最終話 旅立ちのエトランジェ


エトランジェとは、フランス語で

「 異邦人、流れ行く者 」という意味らしい

そんな本を、ちらりとめくっていた


環境に属さない人、流れ者、ストレンジャー、外来者

その外れた感じが、とてもしっくりくる


別にそれを 名乗ろうなんて思ってはいない

ぼくは気取ったとしても、たかだか15才なのだから


言葉だけが、足早に先走っていく

響きだけで、字面だけで、わかったように綴るだけ

いつか言葉に 自分が追い付く時が来るのか、追い越すのか

何もわからないけど、言葉がすきだ 書くのがすきだ



エミルが 川のほとりに立っていた

昼の光を浴びてもなお冷たい川面に、ふと手を浸し

瞬時にその冷たさに 思わず手を引っ込める


ぼくは近づいて ハンカチを差し出した

いつか夏の日に 君がぼくにそうしてくれたように

駅で涙を流して心を立て直したあと、家に帰る君を知った


ママと話していたの

自然の中にいつも溶け込んで 声が聴こえるの


エミルが雪をかき集めて、雪玉にしてぼくに投げる

でも、ちっとも握りしめてないから

サラサラとすぐ崩れてしまう 今の君のように頼りなくて

その雪の破片は、キラキラと結晶を見せてくれる 


また投げるふりをして、ぼくの口に 何か放り込む

サクっと、ふわっと、やさしい甘い匂いがして

泣き笑いするエミルが答える


ブール・ド・ネージュというお菓子 フランス語で「雪の玉」

スノウボウルであり、スペインではポルボロンという可愛い響き

雪のような粉砂糖をまぶした、さくさくしたクッキー生地


私は悲しくても お菓子を作りたくなるの

ママに届けたいの いつだってそう思って作ってきたの

一口齧って嬉しそうにほほえむ人のために、私は私のこころをこめる


ねぇ、フウチ

生きているのなら 会えるのなら

会いに行った方がいい 命のあるうちに

人はいつどうなるかなんて、わからないから


でも、必ず 戻ってきて

私たちには フウチが必要

私には、あなたがいるの


迷っていたぼくの背中を押してくれた人

そして、待っていてくれる人



この先に進む道が決まって、あとは卒業までの数日

ぼくは卒業式を待たずに、フランスのある街を訪ねる決心をした

卒業証書を当日には預かってもらって

代わりに一人だけ先に、簡素な卒業式をしてもらうことになった


教室でクラスメイトと、ゆかりの先生たちに囲まれて

おめでとう、と拍手で送られたぼくは しあわせ者だろう

ありがとうみんな 先生方 そしてぼくが通った学校


その足で、列車に乗った 見送ってくれる人に手を振りながら


列車の窓から 一面の銀世界を眺める

空からふわりと舞い降りてきた雲のような 雪の絨毯

つめたさよりもあたたかさが伝わってくる 春を待つ雪


ぼくは 握ってもらったおむすびを食べながら

あたたかさを降り注いでくれた相手に向かって

はじめて手紙を書いた 大切なあの人に


 柚子さん、ぼくの初恋の相手はあなたでした

 でもあなたにとって、ぼくはただのオトウトで

 ただの隣人のかわいそうな少年で

 それでも、いつまでも、そばで見つめていたかった

  

 手紙でしか伝えられないと知っていたから

 ぼくは今、こうして書いています

 クウヘンさんもきっと知ってるから笑ってくれる

 この秘密は誕生日のロウソクの火のように

 ふっと吹き消して下さい

 あなたがだいすきでした


 いつだって ぼくが書くものは あなたに向かっていて

 あなたが笑ってくれれば 胸がいっぱいで

 どこまでも ぼくは あなたに頼りきりでした


 帰ってきたら 甘えずに一人立ちしたいです

 新しいぼくは あなたとクウヘンさんに 頼ってもらえるように

 大人に一歩ずつ 近づきたいと思います



きっと帰ってくる頃には、桜が咲いているね

桜の下 エミルと歩く

そんな風景を思い描いて、ぼくは旅立つ


待ってるね、の言葉を胸に抱えて


みんなの笑顔を、今から心待ちにしている

ノエル 少しでも元気になっていますように

カイル 新しい生活を共に歩んで行こう


コリス もうみんなも冬眠から目覚めるね

にぎやかな森になるだろうな


クウヘンさん

そして、柚子さん

「玻璃の音*書房」にあなたたちがいる春に

披露できるみやげ話を持って ぼくは必ず戻ってきます


待っていて下さい






*今日の1冊 「パリの憂鬱」 ボードレール

 冒頭を飾る「異邦人 L’etranger」という名の散文詩

 クロード・モネが、最後に開いた頁としても知られている

 パリの中で居場所を見つけられない自分自身に異邦人を重ねる

 エトランジェは旅に出なくても 何処にいてもなれるのかもしれない


*今日の1曲 「楓」スピッツ

「君の声を抱いて歩いていく 僕のままでどこまで届くだろう」

 風知は、フウチのまま、何処までも歩いていく






ぼくが 野原に隠した 宝の箱は

どこにあるのだろう

年月で風化した そんな箱を

ぼくは未来に きっと発見する


ぼくをみつけてくれて ありがとう

また いつか どこかで




<fin.>



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玻璃の音*書房 水菜月 @mutsuki-natsumi

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