赤と黒のボレロ

安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売!

 カジノの中には今、水を打ったような静寂が広がっていた。そうでありながら場の空気は、ジリジリと内からせり上がるような熱にあぶられている。


 人々の視線は、ひとつの卓に集中していた。


 ポーカーが行われている卓だ。今その席には黒服のディーラーの他に、身なりのいい紳士が一人と、赤を基調にした軍服を着崩した青年が一人、互いに札を手にして視線を交わしている。


 他の人間は全員このゲームからは降りたのだろう。目の前にチップを置いていながら手からカードを手放した面々は、笑みを浮かべながらもどこか緊張した面持ちで二人のやり取りを見守っている。


 そんな緊張の中、終始笑みを浮かべていた青年が不意に笑みを深めた。その笑みに周囲がザワリと不穏にざわめいた瞬間、青年は己の目の前にフワリと柔らかく手札を放る。


 ショウダウン。


 卓の上に扇状に広がったカードは、華やかな赤の絵札で占められていた。


 ハートのロイヤルストレートフラッシュ。


 提示された最強の役に、ホールは声にならないざわめきに沸く。


「い、イカサマだっ!!」


 その瞬間、青年の対面にいた紳士は椅子を蹴って立ち上がった。叩き付けられた紳士の手札には9のフォーカードが揃っている。


「こっ、こんな……こんなっ!!」

「はぁ〜? イカサマぁ?」


 ワナワナと震える紳士に対して、青年はどこまでも余裕綽々だった。


 片腕を卓に置き、反対の腕で頬杖をついた青年はニヤリと笑みを深めると下から紳士を見上げる。チシャ猫のような笑みを向けられた紳士は、それだけで喉を締め上げられたかのように顔色を失くした。


「酷いなぁ、俺は自分の運で勝負をしただけなのに」

「運だぁっ!? そんなの信じられるかっ!!」


 それでも紳士は果敢に青年に食ってかかる。


 そこには一種の『確信』が込められていた。


だぞっ!?」


 確信があるのは、恐らく紳士だけではない。


 この場にいる全員が、……ここまでの流れを見守ってきた全員が『何かがある』と確信した上でこのやり取りを見守っている。


「ハートのロイヤルストレートフラッシュばっかり、10回も連続っ!! それをイカサマも使わずに運だけでやれるもんかっ!!」

「それができちゃうのが俺なんだけどなぁ」

「それにっ! お前っ! 『能力持ち』だろっ!?」


 圧倒的に不利な状況に立たされていながらも、青年の余裕は崩れない。そんな青年へ紳士は指を突きつけると、つばを飛ばしながら喚き散らす。


「聞いたことがあるぞ! 赤毛にの赤い軍服を着た『』の能力を持った男が、ヒュディアのカジノを片っ端から荒らしてるって!」


 紳士はもはや青年が何を言っても聞く耳は持たないだろう。その噂を知っていた上でここまでボロカスにやられてしまったのだ。『このままでは終われない』という、追い詰められた者特有の必死さが紳士からはビシバシとほとばしっている。


 ──あーあーあー、……そんな血相変えるくらいなら、最初から乗ってこなけりゃいいのに……


 さらに言うならば、自分から『オールイン』などという無茶な賭け方をしなければ良かったのだ。


 もっとも、この紳士は、そこまで強気に出ればこちらが降りるとでも思っていたのだろうが。最悪、9のフォーカードが手元に揃っていたならば、余程のことがなければ勝てるという見込みもあったのだろう。


 そんなもの、青年の前では微塵も通じないとも知らずに。


 ──お・バ・カ・さ・ん。


「確か名前は……っ!」

「アルバート・カラット」


 さて、どう逃げてやろうかと、青年は人知れず笑みを深める。


 だがその笑みはどこからともなく聞こえてきた聞き覚えのある声にヒクリと固まった。


「抵抗すれば、即座に斬り捨てる」


 声は頭上から聞こえてきた。だが青年……アルバートが頭上を見上げるよりも、声の主がダンッと派手な音を立てながら卓の上に降り立つ方が早い。


 ギラリと光を弾く黒い刀身の剣が、真っ直ぐにアルバートの喉元に向けられていた。反射的に両手を顔の横に上げながら刀身をたどるように視線を上げていけば、まるで突きつけられた刀身そのものが人の姿を得たかのような鋭い美貌を湛えた剣士がたたずんでいる。


 覚えたくはないが覚えてしまった、忘れたいが忘れようのない、とにかく因縁深い相手のご登場に、今まで余裕を揺るがせることさえなかったアルバートが盛大に顔を引きらせる。


「え、エリオット……」

「赤の女王のトランプ兵『赤の一番エース・オブ・ザ・ハート』アルバート・カラット。お前の関与が疑われているのは、とある宝飾品の偽装事件だ」


 黒い軍服……アノマイヤ国軍が誇る精鋭部隊『黒の王のトランプ兵』であることを示す隊服に身を包んだ剣士、エリオット・ルースは、触れれば切れそうな美貌に一切の感情を浮かべることなく言い切った。


「同行願おうか、詐欺師殿」


 ──だーから! 俺は詐欺師じゃねぇっつの!


 お決まりの台詞セリフに内心では盛大に抗議の声を上げながらも、アルバートは表面上素直にエリオットに従い、ゆっくりと席を立ったのだった。

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