第2話 野良猫スープ事件(解決編)

 ヒロトたちは空き地までもどって話し合いを始めた。コンクリートブロックに座ろうとしたら、まだ表面が湿しめっていたので、三人は立ったまま話をした。

「本当に、あの中華ちゅうか屋は猫のスープを作ってないんだよな?」

「たぶん、作ってないと思う」

 あらためて聞かれると、だんだんと自信がなくなってきて、ヒロトはうつむいてしまった。

 店の外に置かれたずんどう鍋に猫が入っていたのはたまたまという可能性かのうせいもある。裏口が閉まっていたので店の中は見えなかった。コージが言っていたように、厨房ちゅうぼうにはたくさんの猫がるされているのかも知れない。

 ヒロトが下を向いたままいると、ユウキが顔をのぞきこんできた。

「あの店にはいないとして、じゃあミャオはどこに行ったんだ?」

「そう、どこにいるの?」

 ミユちゃんにも見つめられて、ヒロトはこまってしまった。

「ねえヒロくん、分かってるなら教えて。ご飯も食べれてないはずだし、ぬれてこごえてるかも知れないから、早くむかえに行ってあげないと」

 ユウキとミユちゃんがそろってヒロトにつめ寄った。

 ヒロトは後ずさりながら、首を横にった。。

「そんなの、僕だって分からないよ!」

 ヒロトが大声で言うと、ミユちゃんはおどろいたように目を丸くした。そして、もうわけなさそうにまゆ毛を寄せて、小さく頭を下げた。

「そうだよね。ごめんね、ヒロくん。ずっと雨が続いてるから、ミャオが心配だったの」

 ずっと雨?

 ずっと雨、雨、雨。

 何かが引っかかっる。

「ずっと雨。それで、帰って来ない。どうして?」

 ヒロトがぶつぶつとつぶやきながら考えていると、ユウキが首をかしげた。

「雨がどうしたんだよ?」

 しかし、ユウキに聞かれているのにも気付きづかないほど、ヒロトは考え込んでいた。何か大事な事を思い出しそうだったので、うんと頭をひねっていた。

 ヒロトが真剣しんけんに考えているので、ユウキもミユもしばらくだまっていた。しかし、五分ほどしたころ、ミユがしびれを切らしたようにひとりごとを言った。

「雨で深くなった池とか川とかで、おぼれたりしてないと良いけど」

 ミユは自分で言っておきながら、はっとして、泣きそうな顔をした。

「そうか、それだ!」

「えっ、ミャオがおぼれたの?」

「ううん、違うよ。ミャオが帰ってこない理由りゆうが分かったんだ。きっとミャオはあそこにいるはずだよ!」

 ミユちゃんの独りごとを聞いて、昨日の出来事できごとを思い出したヒロトは、ポンッと手を打った。雨がり出してから帰れなくなる。つまり、ミャオは雨が降った日にどこかにめられた。そう考えることができる!

 雨が降って閉ざされたとびら。扉と言うよりシャッターだけど。それにヒロトは心当こころあたりがあった。しかも、そのシャッターがある建物たてものは猫やカラスなんかのたまり場になっていたはずだ。もしかしたら、そこにミャオがいるかも知れない。

 ヒロトは空き地を飛び出した。

 歩いてきた道を全速力ぜんそくりょくで走って引き返す。

「おい、ヒロト。どこに行くんだよ?」

 ヒロトが先に先にと進むので、ユウキがヒロトを呼び止めた。ヒロトは、「ちょとね。探してみたい場所があるんだ!」とだけ言って、先頭せんとうっ走った。


 ヒロトは息を切らしながら目的地に向かった。行き先を知らないユウキとミユにとっては、来た道とおんなじ道を引き返してるように感じられたらしく、二人はとまどったように顔を見合わせながら、懸命けんめいにヒロトの走りについて来た。

 ヒロトは池の前の公園に差しかかると、すべり台の横で立ち止まり、進路しんろ変更へんこうした。それから、植えみに向かって突進とっしんし、それらをひょいひょい飛びこしてさらに進んだ。

 身軽みがるなユウキは難無なんなくヒロトについて来れた。

 しかし、ミユはスカートをはいているので、上手く植え込みをとびこせなかった。

 ヒロトはミユちゃんがおくれている事に気がつくと、足を止めてミユちゃんを待った。ミユちゃんは、スカートのすそを押さえながら、低い植え込みをよいこらよいこらと乗りこえて、どうにかヒロトたちに追いついてきた。

「ごめんね、ちょっと走りすぎたよ」

「ヒロ君もゆう君も足が速いんだね!」

「まあな、俺は武道ぶどうやってるし、ヒロトはサッカーしてるもんな!」

「もうすぐくけど、もうちょっとだけ走れる?」

「うん、私は大丈夫だいじょうぶ!」

 しげみをぬけた先にある池は、昨日きのうわらずにごっていて、コイも水鳥もいなかった。池の岸にいるカラスたちは今日も、岸に打ち上げられたくずをつついている。

 ヒロトたちは池の前のベンチを通り過ぎて、さらに四百メートルくらい走った。いっぱい走ったので、そこまで着いた時にはヒロトもユウキもシャツがあせでびっしょりになっていた。少し遅れて到着とうちゃくしたミユちゃんの首すじにも汗の粒がにじんでいる。

 ヒロトはボートレンタルの料金所の辺りに立って、ユウキとミユに手招てまねきした。

「なあに、ボート乗り場に何かあるの? もしかして、ここにミャオがいるの?」

 ミユちゃんは不安ふあんそうだけどちょっと期待きたいしたような目で、ヒロトの顔をのぞき込んだ。

「うん! もしかしたらだけど、いるんじゃないかな!」

「いるってどこにだよ? どこにもいないぞ!」

 ユウキがもどかしそうにしながら、辺りを見回した。

「ほら、あそこの小屋があるでしょ。あの中だよ!」

「ええと、あの小屋よね」

 ヒロトに言われてミユちゃんは小屋の方を見た。

「うん。あの小屋っていつもは空いてるでしょ?」

「ええ、よく野良のらが中で遊んでるのよね」

「ここのおじさんに聞いたんだけどさ。あの小屋には雨の日だけボートを入れてあるんだって。だから、雨の日はシャッターが閉まってるらしいんだ!」

 小屋のシャッターは今日も下ろされていた。

「雨の日に閉まってるって事は、じゃあ!」

「そう、このシャッターは四日前からずっと閉まっていた事になるんだよ!」

 興奮こうふんしながらユウキがヒロトにつめ寄った。ヒロトもつい鼻息はないきをあらくした。

 ミャオがいなくなったのが四日前で、ここのシャッターが閉ざされたのも四日前。だから、もしかしたら、ミャオはこの小屋に閉じ込められているのかも知れない。それが、ヒロトの考えだった。


 ヒロトは小屋のシャッターの前に立って、「ミャオー、いるかー?」と大きな声でびかけた。「ミャオ、いたら返事へんじをして。ミャオ、お家に帰ろ!」ミユちゃんも必死ひっしでさけんだ。しかし、ミャオの鳴き声は返ってこなかった。

 ミユちゃんは何度なんども何度もシャッターに向かって声を張り上げた。けれどもミャオの気配けはいは感じられなかった。ミユちゃんはしだいに涙声なみだごえになっていった。それでも、ミユちゃんは声がかれるまでずっとミャオを呼び続けた。

 ミユちゃんの苦しそうなさけび声にた耐え切れなくなって、ユウキは大声でミャオをびながらシャッターをがんがんたたき始めた。それだけ呼んでも、猫の鳴き声どころか、小さな物音ものおとの一つすら返ってこなかった。

 ヒロトはシャッターがさびてあなが開いたところから、小屋の中をのぞきこんだ。

 ユウキはミャオを呼びながら、シャッターを持ち上げようとしていた。

 ミユちゃんはかすれた声で「ミャオ、ミャオ」とさけび続けている。

 三人がシャッターの方向にだけ集中しゅうちゅうしていると、いつの間にか後ろにだれかが来ていた。

「コラッ。お前たちは何をしているんだ!」

 背後はいごから怒鳴どなられて、三人はギクリとして振り返った。三人の後ろには料金所のおじさんが、赤鬼あかおにみたいに赤くておそろしい顔をして、三人を見下ろしていた。

「何をしているんだ。イタズラしおって」

 おじさんは雷のような大声で怒鳴った。

 さっきまでシャッターをがんがんやっていたユウキは、おじさんの迫力はくりょくふるえ上がって、泣きそうな顔になっている。ミユちゃんはもうとっくに泣いていた。

「ごめんなさい、おじさん。でも、ミャオが。ミャオが」

 ヒロトもあやまりながら泣き出した。

「おい、どうした。何だミャオって? 泣いていても分からんぞ」

 おじさんは少し落ち着いた声になって、ヒロトにたずねた。

「ミャオは、ミャオはね。ミユちゃんの、家の、猫、なんだ」

 ヒロトは泣いてしゃくりあげながら、それでも一生懸命いっしょうけんめいミャオのことを説明した。

 おじさんはヒロトの説明を聞くと、すっと怒るのを止めて、優しい目をした。

「君たちはその女の子のためにミャオという猫を探していたのか! それで、この小屋の中にいると思って、猫を呼んでいたんだね?」

 おじさんにたずねられて、ヒロトとユウキは泣きながらうなずいた。

「そうか、そうか。でも、シャッターを叩いてはいかんな。こわれたら大変たいへんだろう?」

 おじさんにそう言われて、ユウキは「ごめんなさい」と謝った。

「分かってくれればいんだよ。さあ、泣くのを止めなさい。もう怒っておらんからな! そら、今すぐそのシャッターを開けてやるぞ!」

 おじさんは料金所に駆けて行き、すぐにカギを持って戻ってきた。

 おじさんはシャッターのカギを開けて、シャッターを持ち上げた。

「さあ、中にミャオちゃんがいないか見ておいで。おじさんも一緒に探してみよう」

 おじさんはにっこりほほえんだ。


 四人で小屋の中に入ってミャオを探した。まずは地面じめんをくまなく探した。落ち葉が積もっている床をかき分けて、部屋のすみやボートと床のすき間を調べた。しかし、どこにもミャオはいなかった。

 つぎに、ボートの中を探した。ボートは全部で七そうあった。そのうち四そうは手こぎの二人乗りボートで、残り三そうが足ペダルでこぐタイプのボートだった。このボートはこぎ手が二人と、さらに後部席にもう一人だけ乗れるようになっていた。

 手こぎボートの座席ざせきの下を一つ一つ調べた。足こぎのボートのスクリュー部分やペダルの下、乗り口のふみ板のすき間など、猫が入れそうなところは全て調べた。それでもミャオは見つからなかった。

 おじさんはミャオを探すのをあきらめて、残念ざんねんそうに首を振った。

「ごめんよ、君たち。どうも、ここにはミャオちゃんはいないようだ」

 それからもしばらく探してみたが、ミャオは見つからなかった。三人はかたを落としながら、ボート小屋を出て公園に戻った。ずっとミャオを探していたので、三人ともクタクタだった。ずいぶん時間がたっていて、空はうす暗くなっていた。公園の中央ちゅうおうにある時計は、六時三十分をさしていた。

「ごめん、ミユちゃん。ミャオが見つからなくて」

「ううん、ヒロ君のせいじゃないよ」

「明日、また探そうぜ!」

 ユウキが空元気からげんきで大きな声を出した。ヒロトたちその声に少しだけはげまされて、小さくうなずいた


 ヒロトはユウキとミユちゃんにさよならを言って、自転車にまたがった。ミャオが見つからないまま帰ることになって、落ち込んでいた。がっかりしながらこぐ自転車のペダルはひどく重たかった。

 ユウキもがっくりとかたを落として歩いて行った。

 ミユちゃんはしょんぼりうつむきながらトボトボと、自転車をして帰って行った。

 ヒロトは家に帰って、自転車を止め直すと、玄関げんかんをよたよた歩いて居間いまへ行った。居間ではチカがコタツの中に足先を突っ込んでテレビを見ていた。

 キッチンの方からはお母さんが晩ご飯を作る音が聞こえてきている。ぐつぐつという鍋の音、とんとんとまな板と包丁ほうちょうがぶつかる音、家の中は夕時ゆうどきのおだやかな音でいっぱいだった。

 ヒロトが居間に入ると、チカがヒロトの方をいた。

「あっ、兄ちゃん! お帰り」

 チカは満面まんめんの笑みでヒロトをむかえた。しかし、ヒロトは返事へんじもせずに、ぼんやりとかない顔のまま、だまってチカのとなりに座った。

「兄ちゃん、どうしたの? 元気ないけど」

 チカは心配しんぱいそうにヒロトを見つめた。

 ヒロトは一日の出来事できごとをチカに話した。ミユちゃんの家のミャオがいなくなったことや、天使の食卓しょくたく野良猫のらねこスープを作っているかも知れないこと、いくら探してもミャオが見つからなかったこと、それらの話を、チカは熱心ねっしんに聞いていた。

「そっか、見つからなかったんだ、ミャオ。それは残念ざんねんだったね。でも、また明日も探すんだから、元気を出してよ!」

「でも、明日も見つからないかも知れないし。それに……」

 ヒロトは言いかけて、あわてて口を閉じた。

「それに、何なの? 何か他にも困ったことがあったの?」

 チカは不思議ふしぎそうに首をかしげながら、じっとヒロトの目を見た。ヒロトは続きを話すのがこわくてしょうなかった。しかし、どうしてもとチカが聞きたがるので、しぶしぶ続きを話すことにした。

「それにさ、ミャオは本当にスープにされちゃってるのかも知れないだろ」

 口に出したことで、ヒロトはもっと怖くなってしまった。頭からすぅっと血の気が引いていくのが分かった。

 青ざめたヒロトを見て、チカはもう一度、ぐいっと首をかしげた。

「どうして、スープにされてると思うの?」

「だって、ミャオが見つからなかったから……」

「でも、天使の食卓にいたのは元気な野良猫だけだったんだよね?」

 たしかにチカの言うとおりだ。店の外にいた猫は無事だった。しかし、もしかすると、店の中にはスープの材料の猫がたくさんつかまっているのかも知れない。

「コージはさ、厨房ちゅうぼうの中に天井からり下げられている猫を見たって言うんだよ」

 お店の中では猫たちが皮をはがされて、釜茹かまゆでにされているのかも知れない。ヒロトはそれが怖くてたまらなかった。しかし、ヒロトの話を聞いても、チカは平気な顔をしていた。それどころか、青い顔をしているヒロトを見てクスクス笑い出した。

「なーんだ。そんな事が心配だったんだ! それならきっと大丈夫だよ!」

「えっ、どうして?」

 チカの予想外よそうがいの反応に、ヒロトはあっけに取られてポカンと口を開いた。

「猫のスープって考えたら怖いけど、ちょっと落ち着いて考えてみてよ。もしも、スープを作るなら毛とか皮は要らないゴミになるでしょ?」

「うん、そうだと思う。料理に毛が混じってたら食べられないからね」

「なら、毛のついた猫をわざわざ天井から吊るして取っておくのって、おかしくない?」

「ちょっと待って、どうして毛のついた猫だって分かったの?」

「だって、兄ちゃんの友達は猫を見たんでしょ?」

「うん、そう言ってた」

「毛をはがされた猫を見ても、それが猫だって分かるかな?」

「たしかに、分からないかも」

「でさ、お店の中に毛のついた猫を吊るすって変だと思うんだよね」

「どうして?」

「そんなことしたら、毛が落ちて、料理に入っちゃうもん。もし猫の毛皮けがわをはがしたなら、そのままゴミばこに捨ててしまうはずだよ」


 チカは自信満々じしんまんまんに説明してくれたが、それでもヒロトには納得なっとくがいかなかった。

「でも、じゃあ、お店の中にるされてたっていう猫の毛皮は何なんだよ?」

「それはね、きっとアレじゃないかな。あっ、ちょうどもうすぐやるから見ててよ!」

 チカは新聞のテレビ番組表ばんぐみひょうと時計を合わせて見ながらそう言った。そして、リモコンを取ってチャンネルを合わせた。

 テレビは夕方のニュースが終わる所だった。「本日のニュース」、「ようやくの梅雨つゆ明け」、「ブランド品の窃盗事件せっとうじけん相次あいつぐ」、「麻薬まやく密売人みつばいにんたいほ捕」。放送のまとめにニュースの見出しテロップが画面に表示された。その見出しがゆっくり上がって行き、ニュース番組は終わった。次は通販つうはん番組「らくらくショッピング」が放送される予定だ。

「なに? このテレビが何かあるの?」

 あせるヒロトをよそに、チカはにこにこしながら、「まあまあ、ちょっと見ててよ、兄ちゃん」と言った。

 待っていたのは五分くらいの時間だったが、ヒロトはそれがすごく長く感じた。そして、ようやくチカが見せたがっているテレビ番組が始まった。

「良く見ててね。たぶん出るはずだから」

「これが何だって言うんだよ?」

 番組はやっぱり通販番組だった。あんまりじれったくて、ヒロトはチカの顔を見た。チカは不敵ふてきな笑みを浮かべながら、だまってテレビを見ている。

 らくらくショッピングが始まった。始めに電化製品でんかせいひんが紹介され、その後でお掃除そうじグッズの紹介が始まった。

「お次の商品は、ただいま人気ふっとう中の商品、どうぶつモップです!」

 スーツ姿すがたの男の人がそう言うと、今度は画面の右の方からエプロンをつけた女の人が登場した。女の人は手に雑巾を持っていた。

雑巾ぞうきんがけってやっぱり面倒めんどうくさい。毎日毎日、イヤになっちゃう!」

 女の人が言うと、男の人が大きくうなずいた。

「そうでしょう、そうでしょう。だったら、これがおススメ! ごらんください。かわいい動物と一緒なら、面倒なお掃除も楽しいふれあいの時間に変わります!」

 テレビ画面の中で男の人が取り出したのは動物の形をしたモップだった。毛の生えた変なカエル、小さなライオンやトラ、それから小型犬や本物そっくりの三毛猫、いろんな種類のモップが飛び出してきた。

 チカはテレビ画面を指差した。

「兄ちゃんの友達が見たのってこれじゃない?」

「えっ、このモップのこと?」

「うん、そう。結構リアルだし。トラとか猫とかのやつ、サイズは本物の猫くらいだから、これを見間違えたんじゃないかな?」

「そっか、モップなら!」

「毛の付いた部分は使った後に、洗って干しておくでしょ!」

 それだったら、天井からぶら下がっていた説明もつく。ヒロトは目をパチクリさせながらチカの顔を見た。チカはえっへんとむねっている。


 ヒロトは今度こそ完全かんぜんに納得してチカを見た。

 すごい。チカはきっと天才だ。名探偵めいたんていだ。ヒロトは心のそこから感心かんしんした。

「あっ、それとね、明日もミャオを探すんでしょ?」

「うん、そうだけど」

「だったら、探してみてしい所があるんだよね」

「探して欲しい所?」

「うん、そう」

 チカはそこまで言って、一旦いったん話を切った。

「ところでさ、その前に確認かくにんなんだけど」

「なに? 何でも聞いてよ」

 ヒロトはチカに期待きたいして、何だかわくわくしていた。

「ミャオってかしこい猫なんだよね?」

「うん、そうだって。だれかを引っかいたりもしないし、車もよけて歩くらしいよ」

「じゃあ、車にひかれちゃったとか、そういうのはありえないよね?」

「うん、そう思う」

 ヒロトに確認すると、チカは満足まんぞくそうにうなずいた。

「えっと、じゃあ説明せつめいするね」

「うん、おねがい」

「まず、兄ちゃんたちが探したボートの小屋って考えだけど、雨がったせいでミャオが帰って来れないってところまでは当っていると思うんだ」

「でも、ボート小屋にはミャオはいなかったんだ」

「それはそうだよ!」

「どうしてさ?」

「シャッターが自動じどうで閉まるんならともかく、手で閉めるんでしょ? それに、その直前ちょくぜんに大きなボートをたくさん運びこんだんでしょ? そんなことをしたら、どんなにかしこい猫だってびっくりしてげて行っちゃうよ!」

 チカに言われてヒロトは想像そうぞうしてみた。

 せまい小屋のすみに猫がいたとして、そこに七そうものボートがかつぎこまれてくる。

 小屋にいた猫はおどろくに違いない。そして、ぎゃあぎゃあ鳴きながら、ボート小屋を逃げ出して行くだろう。

「もしも、小屋の中から上手く出られなかったとしても、猫の鳴き声を聞けばボートのおじさんも気づいたはずでしょ?」

「なるほど、たしかに……」

「だからさ、ミャオはべつのところにいると思うんだ」

「別のところって、いったいどこなんだよ?」

「あのね、それはね……」

 それから、チカはヒロトに考えを話した。

 誰かにつままったり、どこかにめられているのではなくて、ミャオはひとりでに帰って来れなくなってしまった。それには、この数日間の大雨が関係かんけいしている。そんな可能性かのうせいをチカは話した。その話を聞いている内に、なんだかミャオが見つかりそうな予感よかんがしてきて、ヒロトは明日あしたが待ちきれなくなった。


 翌朝よくあさ、ヒロトは元気よく家を飛び出した。自転車をこぐ足がビックリするほどかるかった。昨日の公園でユウキとミユと待ち合わせをしていたのだが、ヒロトは一番乗いちばんのりで公園に到着とうちゃくした。

 今日は土曜日で学校が休みなので、朝からミャオを探す事になっている。もうすぐ、ユウキとミユちゃんも来るはずだ。

 一週間もり続いていた雨が、昨日やっと上がった。雨雲あまぐもも北の方へと流れていったので、街にはさんさんと日差ひざししが降りそそいでいた。とても気持きもちのいい朝だ。

 しばらくすると、ユウキとミユちゃんが公園にやって来た。

「おっす、今日は早いな、ヒロト!」

「おはよう、ヒロ君、ゆう君」

 三人はおたがいにあいさつをしてから、ミャオ探しの相談そうだんを始めた。

「やっぱりミャオは帰って来てないの?」

 ヒロトが聞くと、ミユちゃんは悲しそうにうなずいた。

「じゃあさ、今日はとなり町を探してみようよ!」

 ヒロトはさっそく、そう提案ていあんした。

「どうして、となり町なんだ?」

 ユウキにたずねられて、ヒロトは昨日の夜にチカと話したことをじゅんをおって説明した。

「ミャオはかしこいから車通くるまどおりの多い橋は渡らないはずだよね。だとすると、となり町に行くには、川に下りて、浅瀬あさせを通るか、飛び石を渡っていくしかないよね?」

「ああ、そうだな。猫はあまり泳げないらしいからな」

「でも、となり町は自然が多いし、猫が遊びに行く可能性かのうせいはあるよね?」

「そうかもな。いつもは川も浅いし、簡単かんたんに渡って行けそうだもんな」

「それでさ、もし雨がり出した日に、ミャオがとなり町に行ったとしたら、帰って来れなくなるはずだよね。だって、雨で川の水かさがえてるし、飛び石も渡れなくなってるもん。だから、ミャオはとなり町にいるんじゃないかと思うんだ」

「なるほど、その可能性はあるかもな」

 ヒロトの話を聞いて、ユウキとミユちゃんはうなずいた。

「とにかく、早くとなり町を探してみようぜ!」

「すごいね、ヒロ君! なんだか、ミャオが見つかりそうな気がしてきたわ!」

「ホントに、すげえよ、ヒロト!」

 ヒロトの話を聞いて感心かんしんした二人は、しきりにヒロトをほめた。

「ううん。すごいのは僕じゃないんだ。弟がとなり町にいそうだって言ってて」

 ヒロトは二人にほめられたので、あわてて首をり、チカの話をした。

「そっか、弟くん、頭良いんだね! すごいね!」

 チカの事をミユちゃんにほめられて、ヒロトはうれしくなった。

 三人は自転車を公園に置いたまま、歩いてとなり町を目指した。川を渡るための橋にはせまい路側帯ろそくたいがあり、そこが歩道代わりになっているものの、車が多くて自転車で走るのは危険きけんだった。

「たしかに、ミャオじゃ、この橋は渡れないね」

 ミユちゃんは車に気をつけて、橋の手すりに体を沿わせながら進んだ。

「でも、となり町は自然が多いから動物が遊べる場所が多くて、猫もいっぱいいるし、犬の散歩さんぽコースにもよく使われるって、弟が言ってたんだ」

「そうなんだ! 弟くんは物知ものしりなんだね!」

 三人はどうにか橋を渡り切って、川の堤防ていぼうり立った。

「さあ、となり町とは行っても、どこを探そうか?」

「それも、弟が言ってたんだ。きっとミャオは家に帰れなくて困って、河原かわらのどこかにいるはずだって。だから、きっと、飛び石の周りを探せば良いんじゃないかな?」


 ヒロトたちは飛び石の周辺しゅうへんの草むらや、橋の下を探した。

「ミャオー、ミャオー!」

 ユウキが草を引きむしりながら、河原かわらの木の下や堤防ていぼう石垣いしがきのすき間を探した。

「おーい、ミャオー!」

 ヒロトは橋の下に入り、鉄骨てっこつの上や柱と柱の間を探した。

「ミャオー、ミャオー、どこにいるの? ミャオー!」

 ミユちゃんは悲痛ひつうなさけび声をあげながら河原を走り回ってミャオを探した。

 探し始めてから三十分ほど過ぎたころ、ミユちゃんが突然とつぜん、今日一番の大きな声を出した。

「ミャオー、きゃー、ミャオー!」

 ミャオは河原に置かれた石づくりのベンチの下にかくれていた。

 石のベンチは足元がくりぬかれていて、そこに高さが四十センチくらいのすき間がある。その下は日も当たらないので草が生えておらず、ベンチの周辺には三十センチ以上の草が生えているので、ベンチの下は小さな部屋のようになっている。猫が入り込んで雨つゆをさけるのにはちょうど良さそうな場所だ。しかも、まわりの草によってかくされているので、外敵がいてきから身をかくすのにも、もってこいのスペースだった。

 ミャオはいなくなってから満足まんぞくな食事をとれていないらしく、少し元気が無かった。それでも、ミユちゃんに抱きかかえられると、うれしそうにミャアオと鳴いて、ミユちゃんの手をぺろぺろなめた。

 ミユちゃんはミャオをむねにだきしめて、何度も「ミャオ、ミャオ」と呼びかけながら、大粒おおつぶなみだをぽろぽろとこぼした。その涙は久しぶりの日差しをきらきらと反射はんしゃして、とってもきれいだった。

「へへっ。良かったな、ミャオが見つかって!」

「うん、本当に良かったよ!」

 ヒロトはユウキと目を合わせて、にこにことわらいあった。それから、ヒロトはミユちゃんの方を見た。ミユちゃんの顔を伝う涙のしずく宝石ほうせきのようにキラキラかがやいいていた。ヒロトはその輝く雫を、ずっとずっとながめていた。

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