あなたはどれだけさびしいの

ふみその礼

第1話 あなたはどれだけさびしいの


今から、ほんの10年後のことだよ。

減らない青少年の自殺対策として、政府は非公表で、あるAIシステムを作った。SNSを精査して、自殺をほのめかす、またはその可能性を察知した時、その悩みを抱えた本人の前に、人型のAIを出現させ、相談に乗ることで自殺を回避させようとするものだった。


 佐原メルは高3、迫り来る大学入試、伸び悩む成績。好きな人に彼女がいること判明。親友が疎遠になり、SNSでのつぶやきが意図しない誤解を招き、人を傷つけてしまったり、トラブル続きでどん底だった。

なんか、叫びたい気分だったけど、いつものSNSのサイトでは知ってる人が見てしまう。だから、今日は新しいアカウントで、自分の、正直な気持ちを綴ってみた。



今まで出会ってくれたあなた、本当にありがとう。わたしは今、とてもさびしい。

それで思ったの。あなたもやっぱりさびしい時があるのかな。

あなたはどれだけさびしいの



 ここまで書いて、送信ボタンを押そうとしたけれど、急に、この自分の部屋の中で押すのが「違うな」と思った。メルは一人家を出て、近くの丘の上の公園に行った。10月の半ば、遅い秋の夜明けだった。日が昇れば消えていく雲が一面にあるけれど、その上はどこまでも高く青い空だった。

メルは、その夜明けの空に向けて、自分の思いを発信した。


 カーディガンを着ていても少し寒い。メルはスマホを握りしめ、ただベンチに坐っていた。今ここで何かが起こるはずはない。意味のないことをしてる自分がポツンといるだけだった。



 でも、その時、メルは背後に、フワッと何かが現れたのを感じた。

びっくりして振りかえると、そこに立っていたのは、〇ラゴンボールのセルだった。

「ええ!…マジ⁉ なんでここにセルが⁉」

 セルは何も答えず、手にした自分のスマホを見て呟いている。

「これさ、最新モデルなんだけど、やっぱり新しいのはいいよね…」

「あ…あの…」

「あっ、ごめんごめん。びっくりさせちゃったかな。あのね、さっきの君の呟きを見て、それでここに来たんだよ」

 そう答えたセル。でもよく見ればセルじゃない。姿は似てるけど、顔立ちがとても優しい。戦闘をする気配はまるでない。スマホを見る伏せた目の、切れ長の目尻がうつくしい…。彼は目を上げ、優しい声で言った。

「僕はメル。君のためにここに来たんだ」


「メ、メル⁉……私もメルなのよ……」

「えっ!そうなの⁉その情報入ってない。同じ名前なんだ。偶然だね」

「…………」


 メルは、目の前で起きている出来事、まるで理解できてない。セルは、じゃない、メルは、いやメル君は、特に断りもなく、ベンチのメルの横に坐った。ガタイは大きいけど、圧はまるでない。風のようにそこにいる。

 メルは、ようやく落ち着いて状況を理解した。メル君は、さっきのメルの呟きを見て、それでここへ来てくれたみたい。メル君、スマホをしまい、前を見て独り言のように話した。

「悩み事があるなら言ってもいいし、言いたくなければ言わなくてもいいよ…」

 そんなことを言ったけど、「話してごらん」という意味なんだ。そこにはプレッシャーをかけない気遣いを感じる。


 メルは、失恋のこと、友達とのこと、進学の悩み、家庭の問題など、次々とぶちまけた。メルにとって真剣な悩みだけど、実際言葉にしてみると、誰にでもある悩み、そんな気もしてしまう。ただ、メル君に聞いてもらったことで、なんかすっきりしたような気がする。メル君は、黙って優しく聞いてくれた。

 でも、ここでメルはふっと気づいた。

「あ、あの…メル様。あなたAIですよね…」

「まあね…」

「この、今私が話したこと、データに残るんですか?」

「残らない。個人情報は絶対に残さない」

「ああ…やっぱり。じゃあ、メル様は、この後また別の人の所へ行かれるの?」

「行かないよ。僕は君と話せたから。それでおしまい…」

「おしまい?…それって、まさか」

「消える」

「消えちゃうんですか⁉」

「うん」

「消えちゃうなんて…そんな」

「僕は君のために生まれて、君の悩みを聞いた。少しでも君が楽になれたのなら、それでいい」

「でも、消えちゃうなんて、さびしいじゃないですか」

「さびしい。でも仕事だから…」

 メル君はそう言って空を見るように視線を上げて言った。

「仕事だけど、君に会えたことに幸せを感じてる。君は僕が初めて会い、初めて話した人だ。仕事があったからこそ君に会えた」

 メル君はもう一度メルの目を見つめた。

「君は僕をとても幸せにしてくれたんだよ。だからメル、君はこれからも元気で生きて、たくさんの人と出会い、たくさんの人を幸せにしてほしい。それが僕の、君への願いだ」


 メル君はそう言って立ち上がった。メルはあわてて言った。

「メル君!もう少し側にいて」

 メル君はメルを見おろして言った。

「メル、君は今、自分でいて幸せかい?」

 メルは黙って頷く。

「その幸せを、自分で手放さないで」彼はそう言って静かに風の中に消えた。






 


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