名探偵ヒロトの冒険
@strider
小学生探偵と3つのスープ事件
第一章 行方不明の子猫を探せ!
第1話 野良猫スープ事件(事件編)
1
ヒロトはポケットの中に入れた五百円玉の手ざわりをたしかめながら、家に向かってかけ足で進んだ。昨日までずっと雨が降っていたため、道には大きな水たまりができていて、その上を走ると茶色い水しぶきが飛んだ。
へへーん。
ヒロトは足元を見下ろした。青色の
家に着いたヒロトは、
「学校帰りは寄り道をしてはいけません」と、
走りながら、もう一度ポケットに手を入れてみる。ポケットの中には丸くて固い、すこしぎざぎざした物が入っている。その
これだけあれば、いっぱい買い物ができるぞ!
ヒロトが目指しているコンビニは、コンビニエンス
置いてある本とか
夏になると
コンビニエンス近藤は町のみんなからも人気がある。
ちょっと
ヒロトは足を止めて、となりに立っているビルを見た。このビルには、この間、友達のユウキと
ビルは七階建てのマンションで、こっち側からは、
ヒロトは鉄のかたまりの下をくぐり抜けて、らせん階段に向かった。下から見上げると、その
ビルの
らせん階段のとなりには、
発見は完全に
ユウキはヒロトの親友で、小学校に入ったころからずっと
二人で
「なあ、高い所から飛ばしたら、ずっと飛んでるのかな?」
良く飛ぶ紙飛行機の折り方を研究しているユウキは、いろいろと工夫をしては、たくさんの紙飛行機を作っていた。けれども、どんな紙飛行機を作っても、だいたい十メートルくらいで落ちてしまうので、ユウキはいつも頭をかかえていた。本物の飛行機はずっと空を飛んでいられるのに、紙飛行機がすぐについ落してしまう事が、ユウキには
ユウキが急に紙飛行機の話を始めたため、ヒロトにはユウキのたずねる意味が分からなかった。「えっ、何のこと?」と、ヒロトが首をかしげると、ユウキは紙飛行機を飛ばすような身振りをした。
「だからさ、紙飛行機だよ。ほら、本物の飛行機はすっごく高い所を飛んでるだろ。だから、飛行機は落ちないんじゃないかと思って。それでさ、もし高い所から飛ばしたら、紙飛行機もずっと空を飛んでいられるんじゃないかと思うんだ」
「そっか、なるほど。たしかに、そうかも。山の上って空気がうすいって言うし、空気がうすいと、袋が
「だろ! だからさ、飛行機も高い所から飛ばしたら、空から引っ張られるみたいになって、ずっとずっと飛んでるかも知れないよな!」
ヒロトたちは大
「ずっと飛んでいられる紙飛行機って、ノーベル賞取れるかな?」
ユウキが
「うん。だって、テレビでやってた紙飛行機大会でも百メートルくらいしか飛ばせていなかったもん。ずっと飛べたら、きっとノーベル賞ももらえちゃうよ」
ノーベル賞が何なのかあまり知らなかったけれど、すごい大発見をしたらもらえるらしいことくらいはヒロトも知っていた。
そんな話をしばらく続けた結果、
らせん階段のビルは、
ヒロト達は左右を見回して、
ユウキは細い
「ほら、これなら良く飛びそうだろ?」
「ねえ、早く飛ばしてみようよ」
ヒロトがうながすと、ユウキはこっくりとうなずいた。
「いくぞ!」
「うんっ」
ユウキが思い切り腕を振りかぶって、ヒロトはごくりと唾を飲み込んだ。
「せーの」
二人は同時にかけ声をかけて、飛行機を空に飛び立たせた。
2
飛行機はユウキの手から
「ああー、落ちるなー。がんばれー」
ユウキは大きな声を出して飛行機を
飛んだ
そんなとき、らせん階段の下を人かげが
「やばい、見つかったら怒られるかな?」
ユウキはあわてた声で言った。
「さあ、でも勝手に子どもだけでこんな高い所に上ってるから……」
きっと怒られる!
ヒロトたちはそう
「どうしよう、どうしよう!」
ユウキはうろたえてパニックを起こしていた。
うーん、どうしよう?
困ったヒロトは、
あっ、これだ!
それはビルの中に通じるドアだった。
ヒロトはドアノブに手をかけて、ぎゅっと回してみた。すると、ドアにはカギがかかっておらず、ぎいぃときしみながら開いた。
「かくれろ!」
ヒロトがさけぶと、ユウキがドアの中に飛び込み、続いてヒロトも入った。
ドアの中はどこか落ち着くような
なんで落ち着くんだろう?
そう思って見回すと、そこが学校のろうかに似ていることに気が付いた。片側の壁には大きな窓があり、反対側には鉄のドアが並んでいた。
「どうしよう?」ユウキが首を
「あっちに行ってみようよ!」
ヒロトはろうかの突き当たりの方向を指差した。突き当たりの手前で、右側の壁がとぎれている。そこを曲がれば、もしかしたら階段があるかも知れない。
足音をさせないようにぬき足
ヒロトはエレベータの呼び出しボタンを押した。
十秒ほどすると、エレベータのドアが音も無く開いた。ドアが開ききった所で、
エレベータに乗ると、今度はユウキが一階のボタンを押した。
「危なかったね!」
ヒロトが言うと、ユウキはうなずいた。別に悪い事をしているつもりは無かったけれど、それでも勝手に知らない建物に入って階段を登るのはいけない事のような気がした。だから、誰かに見つかるのが怖かった。
エレベータはすぐに一階に着いて、ドアがすうっと開いた。ヒロトたちはドアから外に出ようとして、ピタリと止まった。
体がまるで石のように
どうしよう、見つかっちゃった!
ドアの外には、先ほどらせん階段の下を歩いていた女の人が立っていた。お母さんよりも少し若いくらいの女の人だった。
ヒロトたちは怒られるのを
「始めまして。君たちは、ここのビルに住んでる子かな?」
「いえ、ちがいます」
ヒロトが答えると、女の人は首をかしげた。
「そう、じゃあお客さんかな。私は五階に住んでるんだけど……」
女の人がそう言いながら、紙飛行機を取り出した。グレートエアリー号と書かれた飛行機だった。
「これを飛ばしたのは君たちかな?」
「ごめんなさい!」
二人が
「どうしたの?」
女の人に聞かれても答えられなかったので、二人はエレベータを飛び出して、ビルの外へと走った。
外へ出ると、そこは学校の前の通りだった。どうやら、学校前の通りと、ヒロトの家がある通りとの間にビルが横向きに建ってるらしい。だから、片方の入り口から入って、もう一方にぬけると、通りと通りの間の
ヒロトたちは思いもよらない発見にはしゃいで、それから数日の間、学校帰りに
それを知って以来ヒロトとユウキは、らせん階段で二階に上がり、ろうかを突っ切り、エレベータで降りるこのルートを
自分たちだけしか知らない道があるのがうれしくて、わざと
この抜け道は、
3
ヒロトはコンビニへの道を急ぐために、秘密のぬけ道を使う事にした。
雨でぬれたふみ板で足をすべらせないように注意しながららせん階段を上り、二階のおどり場につくと、ドアノブに手をかけ、小さくドアを開いた。
誰もいないよね?
うん、大丈夫だ!
ドアの向こうに人がいないことをたしかめると、ヒロトは中に入り、ろうかを
ろうかの途中で、ヒロトは何の気なしに窓から外を見渡した。窓の外の世界は、雨にぬれてしっとりと湿っていた。地面や建物の
水鳥は飛べるから、雨やどりしにどこかへ飛んでいったのかも知れない。
だけど、ボートはどこに消えたんだろう?
昨日は強い風が吹いたから、ボートまでどこかへ飛んで行っちゃったのかな?
ヒロトはそんな事を考えながらろうかを通りぬけ、エレベータに乗った。
エレベータを
「あらー、いらっしゃい。ヒロくん」
コンビニのおばちゃんが、しわだらけの顔を、もっとしわくちゃにしながらヒロトに声をかけた。それからうれしそうにヒロトの顔を見つめた。
「こんにちは」
ヒロトはあいさつもほどほどに、
シールつきのチョコレートスナックや、十円のコーラグミ、そして八十円もするカードつきのポテトチップス。今日はそのどれでも買い
コンビニのおばちゃんは、
「おばちゃん、これにするよ」
ヒロトはポテトチップスと、
「あらー、こんなにたくさん。そんなに買えるのかい?」
「うん。ほら」
ヒロトは胸を張って、ポケットから五百円玉を取り出して、おばちゃんの顔の前に差し出した。おばちゃんは
「あらまあー、ヒロくんはお金持ちだねえ!」
「えへへ、
「えっ、じゃあ、それは拾ったお金かい?」
おばちゃんは少しきびしい
「違うよ。今日の朝、学校に行くときにお財布を拾ったから、先生に
ヒロトはどこかで
先生は最初は何もくれなくて、ただ、ほめてくれるだけだった。べつにごほうびが欲しくて人助けをしているわけではないので、ヒロトはほめてもらえるだけで
ヒロトの
「あらー、そうかい。そりゃあ良いことをしたね。それなのに、おばちゃんが早とちりしちゃって、すまなかったね。そうだね、良い子のヒロちゃんには、おばちゃんもごほうびをあげないとねえ」
おばちゃんはレジの
「ソーダ味とメロン味、どちらか
おばちゃんが青と緑の小さな
「あのさ、味はどっちでもいいから、二粒ちょうだい」
「なんだい。よくばりはいけないよ。ちゃんと、どちらか一つを選びなさい」
「よくばりじゃないよ。家で弟が待ってるから、弟にもあげたいんだよ!」
ヒロトの言葉を聞いて、おばちゃんはどきりとした顔になった。
「そうだったね。ごめんよ。おばちゃんは早とちりばかりだね」
おばちゃんは泣きそうな顔になって
「おわびに、このアメを
おばちゃんはアメが入ったビンを丸ごとヒロトに差し出した。ビンには何十粒もアメ玉がつまっている。
これだけあれば、当分はアメがなめ放題だ!
ヒロトはビンに手を伸ばしかけた。しかし、思いとどまって手を引っ込めた。
こんなにいっぱいよくばっちゃいけないよね。
「こんなにたくさんはいらないよ。だからさ、その
おばちゃんはヒロトが買ったポテトチップスとガムとチョコ、おまけのアメ玉四粒を袋につめながら、「ヒロくんは、優しくて、とっても良いお兄ちゃんだね」と何回もヒロトをほめた。ヒロトは
ちょっと
ヒロトはコンビニを出てすぐ、右に曲がった。秘密のぬけ道を使ったときに、マンションの窓から見た池が気になっていたので、池のある方に
へへーん。
どんなに水がかかっても、長靴ならぜんぜん
4
最初は小走りくらいだったはずが、いつの間にかヒロトは全速力で走っていた。しかし、「
天使の食卓では、大きくて、
見た目は日本人なのに、しゃべり方がへんで、しかも
体が大きいのに、顔はガイコツみたいにゴツゴツしていて、目の辺りがへこんでいる。
この店長はきっと悪いやつに違いない。
ヒロトはそう思って、店長の事を
天使の食卓は、前面が大きなガラス張りの窓になっている。その向こう側に
ヒロトが壁に隠れてそっと店の中をのぞくと、店内には一人も客がいなかった。客がいなくてヒマなのか、店長は厨房よりの客席に座って、窓の外をじいっとながめている。
げっ、店長がこっちを見てる!
ヒロトはうっと息を止め、店長と目を合わせないように
店長が追いかけてきているような気がして
三分くらい本気で走ったところで足を止めて振り返えると、後ろには誰もいなかった。
ここまでくれば、もう大丈夫だよね。
ヒロトはようやく安心して歩調をゆるめ、
真っ直ぐの道をしばらく行くと、公園があって、その奥にあの池がある。ヒロトは公園に入ると、すべり台のわきをすりぬけ、植え込みをとびこして池を目指した。
ここの池は一週が一キロメートルくらいあって割と広い。モミジやカエデの木に囲まれているので、
休日なると、公園や池には近所の子どもたちが集まって、池に向かって石ころを投げたり、
ヒロトもよくこの公園や、池に遊びに来る。ボートはお金がかかるので、お父さんやお母さんと一緒にしか乗れないが、公園で
今日はまだ雨が上がってすぐなので、公園にも池にも子どもたちは来ていなかった。
池の
ヒロトは半周ほど池のまわりを進んだところにあるボート乗り場に行った。
池のまわりは
受付の窓も、料金所の小屋の戸も閉まっていた。
倉庫のシャッターはいつもなら、たいてい開けっ
シャッターには赤いサビがいっぱい付いていて、思いっきり
ヒロトは建物からはなれて、池の近くまで行った。料金所の手前には、ベッドくらいの大きさの足場が池に突き出していて、そこがボート用の小さな
池の水はコーヒー牛乳みたいな色をしていた。いつもは元気に口をパクパクさせながら集まってくるコイが、今日は一匹もいなかった。
鳥もコイもみんなしていなくなっちゃった。
ヒロトがさみしく思いながら水の中を見下ろしていると、急に後ろから「コラッ」という声がした。
ヒロトがびっくりして
「コラッ。池が増水しているから、そんな所にいると危ないぞ!」
おじさんはヒロトに注意した。ヒロトは素直に謝って、船着場から
「ごめんなさい、おじさん。でも、ちょっと気になることがあったんだよ」
ヒロトの言葉を聞いて、おじさんは
「なんだい、その気になることって」
「この池にはいつもアヒルとかカモとかがいるでしょ。水の中にもコイがいるし、それに、ボートも浮かんでいたはずなんだ。だけど、今日はカラスしかいないから。それが不思議なんだ。鳥は飛べるから、どっかに飛んでいったのかも知れないけど、コイとボートはどこにいったんだろう?」
おじさんは「なるほど、なるほど」と、
「水鳥たちはこの雨におどろいて、どこかに避難しているんだろうな。でも、コイはこの水の中にいるぞ。にごっていて見えないが、きっと池の
「じゃあ、ボートはどこに行ったの。池に
ヒロトが心配そうにしていると、おじさんは「はっはっは」と大きな声で笑った。
「そう、ボートが雨で沈んだら困ってしまうだろ。だから、ボートはあの中だ!」
おじさんはシャッターの下りた小屋を指差した。それを見てヒロトはおどろきの声を上げた。
「えっ、あの小屋にボートがあるの?」
「ああ、そうだよ。
おじさんはヒロトににっこり笑いかけた。ヒロトは「うん、分かった」と言ってうなずいた。
話が終わってヒロトは家に帰るために歩き出した。ボート乗り場のおじさんは公園の出口までヒロトを
5
ヒロトが家に帰ると、二歳下の弟のチカが玄関で待っていた。チカは
本人は学校に行きたがっているし、友達とも遊びたがっている。だけど、よっぽど体の
ヒロトはそんな弟をとても大切に思っていて、家に帰ってからはいつもチカと遊んでやっていた。だから、ヒロトとチカはとても
ヒロトは、玄関マットの上にちょこんと
「お帰り、兄ちゃん」
「うん、ただいま。チカ、体の調子はどう? 寝てなくても大丈夫なの?」
ヒロトはお兄さんらしい話し方でチカにたずねた。チカの前にいるときには、自然としゃきっとして、いつもより大人っぽくなるのだ。
「うん、今日は調子がいいから大丈夫だよ!」
ヒロトがクツを
「チカ、これお
ヒロトはコンビニで買ったお菓子を取り出して、チカに見せた。チカは目を
「やっぱり兄ちゃん、コンビニエンス近藤に行ってたんだ!」
「うん、そうだよ。よく分かったな」
「だって、雨上がりだし、外では遊べないでしょ。それに、カバンもゲームも持たずに出て行ったから、友達の家でも無さそうだし。だから、買い物に行ったのかなって。買い物なら手ぶらの方が
チカの説明を聞いたヒロトは、
チカはいつもカンが
ヒロトは買ってきたお菓子をチカに分けた。全部のお菓子を二つずつ買ったので、分けるのは
チカがお菓子を食べだしたのを見て、ヒロトはコタツからはい出して、キッチンに行った。そして、二人分のお茶をコップに入れて戻ってきた。
「ありがと!」
コップを差し出すとチカがお礼を言った。
二人はコタツに入り、テレビを見ながらお菓子を食べた。
チカは口をもごもご動かしながらゆっくりとポテトチップを食べ続けた。
テレビでは夕方のアニメが放送されていた。チカが大好きな忍者のアニメだ。ヒロトにとっては少し子ども向け過ぎるアニメだったが、チカが喜んでいるので、ヒロトは一緒にテレビを見ていた。
アニメが終わるころには、ヒロトはお菓子をほとんど食べ終えてしまった。あとはアメ玉が一粒とガムしか残っていなかった。
「はい、兄ちゃん。半分あげる」
ヒロトが
「僕は良いから、チカが食べなよ」
「ううん、僕はこれ以上食べたらご飯が食べられなくなっちゃうから。あげる!」
チカはにっこり笑って、チョコバーをヒロトに渡した。
二人はお菓子を食べ終えて、お茶を飲んだ。チカはコタツを立って、お菓子の包み紙などのゴミを持ってキッチンへ行った。チカがついでにヒロトのゴミも片付けてくれたので、ヒロトはコタツに入ったままテレビを見ていた。テレビでは夕方のアニメが終わって、ニュースが始まった。ニュースはカブカがどうのとか、オショク事件とか、ちんぷんかんぷんの内容だった。
ニュースは全国ニュースからここいら周辺
「ねえ、兄ちゃん。キキンゾクってなに?」
「貴金属? えっとね。指輪とか、宝石とか、そういうヤツだよ」
「ふーん。そうなんだ」
ヒロトとチカは良く分からないニュースに
ふわぁーあ。
間のぬけた声が部屋のなかに二つ浮かんだ。
ヒロトはテレビのリモコンに手を伸ばして、チャンネルを変えてみた。しかし、面白そうなテレビはやっていなかった。
「ねえ、兄ちゃん! オセロしよ!」
「うん、いいよ」
チカがオセロボードを持って来たので、ヒロトはテレビを
テレビでは「らくらくショッピング」という
今日の最初の商品は、「動物モップ」だった。カエルやトラやライオン、それに、猫や犬の形のモップが紹介された。三十センチくらいの大きさの動物たちはどれも本物みたいにリアルな
チカはテレビを横目で見ながら、つまらなそうな顔をした。
「何が良いんだろうね? ライオンで
「うん、そうだよな!」
ヒロトはチカに同意しながら、「うるさいだけだから、テレビ消しとこうか?」とチカにたずねた。チカはこくりとうなずいた。
それから二人は静かな部屋でオセロをした。一回目はヒロトが勝った。二回目と三回目はチカの勝ちで、四回目をしている所へお母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
二人は声をそろえて言い、お母さんを迎えに玄関に行った。
「晩御飯をつくるから、お手伝いをしてくれるかしら?」
お母さんに言われて、二人はオセロを片付け、晩ご飯作りのお手伝いをした。
それから、いつも通りご飯を食べて、後から帰ってきたお父さんとヒロトとチカの三人でお風呂に入り、夜の九時過ぎには布団に入った。
6
翌朝はまた雨が
「チカ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっとぜんそく
「ちゃんと寝てるんだぞ!」
「うん。兄ちゃん、今日は何時に帰ってくる?」
「四時くらいかな」
「そっか、待ってるね」
「じゃあ、行ってくるな。帰ってから、元気になってたらまたオセロをしよう」
「うん、じゃあ、がんばって元気になる!」
ヒロトはランドセルを
学校までの道には降り続く雨のせいで大きな水たまりがいくつもできていた。ヒロトは秘密のぬけ道を使わずに少し遠回りになる
川の向こう岸はとなり町だ。川のこっち側はわりと
ヒロトが立ち止まったまま川の向こう岸を
いけない、
ヒロトは
ヒロトが学校につい着いたとき、教室にはもう
「おはよう。ヒロト」
「うん、おはよ」
「なあ、ヒロト。ちょっと、こっちに来てくれ!」
あいさつをするなり、ユウキはヒロトのそで口を引っ
ミユちゃんはちょっとおテンバで元気なクラスメイトの女の子だ。かわいらしくて、頭も良くて、そのうえ優しいから、男子からも女子からも人気がある。そんなミユちゃんが、今日はなんだか元気が無かった。うつむいたまま悲しそうに目をうるませている。
いつもと様子の違うミユちゃんを見て、ヒロトは心配になった。
「ミユちゃん、どうしたの?」
ヒロトがたずねても、ミユちゃんはしばらくだまっていた。そして、ずいぶん時間がたってから小さく口を動かした。
「あのね、ミャオがね、ミャオが、ずっと帰って来ないの!」
「ミャオって、あのミャオのこと?」
「うん、そう」
ミャオとはミユちゃんが飼っている
「いつからいないの?」
「火曜日からだから、もう四日も帰って来てないの」
ミユちゃんはまゆ毛をヘの字に曲げながら、泣きそうな声で言った。
「いつもはどうなの? ちゃんと毎日帰ってくるの? それとも帰ってこない事も多いの?」
「たまに、一晩くらい戻らない事もあるんだけど。こんなに長いのは初めて」
ミユちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ヒロトとユウキは二人でおろおろした。「大丈夫だよ、きっとすぐに帰ってくるよ」ヒロトがそう言ってなぐさめたけれど、ミユちゃんの表情は暗いままだった。
そんなときに、クラス一の悪ガキのタクヤが
「車にひかれたんじゃねーの!」
ミユちゃんはそれを聞いて
「そんなこと無いもん。ミャオはかしこいから車の多い道を通らずに、塀の上とか道のミゾとか、車が通らない所を歩くから、絶対にひかれないもん」
「あっそ、別にどうでも良いけどさ」
ミユちゃんが強く言うと、タクヤは
すると、今度はいつもタクヤと一緒にいる、子分のコージが割り込んできた。
「なあ、俺さ、見ちゃったんだけど……」
「見たって、何をだよ?」
タクヤが聞き返すと、コージは
「あの、天使の食卓って中華屋知ってるだろ? うん、あの変な店長がいる店! あそこでさ、俺、見ちゃったんだ」
「だから、何を見たんだよ?」
タクヤがじれったそうに
「俺の家、あの店の近くだから、あの店の裏側にある空き地でよく遊ぶんだ。それでさ、一週間くらい前にも野球ボールをかべに当てて遊んでたんだけど、そのとき、店の方にボールが転がってってさ。ボールを取りに言ったとき見たんだ」
コージは恐ろしげに声をひそめた。
「あの店の
コージの話を聞いて、とうとうミユちゃんは泣き出した。ミユちゃんは大粒の涙をぽろぽろ流しながら、両手で顔を覆った。
「あー、またコー君が女の子を泣かしてるー! ヒドーい! サイテー!」
前の席のキョウコが振り返って、コージを
勝気でケンカっ早いキョウコは男の子とも平気でケンカをする。コージも何度かキョウコとケンカした事があって、その度にコージが
コージはふてくされたみたいな顔でキョウコをにらんだ。すると、キョウコも負けじとキッとにらみ返したので、コージは
「ミユ、あんな
キョウコはミユちゃんをはげました。しかし、ミユちゃんは泣き止まなかった。ミユちゃんは声も出さずに、静かに
「あんたたち男子なんだから、ちゃんとミユのことを元気付けてあげなさいよ!」
困ったキョウコが今度はヒロトとユウキに食ってかかった。
「そんなこと言ったって、なあ」
「う、うん」
ユウキもヒロトも途方にくれたように顔を見合わせた。
「ゆう君もヒロ君も、ごめんね。いいよ、気にしないで」
二人が困っていると、ミユちゃんはしゃくりあげながら小声でそう言った。
ヒロトはミユちゃんをはげましてあげたかった。だが、その方法が分からなかった。そこで、何か他にミユちゃんを元気
「あっ、そうだ! ミユちゃん。僕たちで今日、あの天使の食卓を調べてくるよ。コージ君はあんなこと言ってたけど、
「ああ、そうだな! でさ、俺らがミャオを見つけて来てやるよ!」
ヒロトにつられて、ユウキがミャオを見つけるとまで言って、安うけ合いをした。
ヒロトたちの言葉を聞いて、ようやくミユちゃんは泣き止んだ。
「ありがとう。でも、二人だけに
ミユちゃんはシャツのそでで目をこすって、きりっとした顔を二人に向けた。
ミャオは私が見つける。そう
7
ヒロトとユウキとミユの三人は、心ここにあらずのまま
三人はまず家に帰り、ランドセルを置いてから、池の前の公園に集まった。
「おうい、ヒロト。遅いぞ!」
ヒロトが公園に着いたとき、公園にはすでにユウキとミユちゃんがいた。家に帰ってからしばらくチカとおしゃべりをしていたので、ヒロトはちょっと遅れてしまったのだ。ヒロトは二人に謝りながら、公園の入り口に自転車を止めた。
三人そろった所で、ユウキが三人の真ん中に立って口を開いた。その時のユウキの声は、いつもより低いマッチョな声で、まるでスパイごっこをしているみたいだった。
「さあ、これからどうする。まずは、あの天使の食卓を調べるんだよな?」
「うん、そうだけど。でも、ちょっと
「私も怖い。だって、もしかしたら、コー君の言ってたのが本当で、店長さんが猫をつかまえてスープにしてるのかも知れないもん」
ヒロトに続いてミユちゃんもおびえた声で言った。ミユちゃんは今にも泣き出してしまいそうなほど怖がっていた。
「大丈夫だよ。俺たち三人で行くんだぜ。もしもあの店長が悪者だったって、三人でかかれば怖くないだろ」
ユウキはガッツポーズをして格好をつけながら、ミユちゃんにウインクした。ミユちゃんはこっくりとうなずいて、ぎゅっと力をこめて拳をにぎった。
ヒロトたちは三人で歩いて天使の食卓に向かった。天使の食卓には今日もお客がいなかった。店長はヒマそうにあくびをしたり目をしばたたかせたりしながら、客席に座って、ビールメーカーのロゴマークが入ったグラスで茶色いお茶を飲んでいた。
「さあ、行くぞ!」
「うん、でも
「そ、そうだな。じゃあ、裏の空き地に行こう」
たしかコージの話では、店の後ろに空き地があって、そこから裏口に回れるということだったはずだ。
ユウキは思い出したようなハッとした顔になって、ヒロトの案に
天使の食卓の右どなりにあるせまい路地を入ると、アパートの
空き地には、コンクリートブロックと
道から空き地に入り、真っ直ぐ突き当たりまで進んで振り返ると、空き地の入り口の他にもう一つ細い道が空き地につながっていた。左側が通ってきた道で、右側はどこに続いているのか分からない。
「あの道に入ればいいのかな?」
ミユちゃんは右側の道を指差した。
「多分そうだよ」
ヒロトはうなずいた。
「店長さんはさっき客席にいたから、こっちから行けば大丈夫よね?」
「たぶん、大丈夫だと思う」
ヒロトとミユが恐る恐る歩き出すと、ユウキが二人を呼び止めた。
「待てよ、怖いなら俺が先に行ってやるから、二人は後ろからついてこいよ」
そう言ってユウキが先頭になって、三人は細い道を進んだ。道は十メートルくらいで行き止まりになった。その正面のかべには天使の食卓の裏口らしいドアがあった。
ドア両わきには学校の机みたいな小さな台が二つあって、そのうえにはずんどう
「この鍋で猫が
ユウキが鍋の前に立って言った。いつの間にか、天使の食卓が猫のスープを作っているような話になっている。
台の上に置かれたずんどう鍋の口はヒロトたちの身長よりも高い
「じゃあ、中を見てみるか!」
ユウキは青い顔をしながら、ゆっくりと鍋に手を伸ばした。
その瞬間、ぎゃあお、といううめき声が鍋の中から聞こえた。ユウキはびっくりして目を白黒させながら、それでもどうにか落とさずに鍋を持ち上げて、地面に下ろした。
鍋の中には小ぶりの猫が二匹入っていた。
「まさか、本当に、猫のスープを作っているなんて……」
ユウキはおどろきのあまり息をつまらせそうに成っている。ミユちゃんもショックを受けた様子で、だまってずんどう鍋を見下ろしていた。
すると、鍋から二匹の猫が勢い良く飛び出して来た。二匹の猫はヒロトたちがいるのにおどろいたようで、もう一度、ぎゃあおといなないてから、空き地の方へと走って行った。
「じゃあ、ミャオもスープにされちゃったの?」
「くそっ、あの店長め!」
ユウキがくやしそうに
「ううん、やっぱり、猫のスープなんて
鍋の中に猫がいたことで、ユウキとミユはすっかりコージの話を信じてしまったようだったが、ヒロトだけは違った。
「勘違いってなんだよ?」
「そうよ、だって今も猫がいたじゃないの!」
二人はヒロトに反論した。しかし、ヒロトは
「うん。たしかに猫はいたけど、生きてたでしょ! もし本当にスープにしてしまうなら、生きてはいないはずじゃない?」
「だけど、まだ生かしておいただけかも知れないだろ! たとえば、えーと、ほら、
「ううん。もしも、つかまえて生かしておくんだったらあんな鍋なんかには入れずに、オリとか箱に閉じ込めておくでしょ。だって、ほら、猫が逃げていっちゃったし。せっかくつかまえた猫を、こんなに
「でも、じゃあ、なんで猫がいたのかしら?」
ミユちゃんが不思議そうに首をかしげるので、ヒロトは
ミユちゃんは、そんなヒロトに怒ったみたいにぷぅーっとほっぺたをふくらました。
「ほら、これだよ。これが猫がいた理由!」
ヒロトはずんどう鍋に手を差し入れて、その中から小さな白いカケラを拾い上げた。それを見たユウキとミユは
「なんだよ、それ?」
「えっとね。これは多分、ニワトリの骨だよ。ほら、フライドチキンについてるやつ。中国料理ではトリがらっていうのでスープを作るんだって、聞いたことがあるんだ」
「あっ、そっか。スープを作った後で、残った骨をそのままにしておくと、その匂いにつられて猫が集まってくるのね!」
「うん、きっと、そうだと思う。それで、鍋の中とか、ゴミ箱とか、美味しそうな匂いのするところに猫が自分から入り込んでたんだよ」
ヒロトに説明されて、ユウキもミユもようやく納得したみたいだった。二人は安心したのか、気のぬけたような顔で笑っている。
しかし、そのとき、ヒロトの頭の中に、新たな
一つ目の
二つ目の謎がミャオの
ヒロトは腕組みをして考え込んだ。しかし、考えれば考えるほど、謎は深まっていくようだった。
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