第5話 人骨スープ事件(解決編)

 家に帰ったヒロトは、ドアにしっかりとカギをかけた。それだけじゃ不安だったので、チェーンロックまで閉めた。おはかでのことを思い出すと、指先ゆびさきふるえてしまって、チェーンのピンをドアのに入れるのがむずかしかったけど、なんとか閉めることができた。

 台所だいどころ居間いまなど、一階の部屋をぐるりと見て回って、窓のカギに閉め忘れがないか、しっかりと確認をした。それから足音をしのばせて階段を上がって、自分の部屋に入り、ベッドに寝ころんで、頭まで布団をかぶって丸くなった。

 店長がさいせん箱を振り返った時、一瞬いっしゅんだけど、目が合った気がする。

 もしかしたら、店長には僕たちの姿すがたが見えていたのかも知れない。

 もしかしたら、僕の家をつきとめて、ここまでやって来るかも知れない。

 どうしよう。店長が来たらどうしよう。

 ヒロトはそれがこわくてたまらなかった。

 ねむろうと目をつむっても眠れなかった。

 それでも眠りにつくために、ヒロトは無理やり目を閉じて、羊を数えた。「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が……」。羊を三百匹くらい数えたところで、目の前に店長があらわれた。

「お前の骨をよこせ!」

 店長はおにのように怖い顔をしながら、スコップを片手に持っておそいかかってきた。

「うわぁああ!」

 ヒロトは悲鳴ひめいを上げて飛び起きた。短い夢を見ていたようだ。

 それから何度も、ヒロトは怖い夢を見て目を覚ました。

 そんなことを繰り返しているうちに、長い夜が過ぎていった。

 窓からオレンジ色の日差しが差し込んできた。窓の外の空は、昨日の夜の恐ろしい出来事がうそだったという様に、雲一つ無く晴れ渡っている。

 青い空を見上げて、ヒロトは深く息を吐いた。

「ああ、もう、朝だ」

 手のこうで目をこすりながらベッドから起き上がり、階段を降りて居間に向かった。

「おっ、ヒロト、おはよう。今日はやけに早いな」

 お父さんが新聞を読みながら、目玉焼きの乗ったトーストをかじっていた。

「あら、ヒロト、早かったじゃない」

 お母さんはキッチンでヒロトとチカの朝ごはんを準備をしながら、ヒロトを見た。

「あら、ヒロト! どうしたの?」

「えっ、何が?」

「目の下、すごいクマじゃない。大丈夫なの?」。

 お母さんはヒロトの顔を見ておどろきの声を上げた。

 ヒロトの目の下にははい色のクマがくっきりと浮かび上がっていた。

「おはよう、兄ちゃん」

 少ししたころにチカが階段を降りてきた。

 ヒロトとチカが居間のテーブルの前に座ると、お母さんが朝ごはんを運んできた。メニューは目玉焼きとトースト、それからサラダとコーンスープだった。トーストにはアカシアのハチミツがぬられていて、ふんわりと甘い香りがした。

 いい匂い。いつもなら、ぱくぱくと食べ始めるところだ。けれど、今日は食欲しょくよくがわかなかった。ヒロトは食事に手をつけずにうつむいていた。

「ヒロト、どこか調子悪いの?」

 お母さんが心配そうにヒロトの顔をのぞき込んだ。

 ヒロトは小さく首を横に振っただけで、口を閉じたままだまっていた。昨日の夜のことを話したら怒られそうだと思ったのだ。だから、話したくても話せなかった。

「ずいぶんしんどそうだな。ヒロト、今日は学校を休みなさい!」

 普段のヒロトがとても元気なので、お父さんもヒロトを心配して、学校を休むように言った。ヒロトはだまってうなずいた。ずる休みをするみたいで後ろめたかったけど、家を出るのが怖かった。

 それからしばらく、お父さんとお母さんはヒロトやチカに世話せわを焼き、熱をはかったり、服を着替えさせたり、お昼ご飯の説明をしたりした。そして、まずお父さんが会社に行き、それに続いてお母さんも仕事の準備をすませた。

「チカは今日も熱があるから休みなさい。ヒロト、チカと一緒に仲良くお留守るす番しててね。もし困ったことがあったら、携帯に電話してね!」

 お母さんはそう言ってヒロトをなでてから、部屋を出て行った。


 お母さんはそのまま家を出て行き、玄関のドアが閉まり、カギをかける音が聞こえた。

 ヒロトは居間でゆっくりと朝食を食べていた。食欲が無くても、食べずにいたら、もっと元気が無くなってしまいそうだったから、一生懸命いっしょうけんめいにパンをほおばった。

 チカはとっくに朝食を食べ終わってテレビを見ていたのだが、お母さんが行ったとたんにヒロトのほうを振り返って、首をかしげた。

「で、兄ちゃん。昨日の夜に何があったの?」

 ゴホッゴホッ。チカが急にそんなことを聞くので、ヒロトはおどろいてむせてしまった。

「何がって、何のこと?」

「夜にどこかに出かけたんでしょ?」

 チカは「全部お見通しだよ」とでも言いたそうな顔をした。

「えっ、何で出かけたことを知ってるの?」

「だって今日は朝から兄ちゃんの様子が変だし。あと、さっきトイレに行ったとき見たら、兄ちゃんのクツが脱ぎっぱなしになってたよ。いつもなら、クツはお母さんが帰った時に整えてくれるよね。だから、昨日の夜に誰かがクツをはいたってことでしょ」

「そっか、昨日お母さんが帰ってから今朝までに、僕がクツをはいたって分かるのか!」

「うん。兄ちゃんのクツはお父さんやお母さんには小さいからはかないでしょ? 僕もはいてないからね。つまり、はいたのは兄ちゃんしか考えられないんだよ」

 チカは推理を話し終わると、「ねえ、それで、何があったの?」と、聞きなおしながら目をキラキラさせている。ヒロトは観念して、チカに昨夜の話をすることにした。

「いいか、お母さんとお父さんには言っちゃダメだぞ!」

「うん、分かった。で、昨日は何があったの? 早く教えてよ!」

 ヒロトは昨日のできごとを順を追って説明した。コージがお墓で幽霊を見たという話から、実際にお墓に行ってみた話。そして、そこで天使の食卓の店長を見た話をチカに聞かせた。 

 チカは話しが終わると大きく首をかしげた。

「それで、どうして兄ちゃんは元気が無いの?」

「だって、怖い事を知っちゃったから。それに店長に見られたかもしれなくて」

 ヒロトの声は力なくか細くて、少し震えていた。

「怖い事ってなに? だって、幽霊はいなかったんでしょ?」

「でも、店長がいてさ。すると、お墓がほり返されていた理由も分かっちゃったんだ!」

「理由って、どういうことなの?」

「分かるだろ。ほら、お墓といえばあれがあるでしょ」

「えーと、なんだろう? お墓の石とか、お花とか、お線香せんこうとか、ろうそくとか?」

「違うよ、考えてみろよ。お墓にまってるものだよ」

 ヒロトはじれったくなって大きな声を出した。

 チカはおどろいて目を丸くした。それから少し考え込んだ。

「埋まってるものって、骨つぼってやつのこと?」

 骨つぼと言うのは死んでしまった人のお骨を入れるための入れ物のことだ。まだ四年生なのに、そんなことを知っているチカはすごく物知りだと思う。

 たしかにお墓には骨つぼも埋まっている。でも、答えはもっと簡単だ。お墓に埋まっているものと言えば……。

「骨つぼじゃなくて、その中だよ。お墓の下には骨があるだろ!」

「うん、そうだね。でも、骨が何か関係あるの?」

「中華とかラーメンには、豚骨スープってあるだろ?」

「うん、あるね」

「ああいう風にさ、あの店長は人の骨でスープを作ってるんだ。それで、夜中にお墓で骨を探していたんだよ!」

 ヒロトは悲鳴に近い声でさけんだ。店長が人間の骨を煮込んでスープを作っていると想像すると、怖くてしかたが無かった。しかし、チカはそれを聞いても、怖がりもせずにきょとんとしていた。

「ねえ、兄ちゃん。昨日もお墓は荒らされていたの?」

「ううん、昨日はお墓はきれいなままだった」

「だよね。じゃあさ、店長は人の骨でスープなんて作ってないよね!」

 チカは人差し指を立てて、斜め前に突き出した。

「だいたいさ、お墓の骨でダシなんてとれないよ」

「どうしてさ?」

「お葬式そうしきのとき、死んだ人は火葬かそうされるんだよ。ほとんどすみみたいになるまで焼かれた骨じゃ、ダシも出ないでしょ」

「そう言われると、たしかにそうだけど。でも、じゃあ、店長は何をしてたんだろ?」

「うーん、それは、まだ分からないけど」

「分からないの?」

「うん。だからさ、調べに行こうよ、中華屋ちゅうかやさんに!」

 チカはわくわく顔で立ち上がった。放っておいたら、今すぐにも一人で家を飛び出して行くんじゃないかと思うほど楽しそうだ。旅に出かけようとする冒険家ぼうけんかみたいに、期待きたい興奮こうふんに鼻をひくひく膨らませている。

「ダメだよ、危ないよ! それにチカは熱があるんだから、寝てないと」

「ううん。僕、今日はすごく元気だよ!」

「だって、さっき計ったら熱があったんでしょ?」

「えっと、それはね、ちょっとずるをしたんだ! 見てて」

 チカはペロッと舌を出した。

 チカは持ってきた体温計をわきにあてがうと、服の中にかくして、体温計に右手をそえた。それから、ヒロトに服の中をのぞき込ませた。

 チカは服の中で体温計をわきにはさみながら、右手の親指と人差し指の腹で体温計の先をごしごしこすっていた。

「こうやってこすると、まさつで熱が出るんだ!」

 体温計の表示温度は見る見る上がっていって、ついには四十度近い熱になった。けれど、チカが指を止めると、熱はすぐに三十六度代にまで下がった。つまり、本当はチカの熱は三十六度とちょっとで、高熱だったのは指先でまさつしたせいだったのだ。

「それじゃ、仮病じゃないか! ダメだろ、お母さんに心配かけちゃ」

「ごめんなさい」

 ヒロトが叱ると、チカはまず素直に謝った。それから、くちびるをとんがらせながら、ぐずぐずとぼやくみたいな話し方で言い訳をした。

「でも、だって、兄ちゃんが元気ないから、気になったんだもん!」


 ヒロトが止めても、チカは天使の食卓に行くと言って聞かなかった。なので、ヒロトはしぶしぶチカと一緒に天使の食卓を調べに行くことに決めた。

 チカは嬉しそうに笑いながら、「出かける前に調べ物をしてくるね」と、部屋に戻っていった。

 チカの部屋には図鑑ずかんがいっぱいあって、まるで図書館みたいになっている。だから、チカは分からないことがあると、部屋にこもって一人で勉強をする。それでも分からないときは、パソコンで調べることもある。

 チカの調べ物は二時間くらいかかった。チカが居間に戻ってきたとき、ちょうどお昼の時間だったので、二人はお昼ごはんを食べた。それから、カバンを背負い、家を出て、天使の食卓を目指して歩いた。チカは鼻歌を歌いながら、楽しそうにヒロトの先を歩いた。

 天使の食卓の前に立って、お店の中の様子を見ると、今日は珍しく店内が混み合っていた。もうとっくにお昼時を過ぎた時間だというのに、六つのテーブルは全部いっぱいだった。お客さんたちはみんなにこにこ顔で美味しそうに料理を食べている。

「お店、混んでるね!」

「うん、そうだな!」

 チカは窓ごしに店をのぞき込んで、中の様子を念入りに観察した。窓に編み目のように張られているポスターや、店内のテーブル、おくにある厨房ちゅうぼう風景ふうけいなどの一つ一つ目をこらしている。

「ね、兄ちゃん。たしかこの店には裏口があるんだよね?」

「うん、あるけど」

「厨房の中を見たいんだけど、そこからなら見えるかな」

「たぶん見えると思う」

「裏口にはどうやって行けばいいの?」

 チカにたずねられて、ヒロトは店のとなりの小道を指差した。細い道にしかれたひび割れたアスファルトのすき間から、タンポポが伸びている。チカがその横を走ると、タンポポがゆらゆらと風にゆれた。

 店長に会ってしまったらどうしよう。ヒロトはふとそんな心配をしたが、なぜかいつもの様に怖くはならなかった。年下で、体も小さなチカ。それなのに、チカが一緒にいると思うと、不思議ふしぎなくらい安心できた。

 天使の食卓の裏にある空き地から、チカは天使の食卓の厨房をのぞき込んだ。

「ここからじゃ、中が良く見えないね」

「そうだな」

「じゃあ、こっそり中に入っちゃおうよ」

「えっ、ダメだよ!」

 ヒロトが止めようと伸ばした手をするりとかわして、チカは店の中にかけ込んで行ってしまった。ヒロトはあわててチカの後を追って、厨房のすみにもぐり込んだ。

 厨房に入ると、香ばしいごま油の香りが鼻をくすぐった。まな板の置かれた台の上には所せましと調味料ちょうみりょうが並んでいる。かべには網だながあって、その上にネットに入ったカット野菜が置かれている。水道のある流し台の下には木の実みたいに丸っこい奇妙きみょうな形のキノコが転がっている。まだ洗われてもいないのか、キノコは泥にまみれていて汚らしい。

 背伸びして厨房の奥を見ると、忙しそうに丸い中華なべを振る店長と、皿を洗うアルバイトらしきお姉さんがいた。しかし、チカの姿は見当たらない。

「チカ、どこにいるの?」

 店長に聞こえないように小さな声で呼びかけながら、ヒロトは頭を下げて、食器だなや調理台の下のスペースを探した。しかし、そこにもチカは見つからなかった、代わりに床のすみっこに昨日のスコップとビニール袋が転がっているのを見つけた。

 アルバイトのお姉さんがヒロトに気が付いて、「あらっ」と言って手を止めた。

「僕、どうしたの。こんなところで?」

 しまった、見つかった!

 ヒロトはビクビクと後ずさりながら、チカを探した。

「なんだ、サヨちゃん。どうした?」

 店長が振り向いて、ヒロトを見た。

 ギョロリとした目で見られて、ヒロトは震え上がった。

 そのときだった。少し上ずったような、高くて、それでいて力強い声が聞こえた。

「おい、お墓から人の骨をぬすんで、スープを作るなんてやめろよ!」

 それはユウキの声だった。ユウキは裏口のところにでんと大またを開いて立っていた。店長が振り向くと、ユウキはキッと鋭い眼差しで店長をにらみつけた。

「人の骨とは何のことだい?」

「昨日も盗んだんだろ、お墓から人の骨を。それで、スープのダシにしてるんだろ?」

「たしかに、とりがらや豚骨は、骨からスープを作るけど。お墓の骨なんかでダシはとらないよ。美味しくないだろうしね。それにそんなのバチ当たりだろ?」

 店長は首を横に振りながら、鼻先はなさきで笑い飛ばした。

 いやみな笑みを浮かべる店長を、ユウキはにらみ続けた。

 それでも店長は笑みを浮かべたままだった。


 ユウキはヒロトと店長の間に割って入るようにして、ヒロトの前に立った。その様子はまるで正義のヒーローみたいだった。

 ユウキはお墓あらしの事を店長に問いつめた。しかし、店長は平気な顔をして笑っていた。

「さっきも言ったけど、お墓から人の骨を盗むなんて悪いことはしないよ」

「じゃあ、昨日はお墓で何をしていたんだ?」

「何もしてないさ。ちょっと散歩さんぽをしていただけだよ」

「ウソだ。あんな真夜中に散歩なんてするはずない!」

「とにかく、骨を盗むなんて悪いことはしていないよ」

 店長はユウキの頭をパンパンと軽く叩いた。

「それより君たちこそ、お店に勝手に入り込んで、悪いことだと思わないのかい!」

「いや、それは」

 ユウキは口ごもった。

「骨を盗まなくても、お寺からキノコを盗むのも悪いことだと思います!」

 店長の足元から、ゆっくりと落ち着いた声が聞こえた。チカの声だった。チカは流し台の下からはい出して来て、店長につめ寄った。

 店長は笑うのを止めて、あからさまにうろたえた。

「何の話だね?」

「昨日の夜、店長さんはお寺のお墓からキノコを盗んできましたよね?」

「そんなこと……」

「そこにある卵形のやつが盗んだキノコでしょ?」

「いや……」

「盗んだんですよね。だって、キノコ狩りをしてきたみたいに土がついてるし、でも夜中にキノコりをするなんて変だから、こっそりってきたってことだもん」

 チカはヒロトたちの方に歩いて来ながら、流しのそばに転がっていたキノコを一つ拾い上げた。ウズラの卵くらいの大きさの丸っこいキノコだった。

 チカの拾ったキノコを見て、ヒロトは昨夜のお墓を思い出した。キノコは、お墓のすみに転がっていた丸っこい物体と同じ形をしていた。昨日は暗かったので、木の実と見まちがえていたが、キノコだったようだ。

「なんだ、全部お見通しだったのか!」

「はい、ここに来てハッキリと分かりました」

「子どもの浅知恵あさぢえならごまかせばすむだろうと思っていたんだが、そこまでばれちゃしょうがないか!」

 店長はゲームの悪者みたいに低い声で笑った。マンガとかゲームだったら、「ここから生きて帰れると思うなよ!」とかいいそうな場面だった。

 けれども、店長は反対のことを言った。

「とりあえず、ここは危ないから、外で待ってなさい」

 ヒロトたちは店長に言われたとおり厨房から外に出て、空き地に行き、土管どかんに座った。

「ところで、ユウキはどうしてここに来たの?」

「いや、あの店長の悪さを止めないと、と思って、今日は学校をサボってここへ来たんだ。そしたら、ヒロトが店に入っていくのが見えたからさ」

 ユウキは横目にチカを見た。

「その子は、弟だよな?」

「うん、そうだよ」

「それで、その弟が行ってたキノコってなんだ?」

「えっと、僕も分からないけど……」

 ユウキはちんぷんかんぷんの様子でヒロトにたずねた。

 しかし、ヒロトもユウキと同じで、何がなんだか分からなかった。ヒロトがチカを見ると、チカはにっこり笑って人差し指を立てながら、説明してくれた。

「あの店長さんがお墓で泥棒どろぼうしていたっていう話を兄ちゃんから聞いたんだ。盗んだのが骨で無いのはすぐに分かったんだ。でも、話を聞いただけじゃ、いったい何を盗んだかが分からなかったから、ここに調べに来たんだけど、お店の中をに土の付いたキノコが落ちていたんだ。スーパーにも売ってない変わったキノコだった。それでね、きっと、お墓のまわりの林からキノコを盗んだんじゃないか、って思ったんだ。秋と言えば、キノコ狩りでしょ?」

 チカが説明を終えたとき、店長が裏口から出てきた。

「やあ、お待たせして済まなかったね」

 店長は土管の向かい側にしゃがんで、チカに視線を合わせた。

「それで、君はどうして僕がキノコを盗んだって言ったんだい?」

「昨日の夜、兄ちゃんたちがとなり町のお寺で店長の姿を見たって言うんだ」

 チカはヒロトを見た。ヒロトは大きくうなずいた。

「このお店では季節限定げんていのキノコ料理が人気メニューみたいだよね。料理には変わったキノコが入ってた。しかも、厨房の床に土の付いたキノコとスコップが落ちてたでしょ!」

「それで、僕がキノコを盗んだと思ったのかい?」

「うん、そうだよ。正解でしょ?」

「そうかそうか。それは名推理すいりだね!」

 店長は両手を上げて降参した。ヒロトたちはチカの推理に感心して、拍手はくしゅを送った。

 もしも、これが最近流行しているゲームの中の世界だったなら、そろそろ店長が怪物に変身するタイミングだ。きっと、「ぐはははは、良くぞ見破みやぶったな! だが、バレたからには、お前たちには、ここで死んでもらう!」とでも言いながら、おそいかかってくるだろう。しかし、店長はずっとおだやかな表情のままだった。

 店長は全てを見破ったチカをたたえるように、そっとチカの頭をなでた。

「もうお客はみんな帰ったから、ちょっと中に入ってこないかい?」

 店長はヒロトたちを店内に迎え入れた。ヒロトたちは厨房に一番近い席に案内され、一列に並んでイスに腰を下ろした。

「ちょっと待っていておくれ」

 店長は三人分のオレンジジュースのコップをテーブルに置くと、厨房に姿を消した。

 店長は何をするつもりなんだろう?

 ヒロトとユウキは目を見合わせながら、首をかしげた。


 ヒロトたちはオレンジジュースをちびちび飲みながら店長が戻ってくるのを待った。ジュースにはオレンジのつぶつぶと、粉々にくだかれた細かな氷が入っていて、とっても美味しかった。

「お待たせしたね」

 店長はもうもうと湯気の立ち上る小さな器を、三人の前に置いた。

「これが、人気のキノコのスープだ。飲んでごらん!」

 置かれた器には透通った黄金色の液体と、茶かっ色の丸い卵のようなキノコが入っていた。立ち上る湯気からは美味しそうな匂いがした。

「うお、旨い!」

 最初にスープに口をつけたのはユウキだった。ユウキは最初はレンゲでスープをすくいながら飲んでいたけど、すぐにレンゲを置き、器に口をつけて一気に飲み干した。

 ユウキにつられてヒロトたちもスープを飲み始めた。

 透明の見た目からは想像もつかないほど、スープは濃厚だった。まったりとしたどくとくの味と、柔らかな香り。すごく美味しいスープだった。初めはおそる恐るスープを飲んでいたはずが、いつの間にか飲むのに夢中になっていった。

「どうだい、美味しいだろう?」

「はい、美味しいです」

 ヒロトは肯いた。

「そのキノコは、中華料理ではよく使われる食材なんだ」

「そうなんですか」

「ああ、それでね、味も香りも良いけど、日本ではあまり売っていないんだよ。それに、すごく傷みやすくて、遠くから取り寄せたら、届くまでに味が落ちてしまうんだよ」

 店長はとても残念そうにしゃべった。

「それで、どうしてそんなキノコがここにあるんですか?

「ついこの間だけど、たまたまあのお寺に行くことがあって、そのときにお寺の境内にそのキノコが生えているのを見つけたんだ。それで、お寺の裏の林を見てみたら、そこにはたくさんのキノコが生えていたんだ」

「だから、盗んだんですか?」

 ヒロトは空になった器をテーブルに置くと、店長の顔をじっと見た。

「まあ、そういうことだね。本当は盗むつもりは無かったんだ。誰も採っていないようだったから、ちょっと分けてもらっているつもりだったんだ。だけど、勝手に採ってるから、泥棒と言われても仕方がないことだね」

「なんで、あんな真夜中にキノコを採りに行ってたんだよ?」

 そう言って、ユウキが店長をにらみつけた。

「そうですよ。なんでですか? せめて昼間だったらキノコ狩りですむかも知れないけど、夜中じゃ、泥棒どろぼうと同じです」

 ヒロトも店長をじっと見た。

「それも悪気は無かったんだ。店じまいの後で翌日の分を採りに言っていたから、夜中になった。ただそれだけなんだよ」

「それでも、人目を盗んで物を取るなんて、泥棒です!」

「ああ。そうだね。ところで、君たち、このことをお巡りさんに言うのかい?」

 ヒロトに責められた店長はイタズラを見つかった子どものような顔をした。泣きそうな顔だった。なので、ヒロトたちはそれ以上は店長を責められなかった。

「本当なら、そうしたいところだけどな。俺らもスープ食っちゃったしな」

 ユウキが迷ったように首をかしげ、横目でヒロトを見た。

「警察には言いません。でも、もう勝手に盗むのは止めてください。ちゃんとお寺の人に言って、分けてもらってください。誰も採ってないのなら、きっと分けてもらえるはずです」

 ヒロトがきびしい口調で言うと、店長は困ったようにまゆ毛を寄せ、しぶい顔をしながらうなずいた。


 一件落着いっけんらくちゃく

 ヒロトたちは店長に見送られながら、天使の食卓を出た。

 ユウキは謎が解けたことに満足したようで、足取りも軽く、小走りで帰って行った。

 しかし、ヒロトにはまだ一つ気になることが残っていた。ヒロトはユウキが走り去ったのを見届みとどけてから、チカに顔を見た。

「なあ、チカ」

「うん。何? 兄ちゃん」

「コージの話ではさ、おとといはお墓がほり返されてたって言うんだよ」

「うん、そうだったね。覚えてるよ!」

「だったらさ、その犯人は店長じゃないよね? キノコは土の中には生えないし」

 ヒロトはおびえながらチカの顔をのぞき込んだ。「ってことはさ、コージが見たのは本当に幽霊だったのかな?」と、ぶるりと身震いをしたヒロトとは対照的にチカは平然としていた。それどころか、おびえるヒロトに、ケラケラと軽い笑いを返してきた。

「それも、一応考えはあるんだ。つまり、犯人が二人いたんだよ!」

「二人って?」

「うん。あのね、昨日もそれ以前も、店長があのお寺にキノコを採りに行ってたのは間違いないよね。でもね、それとは別に、お墓を荒らした犯人がもう一人いるんだよ!」

 チカは「たぶん、だけど」と付け加えてから、あまり自信が無さそうに話を進めた。

「もう一人の犯人は、お墓の下をほって地中から何かを盗ったんだよ」

「何かって、何?」

「お墓に埋まってるのは、骨が入った骨つぼでしょ?」

「骨なんか盗んでもどうしようもないだろ。チカが自分でそう言ってたじゃないか!」

 ヒロトは聞き返した。炭になった骨じゃスープも作れない。そんなものを盗んでもしょうがない。これは今朝、チカが自分で話していた事だった。

 チカの考えていることが分からなくて、ヒロトは首をひねった。するとチカが不敵な笑みを浮かべながら、人差し指を立てた。

「うん。だから、骨じゃなくて、歯、かな?」

「歯って、この歯だよね?」

 ヒロトは自分の前歯を指差した。

「うん。そう。ただし、虫歯になってけずられて、無くなっちゃった歯だけどね」

 チカが不思議なことを言った。

 その言葉にヒロトは首をかしげた。

 無くなった歯なんて盗めないはずだ。

 だって、そんなもの無いのだから。

 ヒロトが考えてると、チカがヒロトの顔を見てニッと笑った。

「ヒントはね、えーと。そうだ! 虫歯で無くなった歯ってどうすると思う?」

「そりゃ、入れ歯にするんじゃないかな?」

「他にもあるでしょ。ほら、爺ちゃんとかさ……」

「あっ、金歯だ!」

「そう、それだよ! 人が死んで燃やされても、金歯とか銀歯って金属だから燃え残るでしょ。燃え残った金歯が骨つぼに入っているとしたらどうかな? 金ってすごく高いらしいよね? キキンゾクって言うんだっけ?」

「そっか、それで骨つぼを盗んだのか! 金歯を盗むために!」

 ヒロトは納得して、大きくうなずいた。けれど、チカは自分の説明に、まだすこし納得がいっていない様子だった。おでこをしわしわにしながら、苦しそうな顔をしている。

「お墓が荒らされていたのに、なんでお寺の人は警察に連絡してないんだろう?」

 チカは独り言のように呟くと、まゆ毛を寄せながら首をかしげた。


 実は、チカは自分の推理に納得できないでいた。

 金歯なんかを盗むためにわざわざお墓をり返したりする人がいるだろうか?

 もしそんな人がいたとして、お墓を掘り返されていたら、誰かが気付きづくはずだ。

 それなのに、そんな事件がニュースになっているのは見たことが無い。

 どうしてだろう?

 チカはそんなことを考えながら、ヒロトのとなりを歩いていた。

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