第4話
その男の存在は、あまりにも突然で、あまりにも浮いていた。
年齢は、40歳から50歳程度。やたら猫背で、目はうつろ。剃り残しの目立つひげと、寝癖がついたままのボサボサの髪。このオークション会場にはひどく場違いな、うらびれた身なりの男は、囚人の作業服のような柿色のつなぎを着ていた。
ステージのライトが、彼の歩みに合わせてゆっくりと動いている。それは、この場違いな男が、これからの展開に大きく関わっていくことを暗に示していた。
「あの人は……」
「あいつは、主催が闇バイトで雇った自殺志願者だ。これから”お試し”になってもらう」
「自殺……?」
「ーーいいか、シノ」
”社長”は、絹糸のような前髪の奥から、十三を見つめて言った。
「ヤードの商品はな、今までのオークションで流れたような、真偽不明な半端モノじゃねェ。人を呪い殺せる、街ひとつ呪いに沈めることができる、ホンモノの”呪いの品”だ」
「……はい」
「だからこそ、客は確かな真贋を求める。価値がないものに値はつかねェ。だからおれたち出品側はお試しを立てて示してやるのさ。”お客様”に安心して買っていただくために。……確実に高い値がつくように、な」
十三は静かに顎を引いて頷いた。頭で必死に”社長”の言葉を噛み砕こうとしていたが、理解はまったく追いつかない。
だが、猛烈に、ーー嫌な予感がしていた。
十三の喉は、カラカラに乾いていた。”とら”からもらったペットボトルの水を初めて一口、含んだ。物足りない。猛烈にタバコが吸いたい、と十三は思った。
「それでは皆様、大変長らくおまたせいたしました! 目録番号651でございます!」
進行役が、客たちの割れるような拍手のなか、いざなうように舞台袖へ手を差し伸ばす。
袖から現れた二人の運び役の男が、台車に乗せて運んできたのは、60センチサイズの、正方形の箱だった。
ただし、今までのガラスケースとは異なり、今回の箱はジュラルミン製で、中は見えなくなっている。
開口部は銃のパーツのような重々しいロックが提げられており、今までよりあきらかに厳重になっているのが見て取れた。
「あの箱はな、シノ……、”キャビン”って名だ。今までの商品とは違って、特別な鍵がかかってる。”キャビン”の鍵は、社長にしか開けられねェんだ」
”とら”が十三に教えてくれる。
十三は、その”キャビン”のあるステージと、すぐ隣にいる”社長”とを見比べた。
「えっと……”社長”は今、ここにいらっしゃいますが……鍵を、今からステージまで持っていくんですか?」
「いや、ここからだ」
短く答えた”社長”が、自身のスマホに向けて囁いた。
「マイファザー、マイファザー。声を聴かせて」
すると。
『ハロー。どうしたんだいマイボーイ』
スマホから、若い男の声が返答した。
「それ……、って、AIーーですか……?」
驚いた十三は思わず口を挟んだ。
”社長”のスマホから聞こえてきた声は男性のもの。ただし、違和感を覚える、独特なイントネーションだった。十三も日常生活で、その抑揚を聞いた覚えがあった。解説動画配信でよく聞く声、AIの音声ツールの声だ。
”社長”が十三の疑問に「そ」と短く答え、さらにスマホに告げる。
「ハングドマン。極卒たちに自由を。エンター(実行)」
数秒、間。のち、AIが答える。
『ーー了解。実行したよ、マイボーイ。よい旅を』
その声と同時に。
遠く離れたステージ上にあるキャビンのロックが、ガチャッと大きく音を立てて外れた。
どうやらAI音声による解錠が成功したようだった。初見の十三には驚くようなことだったが、”社長”と”とら”をはじめ、会場にいる他の誰も動揺する様子はない。
進行役が手慣れた動作でロックの空いた”キャビン”を開き、ジェラルミンケースの中身を露にした、
途端、十三は、口元を覆った。
「うッ……」
なんだこれ、なんだこれ。
ただ箱が開かれただけなのに、空気が一瞬にして変わったのが、十三にはわかった。
猛烈な吐き気がする。頭が痛い、いや、重い。まるで誰かが十三の目の前に立ち、がっしりと頭を押さえつけられているようだった。
「シノ、シノ」
声をかけられた十三は、なんとか後ろを振り返る。すぐ後ろに、”社長”が立っていた。
「しゃ、ちょ……」
「直視するな。”キャビン”から目を逸らせ。見続ければ目が”持っていかれる”。”見るな”の禁忌ってやつだ。そうしないとーーあんな風になる」
十三は”社長”が示す方に視線を向けた。
客席から、どよめきがあがっていた。
”キャビン”の、もっとも間近に立っていた柿色のツナギの男が、鼻血をだらりと垂らしていた。
ツナギの男は、信じられないものを見たかのように目を見開き、ぶるぶる震えた指で己の血に手を伸ばしていた。
「あ、あ、……」
自分の鼻血を確認した男は、情けない声をあげている。後ろによろめきそうになった男の体を、二人のガスマスクの男が逃げないように抑えた。そして再び、ツナギの男が”キャビン”を無理やり見るように顔を押さえて仕向けた。
再び”件”に対峙したツナギの男の顔面は、紙粘土のように血の気が引き、真っ青になっていた。貧相な体が、ガタガタと震えだしている。鼻血を抑えようと手で口元から覆っていたが、手の指の隙間から、血がどんどんと溢れていた。片方だけでなく、もう片方の鼻からも血が。そして、今後は目からも。
”件”を見た。
たったそれだけで、ツナギの男の全身の穴という穴から、血が溢れ出ている。
「あ、あぁ、あああ……」
ついに膝から崩れ落ちたツナギの男が、頭をかきむしった。
尋常の様子ではない。
まともな状況ではない。
男は首を振り、苦悶の悲鳴をあげている。口から吐き出した血のあぶくが飛び散り、ステージを汚した。
それなのに誰も、止めようとはしない。助けようともしない。ステージの進行役も、客も、もちろん”社長”も、誰も。
「ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
誰からも救いの手が伸ばされなかった男の口から、絶叫がほとばしった。細く伸びて、落ちていく苦鳴のなかに、深い絶望が混じっていた。
そしてついに、柿色のツナギの男の身体が、どうと横に倒れた。
目から血を流し、全身の穴という穴から血を流した姿で。時々、ぴく、ぴくりと痙攣していたが、それもすぐに止まった。
おおおおっと歓声が客席からあがった。会場の客たちは、みな喜んでいた。ある者は立ち上がり、ある者は拍手をして、ある者は爛々と目を輝かせた――人が血の涙を流して倒れた様を、目の当たりにして。
「みなさん、ご覧になりましたか! わずか十秒! 十秒でこの有様!」
進行役のガスマスク男が、興奮した口調で言った。まるでTVのショッピング放送のような煽り文句だった。
少し遅れて客席から、盛大な拍手が返ってきた。
「死んだ! あいつ、本当に死んだぞ!」「見たか!? ホンモノだ! ホンモノの”件”だ!」
客たちが狂乱の喜びを口々にする。そこには、いま死んだばかりのツナギの男への弔いや同情の念は、一欠片もなかった。
「さぁーみなさま! こちらの”件”の真贋は、今みなさまの目でご覧になったとおりでございます! わずか10秒で見たものを死に追いやる恐るべき”件”! それではこちらの商品、50万よりスタートいたします!」
ーー60! 75! 100万! 面倒くさい、ウチは200だ!
客たちが我先にとどんどん値段を跳ね上げていく。とても利益を考えているとは思えないスピードだった。なんとしても他者に競り落とされまいと焦り、焦りがさらに値をあげていく。オークションというより、バーゲンセールのような狂乱だった。
ーーなんだ、これ。
十三は、頭が真っ白になっていた。
目の前で見た光景が、とても受けつけられない。血の気が引いて冷たく固まった体のなか、胃の腑だけがぐるぐると激しく巡っているのがわかった。それが、先程”件”が解放されたことによるものなのか、この場に対する嫌悪感から来るものなのか、十三にはもう考えることができなくなっていた。
「おい、シノ……どこにいく?」
ーー”とら”に声をかけられたが、十三はそれ以上、その場にいることができなかった。失礼します、となんとか小声で返事をして、逃げるようにしてVIPルームを出る。
ふらついて壁にぶつかりながら、それでも十三は、廊下を歩いた。
行きたいところはなかった。少しでもあの狂騒から離れれば、それでよかった。
廊下をさまよい歩き、やっと見つけたトイレに逃げ込む。鮮やかなサーモンピンクの壁紙が不気味な、高級ホテルのような内装のトイレだ。
十三は手近な個室に入った。扉に背を向けて、その場でずるずると崩れ落ちる。多少汚かろうが、もうどうでもいい、と思っていた。
ーー覚悟はしてきた、つもりだった。
反社組織なのだから、人の生き死に関わることもあるかもしれない、それでも自分の今後の人生のために、多少のことは我慢するつもりだった。
ーーだが。
「……オレが図太い、だって……?」
十三の口元には、力のない嘲笑が浮かんでいた。
元・先輩の久保や灰島からの評価が、あまりにも見当違いで、笑いがこみあげてきた。
さっき、本当についさっき、十三たちの目の前で、一人の人間が死んだ。
十三が勤めようとしている会社、ヤードの商品によって。
オークションの客たちは、喜んでいた。ゲラゲラ笑って猿の玩具のように手を叩き、酒を煽って、人の死をショーとして消費して、カネを積み上げた。
十三は、あの光景を、露ほども受け入れられていない。
「図太いなんて、冗談じゃねェ……」
ピカピカなトイレの便器に向かって悪態をつく。胃の吐き気は、収まっていた。かわりに、脳みそが吐瀉しているのがわかった。
何かを吐き出したいのに、吐き出せない。呆然と開かれた瞳から、半開きの口から、何かが溢れて落ちていくのがわかった。涙などという美しいものではない、汚泥のような透明な体液が。
そのとき、後ろのトイレの扉が、ゆっくりと開く音がした。
十三はゆっくりと顔をあげた。
十三の後ろに、”社長”が立っていた。
「……社長……」
「大丈夫か」
あんなことが起こったのにも関わらず、”社長”は顔色ひとつ、抑揚ひとつさえ変えず、十三を見下ろしていた。
「社長……、……あれは……」
「うん。びっくりしたよな」
まるでマジックショーでも見たかのように言って、”社長”は十三にミネラルウォーターのボトルを差し出してきた。
「これ、とらから差し入れ。さっきのより少し冷えてる。少しな」
「……ありがとうございます……」
十三はペットボトル入りのそれを受取り、お守りのように両手でぎゅっと握りしめた。たしかに、ほんの少しだけ、冷たかった。
そうして、心が少しだけ落ち着いたころ、十三は”社長”を見上げて問いかけた。
「……あれが……うちの、”ヤード”の商品なんですか?」
「うん」
「あん……ああいうことを毎回、社長たちはやって……金を儲けてるんですか?」
「そう」
ーー十三は、胸から込み上げてきた数多の言葉を、喉仏のあたりで抑え込んだ。
言いたいことは山程あった。だが自分はあくまでサラリーマンであるという自覚が、十三に質問をとどまらせていた。
そのうちに、”社長”が先に口を開いた。
「しんどいか?」
それは、十三にとって思いがけない質問だった。
「まぁ……ビックリしました……よね」
「だろうなァ」
”社長”は実にのんびりと言って、天井を見上げた。
「おれたちはもう、慣れっこになっちまってる。カネのためなら、簡単に人を消す。脅し、暴力、誘拐、強盗、麻薬販売、地上げ、売春斡旋……人材派遣業だって、実態は奴隷商売、人身売買みてぇなモンだ。そんな商売ばっかりしてるから、自殺志願者を実験体に使うなんざ、なんとも思わない。むしろ、死に場所を与えてやって感謝してほしいーーそう笑うヤツもいる」
十三は、言葉を失っていた。
ゲームや映画のなかでしか知らなかった、反社会的組織と呼ばれている彼らの業を、十三は初めて直視していた。
彼らはきっと、命に関心がないのだ。自分以外の人間がどうなろうが、どうでもいい。自分自身を満たすためにカネが必要で、たくさんのカネを稼ぐために、どうでもいい他者を利用する。
ーー平凡な十三には、あまりにも遠い世界の話だった。
遠くて、あまりにも遠くてーー自分には届かないと、十三は思い知った。
見切りが、ついた。
だから十三は、”社長”に思いきって尋ねてみることにした。
「……社長」
「ん?」
「どうして、オレを……雇おうと、思ったんですか?」
「なんで、かな。直感かな」
「……直感」
「なんとなく、オマエは、大丈夫だと思って」
十三は、言葉に詰まった。
だが、沈黙で終わらせることは出来ず、質問を重ねる。
「……。それは、……どうして?」
「おれの部屋の絵、観たときーーオマエ、喜んでたろ」
「……え?」
「オマエ、ガキみたいに笑ってた。そのとき、思ったんだ。こいつは、地獄を知ってる人間だって」
「ーー…………おれ、が……」
「……シノ、もう帰っていい。今日のことは忘れろ。それで、もうおれたちの世界に関わるな」
その言葉は、”社長”なりのクビの宣告、だったのだろう。
十三は”社長”の言葉に、従うことにした。立ち上がって、トイレの個室を出て、おぼつかない足取りでトイレの入口まで歩く。
その背中に、”社長”から言葉がかかった。
「付き合わせて、悪かった。ごめんな」
ーー十三は、その場で足を止めて振り返った。
”社長”はーー”件”を売る反社会的組織の”社長”・黒澤棺は、十三をまっすぐに見ていた。
その小さな顔には、笑みもなく、無関心もない。そして虚無もなかった。
”社長”の眼差しには、誠意があった。社員だった他人の姿を、二度と会わない他人の姿を、しかと焼きつけようとする眼差しがあった。
「……社長」
だから、十三は、誠意をもってあたるべきだと決意した。
人生でもう二度と会わないであろう上司に、せめて一日の恩に報いるべく。
「……もう最後だから、はっきり言わせてください。……オレ、今まで、実家の居酒屋やバイト先で、色んな人間を見てきたんですよ。役員とか社長、校長だとか医者、理事長……大層ごリッパな肩書つきの連中です。……ああいうやつらはね、社長、自分が悪くたって、絶対、謝らないんですよ。どいつもこいつも自分がやらかしてもどんなに倫理を外れてても、ぜったいに、謝らねぇ。注文を言い間違えても、酔ってジョッキや皿を割っても、うちのおふくろのケツを撫で回しても、『だから何 ?オレは悪くない』」って平然とした顔して言いやがるんです。世の中、そんな人間ばっかりだった。ーーだと、思ってた。……だから、今、ちゃんと言わせてほしい」
十三は”社長”の前髪の奥にある目をまっすぐに見つめて、告げた。
「アンタは、悪い人じゃねェ。……オレみたいな、なんの取り柄もない男に謝れる人間が、悪い人間なはずがないんです。……だから、こんな商売、やめたほうがいい。……じゃないと、いつか……取り返しのつかないことになる。……アンタ自身が、地獄に墜ちるハメになりそうで」
長い沈黙のあと、
「――シノ、あのな」
”社長”は、ゆっくりと十三に近づいた。
十三のすぐ間近に、”社長”の顔がある。
少女のように小さく、可憐な顔。透明な湖を映しているように、静謐をたたえた琥珀色の双眸と、十三の瞳が合った。
長いまつ毛に縁取られた大きな瞳で、”社長”は十三をまっすぐに見つめて、こう言った。
「おれたち渡世の人間はな、天国行きなんか願っちゃいないんだ」
一言一言、ゆっくりと、”社長”はーー黒澤棺は言う。
ハスキーな声音を、ぶっきらぼうな口調を、優しく和らげて。
浮かべた笑顔は、ほんの少しだけ、寂しそうだった。
「人を貶めて、金も命も財産全部奪って、不幸にして。そんなおれたちが、人並みの幸せを得ようとは、さらさら思ってねェ。恨まれるのも、ろくな死に方をしないのも、ぜんぶ覚悟の上でやってる。おれも、とらも、うちの会社の連中は全員な。だからーー」
そこまで言い終えると、”社長”は十三の方へと歩き出した。
十三の横を通り過ぎ、トイレ入口のドアノブに手をかけたところで、”社長”は傍らに立つ十三に告げた。
「……心配してくれて、嬉しかった。……カタギの人間から心配されるのは、生まれて初めてだったよ。……元気でな」
そう言い残し、”社長”はドアを引いて出ていってしまった。
十三は、ひとり、トイレに残されていた。
全身が、どく、どくと大きく鼓動を刻んでいる。血液の流れる音なのか、心臓が脈打つ音なのか、それとも脈の音なのか、十三には全くわからない。
十三の身体のうちを、自分への問いがぐるぐると回っていた。
ーーこのままでいいのか? このまま帰っていいのか? オレは本当に、何もせず”ヤード”を離れていいのか? もう二度と、社長に会えなくなってもいいのか?
疑問の嵐に十三が立ち尽くしているとーー見知らぬ男の声が、背後から聞こえてきた。
「狂っているでしょう」
声とともに、ずっと閉まっていたらしい一番奥の個室のドアが、ぎぃと音を立ててゆっくりと開いた。
そこから、背の低い、坊主頭の男が、姿を見せていた。
鷲鼻で、肩が詰まったかのように首が異様に短い男だ。四十代か五十代か、シワや皮膚を見る限りそのぐらいの年代と推測できる。ただ、しわがれた風貌のわりには異様に目が大きく、全身の生命力を瞳に集中させたかのようにギラギラと輝いていた。
その、奇妙な闖入者は、十三を見るなり、目を輝かせて言った。
「失礼。わたくしは村田マサオと申しまして」
そう言って、村田マサオと名乗った男は慇懃な仕草で頭をさげた。
「あのヤクザたちはですね、狂っているんですよ。ーーいいえ、もとより、社会に適応できない娑婆の修羅どもに良識などあるはずもないのです。我がことのみに執着し、他者を踏みつけてでも己の利のみを得ようとする、まさしく現世の乞食ども。ーーあぁ! 醜い! あんな醜い生き物を、創作物の他に見ようとは! ーー……けれど貴方は違う。話を聞かせて頂きました。貴方は、善き人だ。正しき者を正しいといえる、善良な青年だ」
突然現れた男は、朗々と言葉を紡ぐ。時折天井を仰ぎ、大仰に首を降る仕草は、演劇芝居でお目にかかるようなものだった。
だが、あまり場違いな振る舞いは、十三を困惑させるのみだった。
ーー何を言ってるんだ、このおっさんは?
突然現れ、芝居じみたことをのたまう。ここまで異様だと、困るというより、むしろ警戒心すら抱くレベルだ。
だが男は、十三の困惑など知る由もなく、小走りで十三に詰め寄ったかと思うと、目をかっと見開き、こう問いかけてきた。
「貴方もこんな世界、間違ってるとは思いませんか? そうでしょう?」
「……はぁ……」
迫力に押された十三は、仕方なく相槌を打った。
すると、鷲鼻の男は、ゆっくりと弓の形に口を吊り曲げて笑顔をつくり、パチンと手をあわせて満足げに頷いた。
「素晴らしい! ……あぁ良かった! 最後に貴方のような同士に出会えて、本当に良かった! わたくし村田マサオ、万感の思いであります! ーーだから、貴方だけに、こっそりお伝えいたします」
急に小声になった男は、十三の耳元に、顔を近づけてじっとりと囁いた。
「ーーこれより、惨劇が始まります。あなたはここにいてはいけない。ーーどうか、お逃げください」
「……えっ……?」
十三は驚いて男を見返した。
後ろで手を組んだ鷲鼻の男は、ニコォーッと笑って、こう言った。
「それでは、善き青年よ。良い生者の旅を」
そう言って、不気味な男は、軽快な足取りで廊下へと出ていったのだった。
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バッドランズ・グレイアウト 梅屋凹州 @umeboshisuki
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