まんまんちゃん、あん

『まんまんちゃん、あん』←『なんまいだ』←『南無阿弥陀仏、あな尊し』らしい。
仏教用語になるのだろうが、神棚に向かっても同様に拝んできている。
でもそれが仏サマへなの神サマへなのか、どういう仏サマなのかなんて名前の神サマなのか、それすら考えたこともなく使ってきている。

大仰に仏教だ神道だの一切合切を、どこまで知って日々暮らしているだろうか。
たとえば自分の氏神様の名前を言える人がどれくらい居るのだろうか。

それを不敬とするのではなく、よくわからなくて畏れ多く尊く、見えずに感じるもの、として扱うのが多くの日本人の宗教観なのだろう。

今 多くの新興宗教が栄えるのは、古くからの宗教が形だけ整っていて、人間の心に触れるものが無くなってきているからなのか。

書物に残そうがデジタルに残そうが、神仏習合本地垂迹が今後も起きようが、きっと神サマ仏サマの名前と貌は失われていくだろう。
だからこそ、『まんまんちゃん、あん』と敬うこと続けたい。
嫉妬深くて短気で怒りっぽい、ニンゲンくさい神サマ方が大好きだから。