第4話 人骨スープ事件(捜査編)

 コージから幽霊ゆうれいの話を聞いたヒロトは、しばらく考え込んでから、「なるほど」と、うなずいた。

「何だよ! 何がなるほどなんだよ?」

「大丈夫! コージ君はのろわれてないよ。コージ君が見たのはきっと幽霊じゃないよ」

 ヒロトがほほえむと、コージはうつむき加減かげんだった顔を上げた。自信満々じしんまんまんのヒロトを見て、困惑こんわくしたような表情ひょうじょうをした。

「ヒロ君、どういうこと?」

 ミユちゃんも首をかしげながらヒロトを見つめている。期待きたいのこもった眼差まなざしだ。その視線に照れるように、ヒロトは鼻先を人差し指でかきながら、真剣な顔で説明を始めた。

「まず、幽霊じゃないってことを話すね」

 ヒロトはコージに向き直った。コージは大きくうなずいた。

「コージ君の話では、おはかが倒れていたり、土がほられたりしたんだよね?」

「ああ、そうだけど」

「じゃあ、犯人はんにんは幽霊じゃないよね」

「なんでだよ?」

「だって、幽霊はかべを通りぬけたりできるんだよ。だから、お墓の下から出るときだって、すっとすりぬけて来るはずだもん」

「なるほどな。でもさ、ほら、コージは体が重くなったりしてるんだぜ?」

「そうだぜ! 頭はぼうっとするし、それに首筋を冷たい手で触られているみたいなんだ。これはきっと、幽霊の呪いだろ?」

 ユウキとコージはヒロトの考えに反対はんたいの意見を言った。二人の間にはさまれているミユちゃんが、不安そうな目でヒロトを見つめている。

 ヒロトは二人の意見にもひるまず、先ほどと同じ笑みを浮かべた。

「うん、分かってるよ。でもコージ君の体の問題は幽霊とか呪いとかのせいじゃないよ」

「じゃあ、なんなんだよ?」

「きっとね、コージ君は昨日、風邪かぜを引いたんだよ」

「えっ、風邪?」

「うん、きっとそうだよ。だって、昨日の夜は急に気温が下がったって、今朝のニュースでやってたもん。そんな日に外で寝ようとしたら、風邪を引いちゃうよ!」

 ヒロトに風邪だと言われて、コージは拍子ひょうしぬけしたような顔をした。

「そう言われてみると、昨日はたしかに少し寒かったな」

「でしょ。それに、ケンカして家を飛び出したなら、ちゃんとした上着を着てなかったんじゃないかな?」

「ああ、母ちゃんとケンカしたまま、そのいきおいで出たから、部屋へやで着るシャツと短パンだけしか着てなかったと思う」

「体が重いのも、食欲しょくよくが無いのも風邪の時と同じでしょ? シャツが湿しめっていたのも、熱が出てあせをかいているせいだし、首が冷たく感じるのも寒気さむけってやつじゃないかな?」

「たしかにヒロトの言うとおりかも……」

 コージは鼻をずずっとすすった。よく見ると、顔が赤く火照ほてっている。

「言われてみると、ノドがイガイガするし、熱っぽい気もする」

「大丈夫?」

「ああ、なんとか。でも、そうか。俺はただ風邪を引いただけだったのか!」

 コージは安心した表情で、ほっとため息を吐いた。

「コー君、保健ほけん室に行って熱をはかってみたら? 風邪かぜだったら早退そうたいした方が良いし」

 ミユにうながされてコージは給食をほとんど手付かずで残したまま席を立った。

「先生、俺、風邪みたいで、保健室に行って来て良いですか」

「大丈夫ですか? 保健室まで一人で行けそうですか?」

 先生にたずねられて、コージはうなずいて歩き出した。けれど、コージの足取りは重く、ふらふらとしていた。今にも足がもつれて転びそうな歩き方だった。

 ユウキがその様子を見かねて席を立ち上がり、コージにかけ寄った。

「先生、俺がコージ君を保健室まで送ってきます!」

 ユウキは食べかけのカレーを置いたまま、コージに肩を貸しながら部屋を出て行った。

 コージは普段は犬猿けんえんなかのユウキに助けられて、少しきまりが悪そうな顔をした。ユウキはそんな事もおかまいなしに、コージの体を支えて歩いた。

「本当に大丈夫かよ? 足元がふらふらしてるぞ!」

「ああ、やっぱりヒロトの言うとおり風邪だな」

「そうみたいだな」

「幽霊とか呪いにビビッてたけど、こうして落ち着いてみると、普通ふつうにしんどい」

「そうか。でもま、良かったよな。幽霊の仕業じゃなくて!」

 コージはユウキのかたに体をあずけながらろうかを歩いた。ユウキはコージの歩調ほちょうに合わせてゆっくりと保健室を目指した。

 コージは保健室に言った後で、すぐに早退した。保健室で熱を測ったら三十九度もあったのだそうだ。ヒロトとユウキで保健室にコージの荷物にもつを届けてやったとき、コージはおでこに冷却れいきゃくシートを張ってフーフー言っていた。

 やっぱりコージ君の不調ふちょうは風邪のせいだったんだ!

 ヒロトは自分の考えが間違っていなかったことにほっとした。

 それから、午後の授業は何事なにごともなく終わり、放課後ほうかごになった。ヒロトが帰りじたくをしていると、ユウキとミユちゃんがヒロトにつめ寄ってきた。

「なあ、ヒロト。お前はコージの話をどう思う?」

「どうって、どういうこと?」

 ヒロトがたずね返すと、今度はミユちゃんがヒロトにつめ寄った。

「あのね、コー君が見たのは幽霊じゃなかったでしょ。でも、じゃあ、光の正体しょうたいは何だったのかしら? それが気になるねって、ゆう君と話してたの」

 ユウキやミユちゃんの言うように、ヒロトもお墓らしの幽霊の正体は気になっていた。けれども、コージの言っていた話だけでは、良い説明は思いつかなかった。

 ユウキはイタズラを思いついたみたいなみをかべながら、ヒロトをじっと見た。ヒロトはその視線しせんに気づいて小首をかしげた。

「なあ、今夜さ、幽霊の正体をたしかめに行こうぜ!」

 ユウキは鼻息はないきをあららげながら、ヒロトに顔を近づけた。

「今夜は早めに布団ふとんに入って寝たふりをしてさ、親が油断ゆだんしたスキにこっそり家をぬけ出すんだよ。それで、うん、あの池の公園で待ち合わせをしようぜ!」

 夜中に家をぬけ出すという提案ていあんに、ヒロトが迷っていると、ミユちゃんがヒロトの手をにぎってきた。どうやら、ミユちゃんはユウキの考えに乗り気みたいだった。

「しょうがないか。僕も気になるし」

 ヒロトはためらいながらも、首をたてに振った。

 夜に家を抜け出すのがいけないことだとは分かっているけれど、火の玉の正体が気になった。悪いことをしに行くわけじゃないし、今夜だけだから、いいよね。ヒロトはそうやって自分にいいわけをした。

 ヒロトたちはそれから、誰もいなくなった教室に残って、三人で作戦会議さくせんかいぎをした。作戦会議では、待ち合わせ時間の確認と、夜中に家をぬけ出す方法を話し合った。ヒロトもミユも自分の部屋を持っているので、部屋に入って寝たフリをしていれば、どうにかぬけ出せそうだった。

 夜中に家を抜け出すことを後ろめたく思いながらも、ヒロトは冒険ぼうけん予感よかんにワクワクしていた。ユウキとミユちゃんも、ヒロトと同じように興奮こうふんした様子だった。


 待ち合わせの時間は夜中の十一時に決まった。ヒロトたちは下校時間に学校を出て、それぞれの家に帰った。夜になったら早めに寝る準備をしないといけないので、ヒロトは家に帰るとすぐに学校の宿題を始めた。

「兄ちゃん、今日は遊びに行かないんだね!」

「うん、宿題をやってるんだ!」

 居間いまで計算ドリルをしていると、チカがやってきてとなりに座った。チカはヒロトが勉強をしているのを見ると、じゃまをしない様に、となりで静かにヒロトの様子を見ていた。

 ヒロトはそれから一時間ほど、もくもくと勉強を続けた。チカがお茶を入れてきてくれたので、それでのどをうるおしながら、集中して宿題を終わらせた。

「終わった!」

 ヒロトは宿題ノートを閉じて、ランドセルに入れると、満足そうなため息を吐いた。

「ねえ、兄ちゃん。遊びに行かないんだったら、一緒いっしょにゲームしよ」

 チカは部屋のすみからゲーム機とソフト、コントローラを二つ持ってきた。

「いいよ。そのゲームで良いの?」

「うん、これがしたい!」

 チカはうれしそうにうなずくと、ゲームのコードをテレビにつないで準備じゅんびをした。

 ヒロトたちはそれから一時間くらい二人でゲームをした。テレビ画面の中ではヒロトのあやつ勇者ゆうしゃとチカの操る魔法使まほうつかいがタッグを組みながら、敵の悪者わるものを次々に倒していった。

 ゲームに熱中している間に時間はあっという間に過ぎ、お母さんが帰ってきた。

「ただいまー。ヒロトー、チカー!」

 お母さんは玄関げんかんでヒロトたちを呼んだ。ヒロトとチカは立ち上がって、ゲームを切り、お母さんをむかえに出た。お母さんは両手に買い物袋を下げて玄関に立っていた。

 ヒロトたちはお母さんの荷物を受け取り、キッチンに運んだ。それから、野菜を洗ったり、お皿の準備をしたりして、晩ご飯を作るのを手伝った。そうしているうちにお父さんが帰ってきて、みんなでご飯を食べた。そして、お風呂に入り、作戦通りヒロトは早めにベッドにもぐり込んだ。

 ベッドの中に入ると、しだいにまぶたが重たくなってくる。そのままだと眠ってしまいそうだったので、目をゴシゴシこすりながら、ヒロトは息を殺してじっと時間を待った。三十分ほどそのまま寝たフリを続けていると、部屋の外からお父さんとお母さんの声が聞こえてきた。

「ヒロトとチカはもう寝たのか?」

「そうみたいね。チカはいつも通りだけど、ヒロトは今日は早いわね!」

「そうだな。学校ででも、遊んで疲れたんだろうな」

 お父さんとお母さんが話をしながら、部屋の前のろうかを通り過ぎたのが足音で分かった。それに続いて、ドアが閉まる音が聞こえた。

 よしつ。これで、家から出やすいぞ!

 ヒロトは布団の中でガッツポーズをした。

 お父さんとお母さんの寝室しんしつは、階段を上がってヒロトの部屋を通りぬけた向こう側にある。二人はその寝室に入って行ったようだ。

 ヒロトの部屋から外に出ると、お父さんとお母さんの部屋と反対側に階段があって、降りるとすぐ居間がある。だから、お母さんたちが居間にいると一階に降りれないので、なかなか家から出られない。だけど、お母さんもお父さんも部屋に行っていてくれれば、家からぬけ出すのは簡単かんたんだ。ヒロトは上着を着て、足音をしのばせて階段を降り、静かに玄関のドアを開けて、外に飛び出した。

 家の外は真っ暗で、空では星がきらきらとかがやいていた。冷たい夜風がほほをなぜて、とても心地ここちよかった。ヒロトは池のある方に向かってかけ足で進んだ。

 夜なので人通りは少なく、車もあまり走っていなかった。心細くなってきたヒロトは、さらに歩調を速めてほとんど全力疾走ぜんりょくしっそうで公園へと急いだ。

 ヒロトは「天使てんし食卓しょくたく」の近くに差しかかって、足を止めた。

 あの店長がいたらどうしよう。

 おそる恐る店の窓をのぞき込んだ。窓には「季節限定きせつげんてい、きのこチャーハンセット」のり紙が何枚も格子状こうしじょうに張られていた。お店の中は暗く、もう店仕舞じまいをした後らしかった。厨房ちゅうぼうのほうを見ても明かりが消えている。いつもの不気味な店長はもう帰ったあとみたいで、店内には誰もいなかった。ヒロトはほっとしながら店の前を通り過ぎた。


 夜の公園はやけににぎやかだった。「ぎゃはははは」という笑い声が聞こえて、バイクのエンジン音がひびいていた。お祭りのような雰囲気ふんいきだった。

 何をしてるんだろう?

 ヒロトは入り口のかべに背中を当てて体をかくしながら、公園の中をのぞき込んだ。

 公園には十人ぐらいの人がいて、バイクにまたがったり、地面に座ったりしながらさわいでいる。ぽつぽつと赤い光が見えるのは、タバコを吸っているのかも知れない。

 どうしよう、公園にはこわそうな人たちがいっぱいいる。

 困ったヒロトは公園の入り口でもじもじと立ちくしていた。すると、突然とつぜん、公園の中からヒロトを呼ぶ声がした。その声はユウキの声に似ていた。

「おうい、ヒロト。大丈夫だから来いよ!」

「ユウキなの?」

 ヒロトは恐る恐る公園に入っていった。

 ユウキは怖そうな人たちの集団の中に混じりながら、笑顔で立っていた。まわりにいるのは、高校生くらいのお兄さんたちだった。どのお兄さんもみんなヘルメットやニット帽をかぶっていて、そのうえマスクで口をかくしていたりして、不良っぽかった。

 ヒロトがビクビクしていると、ユウキが笑いながら、お兄さんたちを指さした。

「この不良ふりょうの兄ちゃんたちは、俺の武術道場ぶじゅつどうじょうの先輩なんだ!」

「そうなんだ!」

「ごめんな、こんな悪そうなヤツばっかりいたら、怖いよな?」

「いや、うん、まあ。ちょっとね」

 ヒロトが気をつかいながらうなずくと、お兄さんたちは大声で笑った。

「そうか、俺らが怖いか。ははは、でも大丈夫。俺らは不良だけどさ。ケンカとか暴力ぼうりょくはナシだからさ。集まってバイクをじまんしたり、夜の公園でサッカーしたりするだけ」

 白いニットぼう目深まぶかかぶったお兄さんが、笑いながらヒロトの頭をなでた。

 ユウキはヒロトの横に立ち、ヒロトの肩に手を置いた。

「このにいちゃんら。見た目はこんなんでも、武術家だからな。弱い物いじめなんて絶対しないし、結構けっこうまじめだし。それに、実はさ……」

 ユウキはヒロトの耳元に口を近づけて、小声になった。

「このシュンにいなんか、あの恵得けいとくの高校生なんだぜ!」

 恵得高校といえば、小学生でも知っている名門の男子校だ。

「えー、あのお坊ちゃん高校の人なの?」

「そうそう、校則こうそくがきびしくて坊ちゃんがりなんだ。だから、それをかくすためにニット帽とか被ってるんだぜ。しかも、退学たいがくになるのが怖くて、免許めんきょとってもバイク乗れないから、こうして夜にこっそり乗ってるんだって。ダセーだろ?」

 ユウキは説明しながらケラケラ笑った。

 ユウキに言われて見回してみると、不良のお兄さんたちはみんな優しそうな顔をしていた。ヒロトはほっとして、肩の力をぬいた。

「おい、それより、お前たちはこんな夜中に何してんだ? 夜はガキだけで出歩くなよ。危ないぞ!」

 不良のお兄さんに注意されたのが可笑おかしくて、ヒロトはクスッと笑った。しかし、シュン兄はすこしきびしい顔で、ヒロトとユウキの頭をつかんだ。アイアンクローみたいなつかみ方だった。ヒロトは痛いことをされるかと思って身をかたくした。けれども、お兄さんの手つきは優しかった。

「良いか、見ろよ」

 お兄さんはヒロトたちに腕時計うでどけいを見せた。

「もう、夜中の十時過ぎだ。っつーか、もうすぐ十一時だ。子どもは寝る時間だろ!」

 お兄さんはヒロトたちをしかりながら時計の横のスイッチを押した。すると、時計の盤面ばんめんがぼうっと青色に光って、十時四十五分と表示された。

「あっ、その時計、テレビでシーエムしてるやつだ! すげー、かっけー!」

 ユウキはシュン兄の注意ちゅういをさらりと聞き流して、シュン兄の持っている時計に目を向けた。シュン兄がしているのは流行りゅうこうモデルの時計だった。ロボットみたいな本体に、ピカピカのベルトがかっこ良かった。

「良いだろ、今日はいないけど、この集まりのメンバーにもらったんだ」

 シュン兄は怒るのも忘れて腕時計のじまんを始めた。すると、それを見ていたまわりのお兄さんたちも集まってきた。

「いいだろ、俺ももらったんだぜ!」

 ヘルメットを被った背の高いお兄さんも腕を出して、時計を見せてきた。それに続いて、その場にいたお兄さんたちは「俺も、俺も」と時計を見せびらかした。金属製きんぞくせいかわ製、シリコーン製などいろんな種類の時計があったけど、そのどれもがかっこ良かった。

「いいなー! それ欲しいんだよな。でも、高くて買ってもらえないんだよ」

 ユウキはくちびるを尖らせながら、うらやましそうに時計を見つめた。

 シュン兄は時計のじまんにきると、もう一度、けわしい表情になった。

「それで、だ! お前たちはなんでこんな時間に出歩いてるんだ?」

 シュン兄に聞かれて、ユウキははっと我に返った。

 ユウキは目を細めながら、公園の入り口の方を見た。

「あっ、ミユちゃんだ。おーい、ミユちゃーん」

 ユウキは公園の入り口でうろうろしている小さな人かげを見つけて手をった。どうやらミユちゃんのようだ。ユウキの声に反応して、そのかげはゆっくりと近づいてきた。

「なんだ、ヒロ君とゆう君もいたんだ!」

 ミユちゃんもお兄さんたちが怖くて、公園に入ってこられなかったようだ。ヒロトとユウキがいるのを知って安心したように笑った。

「女の子まで! こんな時間に!」

 シュン兄はため息をつきながら、ユウキの腕をつかんだ。しかし、ユウキはその手をすっと払いのけて「じゃあ、俺たちは幽霊退治たいじがあるから」と言った。

「はあ、何のことだ?」

 不思議そうな顔をするシュン兄をほっぽって、ユウキはヒロトとミユを引き連れて公園を出て行った。

「おい、待てって。夜中にガキだけで出歩くのは危ないだろ!」

大丈夫だいじょうぶだよ。悪いヤツがいたら、俺が倒すから!」

「そういう問題じゃないんだよ!」

 呼び止めようとするシュン兄から逃げるように、三人は走り出した。


 ユウキたちは、町境まちざかいの川に着くと、橋を渡ってとなり町に入った。

「飛び石の方が早くないか?」

「うん、でも、夜は危ないよ」

 橋を渡る前、ユウキは遠回りになるので橋を渡るのをいやがって飛び石を渡る提案ていあんをした。だけど、ヒロトがそれに反対して、ミユちゃんもヒロトと同じ意見だったので、ユウキもしぶしぶ遠回りして三人で橋を渡った。

 橋から降りて堤防ていぼう沿いの道に立つと、向こうのほうにお寺のかべが見えた。お寺までの距離きょり校庭こうていのすみからすみまでくらいはあった。

 三人は小走りでお寺に向かうと、竹垣たけがきのすき間から中を見た。中にはわさわさとたくさんの木が生いしげっていて、足元には熊笹くまざさが生えていた。そして、その向こう側には四角い墓石はかいし卒塔婆そとばという細長い板が不気味に立っていた。

「おいっ、あれ!」

 ユウキはお墓の方を指差ゆびさした。

「あっ、誰かいる!」

 ユウキが指し示した先を見ると、墓地ぼちのすみっこで塀にかくれるようにかがんでいる人かげが見えた。その人の足元にはオレンジ色に光るランタンが置かれていて、ランタンと反対側の地面には男のかげが不気味ぶきみに伸びている。

「何してるんだろう?」

 ヒロトは目をこらした。けれども、逆光になってよく見えなかった。

「ねえ、ヒロ君、ゆう君、お寺の中に行ってみない?」

「そ、そうだな!」

 ユウキが先頭に立ち、三人はお寺の入り口に向かって歩いた。入り口から入ると、砂利じゃりの上にしき石のしかれた通路がある。その通路を進むと、正面に本堂ほんどうがあり、その手前にさいせん箱が置かれている。お堂の横には細い通路があって、その先へ進むとお寺の裏の墓地へ出られる。三人は足音をたてないように気をつけながら砂利道を進んだ。

 ヒロトたちがお墓に着いたとき、すでにそこには誰もいなかった。

「あれっ、誰もいない!」

「うん、そうだね」

 誰もいなかったことにがっかりした様な、でもどこか安心したような気分で、ヒロトは周囲を見回した。すると、お墓の向こう側にある林のなかに、オレンジ色の光がただよっているのを見つけた。光は熊笹をかき分けるように上下や左右にゆらめきながら、ゆっくりと林を突き進んでいった。光を見つけたミユちゃんが小さな声で悲鳴ひめいを上げた。

「ねっ、ねえ、あれ! ほら、見て。あれって、コージ君の言ってた火の玉じゃない?」

「うわ、本当だ。火の玉だ!」

「そっか、なるほどね」

 ミユちゃんとユウキがおどろきの声を上げているのに、ヒロトは落ち着いた声でつぶやいた。ヒロトは火の玉の動きを見て、その正体を見破みやぶっていた。

 なあんだ、そういうことか!

 猫のスープの時と一緒で、またコージの見間違みまちがいだ。


 ユウキとミユちゃんがヒロトに疑問ぎもんの眼差しを向けた。

「なるほどねって、どういうことなんだ?」

「ヒロ君、もしかして何か分かったの?」

「まあね。ほら、あの火の玉を見てよ。あれって、さっきお墓にいた人が持ってたランタンだよ、きっと! 暗いから持ってる人の姿は見えないけどね」

 ヒロトは遠くで上下する火の玉を指差し、ランタンを片手に持ちながら歩くまねをして見せた。ヒロトの手は一歩ごとに上下と前後にゆれ動き、歩くのに合わせて真横に進んだ。この動きをした時に手に火の付いた物を持っていたなら、ゆらめく火の玉のように見えるだろう。

「本当だぁ。ヒロ君の手の動きと火の玉の動き方が同じね!」

「そっか、懐中電灯かいちゅうでんとうの光は真っ直ぐだから火の玉には見えないけど、ランタンの明かりはぼうっと丸く見えるもんな! 遠くから見たら火の玉だ!」 

「すごいすごい! ヒロ君、天才!」

「ううん、そんなことないよ。さっきランタンを見たから、そうかなって思っただけだよ」

 ミユちゃんにほめられたヒロトは照れくさそうに指先でこめかみをポリポリかいた。

「ということは、やっぱり、さっきの奴がお墓を荒らしてるんだな?」

「うん、そうみたいだね」

「でも、どうしてこんな事をするのかしら?」

「さあ、それは分からないけど、あの人、地面にしゃがんでたよね」

 ヒロトは人かげがこしをかがめていた辺りに行き、地面を見回した。しかし、地面はただのすな地で、所々にコケが生えていたり木の実のようなものが落ちていたりするだけだった。見回してみても、これといってあやしい物は見つからなかった。

 お墓は荒らされているどころかきれいに整えられていて、寺のしき地にはあちらこちらに青いコケが生えていたのに、墓石にはどろがはねたあとすら付いていない。よくみがかれていて、ピカピカ光っている。。

 ヒロトは地面にしゃがんで、お寺のへいや地面をよく見た。地面に顔を近づけてみると、変な形のキノコとか、細かく枝分かれをしたシダ植物が生えていた。けれども、やっぱり、特別に変わった物は見当たらなかった。

「おい、さっきの人かげが戻ってきたぞ!」

 ヒロトが地面を調べていると、ユウキがヒロトの肩を叩いてきた。後ろには徐々じょじょせまってくる火の玉が見えた。

 ヒロトは立ち上がり、ミユちゃんとユウキを引き連れて墓地から出て、お寺の入り口の方に逃げた。しかし、火の玉の速度は思いのほか早くて、お寺の本堂に差しかかったころには、追いつかれそうなほど迫ってきていた。

「そこにかくれろ!」

 ユウキがさい銭箱を指差した。

 ヒロトたちはさい銭箱の後ろに飛び込むと、そのかげに身をかくした。しかし、三人の体は箱のかげには収まりきらず、肩や足やおしりがはみ出してしまった。昼間なら一瞬で見つかってしまうだろう。けれども、夜のやみにまぎれているおかげで、三人の体はさい銭箱のシルエットにけ込んだ。


 ヒロトたちが身をかたくしながら息をひそめていると、本堂のうらから背の高い人が出てきた。その人かげは片手にキラリと光る何かを持っていて、もう一方の手には電気式のランタンと大きくふくらんだビニール袋をさげていた。

「ねえ、あれは何だろう?」

「もしかして、包丁ほうちょうじゃない?」

 光沢感こうたくかんとサイズから、ミユちゃんには包丁に見えるようだった。

「いや、違うぞ。あれはスコップだ!」

 目の良いユウキには人かげの手元で輝く物の正体がはっきりと見えていたようだ。「砂場遊び用の小さなスコップだ!」と、ユウキは小声で言った。持つ部分は木製で、本体の部分が鉄かアルミのような銀色をした金属性のスコップらしい。

 スコップを持った人かげは、ジャクジャクと砂利をふみながら、ヒロトたちのかくれているさい銭箱の横を通って寺の出口へと歩いて行った。

「ねえ、あの人!」

「うん、そうだよね」

「ああ、あれはあの中華屋の店長だ!」

 ヒロトたちは顔を見合わせた。

 天使の食卓にいるあの不気味な店長が、真夜中まよなかにスコップを持ってお寺にいる。墓荒らしの犯人は店長に違いない!

 でも、何のために店長はお墓を荒らしたりするんだろう?

 お墓、幽霊、死体、骨。そうか、分かったぞ! 

 店長がお墓に来た理由を思いついたヒロトは、ぞっとして身震みぶるいをした。

 店長はお寺を出る前に一度だけヒロトたちがいるさい銭箱のほうを見た。だが、ヒロトたちに気づかなかったのか、そのままお寺を出て行った。ヒロトたちは物音を立てないように気をつけながらさい銭箱の後ろからはい出し、静かに寺を出た。

 それから三人は池のとなりの公園に戻って、話し合いをした。公園ではまだシュン兄と他に数人のお兄さんたちがさわいでいた。シュン兄は横目でちらっとヒロトたちを見たが、ヒロトたちにはかまわず、他の友達とのおしゃべりに夢中になっている。

「なあ、あれ、店長だったよな?」

「そうね。間違いないわ」

 ユウキとミユちゃんは、自分たちが見たものをお互いに確認しあった。

「店長はお墓なんかで、いったい何をしてたんだ?」

「問題はそれね。ねえ、ヒロ君はどう思う?」

「えっ、うん、ええと……」

「どうしたの、ヒロ君?」

 ヒロトが言葉につまってきょろきょろしていると、ミユちゃんが心配そうにヒロトをの目を見つめた。

「あのね、落ち着いて聞いてね」

 ヒロトはくちびるが震えそうになるのをガマンしながら、お墓にいた時に思いついた推理すいりを話した。その説明を聞いて、ユウキもミユちゃんも言葉を失った。特にミユちゃんはすごく怖がって、ほとんど泣いているような顔つきになった。

「おい、どうしたんだ? おい、ユウ坊!」

 ヒロトたちが急に元気をなくして、泣きそうな顔をしていることに気づいて、シュン兄たちが集まってきた。「どうしたんだよ?」と事情じじょうをたずねてきたシュン兄に、ユウキが少しだけお墓での事を説明した。けれども、シュン兄にはうまく伝わらなかったようで、「えっ、お寺が何だって?」と、シュン兄は首をかしげるばかりだった。ただ、それでも、ヒロトたち三人が何かにひどくおびえていることだけはシュン兄にも分かったようだ。

「よし、じゃあ、俺らで家まで送ってやるから。な、安心しろ」

 シュン兄はそう言って、ミユちゃん、ヒロト、ユウキの順にそれぞれの家を回って見送みおくりをしてくれることになった。

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