すぐに溶けるかき氷

二日目

 

 今日もいつものように家を出る。今日の三時くらいまで電話していた。一人で夜を過ごすにはまだ心寂しいから助かった。


 今日の予定は、かき氷を食べに行くとのこと。大阪にある森森舎という所で有名なかき氷が売っている。寝る前に調べてみようと思っていたが、いつの間にか寝落ちしていたから調べることができなかった。着いてからのお楽しみという事にしておこう。


 今日は地下鉄御堂筋線の西田辺駅という場所に現地集合だ。照り付けるような太陽光が僕を出迎える。


 駅集合で、という連絡だけだったので、駅の中なのか、外なのか、外ならどこの出入り口から出た外なのか、それらを何も決めていない。


 彼女は時間にルーズな所がある。それだけは、どうしても治してほしい。今すぐにでも時間に厳しくなってくれたらいいのに、治らない。


 時間にルーズじゃなければいいのに。



『着いたんだけどどこにいればいい?』と送るとすぐに返信が来た。


『適当に待っていてくれていいよ。着いたら電話するね』と来た。


 周辺を歩いて、近くに小休憩できるところがないか見る。カフェはあったけれど、僕には少しハードルが高い。木の温かさが感じられるような扉のカフェだ。黒板看板に今日のおすすめ等のメニューが書かれている。カフェや飲食店は都会に染まった雰囲気の方が好きだ。当然チェーン店が一番。気を遣うことなく誰もが自分のやりたい事をして他人に興味を持っていない感覚がするからだ。


 結局、外で待っていると彼女がやっと来た。涼しげにやってくる彼女とは打って変わって僕は汗だくでみっともなくTシャツで汗を拭う。


「ごめん、一本電車逃しちゃった」


 舌を出して自分の頭を叩く。昨日こういう仕草をするドラマでも見たのだろうか。こんなあざとい仕草でも似合ってしまうのだから世界は卑怯だ。僕がやったら異常者扱いされてしまう。


「なにそれ、昭和っぽいね」


「そうかな? 私の好きな人が昨日やっていたんだよ」


 大好きな人って言う言葉につい引っ掛かってしまう。僕以外にも好きなものはあるだろうし、好きな人はいるのは分かっているけれど、嫉妬してしまう。


つくづく気持ちの悪い身体だと思う。


「じゃあ僕もこれからはその仕草試してみようかな」


「じゃあ今からやってみて」


 ここで恥ずかしいからやらない、って言ったらいつものように負けるだけだ。


 小さく舌を出して頭をこつんと叩いてみる。自分でやっていながら恥ずかしくなって視線を横に逸らすと大きなガラスがあり自分の姿が薄く映し出されていた。ガラスの反対側にいる人達も同時に見える。


 恥ずかしくて仕方がないので、すぐにこの仕草を辞めて、アディダスの時計を見る。


 彼女はくっっと抑えるように笑う。いっそ、いつもみたいに大笑いしてくれた方が精神的に楽だ。


「そんな恥ずかしがらないでよ。腹の底から笑いがっ」


 わははははは、と抑えていたものが爆発するように笑いをあふれさせた。


「本当イケメン君と居ると笑いが止まらないよ」


 笑いすぎて出てきた涙を拭いて言う。


「それは良かったよ」


 彼女の笑顔を見ることができるなら多少の辱めくらいなら受ける。他の誰かに笑われても一か月後にはすっかり忘れているに違いないのだから。


「イケメン君といると、いつも笑ってる気がする」


 彼女は文字通りの笑顔で言う。


 人を笑わせることは簡単じゃないことはこの長くも短い人生の中で理解している。いつだって僕は人を笑わせることは得意じゃなかった。彼女以外の女の人を気持ちよく笑わせた覚えがない。


「それは良かったよ……ほんとにね」


 妙に時間を使って言葉を口から出す僕に、彼女は不思議に思ったのか目を少し大きくした。


「さあ。行こうよ。森森舎ってとこに」


 彼女が妙なことを思う前に自分から言葉を続けた。


 彼女の頬からは汗が見える。僕も早くお店に入って涼みたい。体が火照りっぱなしだ。


「分かった」と言って彼女は太陽のように笑った。




 数分歩いて目的地に着いた。


「ここだ」


 看板や建物は古臭く感じる。僕が、最も苦手とする分野のお店だ。


 時代に逆らわず老いていくこの建物のように彼女と共に老いていきたい、と思った。


「ここに美味しいかき氷があるの?」


「そうみたい。早く食べに行かないとかき氷君が逃げちゃうかも」


「逃げないよ」


 早速店の中に入ると、店外から見えた通りの落ち着いた雰囲気があった。


 上から吊り下げられた、オレンジ色の照明に照らされた明るい色をした木造机や椅子は今にも動き出しそうなほど元気に見えた。


 冷房が良く効いていて身体が冷えていく。彼女も涼しいのか溶けるように椅子に体を預けた。かき氷を口に入れたら一緒に溶けてしまいそうだ。


「お待たせしました」 


 店員の声と共に運ばれてきたのは注文したスイカのかき氷だ。スイカの入れ物に入ったかき氷は、本物のスイカの中身を再現するようにシロップで赤く染められていて種のようなものも入っていた。


「美味しそー」と言って彼女はすぐに食べ始めた。


「美味しそうだね」


 そんなに勢いよく食べたら頭が痛くなりそうだ。僕はかき氷をどれだけ勢いよく食べても頭が痛くならない。頭痛さえもなった覚えがない。僕は感覚が衰えてしまっているんだろう。


「食べないの? 食べてあげよっか?」


 次々と口に入れながら言う。


「まずは自分のやつ全部食べたら?」


 口に運ぶと、家や祭りで食べるようなかき氷とは違ってふわふわとしていて、口の中を突き刺すような感覚がない。やっぱり美味しいな。


「あ、写真撮るの忘れてた」


 見るからにテンションが下がっている。はあ、とため息を吐いた。このかき氷はインスタ映えしそうだ。


「僕のかき氷殆ど口付けてないし使っていいよ」


一口だけ口を付けただけで正面から撮れば問題ないだろう。


 このまま何もしないで自分だけ悠々と食べていたら彼女の機嫌が悪くなってしまう事は明白だ。


「ほんと?! ありがとう。流石イケメン君だね」と言って、僕のかき氷と彼女の食べていたかき氷を交換する。すぐに機嫌は直って嬉しそうに携帯をかき氷に向けた。


 角度を調整してパシャリと一枚だけ取ってすぐに携帯を戻した。


「一枚だけでいいの?」


「うん。早く食べたいでしょ」


 彼女はそのまま僕のかき氷を食べ始めた。口に入れた瞬間に気付いたようでスプーンを口にくわえたままこちらを見る。目をまん丸として自分でも驚いているらしい。素っ頓狂な表情に笑ってしまった。


 彼女が幸せそうならどうでもいい。かき氷は重要じゃない。僕にとって重要なのはかき氷を幸せそうに頬張る彼女だ。


 こちらを向いた彼女に「いいよ」と言って彼女のかき氷を食べた。僕が彼女のかき氷を食べたら罪悪感もなくなるだろう。


 すると彼女は「やったー」と言ってかき氷を一気に頬張った。

 



「いやあ、美味しかった」


 結局彼女は殆ど一個半かき氷を食べた。あの後僕は途中でお腹がいっぱいになったので彼女に上げると「いいの?!」と言って嬉々として食べ始めた。彼女の嬉しそうな顔が見れたし僕も無理して食べることなく済んで一石二鳥だ。


「また行きたいな。かき氷屋さん」


 もう彼女は新しいかき氷を求めているらしい。


「だね。来年は受験で無理だから、もし行けるなら再来年、かな」


「遠い未来だね」


 彼女はたった二年後を遠い未来だという。


「……意外とすぐだよ。二年後なんてすぐだし、意外と十年くらいは昨日の事みたいに覚えてるもんだよ」


「そうなの?」


「意外と……そうなんじゃないかな」


 歩きながら喋っているとすぐに駅に着いた。彼女と僕は乗る電車が異なる。ここで今日はお別れだ。


「じゃあねえ。イケメン君。また明日」


「じゃあ明日」


 彼女と別れて家に帰ると母がちょうどパートから帰ってきた。


 母の姿を見ると、僕は本当にここで生きているんだと思える。


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ひと夏の31日間旅行  月野 咲 @sakuyotukinohanaga0621

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