短編小説|在りし日の午後

Popon

冒頭

ある楽曲をもとに広がった物語。

旋律に導かれるように、ページをめくるたび新しい景色が立ち上がる――それが「香味文学」です。



***



澄み渡る青空から障子を抜けた光が、畳の縁をゆっくりなぞっていく。


私はテレビの前に座り、父の機嫌をうかがうようにゲームの音量をできるかぎり絞っていた。

それでも、小さな電子音がときどき息をしている。


縁側では、父がしかめ面をしながら、ただひとりぼんやり座っていた。

背中越しに、外の明るさだけが部屋に入りこんでいる。

やはり家にいる父の姿を見ていると縮こまってしまい、

ただ、声をかけられないでいた。


父が立ち上がると畳がかすかに鳴った。

こちらを一瞬見て、鏡台の前で足を止めると、

鏡を見つめ前髪をかき上げる。

父は何も言わずに、部屋をあとにした。


風が通り抜け、鏡台の隅に置かれた櫛がかすかに揺れた。






寝室の隅に、段ボールがいくつか並んでいる。

蓋を開けたままの箱の上に、一冊のアルバムが置かれていた。


私は床に腰を下ろし、アルバムを膝の上に開いた。

ページの中の妻は、いつも笑っていた。

撮影の合図を待たずに笑う癖があったことを、ふと思い出す。


指先がページの途中で止まる。

結婚式の布地や、旅行先の海が、紙の上で静かに並んでいる。

その光景を眺めているうちに、時間の流れがゆるやかになる気がした。


隣の箱には、まだ仕分けの終わっていない衣服や日用品が詰め込まれている。

視線を向けると、現実の重さがすぐそこに戻ってくる。


アルバムを閉じると表紙の布が手のひらに沈み、わずかな音を立てた。

そのまま立ち上がり、部屋を出た。






澄み渡る青空から窓を抜けた影が、床の木目をゆっくりなぞっていく。


私はバルコニーに腰を下ろし、ぼんやりと外を眺めていた。

室内から、小さな電子音がときどき聞こえる。


庭の隅では、低木の枝先にまだ数枚だけ枯れ葉が残っている。

気づくと長い間、妻のことを考えていた。

ここで過ごした時間や、他愛もない会話の断片が浮かんでは消える。


ふと、あの頃の父の姿と今の自分の姿勢が一致していることに気づいたところで、背後から視線を感じた。



***



※この作品は冒頭部分のみを掲載しています。




続きはnoteにて公開中です。




👉 noteで続きを読む:https://note.com/poponfurukata/n/n02609b56dce1



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