半分殺しておきました

マゼンタ_テキストハック

半分殺しておきました

 一週間が過ぎ、案の定、男が現れた。

「今日はどのようなご用件でしょうか」

 白々しく殺し屋が問いかけると、男は自身の境遇を語り始めた。

 中堅企業の経理部に勤めていたその男は、とある上司に横領の濡れ衣を着せられ、すべてを失ったという。家族は離散し、社会的信用も地に落ちた。人生を狂わせた上司への恨みは、男を突き動かす唯一の原動力になっていた。

『真っ当な方法で社会的かつ公正に決着をつけるべきだ』

 誰もがそう思うに違いない。しかし、もうどうしようもない。男が信頼していた同僚は、突然、死んでしまった。唯一の証言者だったその同僚を失い、もはや、男の無実を証明することは……不可能だった。


「私の人生を地獄に突き落としたあの男にトドメを刺したい」


 男の言葉には怨念が込められていた。殺し屋は依頼を承諾し、淡々とルールを伝えた。報酬は前払い、キャンセル不可、そして――

「半殺しにするだけです。とどめは……あなた」

「私はどうすれば?」

「そのうち、ハトが来ますよ」

「鳩?」

「伝書鳩です」



 ターゲットは男だった。男の始末は簡単だ。男には性癖がある。本人が気付いていなくても、潜在的な性的嗜好が必ずある。今回のターゲットはドMだった。だから、親の仇のように、もとい、依頼人の仇のように、きつく縛ってやった。ターゲットは喜んでいたが、次第に異変に気付き始めた。

「あ……あんた、まさか」

「数週間ぶりですね。お久しぶりです」

「お、女だったのか」

「人を呪わば穴二つです」


 伝書鳩を放った。

 依頼人は受け取るだろう、「半分殺しておきました」という伝言を。


 追伸。

 焦らなくてもすぐには死なない。ゆくっりでいいから。復讐を果たす喜びは、長く味わいたいものでしょ?

 ことを済ませたら、すぐに逃げること。明確な動機のあるあなたは真っ先に警察に疑われる。アリバイも曖昧、もしかすると殺害現場付近の防犯カメラに映っているかもしれない。そうなると、どんな名犯人でも言い逃れは無理。

 でも大丈夫。私が匿ってあげるから。

 ちなみにだけど、あなたの同僚の半殺しを依頼したのは、あなたを貶めた上司。



 一週間が過ぎ、案の定、女が現れた。

 最愛の夫がSMプレイ中に謎の死を遂げたという。その女の復讐心は、すぐにでも叶えてあげられそうだった。

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