甘いワナには御用心!? ②

 ウィルトールは思案げに門番のふたりを見上げる。ファーライルの走り書きを信じるならば薬の効き目はまだ半日以上もある。とてもじゃないが切れるのを待ってはいられない。かといって他に入れる場所もない。門はここしかないのだ。


「なーに騒いどるんだ」


 野太い声が割りこんだ。一同の目線がハッとそちらに向く。

 奥から歩いてきたのは恰幅のいい初老の男性だった。門番たる証である制服は着ていない。だがウィルトールは目をすがめた。見覚えがある気がする。

 門番たちがビシッと姿勢を正した。


「は。この子どもがここを通りたいと」

「こどもぉ?」


 男の視線がじろりとこちらに向いた。アデレードたちを交互に見比べていた男はやがてウィルトールに向き直ると「おやおやおや」と声をあげた。


「可愛い坊主だな。小さい頃のウィル坊ちゃんにそっくりだ」

「今でもそんなふうに呼ぶのはおまえだけだぞオイゲン。そんな格好だから始めわからなかったよ」

「……坊主、なんでわしの名前を知っとる」

「なんでも何も、おまえが自分で名乗ったからだろう」

「わしがかぁ?」


 腕組みをし左右に首を傾げて、男――オイゲンはうーんうーんと唸った。そしてポンと両手を打った。


「わしにそんな覚えはない。とっとと帰れ」

「わっ!」

「きゃあ!」


 オイゲンの腕がウィルトールとアデレードふたりをまとめて追い出しにかかる。圧倒的な腕力で押し出されながら、ウィルトールは必死で彼を振り仰いだ。


「何を言えば信じる!?」

「はあ?」

「確か俺が生まれる前からここにいて、家族は六人。そうだ、去年孫が産まれたと言っていた。――昔かくれんぼに付き合わせたこともあったかな。みんなでアンに怒られた」


 とうとうと流れるように語られた話にオイゲンはぴたりと止まった。拳を口に当てて軽く屈み「んんんん、」とウィルトールを凝視する。


「……ウィル坊ちゃん、ですか? 本当に?」


 おそるおそる紡がれた声。ウィルトールがほうっと溜息混じりに首肯した。オイゲンはまだ半信半疑の様相で少年を上から下までまじまじと眺めていたが、そのうち大声で笑い出した。


「こいつぁ傑作だ! また小さな坊ちゃんを拝めるとは思いもせなんだ。一体どうなっとるんです?」

「俺の方が知りたいよ。ああいや、犯人はわかってるんだけど」

「ふぅむ……それじゃあそっちはクラムのお嬢さま?」


 オイゲンがアデレードに振り向いた。慌てて「そうよ!」と答えればまた大笑いが辺りに響く。彼はひとしきり笑い、疑問符を浮かべまくっている門番たちに振り返った。


「おまえたち、若君を締め出してはいかんだろうが」

「若君!?」

「オイゲン殿、この子どものどこが」

「ちょっと黙っとれ。――すみませんウィル坊ちゃん。こいつらはあとでよぅく叱っておきますんで……あ、いやわしもか。大変申し訳ありません。罰は、いかようにも」


 前半を部下たちに、後半はウィルトールに向かって話すとオイゲンは頭を下げた。謝られたウィルトールの方は「その必要はないよ」と手を横に振った。


「このなりだし、うちの門番は優秀だってことがよくわかった。もう通っていいかな。兄さんに文句を言わなきゃ気が済まない」

「なるほど、ファル坊ちゃんの仕業でしたか。それじゃあこんなことにもなるわけだ」


 笑いが止まらないらしいオイゲンは肩を震わせながら「穏便にお願いしますよ」と快く通してくれた。

 礼もそこそこに門をくぐり抜け庭園の横を通ってエントランスへと駆けこめば、


「わっ、なんだ!? おまえたち、どこから入った!」


 立ち塞がったのは執事だった。また足止めだわ――げんなりしつつもアデレードは努めて気持ちをあらためる。ここを抜けないことにはどこにも行けないのだ。どうにかして乗り越えなくては。

 ウィルトールが一歩前に出た。そのとき奥から「あー!」と声がした。


「ウィル! おまえウィルだろう!?」

「ファル兄さん!」

「こんなとこにいたのか、探したぞ〜。てっきり客間にいると思ったのに誰もいないからさぁ」


 現れたのは次兄のファーライルだった。まるで長年会っていなかった友のような顔つきで両腕を広げている。お尋ね者の方からやってきてくれるとは……そう思っているうちにファーライルは駆けてきてウィルトールを抱きしめた。頭を撫でるというレベルを超え、さらさらの髪を豪快にわっしゃわっしゃと掻き回している。


「いやー懐かしいな! 可愛いおまえにもう一回会いたかったんだよ。念願叶ってお兄ちゃんは嬉しいぜ」

「離せ! 苦しい!」

「うわ、声まで可愛くなって。すごいな、本当に子どもじゃん」

「やめてください! ウィルトールが嫌がってるでしょう!? いくらファーライルさまでもそれは」

「あれっ。もしかしてきみアディちゃん!? アディちゃんもかわいいね――」


 アデレードに気づいたファーライルの目が輝いた。立て膝で弟を拘束したまま手を伸ばしてくる。ひっ、と引きつった顔でアデレードが一歩後ずさった。


「やめろ! アディに触るな!」


 腕が緩んだ隙にウィルトールが屈みこんだ。そのまま抜け出すかと思いきや彼は次の瞬間勢いよく飛び上がった。形の良い頭がファーライルのあごを突き上げる。

 鈍い、つ、ものすごい音がした。

 会心の一撃をまともに食らった次兄は声にならない声をあげ、そのまま尻餅をついた。


「……っつう……おいウィル、今のはさすがに、ぅわっ……ぐぇっ」


 顎をさするファーライルの肩に追い打ちの一撃を加えて倒れさせる。その上に馬乗りになったウィルトールは次兄の口にザラザラとを流しこんだ。彼の手に握られていたのはあの

 アデレードは目を見張り、両手で自身の口を覆った。


「ウィルトール、それ……!」

「――安心してファル兄さん。効果は一昼夜らしいから」


 むせ返るファーライルから身体を退け、ウィルトールは爽やかに微笑んだ。

 アデレードが知る限り彼が次兄に手を上げたのは後にも先にもこのときの一度きりだった。





 * *





 両手を閉じては開くのを繰り返す。それから手のひらと手の甲をくるりくるりと返してみる。――とても馴染みのある、いつもの自分の手だ。

 両手指を組み合わせ、アデレードは軽く伸びをした。いつもの身体がこんなにも快適で安心するものだったなんて。


 ふぅ、と息をついたところにトントンと扉をノックする音が響いた。返事をすれば入ってきたのはいつもの大好きな顔。


「ウィルトール!」

「おはようアディ。よかった、アディもちゃんと戻ったようだな。どこもおかしなところはない?」

「ええ。すっかり元通り!」


 にこりと口角を上げた青年のその胸にアデレードは飛びこんだ。受け止めてくれた腕の力強さに安堵し、しばし多幸感に浸る。


 ファーライルとあと、アデレードはウィンザール邸にそのまま厄介になることにした。母に経緯を説明するのが地味に面倒だったし、それ以上にファーライルの面目を保つため〝ここだけの話〟にした方がいいだろうとふたりで決めたのだ。

 用意してもらったゲストルームでウィルトールとお喋りを楽しみ、彼が退室したあとはベッドに入ってすぐに眠ってしまった。朝、目が覚めたときにはもうすっかり元に戻っていたというわけだ。


「兄さん、二歳か三歳くらいになってたよ」

「二歳!? それって大丈夫なのかしら……」

「まあ本人は満更でもなさそうだったし、使用人たちもあれこれ世話しながらみんな楽しそうだったから」


 情景を思い返しているのか、宙を見上げる彼の顔にはなんとも言えない微妙な表情が浮かんでいた。アデレードも一瞬その光景を想像しかけ、慌ててやめた。なんとはなしに笑みが引きつる。困った人がひとりもいないのならそれでよかったのかもしれないけれど。

 ウィルトールは疲れたように小さく溜息をついた。


「俺たちを巻きこむのはやめてほしいけどね」

「そうね。……でもわたし、小さなウィルトールに会えて嬉しかったわ。あんまり可愛すぎるからちょっと嫉妬しちゃった」

「そうなの?」


 不思議そうに返された眼差しをアデレードは「そうなの!」と上目遣いにジトッと見返す。


「セイルなんかより全然可愛かったわ! ウィルトールずるい。子どものときからあんなに可愛かったなんて。聞いてない」

「そう言われてもね。俺からしたらアディの方がずっと可愛いよ」

「えっ、やだ、調子のいいこと言わないで」


 あたふたと反論すれば彼はお得意の微苦笑を浮かべ「嘘じゃないよ」と答えた。


「兄さんじゃないけどさ、会えるものならまた会いたいって思ってたから。久しぶりに会えて懐かしかった。でも……」

「……でも、なに? ウィルトール――んっ」


 ウィルトールの長い手指がアデレードの頬を包みこんだ――そう思ったときには羽根のように軽い口づけが落とされていた。一瞬のことに目を白黒させていると藍色の瞳に悪戯っぽい光が浮かんだ。


「――どのアディも好きだけど、俺は今が一番いいな。子どもじゃこんなこともできない」


 顔を覗きこまれ、アデレードの頬がぽぽぽぽと熱を帯びる。何か言わなくちゃ――そう思って口をパクパクさせていると彼の笑みが深くなった。それでアデレードはむむっと唇を引き結んだ。

 ウィルトールに恋人として認めてもらえているのは嬉しい。舞い上がるくらい嬉しい。だけどいつもウィルトールは涼しい顔をしていて自分ばかりが振り回されっぱなしというのはやっぱり悔しい。


「ねえ、」


 アデレードは片手を口許に当て、ウィルトールに声をかけた。を察した彼が僅かに屈んだ。

 瞬時に手を離して彼の肩に置き、タイミングを合わせアデレードは背伸びをする。贈ったのは唇に触れるだけのキス。


「……わたしも、今が一番好き」


 まっすぐ見上げて囁けばウィルトールが目を瞬かせた。

 首から上が熱い。きっと真っ赤な顔になっているんだと思う。

 けれどウィルトールを驚かすことができて心から満足だった。アデレードは朗らかに口角を上げた。






――――――――――


 自主企画『「薬を飲んで身体が縮んでしまった?!」あなたのオリキャラで掌編☆』用に書いたお話でした。

https://kakuyomu.jp/user_events/16818093089927112427




 陽気な門番を含むウィンザール邸の門でのやりとりは以下の作品にも出てきます。


【綺羅星の子】……一人称視点で綴ったウィルの成長譚

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154875311

[1ー3]ひとりでねてるの!?

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154875311/episodes/4852201425154963087


【月のひかり、陽だまりの歌】/カクコン10参加中……綺羅星の子の大人視点の物語

https://kakuyomu.jp/works/16818093088351539534

2章 まぼろしの肖像画 より

 [6]今日はお出かけ!

https://kakuyomu.jp/works/16818093088351539534/episodes/16818093088412995584

 [8]捜索

https://kakuyomu.jp/works/16818093088351539534/episodes/16818093088413248789

3章 風薫る庭で より

 [1]医療の心得あり?

https://kakuyomu.jp/works/16818093088351539534/episodes/16818093088449420922


 脇役には極力名付けしないスタンスなんですが今回ついに名前をつけてしまいました(笑)

 【月のひかり、陽だまりの歌】は主人公の片割れが高貴な生まれこともあり、ウィンザール邸の使用人にスポットライトが当たる場面が多い物語となってます。

 オイゲンの名前もこの先機会を見つけて呼ばせたいと思います。

(1月14日追記)オイゲンの名前が出てくる回書きました!

3章[5]邸の外だけど敷地の中

https://kakuyomu.jp/works/16818093088351539534/episodes/16818093091771810254

 [5]から[8]まで四話にわたってウィルとのかくれんぼが繰り広げられます(笑)



 ここまでご高覧ありがとうございました!

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Honey and Apple 〜おてんば娘は年の差幼馴染に恋してる〜 🌙☀️りつか🍯🍎 @ritka

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