第二章 お墓にいる幽霊の正体は!?

第3話 人骨スープ事件(事件編)

 コージは河原かわらのベンチにごろりと寝転ねころがって空を見上げながら、チッと舌打したうちをした。むしゃくしゃして腹を立てているコージを、馬鹿ばかにしているみたいに、空では星たちがちかちかとまたたいている。冷たい風にほほをなでられても、頭に血が上ったままで、カーッとした気持ちは冷めてくれない。

「何も、ぬかなくたってよ」

 コージは夜空に向かって文句を言った。空気が冷たいので、口から出た息が白くなり、もくもくと空に立ちのぼっていった。

 コージがこんな夜中に町境まちざかいの川に来て、河原のベンチに横たわっているのには理由があった。コージは一時間ほど前に母親とケンカをして、家を飛び出してきたのだ。つまり、家出いえでというわけである。

 夜中に家を飛び出したというのに、母は追っても来なかった。そのことも、コージのいら立ちに拍車はくしゃをかけていた。

「へんっ、あんな家になんて二度と帰るもんか!」

 ケンカの原因はコージのゲームだった。コージは晩ご飯を食べてから、約二時間もの間ずっとゲームをしていた。先月発売はつばいされたばかりの、人気のアクションゲームだった。

 コージはやっとの思いで最終さいしゅうステージをクリアして、ついにラスボスとの戦いにまで到達とうたつした。コージはそのボスとの戦いに夢中むちゅうになっていた。

「ほら、コージ。そろそろゲームを止めて、勉強してから寝なさいよ!」

 ゲームを始めてしばらくったころ、母がそう言いながらコージの所にやって来た。コージは「はいはい、もうちょっとだけ」と、適当てきとうにやりごして、ラスボスの攻略こうりゃくの戻った。

 最近さいきんのゲームは、昔のゲームみたいに短くない。少し前のゲームでは、ボスは三回ふんづけたらたおせるとか、必殺魔法ひっさつまほうで一発とか、そういうばやい戦いがほとんどだった。でも、このごろのゲームの戦いはもっとリアルだ。じっくりとてきのスタミナをけずっていってスキを作らせて、そこをねらって少しずつダメージを与えていく。だから当然とうぜん、戦いは長くなる。ボスとの戦いともなれば、何時間もかかることもある。

 ボス戦は白熱はくねつして、そのまま一時間以上も続いた。

 すると、ようやくボスがつかれてきて、攻撃こうげきがきまるようになりだした。

「よっしゃ、いけ、いけ! ああ、くそっ! これでどうだ!」

 コージはテレビ画面に向かってさけびながら、コントローラーをり回した。

「ほら、いい加減かげんにしなさい」

「うん、分かってるって。もうちょっとだから」

 母に注意されても、コージはゲームを続けた。もう少しでボスが攻略できそうなのに、こんなところで戦いを止めるわけにはいかない。テレビ画面の中では剣と盾を持ったとんがり帽子ぼうし勇者ゆうしゃが、サーベルを持ったひょろ長い敵の攻撃をよけながら奮戦している。

 勇者のこんしん一撃いちげきが敵の胸に突き刺さった。

「ぐあああ! 何だと、この私が人間にやられるとは」

 ひょろ長い敵はうめき声を上げながら、胸を抱えてうずくまった。

 勇者はそれを見下ろしている。

 しばらく敵は苦しそうにうめいていた。しかし、しばらくすると急に静かになり、何事も無かったかのように、すっと立ち上がった。

「なーんてな。くはははははは。人間のブンザイでよくやったとほめてやろう。だが、ムダだったな。全ての準備はそろった。魔王まおう様は復活ふっかつされた」

 ひょろ長い敵は高笑たかわらいをしながら、サーベルを空にかかげた。

「魔王様、私の体を差し上げます」

 ひょろ長い敵の頭上に黒い雷が落ちた。すると、ひょろなが男はどくどくと脈打みゃくうちながら、アメーバみたいにぐにょぐにょ動いて、黒い鬼のような怪物かいぶつに変化した。怪物はごつごつとした筋肉質きんにくしつな体つきをしており、体の表面にはかたそうなウロコがたくさんついていて、頭から肩にかけて燃えるような赤いかみをたなびかせている。

 ようやく敵が最終形態さいしゅうけいたいになった。あと一息で、ラスボス攻略だ。

 ここからが、本当の勝負だ。いくぞ!

 コージは胸を高鳴らせながら、画面と手元に意識いしきを集中した。

 魔王は大きな剣を振り上げて、勇者の目の前に雷を落とした。

 すると、画面がピカッと光り、数回明滅めいめつした。

 そして、暗闇くらやみに包まれた。


 暗闇はずいぶん長く続いた。

「くそっ、まだかよ! 長げーよ! 早くしてくれよ! 急いでるのによ!」

 暗闇のままの画面にコージはイライラした。

 早くしないとまた母にどやされる。その前に何とかボスをたおしたい。コージは気ぜわしくコントローラーをカチカチしながら、テレビ画面に向かって小言こごとを言った。しかし、画面はずっと暗いままだった。

「ほら、早くめて! 寝る準備じゅんびをしなさい」

 後ろから、母の怒った低い声が聞こえた。振り向くと、母が最終形態さいしゅうけいたいのボスみたいなおっかない顔をして、コージのことを見下ろしていた。その手にはコンセントをにぎっている。その先にはゲームの電源でんげんコードがつながっている。

 それを見てコージは状況じょうきょう理解りかいした。画面が暗くなったのはゲームのシーン演出えんしゅつではなくて、母によってゲーム機の電源がぬかれて、ゲームが止まっただけだったのだ。

「おい、何すんだよ!」

「何って、あんたがずっとゲームを止めないから仕方ないでしょ。もう二時間よ!」

「だって、ボスが強いから!」

「ゲームは一日一時間までってこの前も言ったでしょ」

「そんなこと言っても、ボスが倒せなかったんだから仕方ないだろ!」

「知らないわよ、そんなこと」

「もうちょっとだったのに」

「何回も注意ちゅういしたのに聞こうとしないのがわるいんでしょ」

「まだ、セーブもしてなかったんだぞ!」

 これで、今日した二時間のプレイが台無だいなししになった。それがショックでコージは母に文句もんくを言った。しかし、母は聞く耳を持たなかった。

「はいはい、ぶつくさ言ってないでさっさと寝なさい!」

 母はコンセントを置いて、コージのうでを引っ張った。

「イヤだ! もう知らねえ。俺はもう家を出る!」

 コージは怒って玄関げんかんに走っていった。

「もうっ、この前もそう言って家出して、すぐに戻ってきたじゃないの。馬鹿ばか言ってないで、早くなさい」

「うるさい。今日は本気だ!」

 コージは家から飛び出した。母はあきれた様なため息をいただけで、コージを引きめようともしなかった。

 コージはその後しばらく町をさまよって、寝る場所を探した。友達の家にまろうかとも思ったが、携帯けいたいを持ってこなかったので、友達に連絡をとることが出来なかった。

 公園のベンチならベッドの代わりになりそうだったが、そこにはこわそうな人がたくさんいたのであきらめた。そして、いろいろな場所を回って、最後にはとなり町とのさかいを流れる川に行き着いた。

 町境まちざかいの川のこちら側は堤防ていぼうから川に下りられる階段が付いている。階段を下りると、飛び石が対岸たいがんまでつながっていて、向こうぎしには河川かせんじきがある。そこに行けば、ベンチがあるはずだ。

 コージは夜なので足元に注意して目をこらしながら、しんちょうに飛び石を飛びこえながら、対岸を目指した。

 対岸の河川じきの遊歩道ゆうほどうには、コージが思ったとおり、休憩きゅうけい用のベンチがあった。公園のときような怖そうなお兄さんたちはいない。ここなら安心して寝られそうだ。

 コージは近くのベンチに向かって、ベンチの上に寝そべった。息が白くなるような時期なのでかなり寒かったけれど、こおってしまうほどではない。がまんすればどうにか眠れそうだった。

 コージがベンチに横たわっていると、足の下に奇妙きみょうな光が見えた。

 コージは上体じょうたいを起こした。すると、足の向いている方向の道の向こうで、何かが光っているのが見える。そこで、ベンチから立ち上がり、その光りの方向に走った。

 コージが向かった先にはお寺があった。お寺のまわりは雑木林ぞうきばやしに囲まれているが、お寺のうら手のだけは林が切り開かれて、手ぜまな墓地ぼちになっている。オレンジ色の光はその墓地からもれていた。

 竹垣たけがきのすき間からお寺の中をのぞき込んで、光に目をこらした。

 光はゆらゆらと上下にゆれながら、墓地の中をまっすぐすすんでいった。

 本当を言うと、コージは怖くて仕方しかたが無かった。けれども、どうしても光の正体しょうたいをたしかめたくなっていた。見かけたホラー映画を途中で止めるのがどうにも気持ち悪いみたいな、そんな感覚だった。コージはお寺の入り口に回りこんで、寺の境内けいだいをかけ抜け、裏にある墓地を目指した。


 ヒロトは鼻歌はなうたを歌いだしそうになるのをこらえながら、四時間目の授業じゅぎょうを受けていた。

今は授業中だから勉強に集中しゅうちゅうしなくちゃ!

 そうやって何度も自分に言い聞かせるのだけれど、ついつい給食きゅうしょくの事ばかり考えてしまう。だって、今日の給食は大好物だいこうぶつのカレーライスなのだ!

 朝から楽しみで、通学中なんてルンルンと鼻歌を歌っていた。一分また一分と時間がたち、それだけカレーが近づいてくる。そう思うと、ついつい時計ばかり気にしてしまう。時計の秒針がコチコチと進むのを見るだけで、口の中がヨダレでいっぱいになってくる。

 今日はカレーだ、いやっほう!

 しかも、おかずにはアジフライが付いている。

 そのうえデザートにはフルーツヨーグルトまで!

 こんな最高の給食はめったにない。 

 ヒロトはつい鼻歌を歌ってしまいそうにそうになって、あわてて声を引っ込めた。すると、鼻歌のかわりにお腹がぐうぅと大きく鳴った。

 ああ、もう待ちきれない。

 我慢がまん、我慢。給食はもうちょっとだ。

 集中、集中。今は授業を頑張らないと!

 ヒロトはお腹をさすりながら、授業に集中しようとつとめた。

 今はヒロトの得意な理科の時間だ。どうしてもカレーのことが気になってしまうが、それでもがんばって、ヒロトは先生の話を聞いた。

 先生は黒板に絵を描きながら岩石の話をしている。

「ですから、川の底にもった砂も砂岩さがんという岩石がんせきります。それから、火山の溶岩も冷えて固まれば岩石に成ります。つまり、岩や石にもいろいろな種類があるのです」

 先生は教卓の上に、机の引き出しくらいの大きさのはこをいくつか取り出した。優しい手付きで箱のフタを持ち上げて、中身を児童たちに見せた。席に座ったままではあんまり中が見えなかったけど、中には石ころがいっぱいならんでいるようだった。

「みなさん、先生のまわりに集まってください」

 先生は箱を一番前の席の子の机の上に置き直して、そのまわりに児童たちを集めた。

「この箱の中を見てください」

先生は箱の中身なかみをみんなに見せた。児童たちは背伸びして箱の中身をのぞき込んだ。

 箱の中にはいろいろな種類の石が所せましと並べられていて、その一つ一つに小さなラベルが貼られていた。理科が好きなヒロトにはそれらが鉱物標本こうぶつひょうほんという、石を集めた標本ひょうほんである事が分かった。

「何これ、ただの石じゃん」

男子児童だんしじどうの一人がつまらなそうにつぶやいた。理科ぎらいの子どもにとっては、ただの石ころが入った箱にしか見えないようだ。

 先生は困ったように笑いながら、小さくうなずいた。

「たしかに、石ですね。でも、ただの石ではありませんよ。よく見てください!」

 先生に言われて、児童たちはもう一度、今度は注意ちゅうい深く箱の中をのぞき込んだ。

 児童たちは箱の中にある石を一つ一つじっくり観察した。石の色や形は様々な物があった。赤いもの、黒いもの、青いもの、ごつごつしたもの、つるつるしたもの、ザラザラのもの、ピカピカのもの、どれもが親指おやゆびの先くらいの大きさだけど、よく見ると全部が違う石だった。

「あれ、これ、もしかして。宝石ほうせきじゃないの?」

「本当! 中の方がキラキラしてる」

 一人の女子が声を上げると、それを聞いた他の女の子たちも箱のまわりにむらがった。そこにあったのはトゲトゲした紫色むらさきの石だった。その石は光が当るとキラリと輝いた。それを見た女子たちは「すごい、きれい!」などと、歓声かんせいを上げた。

 先生はにやりと笑ってうなずくと、女子たちに向かって音のない拍手はくしゅをした。

「すばらしい! 正解です。それはアメジストと言って宝石の一種です」

 先生は箱の中からいくつかの石を取り出して、みんなに見せた。

「はい、こちらを見てください。これらの石は全て宝石です。原石げんせきと言って、みがかれる前の石なので、あまりきれいではないものもありますが、みがくとキラキラ光るきれいな宝石になります」

 女子たちは宝石と聞くと目をかがやかせながら、先生の手元てもとをながめた。理科に興味きょうみが無くても、宝石には興味があるようだ。中にはうっとりと目を細めている女子もいる。先生が持っている原石はまだ普通の石ころみたいだったけれど、女子たちの目には、みがかれて美しく輝くようになったきれいな宝石が見えているのかも知れない。

 先生は一つ一つをくわしく説明してから、取り出した石を箱の中の元あった場所にそっと戻した。フタをしめて宝石の箱をしまうと、先生は次の箱を取り出した。


 宝石を見て喜んでいる女の子たちをよそに、ほとんどの男子は面倒めんどうくさそうに話を聞いていた。

 先生は退屈たいくつしている男子たちの方をふり向いて、新しい石をいくつか箱からえらび出した。だいたいどれも茶色い石だったけれど、ぎざぎざしていたり、渦巻うずまきのような形をしていたり、不思議ふしぎな形の石がほとんどだった。

「次にこれが何か分かる人はいますか?」

「はいはーい。それは化石かせきです!」

 ヒロトは手を上げて答えた。先生はにっこりとほほえんでヒロトを見た。

「その通り! まず三葉虫さんようちゅう、こっちはアンモナイト。これはサメの歯の化石です」

 化石を見てワクワクしない男子はいない。

 ヒロトももちろん化石が大好きだ。

 だって、ここにある石が大昔には生きていたってすごい事だし。恐竜きょうりゅうもかっこいいし。歯とか、骨とか、それがあの大きな恐竜の体の一部だったのだと思うとワクワクする。

 男子は先生の手元にある化石を見て、きらきらと目をかがやかせた。

「うおー、すげー!」

 わるガキ代表だいひょうのタクヤが化石を見て大きな声を出した。

「だって、これが生きてたんだぜ!」

「そうですね。この三葉虫やアンモナイトは四おく年ほど前に生きていたそうです」

 先生は化石を見せながら、大昔の地球の話をした。

「次はこれと、これと、これです。さて、これが何か分かる人はいますか?」

 先生が今度は赤いけばけばした石と、黒色で少しつやのある石、青緑あおみどり色の石を取り出して児童たちに見せた。しかし、それらが何の石なのかは誰もわからなかった。児童たちはみんな、先生にあてられないように先生から目をそらした。先生は苦笑にがわらいをしながら、「分からなくても、ちゃんとこっちを見ていてくださいね」と言った。

「では、もう少し分かりやすい物を見せてあげましょう」

 先生は小指の先くらいの大きさの、小さなビンを取り出した。ビンの中には小さな金ピカの砂粒すなつぶのようなものが何粒か入っていた。

 先生がビンを振ると、中の金色の砂はサラサラと小さな音を立てた。

「これが何か分かる人はいますか?」

「金色の石だけど、何だろう砂みたい」

 ユウキが先生が持っているビンに顔を近づけて、目をこらしている。

「そうですよ、金色をしていますね。だから、何でしょう?」

「金色だから、そのままんまだけど、金かな?」

「その通りです。これは金です。砂のように小さい粒なので砂金さきんと言います。それで、これは銅鉱石どうこうせき、こっちは鉄鉱石てっこうせきです。これらは全部が金属きんぞくの仲間です」

 先生が指し示す石を見つめながら、ユウキはおやっと首をかしげた。

「じゃあ、これで車とか飛行機ができるの?」

「そうですよ。これらの鉱石こうせきから鉄やステンレスが作られ、それが加工かこうされて自動車や機械になります」

 先生は金属の原石をみんなに見せた。機械が好きな男子たちは、その固そうな石をじっと見て、不思議そうな顔をしていた。どう見ても、それらはただの石ころで、ピカピカ光る金属になるようには見えなかった。

「なあ、鉄とか銅はやくに立つけどさ、金って何かの役に立つのかよ?」

 先生の持ってる小さなビンを見て、タクヤがつぶやいた。

「いろいろな物に使われてますよ。金属の中でも特に重要じゅうようなものです」

「でもさ、金で作るのって金歯きんばとかぐらいじゃねーの?」

 タクヤが茶化ちゃかすみたいに言った。すると、女子たち数人が声を上げた。

「えー、お母さんは金の指輪ゆびわが欲しいって言ってたよ!」

「たしかに、指輪も金でできているものがあります。もちろん金歯も金ですね。でも、それだけじゃありません。パソコンとか、携帯電話けいたいでんわとか、そういった精密機械せいみつきかい電子部品でんしぶひんにも、金は使われているんですよ!」

 先生は金属について説明し、説明を終えると、金属の原石を箱に戻した。

 そして最後に、そこいらで見かけるような小石や穴ぼこの空いた石を箱から取り出した。

「最後にこれらが身近な石です。この学校の校庭や花だんに落ちているものもあります」

 先生は石を持ち上げて説明しようとみんなに見せた。すると、タクヤがつまらなそうに耳をほじりながら、石を見下ろした。

「なんだよ、今度は本当にただの石かよ! 普通の石なんてどうでもいいだろ! 何にも使えないもんな、役立たずだ。価値かちなーし!」

 タクヤは気だるそうに言いてた。

「こんなことしてても時間の無駄むだだろ!」

 タクヤは左腕に巻いた流行りゅうこうモデルの腕時計をチラッと見てから、盤面ばんめんをコツコツと指先で叩いた。どうやら、時間がもったいないという意味らしい。先生は困ったように笑ったが、それだけで、タクヤをしからなかった。注意する言葉が見つからないのかも知れない。

「価値が無くはないよ!」

 ヒロトは何だか分からないけど、タクヤの言葉がゆるせなかった。

めずらしい物も大切だけど、普通の物もきっと大切だよ。あたりまえ過ぎて大切さに気づかないだけなんだよ!」

 ヒロトは、自分でもおどろくほどタクヤに腹が立っていた。

 むきになったヒロトを見て、先生もみんなも目を丸くした。大人しいヒロトが悪ガキのタクヤに向かっていくなんて、初めてのことだった。ヒロトとタクヤはにらみ合いながら、口ゲンカのようにはげしく意見をぶつけ合った。先生はしばらく目をぱちくりさせていたけれど、二人がケンカを始めそうになると、すぐに二人の口論こうろんを止めに入った。

「たしかに、ヒロト君の言う通りです。たとえば、この石を見てください。軽石って言ってはち植えには欠かせない石です。次に、この石は道路の舗装ほそうに必要です。それから、これは石畳いしだたみやおはかの石などに使われます」

 先生は次々に小石を取り出して、一つ一つの石の役割やくわりを説明した。

「これらの石はどれも、普通の石です。ですが、これらが無いと、私たちの生活は成り立たなくなってしまうんです」

 先生がヒロトの肩を持つようなことを言うので、タクヤの機嫌きげんが悪くなった。タクヤはくやしまぎれにヒロトを突き飛ばした。よろめいたヒロトの背中をユウキがささえてくれた。

「おい、止めろよ!」

「何だよ、お前は関係ないだろ!」

「ヒロトは俺の親友だからな。ヒロトに何かしたら許さないぞ!」

 ヒロトとタクヤのやり取りを見ていたユウキが、たまりかねた様子でタクヤにつかみかかった。

 悪ガキのタクヤと、正義せいぎの味方のユウキの相性あいしょうは、まさに火と油の関係だ。ユウキはタクヤの悪事をどうしても放っておけないようで、何かあればすぐにタクヤに向かっていく。そしてその度、とてつもない大ゲンカをする。

 うでぷしはタクヤの方が少し強い。けれども、武道ぶどうをしているユウキは身のこなしが良くて、動きがすばやい。だから、二人のケンカはほぼ互角ごかくだった。そのせいで、ケンカは長引く。そして机が倒れたり、ゴミ箱がひっくり返ったりする。二人のケンカに決着けっちゃくくころにはいつも、教室がぐちゃぐちゃになっている。そんなことがしょっちゅうなので、もともと悪いのはタクヤなのに、ユウキまでが問題児もんだいじあつかいされる始末だった。

 一度ケンカが始まってしまうと、二人を止めるのはとてもむずかしい。先生にすら手が付けられなくなるほどだ。だから、先生はあわてて二人にって入った。でも、二人はおさままりが付かないみたいで、二人を引きはなそうとする先生をはさんで息巻いきまいている。二人とも顔を真っ赤にしており、タクヤにいたってはシリコーンせいの腕時計を外して、なぐり合いにそなえている。

「ゆう君、ケンカは止めて!」

 ミユちゃんがユウキに声をかけた。すると、ユウキの顔色かおがすっと戻った。

「しょうがないな」

 女子たちがこわがっているのに気付きづいたユウキは、タクヤのむなぐらをつかんでいた手をはなし、り上げたこぶしをそのまま下ろした。その後で二三発タクヤに殴られたがぷいと無視むしして、ユウキはヒロトに向き直った。

「良いか、ヒロト? タクヤを倒さなくても?」

「うん、大丈夫。別に気にしてないし」

「そうか、なら良いか!」

 ユウキはケロッと機嫌を直して、ニコニコ笑った。

「ゆう君、えらいね。ヒロ君もね!」

ミユちゃんがほめると、ユウキの顔がふたたび少し赤くなって、それからちょっとはずかしそうにほほをかきながら、れ笑いをかべた。

 収まりの付かないタクヤは近くの席を蹴飛けとばしながら席に戻って行き、でんと、ふてぶてしくイスに座った。それから、お気に入りの腕時計をポケットから取り出して、腕に巻きなおし、机に顔をつけて寝てしまった。


 理科のじゅぎょう業が終わると、次はいよいよ給食きゅうしょくの時間だ。待ちに待った給食に、ヒロトのお腹は真夏の池にいるかえるになったみたいに、低い声でグゥグゥ鳴いている。おなかからえず音が聞こえてくるので、ヒロトはちょっとずかしくて、お腹をさすって音を止めようとした。しかし、お腹はだまってくれなくて、小さな声でグゥグゥ言い続けている。

「では、みなさん、給食の席に移動してください」

 先生のその一言で、児童たちは教室中に散らばって、思い思いのグループを作った。

 ヒロトのクラスでは、先生の提案ていあんで、好きな席に移動して給食を食べても良いことになっている。だから、ヒロトは仲の良いユウキやミユちゃんたちと一緒いっしょに給食を食べることが多い。

 今日もヒロトはユウキとミユちゃんと一緒のグループを作った。いつもなら、グループにはもう一人、ミユちゃんと仲良しのノゾミもいるのだが、今日は風邪かぜ欠席けっせきしている。

 ヒロトたちが三人で給食のはんを作っていると、コージがためらいがちにヒロトたちの方へ歩いて来て、いつもならノゾミが座る席に座ろうとした。

「他にも空席はあるだろ!」

 ユウキはコージをいやがるような仕草しぐさをした。しかし、それでもコージはイスを引いて、ヒロトの向かいに座った。

「何でお前が来るんだよ?」

「別に良いだろ! ノゾミが休みで、この席はどうせ空いてるんだし」

「まあ、良いけどよ」

 少し不満そうだったが、ユウキはそれ以上は何も言わなかった。

 席が決まると、今度は給食当番とうばんの児童が給食を取りに行く準備を始めた。当番袋から白衣のようなエプロン服を取り出して、それを身に着けてろうかに出る。

 給食当番の児童たちは先生に引き連れられて、給食室に向かって行った。そして、五分ほどすると、カレーの入った大きな鍋とアジフライの入ったボウルを持って教室に戻ってきた。それを台に置いて、盛り付けの準備が始まる。カレーの鍋のフタが取られると、教室中にいいにおいが広がった。

 グウゥ、グウゥ。ヒロトのお腹がまた鳴きだした。

 少し遅れて、人数分のフルーツヨーグルトが入ったカゴを二人で持った児童たちと、ご飯の入った容器を重そうに抱えた児童が教室に入ってきた。

 給食当番の子たちは少しぎこちない手つきで給食を器によそうと、一人ひとりの席に配っていった。最初にサフランライスが配られ、次にカレーの入ったボウルが運ばれてきた。それからアジフライとフルーツヨーグルト、最後に牛乳が机の上に並んだ。

 給食を配り終えた給食当番の子たちは、エプロン着を脱いで、それぞれの席に戻った。

 カレーを目の前にして、ヒロトのお腹はグゥグゥと鳴き続けている。

 先生が自分の席に座り、手のひらを合わせた。男子たちのほとんどはカレーが大好きだ。だから、みんな待ちきれない様子で、先生を見つめている。

「はい、みなさん、手を合わせてください! いただきます」

 先生がいただきますを言うと、クラスの男子たちがいっせいに「いただきまーす!」と元気にさけんだ。その大合唱だいがっしょう合図あいずに、クラス中の男子がカレーライスを食べ始めた。スプーンと器が当たる音がカチカチと激しく教室にひびいている。誰より早く食べ終わって、たくさんおかわりをする。それが、男子たちのねらいだ。

 ヒロトのとなりの席では、ユウキも一心不乱いっしんふらんにカレーを口へとかき込んでいる。学校のカレーはそれほど辛くないので、一気に食べても大丈夫だ。ヒロトもユウキに負けじと、カレーをパクパク食べ進めた。

 いただきますから数分がたったころ、最初に食べ終わった男子が席を立った。

「先生! カレーのおかわりをしても良いですか?」

「はい、どうぞ。ただし、よくばりすぎないで、みんなで分け合いながら食べてくださいね。アジフライとヨーグルトは欠席した子の分しか残っていないので、おかわりをしたい子は後でじゃんけんをして決めましょう」

「はーい!」

 カレーの前にはすぐに長い行列ぎょうれつができた。カレーとご飯の器を手に持った男子が、一列にならんでいる。

 早くしないとカレーが無くなっちゃう!

 ヒロトとユウキも急いでカレーを食べ進めて、席を立ち、おかわりするための列に並んだ。カレーはどうにかヒロトの番まで残っていた。

 よかった、おかわりできる!

 ヒロトは後ろに並んでいる人のことも考えて、少なめにおかわりした。

 カレーの入った器を持って戻ってきたヒロトに、先に席に戻っていたユウキが何かを耳打みみうちした。

「なに、どうしたの?」

「おい、あれ見ろよ!」

 ユウキは小さな声で言いながら、ヒロトの前方をあごで指した。

 ヒロトの向かいの席では、コージが浮かない顔でイスに座っていた。いつもは人一倍ひといちばいがっついていて、われ先にとおかわりをするのがコージのはずだ。それが、今日はおかわりどころか、ほとんどカレーを食べていない。目の前にカレーがあるのに、うつむいてじっとすわっている。

「おい、コージ、何でカレーを食べないんだよ?」

「ああ、別に。ちょっとな」

「本当に、コー君、どうしたの? 今日は元気ないよ」

 ミユちゃんもコージを気づかって、コージの顔をのぞき込んだ。

 コージは辛そうな顔をしながら、ミユちゃんを見上げた。

「あのさ、俺、昨日な、見ちゃったんだよ……」

 コージは今にも泣き出しそうな声で、何かにおびえるように、ゆっくりとしゃべり始めた。


 コージは見えない何かを見るみたいに、ちゅうにきょろきょろと視線しせんを泳がせながら、か細い声を吐き出した。ヒロトたちはその小さな声を聞きもらさない様に注意して聞き取った。

「俺さ、昨日家出したんだ。母ちゃんがゲーム中に電源コードをぬいたからさ」

「えー、またコー君家出したの? 今月だけでも三回目でしょ!」

 ミユちゃんがあきれると、コージはミユをギロリとにらんだ。

「それでさ、寝床ねどこを探して、となり町の河原のベンチに行ったんだ」

「それで、何を見ちゃったんだよ?」

「ああ、今から話すよ」

 ユウキにかされたコージは、迷惑めいわくそうに顔をしかめた。

 ヒロトはだまってコージの話に耳をかたむけた。

「川の橋の辺さ、ちょっといったところ。お寺があるだろ。そこにおはかがあるよな。そこで俺、見ちゃったんだよ!」

「だから、何をだよ?」

「何をって、あのな、幽霊ゆうれいだよ」

「えっ、幽霊!?」

 ユウキとミユちゃんがそろっておどろきの声を上げた。

 ヒロトはそこまで聞いてもまだだまっていたが、コージは幽霊と口に出した後はうつむいてだまり込んでしまった。そこで、ヒロトはやっと口を開いた。

「ねえ、その幽霊って、どういう風に見たの? そのときの事を教えてよ」

「え、ああ」

 コージは重々おもおもしく顔を上げた。

「最初はな、お墓の方から変な明かりが見えたんだ。それで気になってその光の方に言ってみたら、その光がすうぅって横に動いたんだ」

 コージは身振みぶ手振てぶりで明かりの動きを再現して見せた。

 明かりは上下にゆらゆらとゆれて波打なみうっていたらしい。そして、真横にふわふわと飛び、そこで消えたのだそうだ。

「それが幽霊なの?」

「ああ、あの光はきっと人魂ひとだまだよ」

 コージには光の動きが死んだ人のたましいが火の玉になってお墓をただよっているように見えたそうだ。コージはそのときの怖さを思い出したのかブルブルふるえている。

「たしかに、ちょっと不気味ぶきみな光だね。でも、いくらお墓だからって、それだけで幽霊っていうのはちょっとおおげさなんじゃないかな?」

 ヒロトは首をかしげながら、コージの顔をのぞき込んだ。

「いや、それだけじゃないんだよ」

「じゃあ、何なんだよ。もったいぶらずに全部話せよ!」

 ユウキがコージをせっついた。

「その後でさ、俺も光の正体しょうたいが気になって、お墓の中に行って見たんだ。そしたらさ、ちょうど光の浮かんでいた辺りのお墓がたおれてたんだ。しかも、お墓の下の土にあなが開いていたんだよ」

 コージはおびえた子猫のような目をしてヒロトたちを見た。

「きっと、お墓の中から穴をほって、幽霊がはい出してきたんだ!」

「それで、その後はどうしたの? 光を追いかけたの?」

「いいや、怖くなって家に帰ったんだ。でも」

 コージはしゃくりあげた。

「落ちついてよ。大丈夫だいじょうぶだから」

 ヒロトがそう言うと、コージは深呼吸しんこきゅうをした。

「俺な、幽霊にかれたのかも知れないんだ」。

「取り憑かれたって、何かあったの?」

「ああ、今朝起きたら、急に体が重くて。服がじっとりしていて、こうして今もご飯すらのどを通らない。これって、きっとあの幽霊ののろいだろ?」

 コージは目に涙をためながら、助けを求めるような視線しせんをヒロトたちに向けた。

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