第17話 真相

 南條は愛実を逮捕し、署まで連行した。その後、愛実の身柄は別の刑事に回された。


 翌日、南條は透子への聴取を割り当てられた。これまで通り、隣では堂前がメモ役として控えている。


 彼女は祖父の認知症や生活環境について詳細に語った。南條は——無論犯した罪は赦されるものではないが——少なからずの同情を寄せざるをえなかった。


 彼女は一通りいきさつを説明した後、ふっと息を吐いた。


「……刑事さん。〝普通〟って何なんでしょうか」


「普通、ですか」


「私も会津さんも〝普通〟の生活を夢見ていました。でも私、ふと思ったんです。〝普通〟というのはただの幻想なんじゃないかって」


「ほう。というのは?」


「〝普通〟といっても人によって想像するものは様々です。必ずしも平均値とか中央値を指すものでもないと思います。じゃあ〝普通〟って何かっていうと……〝普通じゃなさそうなもの〟を全部取り除いた幻想なんじゃないかなって」


 彼女の聡明さを感じさせられる発言だった。


 もし仮に彼女の言う〝普通〟が存在したとして、もしそんな家庭に生まれていたら、きっと今頃は〝普通〟の女の子として青春を謳歌していたことだろう。少なくともこんな狭苦しい部屋で刑事二人と対峙させられてはいなかったはずだ。


 南條はやるせない気持ちでいっぱいになったが、一人の刑事として同情に押し流されるわけにはいかない。


「非常に興味深いお話でした。——ところで我々としてはもう一つ把握しておかねばならないことがありまして」


「……はい。何でしょうか」


「なぜ会津愛実さんと殺人対象を交換したのか、という点です」


 すると透子は肩の力を緩めた。


「それは――


 南條は頭をハンマーで殴られたような心地がした。透子が自首をしたこと、俵積田が次の被害者を惣吉と断言したこと。いずれにも矛盾しない唯一解だった。


 尊属殺重罰規定は、刑法200条に定められた法律である。条文は「自己又は配偶者の直系尊属を殺害した者は死刑又は無期懲役に処する」。


 法定刑は強盗殺人罪と同等。刑法199条で定められた通常の殺人罪——死刑又は無期若しくは5年以上の懲役——に比べ、遥かに重い刑が設定されている。


 そして殺人における命の価値に差を設けている唯一の法律である。


 透子は小さく息を吐いた。


「正直に言うと、私、法律のことを調べました。中学校までしか行ってないから詳しいことが分からなかったので。そしたら殺す相手が親や祖父母だったらなぜか刑が重くなるって分かって、理不尽だなって」


「だから交換殺人なんかを……」


「はい。だって殺す相手が親や祖父だったら死刑か無期懲役なんでしょう? 人を殺めたのですから私が死ぬべきなのは当然ですが、それでは都子をずっと外で一人ぼっちにすることになってしまいます。減刑についても調べましたが、どんなに頑張っても懲役3年6ヶ月までしか減らせないみたいでした」


「ただちに都子さんの元へ帰れる執行猶予つき判決は、現在の法制度では理論上不可能と」


「はい。でもそんなのおかしいじゃないですか。誰に苦しめられるかなんて誰にも分からないのに」


 透子の供述を聞き、南條は椅子の背もたれに体重を預けた。


 命の価値はすべて同じという大前提がある中、「孝行」という観点から直系尊属のみ守られる法理。祖父や父親に苦しめられていた彼女らには相当理不尽に映ったことだろう。結果、二人の少女の人生は不自然な方向に捻じ曲げられた。


 南條は窓から外を眺めた。


 分厚い暗雲が垂れこめている中、雲間から一筋の陽光が差しこんでいた。


(了)


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〈補遺〉

 1968年に発生した「栃木実父殺し事件」で、1973年に最高裁で尊属殺重罰規定違憲判決が確定(判決は懲役2年6月、執行猶予3年)し、これ以降尊属殺重罰規定は事実上無効となりました。


 また、二人は18歳および19歳なので少年法によって少年(現在は特定少年)として保護されますが、殺人罪(交換殺人を実行しなかったら尊属殺人罪)なので家庭裁判所送致後は逆送される可能性が高いです。そうなると、(少年法51条により減刑は見込めるものの)通常通り刑事裁判で審理されることとなります。

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「会津稔を殺したのは私です」 天野 純一 @kouyadoufu999

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