
彼は特に慌てる様子もなく、靴を路面に残したまま、靴下で改札の方へ歩いていった。
残された靴は、数秒後には階段の表面とツライチになり、ただの黒いシミになった。
俺はそれを見て、少しも怖いと思わなかった。
「ああ、そういう材質なんだな」と納得しただけだ。
2025/11/18
指先が乾く。
ハンドクリームを塗っても、皮膚の表面に膜が張るだけで浸透しない。
スマホのフリック入力がうまくいかない。画面が指を認識しないことがある。
自分の指紋を見た。
渦巻き模様が消えかけている。
代わりに、ザラザラとした細かい粒子状のパターンが浮かんでいる。
会社のデスクの天板(メラミン化粧板)の模様と、完全に一致していた。
カッターで指先を少し削ってみた。
痛みはない。
赤い血も出ない。
白い、乾いた粉がパラパラとキーボードの隙間に落ちた。
石膏ボードの粉末に似ている。
掃除機で吸えばいいだけの話だ。
2025/11/20
カフェに入った。
店員がメニューを持ってきたが、置く時に手がテーブルから離れなかった。
彼女の手首から先が、テーブルの木目調プリントと同化していた。
彼女は「失礼いたしました」と言って、無理やり手を引き剥がした。
バリ、という乾いた音がして、彼女の指先がテーブルに残った。
彼女の指の断面からは、パーティクルボードの断面のような木片が見えていた。
誰も悲鳴を上げない。
客たちも、椅子に深く沈み込んでいる。
腰から下が、椅子のファブリックと融合している老人が、新聞を読んでいる。
窓の外を見る。
ガードレールにもたれかかっている学生がいる。
学生の背中が、白い鉄板の中に半分めり込んでいる。
いや、めり込んでいるんじゃない。
ガードレールの塗装が、学生の制服の形に「拡張」しているんだ。
俺のコーヒーカップを持つ手が、カップの取っ手と同じ陶器の質感に変わっていく。
冷たくて、硬くて、とても静かだ。
2025/11/22
こえ
が
でな
い
のど
の
おく
が
セメント
で
うま
っ
て
る
いき
を
する
と
はい
き
だくと
の
おと
が
する
きもち
いい
かんそう
して
る
おれ
は
もう
にんげん
じゃ
ない
たて
もの
の
いちぶ
だ
すきま
なく
ぴったり
と
おさ
ま
る
あんしん
かん
2025/11/24
かべ
ゆか
てんじょう
まど
かべ
ゆか
てんじょう
まど
かべ
ゆか
てんじょう
まど
コンクリ
コンクリ
コンクリ
コンクリ
コンクリ
コンクリ
コンクリ
コンクリ
しずか
しずか
しずか
しずか
しずか
しずか
しずか
しずか
ぴったり
ぴったり
ぴったり
ぴったり
ぴったり
ぴったり
ぴったり
ぴったり
2025/11/--
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床
床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床
床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床
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建材化する日常 ささやきねこ @SasayakiNeko
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