第三部 妖精の推理
第七章 苦手だけど、やるしかないじゃん!
16代目女神の伝承「燻り」
習わしに従い、女神は産んだばかりの娘を手放し、他の施設へと移した。
同時に、足が不自由な女神は、残されていたわずかな明るささえ失った。
自らが考え、動かなくても回る世界。役人たちの、気儘な政治。
女神は、しばらくそれを諦めの目で見つめるだけだった。
しかしやがて、心に燻りが芽生え始めた。
きっかけは、手持無沙汰に読んでいた本。極東にある先進国を紹介していた。
その目覚ましい進化と未来的な街の写真が、女神の危機感を刺激した。
『このままではトロイメライは世界に取り残されてしまう』
伝道師を呼びつけた女神は、目に炎の光を込めてそう言った。
極東の先進国のように、外から知識を集め、その国ならではの文化を築く。
すべてが古いトロイメライを刷新し、甦らせる。
女神は為すべきことを見つけ、知識を得るべく、図書室に篭りきりになった。
ルビーとロビンはまず、レイチェルの部屋を訪れた。
ノックをすると、レイチェルは、中からドアを少しだけ開けて顔だけ出した。
「あれ、あなたたち、もう仲直りしたの?」
ドアの隙間から顔をのぞかせて言うレイチェルに悪気はなさそうだったが、ルビーは昨日のことを思い出し、少し気まずく感じた。
が、ロビンは淡白に答える。
「今は、それどころじゃないだろ」
「うん、その通り」
レイチェルはドアを広く開けて、二人を部屋に招き入れた。
部屋の中は、きれいに整理整頓されていた。ルビーの部屋のように、シャツが椅子にかけてあったりしない。全く同じ間取りで同じ家具のはずなのに、まるで違う部屋に見える。
ルビーが勝手にベッドに腰掛けると、レイチェルとロビンは、丸テーブルを挟んでそれぞれ背の高い椅子に腰かけた。
「事件のことを話しに来たんだ」
ロビンは単刀直入に言った。
しかし、レイチェルがぴしゃりと遮る。
「その前に、二人は女神さまの手伝いをしていたよね。どうして?」
これにはルビーが答える。
「棺桶をホテルから運び出した時、スターリッジさんに頼まれたんだ。でも、棺桶の蓋を開けて閉めることくらいしかしてないけど」
「それだけ?」
「うん」
ルビーは、少し悪い気になった。仲間にすべてを話したい気持ちはあるが、事件の捜査を依頼されたなどとは言えない。
ロビンは冗談を織り交ぜながら補足する。
「僕たちが選ばれたのに深い理由はないと思う。ルビーはベイカーさんのお気に入りだったけど、僕は特別そういうわけでもないしね。パトリックみたいに太ってないから、お手伝い役として使いやすそうだっただけじゃないかな」
レイチェルは、怪訝な表情を消しはしなかったが、少しは納得したようで頷いた。そして、事件について触れた。
「私も事件について考えていたけど、分からないことが多すぎるわ。第一に、どうしてキャメロン大橋なんかで首が見つかったのか……」
レイチェルは、茶色いテーブルの木目を見つめている。
ルビーも、自分の疑問を言葉にしてみる。
「身体はホテルにあって、首はホテルの金庫に入っていたってことは、ここで殺して橋まで持っていったってことだよね。首をいれなくても金庫は重いし、すごく大変な作業になるよ。ホテルを出て、トンネルと小道を通って、劇場区からレイチェル街道を下って……全部で2キロくらい歩くから、40分はかかると思う」
金庫はバスケットボールくらいの大きさで、中は空洞だ。だが、金庫だけあって堅牢なつくりをしているから、かなりの重さになる。大体、20キロくらいだろうか。
ルビーは、それに首が入ったものを抱える想像をしてみたが、なかなか厳しいように思われた。例えば普通の女性がそれを持って歩いた場合、キャメロン大橋にたどりつける気がしない。
「たしかに、そこは大きなポイントだ。その他にひっかかるところはあるかな?」
ロビンは、レイチェルに問いかける。質問するふりをして、レイチェルの思考を探っているのがルビーにも分かる。……まるで、彼女を疑っているように見えてしまう。
「決まってるじゃない。ホテルのセキュリティよ」
レイチェルは躊躇うことなく言って、説明を続ける。
「正直、苦しいわ。虹彩を登録してなきゃ、ホテルに出入りできない……。さっき登録履歴を見てきたけど、やっぱり従業員とお客さんの分しか登録されていないわ。記録の修正履歴もない。こうなると、私たちかお客さんの中に犯人がいるとしか思えない」
平静を装っているが、その表情には悲しそうな影がかかっている。レイチェルも、仲間を疑わなければならない現状を憂いているに違いがないと、ルビーは思った。
「ねぇ、ベイカーさんの死亡推定時刻を聞いた?」
レイチェルが聞き、ロビンが答える。
「あぁ、葬儀の前にスターリッジさんに聞いたよ。遺体を調べたところ、朝の2時から4時の間らしい。でも、キャメロン大橋付近に住んでいる住人の何人かが、グリフォン像が砕けるような音を3時15分に聞いたって証言してるらしいから、さらに絞られると思う」
レイチェルが、下げていた視線を上げ、ロビンを見つめる。
「うん、それは大事な証言ね。これで、実際の死亡時刻は2時から3時15分の間に絞られる」
これを聞いて、ルビーの心拍数が高まってきた。
「昨日、わたしたちがロバートさんの夢を出たのが丁度3時だったよ! ここからキャメロン大橋に金庫を持っていくのに40分はかかるから、わたしとロビン、それとロバートさんには犯行は難しい……ってことになるよね? 3人とも、ロバートさんの夢の中にいたんだから」
ルビーはそう言いながら、夢から出た後も30分間、ロビンの部屋で気まずい時間を過ごしたことを思い出す。少なくとも3時半まで、ロビンとはお互いにアリバイを証明し合えるわけだ。
「……本当に?」
レイチェルは目を見開いて、ロビンが頷くのを確認した。そして両肘をテーブルにつき、考え込むように俯いた。
ロビンは身を乗り出して、彼女を問い詰めるように聞く。
「レイチェルたちは、何時ごろに夢から出たんだ?」
しかし、レイチェルは答えない。深く考え込むように、俯く目を閉じている。
ロビンがじれったそうに彼女を見つめる。ルビーも、不安な気持ちになってきた。ルビーとロビンとロバートのアリバイが証明されつつある今、レイチェルたちの容疑は自ずと高まってしまう。
しばらくの沈黙の後、レイチェルは口を開いた。
「実は、私たちにもアリバイがあるわ。私とパトリックは、カレンちゃんとリリーさんの二人を世話しているから、一晩につきどちらかの夢の中にしか入れないんだけど、昨日はリリーさんの番だった。そして、3時30分くらいにリリーさんの夢を出た。夢には2時ごろから入っていたから、カレンちゃんを除いた三人には、その間のアリバイもある。カレンちゃんがあの金庫を運べるとは思えないし……犯行は不可能ね」
沈黙。
前のめりになったロビンの上半身は、ゆっくりと背もたれに寄りかかり、天井を見上げる格好になった。レイチェルはそんな彼を不安そうに見つめている。
自分たちにも、レイチェルたちにもアリバイがある。ルビーは、混乱しながらも、少しだけ安心した。そして黙りこくった二人に、明るい声で言う。
「ということは結局、わたしたち妖精全員に犯行は無理で、同時にお客さんたちにも無理だってことだよね?」
困ったように、レイチェルが頷く。
「あとは、バニーさんくらいだわ……」
ロビンが首を振ってバニーを庇う。
「バニーさんのアリバイは、役人たちの捜査で証明されているよ。2時から4時まで、ずっと部屋のパソコンで経理処理の仕事をしていたらしい。パソコンの操作履歴に残っているから、間違いないみたいだ」
これで、ホテル内部の人間すべてにアリバイがあることになった。
突き詰めて調べれば数分の誤差はあるかもしれないが、40分はかかると思われるこの犯行をこなせるだけの時間を持つ人物はいない。
考えが行き詰って、3人はしばらく黙り込んだ。
その後、パトリックとバニー、リリーとロバートにも話を聞いたが、レイチェルと話したこととすべてが一致していた。妖精たちは夢の中で仕事をしていて、宿泊客は睡眠中。バニーは経理作業をしていた。
犯行可能な人物は、一人もいないように思えた。
また、バニーを含めて話した結果、事件とは関係なく、これまでと同じようにホテルの仕事はこなそうと意見が一致した。ベイカーの気持ちを考えると、ルビーもそうするべきだと思った。
深夜になって、眠るロバートの部屋に赴き、ルビーは妖精へと姿を変える。
部屋中がオレンジ色の光に包まれ、ルビーの身体が縮んでいく。同時に透明な羽が生えて、ひらひらとロバートのもとへ飛んでいく。
ロビンも続き、部屋を一瞬紫に染めると、妖精の姿でルビーの脇まで飛んできた。
ルビーがその表情を見ると、いつもとは違う感じの緊張を帯びているようだった。
二人は、ロバートの頭にするりと侵入していった。
夢の舞台は、これまでの記憶の森ではなく、女神の宮殿となっていた。
バルコニーから垂れ下がるトロイメライの大きな旗が、ここが宮殿だと証明している。
ルビーは驚いて辺りを見渡す。ロバートの心境に、どんな変化があったのだろう? 昨日ルビーが見つけた記憶によって、探し求めていたものを思い出したのだろうか。だから、記憶の森は解消されたのだろうか。
空には雲一つなく、中庭のそこかしこに白いシーツをかけた丸テーブルが置かれ、大勢の人々がお酒を手に歓談しており、さながら野外パーティー会場のようになっている。
その中庭で、ロバートはワイングラスを片手に、顔のない女性と話をしている。とてもきれいで、肌の白い女性だ。
すると、突然空が黒く曇って、空を稲妻が切り裂いた。
その直後、中庭の中心から強烈な光と爆音が轟いた。
強い雷が、女神像に直撃したのだ。大きな音と衝撃が辺りを震わし、女神像は脚のあたりから折れて崩れた。
もしもこの雷が宮殿の塔などに落ち、女神像のように崩れでもしたら、中庭にいるすべての人は瓦礫に埋もれてしまう。それほどの雷だった。
つまり、この夢では、そんな危機にさらされているロバートをいかにして救うか、それが試されているのだろう。ルビーは、そう理解した。
しかしこの時、ルビーは信じられない言葉を聞いた。本来女神さまが立つべきバルコニーに立って司会を務めている人間が、マイクを通して話している。
「みなさん、落ち着いてください。この宮殿は頑丈なので、雷ごときじゃ崩れません。あんなものに構わず、お楽しみください」
こちらの男にも、顔がない。信じられないことに、この言葉で会場のどよめきは止んでしまった。ロバートも、再びあの美しい女性と話を始めている。
ルビーの隣で飛んでいた妖精姿のロビンは、その姿をパーティー会場のウェイターへと変えて言う。
「この夢にどんな意味があるのか、これまでの記憶の森からどうして変化したのか、さっぱり分からないけど、どちらにしても不気味な夢だ。僕はロバートさんの近くに待機して、会場の様子を探るよ」
意味不明な状況に置かれても、冷静で的確な判断ができるロビン。ルビーはそれを尊敬している。間違いなく、自分にはできないことだと思う。なにしろ、ルビーがやろうとしていたことは、それとは真逆の行動だったからだ。
「じゃあ私は、雷をなんとかするよ!」
「は!?」
等身大のウェイターになったロビンは、嘘だろ、と言わんばかりの表情でルビーを見た。妖精姿のままでいるルビーは、自分の全身くらいあるロビンの顔に向かって言い返す。
「だって、雷さえ止まれば宮殿は崩れないでしょ?」
「それはそうだけど、どうやって止めるんだよ。それに、ルビーは雷苦手じゃなかったか?」
「苦手だけど、やるしかないじゃん!」
そう言いながらも、正直不安はあった。だが、とにかくやるしかない。ルビーがいったん俯いた後に目を上げると、ロビンは諦めたのか、呆れたのか、冷めた表情を見せる。
「そうか、勝手にしてくれ。この夢は、僕がなんとかするから」
そう冷たく言い残し、ロバートの方へ歩いていった。
ルビーが複雑な気持ちでその背中を見ていると、今度はなんと大雨が降りだした。それでも、夢の中の住人達は気にせずパーティーを続けている。
ルビーは異常な光景に強い不安を覚えて、勢いよく空へ飛び出した。一刻も早く、この天候をなんとかしなければ。
宮殿の上空まで飛んだルビーは、辺りを見渡す。
空はほとんど真っ暗だった。自分の身体が放つオレンジの光と、時折光るあまりに強い雷光を頼りに、ルビーは高く高くへと飛んでいく。雨粒が羽にあたる衝撃を我慢しながら、ぐいぐいと上がっていく。
ルビーは以前、幼い宿泊客の夢の中で、雷を解消したことがある。その時は、雷雲の中心に雷神みたいな男がいて、子供が絵にかくようなギザギザの雷を地上に向かって投げつけていた。だから、ギザギザの雷を避けながら雷雲に飛び込んで、その男を止めることで、雷を止めることができた。
だが今回は、科学者であるロバートの夢の中だからか、雷は現実のものに限りなく近いかたちをしている。天から地へ、枝分かれしながら光線が走る。そのスピードは、子供の夢に出てきたものより相当早い。当然、雲の中に男がいるとは思えない。
本物の雷を避けて雲まで辿り着くことができるだろうか? 辿り着けたとして、原因の男がいなければ、雲の中で何をすればいいのだろうか? 飛びながら、ルビーは不安になった。
しかし、ルビーは考えるのを止めた。今考えたって、何も変わらない。ここまできたら、行動あるのみ。雷より速いスピードで飛び、雲の中に突っ込むだけだ。その後で、何をするのか考えればいい。
心を決めて、激しい雨の中をぐんぐん上昇していく。
宮殿の塔の頂点までもう少し、というところまできた瞬間、突如、雷が塔に落ちた。空間を切り裂くような光と轟音がルビーを包む。
塔の屋根が、少し崩れて地面に落ちる。これでは、倒壊するのは時間の問題だ。
そう考えて、ルビーが上空を見上げた瞬間だった。
突然新たな雷が発生し、ルビーの方に向かって走ってきた。ルビーは自分に当たる直前にそれに気づき、ものすごいスピードで真横に逸れた。雷は、ルビーの後ろにそびえる塔に落下した。
「危なかった……」
予想以上の速さの稲妻に、ルビーは思わず独り言をつぶやいて、胸をなでおろす。しかし、これで分かった。スピードと反射神経には自信がある。避けられないスピードではない。ルビーは意気込み、雲間に全速力で突っ込んでいく。
次々と稲妻が襲い掛かってくる。
一瞬、世界が真っ白な光で覆われる。
その直後、ゴロゴロというよりは、バチンという瞬間的な音が耳元で爆発する。
が、ルビーは持ち前の閃く反射神経でそれをかわす。稲妻は、元々狙いすましていた塔へ落ちていく。
そしてルビーは、すぐに急上昇を再開する。
身を回転させて、円を描きながら、飛んでいく。
そしてついに、雲に突入した。
やはり、雲の様子は、以前経験したものとはまるで違った。あの時は、ふわふわとした綿のような雲だったのだが、今回はただの水蒸気に近い。雷雲なのに、色も白い。
どうしてだろう?
一瞬だけそう思ったが、これまた考えても仕方がない。とにかく今は、雲の中の様子を知ろうと考えて、雲の中を飛び回った。
これは、容易なことではなかった。雷雲の中は、上昇気流と下降気流、そして雨と雹が入り混じり、前を見ることさえままならない。それでも、やみくもに飛び回るしかない。何分間も、ルビーは雨と雹に身体を打たれ、風に吹き飛ばされながらも周囲に目を凝らしていた。
瞬間、ルビーの右でまばゆい光が瞬いた。
雷が来る。しかも、今回は塔を狙ったものではなく、直接ルビーに的を絞った稲妻だ。
ルビーは、切り裂く音が耳に届くよりも早く、身をよじらせて回避しようとした。
雷は、けたたましい破裂音と共に、さっきまでルビーの身体があったところまで瞬時に走った。太く、電圧の高そうな稲妻だ。
なんとか避けられた。そう思った矢先だった。
なんと、ルビーの身体から細い稲妻の線が発せられたのだ。
次の瞬間、それは先ほどの太い稲妻を、ルビーの身体へと誘うするように、太い稲妻の先端へ、ふっと飛んでいった。
すると、太い稲妻は、その細い線に導かれるようにルビーの身体へと襲い掛かってきた。避けようとしても、まるで電線を伝う電流のように、身体から伸びる細い稲妻を伝って追いかけてくる。
これは、かわせない。
そう察した瞬間、ルビーは稲妻に身体を貫かれた。
全身に電流が流れ、激しい痛みが襲ってくる。びりびりと思考がしびれ、意識が飛んでしまいそうだ。
気づいた時には、ぼろぼろになった羽が機能しておらず、黒く焦げた身体は空中を落下していた。
雨と共に落ちる夜の闇。電気の残る手足は動かず、目は虚ろ。
妖精は、夢で怪我をしても現実の身体にはダメージを受けない。しかし、地面に落ちて気を失った瞬間、この夢をリタイアしなければならない。
つまり、失敗だ。
事件の捜査が行き詰っても、ホテルの仕事だけはしっかりとこなそうとしたはずだったのに、それすらも失敗してしまった。自らに対する失望が、絶望的な感情に変わっていく。
力なく落下しながら、ルビーは迫りくる中庭の様子を見た。大雨のパーティー会場は、先ほどと変わらない楽しげな空気に包まれている。
しかし、直後に強い雷が宮殿の塔に直撃した。
今までで一番強烈なその雷は、屋根を抉り、最上階をバラバラに崩してしまった。その衝撃は会場にももちろん届き、地震のような揺れを起こす。会場はどよめきに包まれた。ロバートを見ると、振動のせいで転倒しかけている。
さらに状況は悪化した。
再び轟音が響いたと思ったら、連続して同じ塔に雷が落ちたのだ。
ルビーは目を見開いて、塔を見た。塔の中央に大きなヒビが走る。そして、ゆっくりとバランスを崩し、中庭に向かって崩れ始めた。
中庭にいた人々は、さすがに危険に気づいたようで、叫び声を上げて宮殿の出口へ駆け出し始めた。バルコニーにいた男性も、とっくに姿を消している。
ロバートも同様に、恐怖を露わにした表情で駆け出している。
だが、ロバートは中庭の奥の方にいたからか、かなり出遅れていて、最後尾に近い場所にいる。
ロビンが必死で人をかき分け、ロバートを逃がそうとする。
が、老いたロバートの足は遅い。
ほとんど斜めになって、今にも崩れ落ちそうな宮殿の塔。
見かねたロビンはロバートの腕を掴み、強引に引き寄せ、人波の中に突っ込んだ。
おかげで、なんとか宮殿の門にたどり着き、瓦礫に埋もれるのを回避した。
と、ルビーが安堵したその時だった。
ロバートの身体が、誰かに突き飛ばされたようで、門から中庭に向かってはじき出された。
何が起こったのか? ルビーには良く見えなかった。
しかし、ロバートを突き飛ばしたのは、細く白い女性の腕のようだった。
ロバートの頭上に迫る、倒れ来る塔。
直後、大きな粉砕音とともに、塔は地面に打ち付けられて、瓦礫となって弾け飛んだ。
ルビーの目は、ロバートの身体が瓦礫に潰される瞬間を捉えた。彼の悲鳴は、ルビーにあらゆる絶望をもたらした。稲妻に打たれ、上空から落下する間に見た悲劇だった。
ルビーが地面に落ちてリタイアする前に、空間が大きくねじれ、夢からはじき出された。
夢の中でロバートが死に、夢が終わったのだ。
現実の世界。
夢からはじき出された二人は、ロバートが目を覚ます前に慌てて人間の姿に戻る。
しかし、今日の場合はそれも無用な心配だった。
ロバートが目を覚ます気配が全くなかったからだ。
ベイカーから聞いたことがある。人間が夢の中で死を迎えた場合、その死に妖精が関与していれば、二度と目を覚まさない恐れがある。その言葉が、ルビーの身体を震わせた。夢の中のロバートは、自分かロビンのせいで死んでしまったのだろうか。分からない。
しかし、そもそも自分が雷を止めていれば、こんなことにはならなかった。
ルビーのブラウン色の瞳は、一切の光を失い、暗い色へと沈んでいった。
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