第三章 誘拐? 失踪!? 大事件発生!!

第6話 天使のスープ事件(依頼編)

 夜中に、中学生か高校生くらいの少年が一人、やわらかいすなの地面に小さなスコップをき立てていた。静まり返った暗闇くらやみに、シャクッと軽快けいかいな音がして、スコップの先が地面に数センチさる。少年はスコップをかたむけて、砂をすくい上げ、かたわらに捨てた。そんな動作どうさを何度かくり返す内に、地面の砂が取り払われて、今度はかたい土が見えてきた。ゴスッ、ゴスッ。少年は茶色い土にスコップを力まかせに突き刺した。

 月の無い空の下で、少年は一心不乱いっしんふらんに地面の土をほっている。空では星がチリチリと線香せんこう花火のような頼りない光をまきらしている。

 少年のいる辺りは半径三十メートルくらいの開けた土地になっている。その外側は林になっていて、ぐるりと木々に囲まれている。そのため、町明かりは木にさえぎられ、少年の周囲はあんまくを下ろしたような深い暗闇に包まれていた。

 少年はランプを手に取り、地面をじっと見た。照らされた地面にはただ茶色い土がある。ところどころに小石がある他は、これと言って何もない。

「まだ無いなー!」

 少年はスコップを動かす手をさらに速めた。

 少年がこの辺りをほり返すのは、これで三回目だった。地中にまっているある物を探しているのだ。小さなスコップで地面をほっていると言っても、潮干狩りじゃない。探し物はアサリではなく、お宝だ。だから、少年はトレジャーハンターになったような気分で、地面をほり進めている。

 最初にここをほったのは二週間くらい前だ。その時は懐中電灯かいちゅうでんとうしか持っていなかったので、手元を照らしながら、硬い土をほるのが大変だった。手元を照らすと片手が使えなくなってスコップに力を込められないし、懐中電灯を置くと手元が良く見えなくてほりにくかった。そのうえ、ヤブカが多くて辛かった。だから、その日は宝探しをあきらめて、家に帰った。

 次にほったのが数日前だ。その日は体中に虫除けスプレーを振りかけて準備万端じゅんびばんたんでいどんだ。懐中電灯では直線にしか照らせなくて、両手で作業をしながら手元を照らすのには不向きだったので、代わりにキャンプで使うオイルランプを持ってきた。そのおかげで作業ははかどった。そして、その日、やっとお宝を手に入れることに成功した。

「今日っも、おっ宝、あっるのかなっ!」

 少年はわくわくして、オリジナルのへんてこな鼻歌を歌いながら地面を突っつき続けた。

 しばらく土をほっていると、キンッという高い音がした。スコップの先端が硬い物に当たったようだ。少年は鼻息を荒くしながら、地面の土を払った。すると、土の中から白い水がめのような物が出てきた。

 少年はその入れ物のフタについた土を指先で払い落とし、そっとフタを開いた。

 容器の中には小いさな袋がいくつか入っていた。

「あった、あった!」

 少年はうれしそうに小袋を取り出した。しかし、その袋の中には少年が予想していた物とは違う物が入っていた。

「何だよ、これ?」

 一つの袋にはキラキラ輝く宝石がぎっしりつまっていた。もう一つには得体の知れない白い粉がパンパンにつまっていた。そして、最後の袋にはチョークくらいのサイズの金属のかたまりが入っていた。そのかたまりはランプの光を反射して、ビカビカと危なくかがやいている。

「まさか、これって……」

 さすがにこれはやばいぞ!

 子どものイタズラでは済まされないレベルだ。

 少年はこおりついたようにガチガチに固まった。

 顔から一気に血の気が引いていき、指先がふるえだす。

 いやな予感よかんが頭の中をぐるぐるうずまいている。

「口ふうじ」という言葉が少年の頭に浮かんだ。

 ヤバイぞ! 

 きっと、バレたら口ふうじされる。

 どうすればいい? 分からない。

 とにかく、今は遠くへ逃げるしかない!

 少年はランプもスコップも全部そのままに放り出して、その場を立ち、一目散いちもくさんに逃げた。


 チカはこのごろ、体調が優れない。熱っぽかったり、お腹が痛かったり。病院に行って薬をもらわなければならないほどではないが、調子が悪い。学校も休みがちで、どうにか登校できても、お昼くらいまでには早退してくる日が多い。

 あーあ。僕もみんなみたいに元気に外で遊びたいな。

 自分の部屋の窓から外の道を見下ろして、チカはため息をついた。

 一人きりで家にいるのはれている。生まれたときから病弱びょうじゃくだったから、幼稚園にも小学校にもなかなか通えなくて、いつも部屋で寝かされていた。だからと言って、お母さんやお兄ちゃんにわがままを言って困らせるようなことはしない。でも、校庭で友達と走り回ったり、スポーツのクラブに入ったり、友達の家に遊びに行ったり、してみたいことはいっぱいある。それらが一つもできないのは、やっぱり悲しい。

 チカはベッドから起き上がり、階段を下りて、テレビのある居間いまに向かった。寝続けてているのがたいくつだったのだ。

 テレビをつけて、チャンネルを回してみた。お昼前のこの時間は、だいたいどのチャンネルでもニュースをやっていた。子ども向けのアニメ番組とか、面白そうな番組はやっていない。

 チカは新聞をさがして、テレビらんを見た。

 お昼を過ぎたら、午後のサスペンスドラマが始まる。それを見よう。でも、それまでは、ニュースを見ているしかなさそうだ。

 サスペンスが放送される予定のチャンネルに合わせて、ぼーっとテレビを見た。

 全国ニュースが終わると、この町や周辺の地方ニュースが始まった。数日前にあった夏祭りのことや、幼稚園で行われたスイカ割り大会のことなど明るい話がいくつかあった。

 その後で、町で起こっている大きな事件の話が始まった。一つ目は貴金属ききんぞくの盗難事件の問題だった。今年の春ごろから、この町では宝石類やブランド品などが盗まれる事件が続いているのだという。

「背景には窃盗品せっとうひんの売買を行う大規模だいきぼな組織の存在もうたがわれております」

 真剣しんけんな顔をして、ニュースキャスターの女の人がそう言った。

 町では他にも事件が起こっていた。それは麻薬まやく密売みつばいだ。麻薬と言うのは悪い薬で、それを持っているだけで逮捕される。そんな薬を、中学生や高校生のような子どもにまで売りつけようとする悪い人がいるらしい。

 なんだか、町全体に暗い闇が広がっているみたいだ。

 チカはニュースを見ながら、何かいやな予感がするのを感じていた。

 ニュースが終わると、サスペンスドラマが始まった。

 殺人事件が起こり、主人公の刑事けいじが現場に現れた。刑事は、現場を調べている青い服の人に話しかけた。

「仏さんは、じゅうたれたのか?」

「そのようです」

「犯人は銃なんてどこで手に入れたんだ?」

「被害者に残されていた銃創じゅうそうを調べたところ、拳銃はあまり精度せいどが高くないものを使用したようです」

「つまり、どういうことだ?」

手製てせいの拳銃を使用したのではないでしょうか?」

「拳銃を手作りしたと言うことか?」

3Dスリーディープリンターを利用して拳銃を作る方法がインターネット上で広がっているようですから、そういったものを利用した可能性かのうせいもあります」

「それなら、問題なのは銃弾じゅうだんか」

「そうですね。犯人がどこで銃弾を手に入れたのかを洗っていくのが、犯人にせまるカギかも知れません」

 子ども向けの番組ではないので、むずかしい言葉が多かった。けれど、チカは熱心にテレビを見た。



 放課後、ヒロトは校庭でサッカーをしていた。サッカーと言っても、ユウキとケンスケの二人が相手なので、一人がキーパー、一人が守備しゅび、一人が攻撃こうげきを担当してローテーションしながらするミニサッカーだ。

 ルールはバスケのワンオンワンみたいな感じだった。

 攻撃の人がボールを持ち、そのボールを相手に取られるかシュートしたら終わり。攻撃が終わったら、今度はキーパーになり、その次は守備をして、また攻撃に戻ってくる。簡単に言うとそういうゲームだ。

 今のところ、ユウキが三点で一位、ヒロトとケンスケが一点ずつで同点だ。校庭には二つのサッカーゴールがあり、そのうちの片方、ジャングルジムの近くのゴールを使って三人はミニサッカーをしている。ジャングルジムの中ほどにはミユちゃんとキョウコがいる。二人はジャングルジムの鉄のぼうに座って、三人のサッカーを観戦かんせんしている。

「ヒロ君もゆう君もケンちゃんもがんばれー!」

 ミユちゃんが三人にエールを送った。

 三人はその声に答えて、手をふり返した。

「ケンスケー、ユウにばっかり決められてるんじゃないぞー!」

 ミユちゃんのとなりから、キョウコがヤジを飛ばした。その声に、ケンスケが首をすくめて、苦笑いした。

 三人はときどき順番を入れえながら、ミニサッカーを続けていた。すると、そこへタクヤが歩いてきた。タクヤはジャングルジムの下を通ってサッカーコートに入り、だまったままキーパーをしているヒロトに歩み寄った。

「おい、何しに来たんだよ!」

 タクヤがヒロトにちょっかいを出しに来たと思ったのか、ユウキはボールを置いて、タクヤにかけ寄った。しかし、タクヤはそれでも、だまったままだった。

 タクヤはヒロトの前まで来ると、ばつが悪そうに顔をしかめながらペコッと頭を下げた。

「頼む。俺の兄ちゃんを助けてくれ。頼む……」

 タクヤにしてはあまりに小さくて、か細い声だった。

 ヒロトは突然とつぜんの事に戸惑いながら、タクヤの顔をのぞき込んだ。

 タクヤは目にいっぱいのなみだをためて、くちびるめていた。

「えっ、何。どうしたの?」

「あのな、兄ちゃんがな。いなくなったんだ!」

「いなくなったって、どういうことだよ? 家出か?」

 ユウキがたずねると、タクヤは首を振った。

「違う。母ちゃんたちはどうせ家出だろって言うけど、違うんだ!」

「なんで、違うと思うんだ?」

「これを見てくれ」

 タクヤはポケットから携帯電話けいたいでんわを取り出した。メールの画面を開いて、ヒロトとユウキに見せた。メールの画面には「タク、ごめん。兄ちゃんヤバイかも」とだけ書かれていた。

 ヒロトはそのメールを見て、真剣な表情ひょうじょうになった。

「このメールはお母さんには見せたの?」

「ああ。だけど、どうせイタズラだろって。心配させて喜んでるんだ、だって」

「そっか。そういう事はよくあるの?」

「まあ、家出はたまにあるけど」

「メールは?」

「こんなメールは無かった」

「いなくなったのは、いつからなの?」

「おとといから。昨日は俺もイタズラだと思ってたんだ。だけど、それからずっと電話が通じなくてよ。これは本当にヤバイのかもって」

「大人に言ってもダメだったから、名探偵ヒロトの出番ってわけか!」

 ユウキは納得したようにウンウンと何度もうなずいた。

 名探偵ヒロトというのはいつからかクラスでささやかれだしたヒロトのあだ名だ。ヒロトとしてはチカを差し置いて自分が名探偵と呼ばれるのは、少し後ろめたい気持ちだった。けれども、いつの間にやら、そのあだ名はクラス中に広まってしまった。

 ヒロトたちがタクヤと話していると、遠くから見ていたミユちゃんたちも、ジャングルジムを下りて三人のところへ走り寄ってきた。

「なになに、どうしたの?」

 ミユちゃんはニコニコ笑いながら、首をかしげた。

「なんだよ、タクヤ! そんな変な顔して」

 キョウコがタクヤを小馬鹿こばかにしたようなちゃちゃを入れた。

 だまっているタクヤに代わってユウキが説明すると、キョウコは「そっか、ごめん」と謝った。ミユちゃんも困り顔になって、ヒロトを見た。

「とにかく、一度家に帰って、それからどこかに集まろうよ!」

 ヒロトがそう提案すると、タクヤは重々しくうなずいた。


 ヒロトは急ぎ足で家に帰ると、ただいまも言わずにランドセルを玄関げんかんに放り出し、それから自転車にまたがった。ヒロトの後を追うようにチカが家から出てきた。

「兄ちゃん、どこかに行くの?」

「うん、ちょっと出てくる。大変なんだ!」

「そっか、気をつけてね」

 ヒロトは口早にチカと話をして、チカに見送られながら自転車をこぎ出した。なんとなく、チカの顔色が悪いように見えたけれど、急いでいたのでヒロトは何も聞かなかった。

 チカはさみしそうな顔をしながら、ヒロトの後ろ姿を見送った。

 ヒロトが力一杯にペダルをこぐと、自転車のチェーンがグァリグァリというにぶい音を立てた。チェーンが切れてしまいそうだった。それでもヒロトは思いっきり力をこめてペダルをこいだ。

 ヒロトたちはタクヤの家に集まった。タクヤの家は町境の川沿いにある大きなマンションで、部屋はその最上階さいじょうかいにあった。

「ああ、来たか」

 部屋を訪ねると、元気の無い声で、タクヤが出迎えてくれた。

「おじゃまします」

 ヒロトは小声であいさつをして、クツを脱ぎ、タクヤに案内されて、タクヤの部屋に入った。部屋にはミユちゃんが先に来ていて、マンガ本が並んだ大きなたなの前に座っていた。

「あっ、ヒロくん!」

「ミユちゃん。もう来てたんだ。あれっ、ユウキはまだなの?」

 いつもはどこへも一番乗りするはずのユウキだが、今日はまだ来ていなくて、ヒロトは不思議ふしぎに思った。

 ユウキが最後なんて、何かあったのかな?

 ヒロトのその予感はどうやら的中てきちゅうしていたようだった。

 その後も一時間ほどヒロトたちはユウキがやって来るのを待ったが、どんなに待ってもユウキは来なかった。

「ゆう君、どうしたんだろう?」

 ミユちゃんが心配そうな声で言った。ヒロトも心配になってきていた。いつもはユウキと犬猿けんえんの仲のタクヤも、今日ばかりはユウキの事が心配なようだった。

 三人は心配そうにまゆを寄せながらで互いの顔を見合った。三人ともが暗い顔をしていた。それから、三人とも言葉が見つからずにだまり込んでいた。すると突然に、タクヤの家の電話がけたたましく鳴りひびいた。


 ユウキは家のすぐ横にある電信柱でんしんばしらのかげに突っ立っている人かげを見て、全身に力を入れた。まだまだ暑い時期なのに、その人は厚手のパーカーを着て、マスクをし、ニット帽を深く被っていた。怪しい人を絵に描いたようなというか、怪しさの固まりみたいな人だった。

 いつもだったら、すぐには家に帰らずにその人が去るのを待つところだ。今日もそうした方がいいかも知れない。

 でも、今は急いでいるんだ!

 ユウキは数歩だけ後ずさって、そこから助走じょそうをつけて、フルスピードで玄関をくぐり、鉄さくのとびらを閉めた。

 ふう、ぎりぎりセーフ! 何にセーフかは分からないけど。

 そう思ってユウキが安心していられたのも、わずかな間だった。さっきのパーカー男はひょいと玄関のフェンスを飛びこえて、ユウキの家の庭に入ってきた。

 えっ、どうして?

 ユウキはおどろきながらも、とっさに武術のかまえをした。

「誰だ、お前は! 何のつもりだ?」

 ユウキがそうさけんで、なぐりかかろうとすると、パーカー男はあわててマスクを取った。

「待てよ。俺だよ、俺!」

 マスクの中には見なれた顔があった。シュンにいだった。

「シュン兄、どうしてこんなところに? しかもそんな格好して」

「いや、そこまでバイクで来たから。高校の連中にバイク乗ってるところ見つかったらまずいんだよ。校則こうそく禁止きんしされているからな、下手すりゃ退学たいがくだ。それでこの格好なんだよ。んでもって、お前の家を訪ねたら留守だったから、そこの電柱のかげで待ってたんだ」

 シュン兄はおでこに大粒おおつぶの汗を浮かべていた。暑いのにムリをしてパーカーを着ているせいで、よっぽど暑かったらしい。それで、日差しをさけて電信柱のかげにいたようだ。

「なんだよ、あやしいやつかと思ったじゃんか!」

 ユウキは今度こそ安心して、ふう、とため息をついた。

「ごめんごめん。それよりさ、ちょっと相談があるんだけどよ」

 シュン兄は真っ直ぐユウキの目を見つめた。ユウキはいままでに見たことも無いような、シュン兄の真剣な目を見て、すこし戸惑って、ごくりとつばを飲み込んだ。

 シュン兄はユウキに友達の話をした。

 友達が危ないから助けて欲しいという話だった。

「いや、でもさ。高校生で超強いシュン兄がどうしようもないのに、俺なんか。何もできないよ!」

 ユウキは首を横に振った。けれど、シュン兄は頭を下げて、お願いした。

「小学生に頼むことじゃないってのは分かってる。だけど、あの子に力を貸して欲しいんだ。お前の友達の、ほら、あのチビッこいヤツ。ヒロトって言ったっけ? あいつに頼んでくれ!」

 シュン兄はもう一度頭を下げた。

「あいつの名推理すいりで助けて欲しいんだ!」

「なるほど、ヒロトなら何とかしてくれるかも」

「だろっ。だから、頼んでくれないか?」

「分かったよ。頼んでみる」

 ユウキはうなずいた。それから、家のカギをあけて、シュン兄と一緒に中に入った。

 ユウキはシュン兄をリビングに待たせて、荷物を置きに自分の部屋に行った。ユウキはランドセルを机の上に置きながら、ふとかべかけ時計を見上げた。シュン兄と長い間話し込んでいたので、ヒロトたちとの待ち合わせ時間をとっくに過ぎていた。

 とりあえず、ヒロトに連絡するか! あいつは今、タクヤの家にいるはずだから。

 ユウキは部屋の外に出て、電話に向かい、受話器を取って、タクヤの家の電話番号を押した。


 電話の後、ヒロトたちはタクヤの部屋でユウキたちを待っていた。途中でタクヤが人数分のコーラを入れて持ってきてくれたので、ヒロトとミユちゃんはちびちびとコーラをなめながら座っていた。タクヤはコーラを一息ひといきで飲みすと、大きなげっぷをした。

 ユウキたちがタクヤの家に到着とうちゃくした。インターホンが鳴ったので、タクヤはユウキたちをむかえに玄関に行った。しばらくして、タクヤにつれられて、ユウキとシュン兄が入って来た。シュン兄はおどろいた表情でタクヤの部屋をきょろきょろ見回した。

「まさか、ユウ坊の友達がリョウの弟だったとはな!」

 シュン兄はそう言ってタクヤの顔をまじまじ見た。タクヤはまゆ毛を曲げながら、不思議そうにシュン兄を見上げた。

兄貴あにきの知り合いなのか?」

「ああ、お前の兄ちゃんは俺らのグループのメンバーだよ!」

 シュン兄はそう言って、携帯電話を取り出して、写真を見せた。写真にはタクヤの兄のリョウと、白ニット帽をかぶったシュン兄、それから他校生の女子が数人、バイクにもたれてピースサインをしながら写っていた。

 シュン兄はゴホンとせき払いをして、今度はヒロトに向き直った。

「その、リョウがさ。おとといの深夜しんやに携帯に電話してきたんだ。すごい激しい息が聞こえてさ。ヤベーよ、シュンスケさん、ってな。どうしたんだ、って聞いたんだ。そしたら、ヤベーもんをほっちまったって。だから、バイクでチンピラの車にでも突っ込んだのかと思ってたんだけど、どうも違うらしいんだ。けどよ、電話はすぐに切れちまって、それからは何度かけても通じないんだ」

 シュン兄は一息に説明してから、頭を下げた。

「ヒロト君、お願いだ、リョウを見つけるのを手伝ってくれないか?」

 シュン兄は顔を上げるとヒロトの手をにぎり、眼をじっと見つめた。

 高校生のシュン兄に頼まれて、ヒロトは困ってしまった。しかし、シュン兄はそんな事などお構いなしに、ヒロトに何度も頭を下げ続けた。

「うん、探せるのなら、僕だって探すけど……」

「ああ、探してくれ!」

「でも、そのための手がかりが無くて」

 ヒロトはいつに無く弱気よわきになっていた。

 人間が行方不明になった。猫の迷子とでは、ぜんぜん話が違う。こんな大事件を子どもの自分に解決かいけつできるのだろうか?

 それに、困ったときにいつも助けてくれるのは、弟のチカだ。ヒロトだけではこれまでの事件もできていなかったはずだ。頼られても、力になれないかも知れない。

 ヒロトは自信がなさそうにうつむいた。それを見て、シュン兄はポケットから腕時計を取り出して、ヒロトに渡した。

「参考になるかどうか分からないけどさ。リョウのヤツがいなくなる直前に、グループのメンバーにこの時計をくれたんだ。ほら、これ。流行はやりのブランドの時計だろ!」

 差し出された腕時計にヒロトは見覚えがあった。お寺のお化けさわぎの調査の前、公園でシュン兄たちのグループに出会ったとき、シュン兄がつけていた時計だ。たしか、シュン兄の不良グループのメンバーはみんな同じメーカーの時計をしていた。

「これさ、調べてみたら、一個が二万円以上はするんだ。それを、十五人のメンバー全員にくれたから。安くても、全部で三十万はするだろ。そんな高い時計をアイツが大量に持ってたって事が、この事件と何かで関係してるんじゃないかと思うんだ!」

 シュン兄が説明を終えると、タクヤも勉強机から時計を持ってきた。

「その時計なら俺も持ってる。この前に兄貴にもらったんだ」

「これを合わせたら、だいたい三十二万円か!」

 ユウキがため息を吐いた。

「何か高すぎてよく分からないよね!」

 ミユちゃんはヒロトの顔をのぞき込んだ。


 ヒロトたち三人組と、タクヤ、シュン兄の五人はリョウの身にいったい何が起こったのかを考えて、話し合いをした。話題わだいの中心はあれだけたくさんの時計を、どのように手に入れたかという事についてだった。

「タクヤの家ってそんなに金持ちなのか?」

 ユウキはタクヤの方を見てたずねた。タクヤは目を丸くしながら首を横に振った。

「そりゃそうさ。仮にリョウが金持ちでも、何万もする時計をメンバー全員にホイホイくばるなんて変だしな」

「じゃあなんで、時計をもらった時に変だって気づかなかったんですか?」

 ヒロトはあやしむようににシュン兄を見た。シュン兄は困ったように笑った。

「そうだよな。俺もいけないんだ。まさか、こんなに高い物だなんて知らなくてさ。いや、と言うより、本物だとは思わなかったんだよ!」

「どういうことですか?」

「ゲームセンターの景品けいひんとかで、よく似た偽物にせものがあるんだ。だから、俺はてっきりパクリの偽物だと思ってたんだ。でも、中古屋ちゅうこやに持って行って聞いてみたら、本物だって言われたんだ」

「そうよね。いっぱいくれたらゲームの景品か何かだと思っちゃうよね!」

 ミユちゃんは落ち込むシュン兄をなぐさめるように、シュン兄の肩を持った。

 たしかにゲームセンターの景品には有名なメーカーの時計の模造品もぞうひんもいっぱいある。だけど、本当にシュン兄はニセモノだと思っていたのだろうか?

 ヒロトはまだ何か言いたそうだったが、ミユちゃんはそれをさえぎった。

「シュン兄さんが悪いかじゃなくて、話さないといけないのは、リョウさんの事でしょ。ねっ、ヒロ君、ゆう君!」

「うん、まあ、そうだね」

 ミユちゃんの言葉にヒロトはうなずき、次の話に進んだ。

「とにかく、タクヤ君のお兄ちゃんは、大金を持っていたことになるよね!」

「ああ、そうだな」ユウキがうなずいた。

「そのお金が、落し物だったのか、泥棒したのか。どうやって手に入れたのかは分からないけど……」

「まあ、そのせいで、最後はヤバイことになったのかも知れないな」

 ユウキがそう言うと、シュン兄がうなずいた。

「そりゃ、そうさ。大金を盗んだり、悪いことをすれば、いつかはヤバイことになるさ」

「うん、そうだよね。でも、ヤバイことってなんだろう?」

「問題はそれだな」ユウキは首をひねった。

 ヒロトも頭を抱えた。

「ねえ、タクヤ君は何か知ってるんじゃないの? 他にも連絡があったとか、このごろ何か言っていたとか、心当たりはないかしら?」

「いや、何も知らないんだ。あのメールだけなんだよ!」

 ミユちゃんにたずねられたタクヤは、もう一度、携帯電話を開いて、メールを見せた。画面に表示れるのは何回見直しても、「タク、ごめん。兄ちゃんヤバイかも」という短い文章だけだった。

 タクヤは力無くうなれた。それを見て、ヒロトもなやましそうに頭を抱えた。

「ごめん。やっぱり僕には、何もできそうにないよ!」

ヒロトはタクヤとシュン兄に謝った。「さすがにダメか」と、シュン兄はがっかりした顔をした。タクヤはがっかりを通りこして、真っ青な顔になった。

「頼むよ、ヒロト! ケンカしたのも、悪口言ったのも、全部全部、謝るから!」

 タクヤはヒロトにすがり付いて、ヒロトの腕を強くにぎった。タクヤの目のふちからは涙の粒がポロッとこぼれた。

「そんなこと、関係ないよ! 僕は。僕だって! 力になれるなら、タクヤ君を助けたい。けど、こんなの。どうすれば良いのか分からないよ!」

 ヒロトまで泣きそうになった。それを見たシュン兄は、タクヤの肩を押さえた。シュン兄はタクヤをなだめながら、「ごめんな、ヒロト君。やっぱり、この事件は、ちょっと難しすぎるよな」とあやまった。

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