第3話 万博が教えてくれたこと
母に振り回され、父は激怒し、私は疲弊していく。それでもパビリオン巡りは続いた。
人間そっくりなアンドロイドが、展示の紹介をしていた時は驚いた。本当に本物の女性と見紛うほどの完成度だ。何度も近づいて見たが、あんまりにも人間そっくりで息をのんだ。
その綺麗なアンドロイドお姉さんが紹介してくれたのは、恐竜型ロボットだった。
ティラノサウルスが、ロボットになって登場すると言うのだから大変だ。
恐竜ロボットは、前の方に子供が観覧できるエリアがあった。
「私の代わりにじっくり見てきなさい」と母に言われ、私は前方に座っていた。
しかしティラノサウルスが登場した途端、私は慌てて逃げ出した。
本当に食われると思った。凄まじい迫力だ。
あの有名な肉食恐竜が突然現れたのだから、パニックになって当然である。
逃げ出したのは見た限り私だけで、子供達はみんなボケっとティラノサウルスを見ている。
こんな危機的な状況だと言うのに、みんなカメラを向けたり、歓声を上げている。
私は映画やアニメでよく知っていた。
こう言う時逃げないやつから食われると。
母に助けを求めると、「あんなに珍しいロボットが見られるのに、何やってんの!」と怒られた。
そんなこと言われたって、食われてからじゃ遅いのだ。いつこのロボットが暴走するかもわからない。
母にしがみついているうちに、ティラノサウルスは退場となった。
あの程度怖がるなと言われたが、そのくらいすごい完成度だったのだ。
きっとパニック映画の世界になっても、私は生きのびることだろう。
その後、父が並ぶのを拒否したので、私たちは空いている場所に行くことになった。
これ以上父を並ばせれば、向こう何年か恨まれそうだったからだ。
辿り着いたのは、簡単な作りの大きな掘立て小屋だった。全然人が並んでいない。
父がここにしなさいと言ったので、我々は仕方なく小屋に入ることになった。
この小屋での出来事を私は一生忘れない。
それくらいすごい体験をした。
大きな小屋には「博士」と名乗る白衣を着た男性が立っていた。
「みんなでこの博士の演説を聞く」という内容だったと思う。
博士は、人間たちのせいで地球が汚されていること、この星を守らなくてはならないと熱く語った。
まだ小学校低学年だった私は、衝撃を受けた。
何気なく毎日を送っているつもりだったのに、それが地球を汚していたなんて。
そして他の生き物の住処を奪っていたとは。
何て悪いやつなんだ、人間って。
この時原罪を意識した。
食って遊んで寝るだけで、人は罪を犯していたのだ。生き物たちの命を奪い、その上で今の生活がある。
初めての感覚だった。
生きていることがどれほど尊いかわかった。
命を猛烈に感じた。
全くもって博士の言う通りだ。地球を守れるのは我々人間だけである。
木を切ったり、戦争してる場合じゃない。
私たちの大切な星を守らなくては。
「新しいエネルギーを使いましょう。地球温暖化を防ぐ方法はたくさんあります!」
博士がこう叫ぶと、壁に飾ってあった風車が一斉に回り出した。風力発電を表したものだろう。
私は猛烈に感動していた。涙まで出てくる。
「地球を助けないと!」私は使命に燃えた。
小学生って単純である。こんなに簡単に影響を受けてしまう。もしこの時、博士じゃなくて悪者の演説を聞いていたら、私はとんでもない不良になっていたことだろう。
博士の演説に惜しみない拍手を送った。
素晴らしい話をありがとう。博士の気持ちは私たちが受け継いだ。
私が感動している横で、母がつまらなさそうな顔をして体を掻いていた。
さて。そうこうしているうちに、すっかり夜になってしまった。
会場にはあかりが灯り、会場全体を美しく照らしている。パビリオンも昼間とは違う雰囲気を出しており、何度見ても楽しかった。
母はめあてのパビリオンをたくさん見られて楽しそうだった。父は楽しむ私たちの世話を甲斐甲斐しく焼いていた。
私はと言うと、死にかけていた。
無理もない。こんなにも小さな小学生が、朝から晩まで万博巡りをさせられていたのだ。
気力も体力も限界に近かった。
足も痛かったと思う。ひたすら歩き回っていたので、おかしくなりそうだった。
そんな時だった。
母が「赤十字館に行きたい!」と騒いだ。
同じ万博は二度と開催されない。だから絶対に行きたいと言い出した。
私はフラつきながら母の訴えを聞いていた。
もうこれ以上はダメだ、やめようなどと父に言われていたが、母は行きたい行きたいとずっと言っていた。
私は母の気持ちがわかった。こんなに素晴らしい万博、二度とないかもしれない。
行きたければ行った方がいい。
「行こうよ」と私が言うと、母がぎょっとした。「あんた、どうしたの?!」と言われた。
何のことかわからなかったが、後で聞いたところ、私は心底死にそうな顔をしていたらしい。
「いい加減にしろ!」父が怒り出した。
「子供のことも考えなさい。もう限界だ」
父が怒り出したあたりで、ブツンと意識が途切れた。私は立ったまま寝ていたそうだ。
次に意識がはっきりした時は、父に担がれていた。見渡せば、私のように気絶した子供を背負う父親が何人もいる。
二度と見られない万博の風景が、後ろに流れていく。
この時父の背から見たパビリオンが、目に焼き付いて離れない。万博のキャラクター、モリゾーとキッコロが遠くに見えた。
光り輝くパビリオン、そして一つの街を閉じ込めたような夜景が広がっている。
「もう帰るんだよ。ちゃんと記憶に残しておきなよ」
母が起きた私に気づいたのか、こう声をかけてきた。
もちろん、そうするとも。この光景を私は忘れない。ロボットのことも、博士のことも、全部大切な思い出にする。
ちょっとしんみりした時だった。
「お父さんのせいやで!!」後ろからものすごく大きな関西弁が聞こえてきた。
しんみりした空気は一気に吹き飛んだ。
振り返ると、お父さんらしき人が、家族全員に責められている場面に出くわした。
聞き耳を立ててみる。お父さんが万博巡りを張り切りすぎたせいで、帰るのが遅くなったらしい。ということがわかった。
「お父さんのせいや!」
口々に子供達もお父さんを責めている。
お父さんは無言で前を見ていた。万博を巡り歩いた猛者の顔をしている。彼はやりきったのだ。顔に悔いなしと書いてあった。
お父さんが可哀想だよと私は思った。
価値観は人それぞれ。万博への想いもそれぞれである。でも家族であっても、わかりあえないことってあるんだ。
その家族とは駅で別れるまで、ずっと一緒だった。「すげぇな」と父が一言感想を述べた。
関西弁で怒る家族のこと、何故か大人になっても忘れられない。
それからどうやって家に帰ったかはあまり覚えていない。
親の話だと、愛知万博に二度といけないことを、私はとても悲しんでいたそうだ。
「次はいつ万博があるの?」と何度も帰り道できいたらしい。
家に帰ってからのこと。
家には早速、万博で私と母が購入した、役に立たない土産が並べられた。
私はサソリにも王冠にも飽きてしまい、サソリたちは即押入れ行きとなった。
「こんなくだらないものを買うからだ」
父が怒りながら押し入れを閉めていた。
それから平和な日々が過ぎていった。
万博に行ったのは、夏休み期間中だった。
問題は学校が始まってから発生する。
「地球を守れ!」
博士に影響された私は、すっかり環境フリークになった。化け物の誕生だ。
愛知万博から帰った後も、学校で大暴れした。
手を洗ってる友達の蛇口を勝手に閉めたり、紙をたくさん使う友達から、紙を取り上げたりした。
環境を守れと喚きながら、わけのわからないプラカードを作ったこともある。
「資源を無駄にするな!地球は悲鳴を上げている!」こう叫びながら教室のロッカーから飛び降りた。
あまりにも馬鹿すぎる。学友が何をしたと言うのか。それでも私は、環境を守ろうと声高に叫び続けた。
アニメや漫画に影響を受けるのはまだわかる。子供ならカッコいいヒーローの真似をしたくなるだろう。
私のヒーローは、掘立て小屋の博士だった。
私の壊れっぷりに母は頭を抱えていた。
「掘立て小屋なんかに連れていくんじゃなかった」としきりに後悔していた。
博士の影響は凄まじく、いまだに私は「地球を守らないとなぁ」なんて思っている。
昔のように人に強要したりはしないが、ゴミの分別には気をつけるようにしている。
愛知万博は、私にたくさんのことを教えてくれた。
並ぶのは辛かったが、行ってよかったなと本当に思っている。
最近は大阪関西万博が開催されていた。
行った方はいかがだっただろうか。きっと学べることがたくさんあったに違いない。
行かなかった方は、それはそれでよし。
少しでもテレビやインターネットで、万博の風を感じてくれていたら、これ以上に嬉しいことはない。
土食ってた小学生、万博に行く。 ぴよぴよ @Inxbb
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