1969年は、高度経済成長期の只中で、世界的にはアポロ11号が月面着陸に成功、国内では東大安田講堂事件が勃発した全共闘の時代だと言われています。
この物語は、まさにそのような「激動の昭和」を舞台に描かれる社会派ミステリーです。
証券会社に勤務する会津稔を殺害したらしき被疑者は、保科透子。彼女は凶器を携え警察へ出頭するものの、動機については黙秘し続けます。自首したにもかかわらず、いわゆる「完落ち」を頑として拒む背景には、いったい何があるのか?
まさに社会派ミステリーファンのツボを突くような舞台設定やストーリーラインで、そうした方向性の作品がお好きなら、思わず引き付けられてしまう内容でしょう。
しかし特筆すべきは、やはり作者様がまだ19歳だという事実ですね。
皆さんは、19歳の頃に社会派ミステリーを書こうと考えたことがありますか?
19歳の頃の私は、それこそ昭和を代表する社会派ミステリー作家・松本清張の小説が好きでしたが、まさか自分で書こうと考えたことはありませんでした。仮に書いていたとしても、正直19歳当時の自分にこちらの作品と同じ水準で書けたとは思えません。
ましてや自分が生まれるより前の時代の物語なんて! だいたい松本清張だってデビューしたのは41歳ですからね。
付け加えると、そんな若年作家さんのミステリーをガッツリ読み込み、アレコレ考察しておきながら犯行動機の真相をあえなく出し抜かれて、わりと赤っ恥をかいてしまったどうもオッサンの私です(白目)。
いや読み手目線として、言われてみると理由がすとんと腑に落ちつつ、なんでそこに気付かなかったんだと自己嫌悪したくなるのは良いミステリーの証拠ですよホント。
いずれにしろ硬質な物語と落ち着いた文体を、是非ご一読ください。きっと現代の若年世代の実力に驚かされるはずです。
この作品は、犯人の動機に焦点を当てた、本格ミステリー小説です。
作中で起きる事件の概要は、以下のようなものです。
1969年三月、奥多摩で、証券会社に勤務する会津稔という41歳の男性が 路上で殺されているのを発見されます。
稔には愛実という娘がいて、彼は彼女と二人暮らしだったようです。
愛実は犯行時刻に、友人の樹里という子と福岡県へ旅行に行っていたみたいです。
警視庁捜査一課の南條は、愛実が怪しいと考えていたのですが、そんな時に、透子という女の子が突然、「会津稔を殺したのは私です」と自首してきます。
彼女は被害者とは何の接点もない子でした。
しかも、動機について尋ねると、「今は言えません」と言って黙ってしまいます。
それはどうしてなのか?
彼女が犯人だとして、その動機はなんなのか……?
読者はそのことについて、考えさせられることになります。
推理小説で読者にフェアな作品を書くのって難しいと思うんですよ。
正直、商業作品でも「いや、これは解けないだろ」って私は思っちゃうことがけっこうあります。
しかし、この作品は解答編に至る前に、ちゃんと解けるようになっている。
1970年前後くらいの時代の知識が多少必要ですが、推理に必要な材料は事前に全て提示されているので、誰でもちゃんと解くことができるようになっています。
難易度も難しすぎず簡単すぎずで、ちょうどいい加減になっていると思います。
作者はまだ大学生の方ですが、その若さでこれほどクオリティが高い本格ミステリー作品を書くのは、凄まじい才能というほかないです。
皆さんも是非この作品を読んで、謎解きに挑戦してみてください。