月魄

星森あんこ

帰還

 "マゼラン号"


 それは数週間前に月面を目指したロケットの名称。選りすぐりの乗組員は羨望の眼差しと脚光を浴び、宇宙へと旅立った。安定した航行が続いたが、突然通信が途絶えた。なんの前触れもなく。


 誰もが乗組員は死に、月面着陸という夢は宇宙の塵となって消え失せた……そう思っていた。


「マゼラン号、帰還します」


 男性乗組員の声。この一つの声が世界を大きく揺るがせた。なぜ通信が途絶えたのか、なぜ1人だけしかいないのか……尽きぬ質問の嵐に男は通信でこう答えた。


「会見の日に、全てお話します」


 ​───────……


 某所某日、世界が男に注目する記者会見にはワラワラと記者が集まっていた。男について色々な憶測が飛び交う中、冷や汗を流しながらメモを必死に見つめる新人女性記者がいた。


「さ、最初はマゼラン号について聞いて、今度は航行中の発見を​──────」


 女性が焦っている時、会場がどよめく。男がやってきた。長身で長い黒髪をひとつにまとめた男だった。淀んだ漆黒の瞳には有象無象の記者を映し、意味ありげな微笑みを向ける。


「皆さん、お集まり頂きありがとうございます」


 撫でるような、這い寄るような湿り気のある声が会場を支配する。次に発するのはなんなのか、その場にいた人達は男の言葉を待っていた。


「皆さん、かぐや姫をご存知ですか?」


 突拍子もない、マゼラン号となんら関係の無さそうな内容に一同は唖然とする。しかし男の口は止まることを知らない。


「有名な童話ですので内容は省きますが、最後彼女は月へと帰りますよね? 彼女は月が故郷の異形……そう、彼女はエイリアンなのです」


 男は穏やかな笑みを浮かべたまま、困惑した記者達を見下ろす。


「さらに質問です。人間は生き物に対して様々な感情を抱きますよね? 可愛い、美しい、愛らしい、憎らしい、おぞましい……ただ、人間以外の生き物には"愛おしい"という恋愛感情は湧きません」

 

 男の演説は未だ本筋を捉えない。


「エイリアンであるかぐや姫は人外。恋愛感情は生まれないはずなのに、魅了されて求婚する人が後を立たなかった……それは何故か」


 男は壇上を行ったり来たりし、記者達を舐めまわすように……何かを探すように見回す。そして新人女性記者と視線が交わる。淀んだ男の瞳には愛とも畏怖ともとれない、沈殿した重苦しい感情が内包されていることに女性は気づいた。


 気づいたところで何も出来ず、女性はメモをとることすら忘れて震えながら男の演説を聞くしかできない。


「そこにいたのはではないからです。月に住む者が地球で生きれるわけがない。だからこそ、かぐや姫は自分の分身として動く駒を作るため地球人を攫い、地球に送り返す。そして準備が整えば再び月に連れ戻す……それを繰り返して地球ここには偽物のかぐや姫がいます」


 会場内がどよめくが、すぐに静寂へと戻り、誰も男を止めなかった。それどころか、指先1つ動かすことすら出来ない。


「この話をただの戯言だと思っている方がほとんどでしょう。しかし、あなた達はを見たことありませんね? 今回の航行、我々は月の裏側を見ました。月人つきじん……いえ、童話通りなら天人てんにんに我々は出会ったのです」


 そう言うと、男の背後に投影されていたマゼラン号の紹介映像から男が撮ったであろう動画へと切り替わる。



『こ、こちらマゼラン号……! 謎の電波障害によって通信は途絶え、月までの軌道が変わった。今いるのは……おそらく月の裏側だと思う』


 映像に映った男は今まさに演説していた男だった。男の背後には慌てる乗組員や恐怖する乗組員もいた。四方から鳴るアラーム音が、その場にいる人間の恐怖心を煽る。


『どうする、機体の損傷を見るために外に​──────待て、これが月の裏側なのか……?』


 映像の男は自身を映すのを止め、円形の窓から景色を映す。そこにあったのは幾何学模様の巨大な遺跡だった。わずかに発光する遺跡は黄金色の光沢を放ち、規則的に明滅していた。それはまるで呼吸する生き物のようで、マゼラン号に気づいているのか、明滅する光は微笑みかけている……そんな妙な感覚が襲う。


『……ダメだ、絶対外に出るな!! あれは、あれは見ちゃいけない! 』


 映像はブツリと切れる。会場は静まり返っていたが、男は平然とした顔でスタッフにもう一つのUSBを手渡して違う映像を流させた。


『あぁ、ああ……あったんだ、本当にあったんだ禁忌というものは……僕は違う、違うんだ。みんな、戻ってきてくれ……! あの建物に近づいたら​────』


 その瞬間、もぬけの殻となり燃料不足で節電モードに入った船内が白金の光で覆われる。

 

「う、あ、ああ、ああああっ!! い、嫌だ!! 僕は人間でいたい!! やめろ!! やめて、やめてください……!! 」


 ゴトンというカメラが落ちる音ともに、映像の視点は男を下から映す視点となった。そこにいたのは男だけではなかった。


 男の身長を優に超す半透明な巨大な体躯、黒々とした塵が集まって不定形に蠢く頭部、白色に発光する布を纏う人型のナニカがいた。それは細長い半透明の腕で男を壁に押し付け、側腹部から三本目の腕を生やして男の頭部を掴む。


「あが、や、やめ​──────」


 バキャリ


 まるで卵でも潰したかのような音だった。抵抗していた男の腕は力を失ってだらりと垂れ、鮮血が辺りに飛び散った。ナニカが頭部を失った男の体を抱きしめたかと思えば、男の体はナニカの半透明な体とゆっくりと融合していく。

 

 皮膚と皮膚が、筋肉と筋肉が、神経と神経が、骨と骨が……数分後にはナニカは男の姿に変わっていた。しかし、瞳だけは淀んでいてナニカの頭部と同じ黒々とした塵のようであった。


 映像はまたしてもブツリと切れ、会場にいる人間全てが男に視線を向ける。困惑、畏怖、嫌悪……様々な感情が乗る視線に対し、男に成り代わったナニカは未だ微笑み続けていた。


「1000年ほど前に地球に送った我々の仲間は"かぐや姫"と名付けられていた。その仲間は言っていた……人間の体は娯楽が詰まっていると」


 人間の皮を被ったナニカが壇上を降り、新人女性記者の前に立つ。


、2度目の地球調査お疲れ様でした。やはり月は狭い、一部の者は地球に住むことを決めました」


 女性は短い悲鳴を上げ、後ずさる。それを見たナニカは驚いたような顔を浮かべ、頭を搔く。


「ふむ、やはり何度も肉体を変えていると記憶と意識が宿主に引っ張られますか。大丈夫ですよ、一瞬で終わります」


 ナニカはそう言って、両手で女性の首を掴む。気道を親指で、頸動脈を残りの指で押さえつける。唾液と共に肺に残っていた僅かな空気が漏れ出るが、軽い痙攣を起こしている時には空気が完全に無くなったのか流れ出るのは唾液だけとなる。


 顔が赤から青へと代わり、全身から力が抜け落ちていく。すると体は映像で見た半透明な体躯をしたナニカへと変わっていった。


「バ、バケモノ!! う、うわぁぁぁっ!!」


 会場内で1人がそう叫ぶと、矢継ぎ早に悲鳴が上がって会場から出ようと出入口の扉へと洪水のように人々が押し寄せる。


「い、いや! 誰かっ!!」


 腰が抜け、逃げ遅れた30代ほどの女が醜くも床を這いながら助けを乞うが、半透明な体のナニカが女の頭を掴む。


「ひっ!」


 バキャリ


 血飛沫が床を、周囲にいた人を濡らしていく。そて、ナニカは融合していく。それは捕食にも等しい行為で、圧倒的な力を前にして人々は絶望の顔を浮かべて号哭する。出入口の扉前には死んだはずのマゼラン号の乗組員が立っていた。その瞳は黒々とした塵のように淀んでおり、人でないことは明白だった。


「終わりましたか、新たな体はどうです?」


 ナニカへと捕食されていた女がスっと立ち上がり、男に淀んだ瞳で微笑みかける。


「やはり、人間は最高の娯楽です。さて、これがバレてしまえば面倒なことになります。どうするつもりなんです?」


「あぁ、それなら心配ありません。もうすでに、娯楽を待ち望む仲間が来ています」


 ​───────……


 記者会見では、マゼラン号の乗組員は奇跡的に生き延びたとして記者がこぞって質問していた。


 30代の女性記者が男に尋ねる。


「奇跡的な生還、そして月面への着陸という人類にとって大きな成果を喜ばしく思います。質問ですが、宇宙からみる月はどうでしたか?」


 男は一呼吸置いてから答えた。


「宇宙から見る月は美しかったですし、幼い頃から夢見ていた月ですからどこか懐かしさもありました」


 背後のスクリーンには、地球から観測した月が投影されていた。それは月の裏側ではなく、月の表側を映したよくある月の映像。男はそれを見てフッと笑みをこぼす。


「月が綺麗ですね。宇宙から見ると懐かしいような感覚になりますが、やはり僕は地球ここから見る景色が好きです」


 微笑む男、乗組員、記者……その場にいる全員の瞳は淀んでいた。

 

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