第9話 天使のスープ事件(解決編)

「子どもの話でも、本気で聞いてくれる大人の人って誰かいるかな?」

そうチカにたずねられたとき、ヒロトはっ先に担任たんにんの先生を思いうかべた。

 先生は少し変わっていて、児童の保護者ほごしゃからの評判ひょうばんはまちまちだ。クラスでの給食を自由席にしたり、係り当番を立候補制りっこうほせいにしたりと、いろいろ変わったルール作りをしている。そのせいで、仲間外れができる原因になるとか、不公平ふこうへいだとか、苦情を言ってくる親も多いらしい。だけど、先生は児童一人ひとりを子どもではなく、一人の人間として信頼していると言ってくれる。だから、子どもの考えを馬鹿にすることもない。クラスの名探偵になったヒロトに「報酬ほうしゅうです」と言って五百円をくれたのも先生だった。

 ヒロトはその先生を思い出して、チカに先生のことを説明した。

「僕の担任の先生なら、きっと聞いてくれるんじゃないかな?」

「どんな先生なの?」

「優しくて、真面目で、でも子どもに対しても真剣に話してくれる先生だよ」

「じゃあさ、今から言う話を先生に伝えて欲しいんだけど」

「うん、良いよ!」

 ヒロトは気軽に応じた。

 だが、チカが話したのはヒロトの予想よりもずっと大変な真実だった。

 こんな話を先生は信じてくれるだろうか?

 いくら先生でも笑って冗談だと思うかも知れない。

 それに、もし先生が信じてくれたとして、それからどうすればいいのだろう。

 町中を巻き込むような大事件が起こっているのだ。

 今までの事件みたいに簡単な解決はできそうにない。


 シュンスケは携帯を片手にパソコンをしていた。疲れたが、休んでいるヒマはない。インターネットに接続して、ブログの記事を読んだり、コメントを見たりしながら、自分の記憶きおくと照らし合わせる。

 昨夜、「ねえ、シュン兄さん。リョウさんのことでちょっと調べて欲しいことがあるんだけど」と、ヒロトに言われた。シュンスケは内容も聞かずに引き受けた。リョウが見つかるのなら、何でもするつもりだった。けれど、ヒロトに頼まれた作業はなかなか大変だった。

「もうやってらんねー」と投げ出したくなって、シュンスケは慌てて頭を振った。

「リョウが無事ぶじに見つかるなら、何だってしてやる!」とわざと声に出して、自分を元気付ける。リョウが最後にメールを送ってきたのは、弟のタクヤと自分だけだったらしい。それほどリョウが俺を信頼してくれていたということだろう。俺もその信頼にこたえなくてはならない。

「俺がリョウを助けてやるんだ!」

 シュンスケは何度もくじけそうになりながらも、昨夜から夜通しスマートフォンを片手に持ったままで、パソコンに向き合っている。パソコン画面でそれらしい候補を見つけては、電話をする。それのくり返しだ。しかし、なかなか有力な情報は得られない。

 シュンスケはため息を吐いた。一晩中パソコン画面を見つめているせいで、目の奥がジンジンと傷んだ。痛みは頭に広がり、背中に伸び、腰までズキズキしはじめている。

「くっそー! なかなかヒットしないな」

 シュンスケは次のサイトの画面を開いた。

 シュンスケが見ているのはインターネット上のコミュニケーションサイトだ。SNS、ソーシャル・ネットワーキング・サービスとも言われるサイトたちである。

 この様なサイトにもいろいろな種類があり、インターネット上で日記を書いて見せ合ったり、短いおしゃべりをしたりできるようになっている。

「シュン兄さん。弟からの伝言なんですけど。インターネットのブログとかそういうSNSとかいうサイトで、リョウさんのつながりを調べて欲しいんです」

 シュンスケは、ヒロトにそう頼まれた。SNSのサイト上には、たいてい「友だち登録」というシステムがあって、友達同士で登録しあってつながることができる。だから、それを調べれば、人と人とのつながりを調べることもできるのだ。

 ただし、友達にもいくつものタイプがある。ネット上だけでの友達もいれば、昔なじみだったり、学校の仲間だったり、先輩後輩だったり、いろいろだ。互いの顔も知らない関係から毎日会う間がらまでが、ひとまとめに「友だち」として登録されている。

 そんなサイトを調べて、リョウが「友だち登録」している中でリョウと面識のある友達を探すのがシュンスケの役割だった。リョウはやたらと友達が多くて、いろいろなサイトを合計すると、百五十人ほどが「友だち」として登録されていた。

「リョウさんの友達で、リョウさんと同じ学校に通っていた人を探して欲しいんです」

「そんなの、ほとんどがそうだろ?」

「そうじゃなくて。同じ学校に通っていたけど、転校して今は遠くに住んでいる人を探して欲しいんです。それから、その人の連絡先も調べてください。もしかすると、そこにリョウさんがいるかも知れないんです」

 それがヒロトの頼みだった。

 だが、ネット上では、本名の人もいればニックネームを名乗っている人もいる。だから、その人とリョウの関係を調べていくのが大変だ。さらに、その人の連絡先を調べるのも難しい。シュンスケとの共通の友達の場合は問題が無いが、リョウだけの友達の場合は一苦労だった。

 シュンスケはしばらく目を閉じていたが、もう一度パソコン画面に向き直って、作業に戻った。

 ネット上に表示された記事や名前、写真を見つめる。

 ぼやけた視界に、見覚えのある顔が一瞬見えた。

「おっ、コイツは!」

 シュンスケは携帯を手にとって、電話をした。

「おう、シュンスケ。久しぶり! えっ、リョウ? ああ、いるけど」


17

 ヒロトが学校に電話すると、教頭きょうとう先生が出た。

「こんにちは。あの、大野おおの先生はいますか?」

「大野先生は、今日はいらっしゃってないよ。何か用事かね?」

「大野先生と話したいんです」

「月曜日に学校で話すのじゃダメなのかい?」

「急用なんです」

「そうかい、じゃあ、今から大野先生に電話をしてみてあげよう」

「ありがとうございます」

「ヒロトくんと言ったね、電話番号を教えておくれ」

 ヒロトは家の電話番号を伝えて電話を切った。

 しばらくすると、担任の大野先生から、家に電話がかかってきた。

 先生は「やあ、ヒロトくん」と、電話口で明るくしゃべっていたけれど、ヒロトの声があまりに深刻しんこくそうだったので、「何かあったのですか?」と気づかうような声になった。

「あの、大変なことが起こったんです」

「大変なこと?」

「はい。あの、タクヤのお兄ちゃんが行方不明ゆくえふめいになって、それで、町で大事件が起きていて、えっと……」

「ちゃんと聞いていますから、落ち着いてください」

 ヒロトがあたふたしていると、チカがヒロトの服のそでを引っ張った。

「あの、ちょっと弟に代わります」

 チカは落ち着いた声で、事件のことを説明した。それを聞いた先生は、ヒロトとチカに学校の教室へ来るように言った。

「今から行けばいいですか?」

「はい、来られますか?」

「すぐに行きます」

「それから、他には誰が事件に関係しているのですか?」

「タクヤと、ユウキと、ミユちゃんと、高校生のシュンスケさんもです」

「もしできたら、他の子たちも呼び出してくれませんか?」

 先生はヒロトにそう指示してから、電話を切った。


 ヒロトはみんなに連絡した。ミユちゃんとは連絡がつかなかった。シュン兄の連絡先は分からなかったけれど、ユウキが呼んできてくれることになった。

 ヒロトはチカを連れて家を出て、学校に行った。チカはまだ自転車に乗れないので、二人は手をつないで歩いて学校に向かった。チカはときおり周囲をキョロキョロしながら、警戒して歩いていた。

 学校に着くと、本当なら休みで誰もいないはずの教室に、先生とユウキとシュン兄がいた。ユウキたちと先生は机を向き合わせて、こん談会みたいに座っていた。まるでシュン兄がユウキのお父さんみたいだった。

「おっ、ヒロトと、トモノリ君!」

 教室に入ると、ユウキがヒロトに声をかけた。

「ああ、君がヒロト君の弟か! 君のおかげで、リョウが見つかったよ!」

 シュン兄が嬉しそうに笑いながら、チカにお礼を言って頭を下げた。

「でも、あいつまだ何も話さないんだ」

 シュン兄は困り顔で笑った。

 シュン兄が机の形を整えてくれて、ヒロトとチカの席ができた。シュン兄はついでにタクヤの分の席も作った。すると、そこへタクヤが到着した。

「タクヤ君はそこに座ってくださいね!」

 先生はタクヤを席に座らせた。

「あの、それで、学校に来ましたけど、これからどうするんですか?」

 ヒロトがたずねると、先生はじっとチカの方を見た。

「とにかく、電話の内容をもう一度くわしく聞かせてください。あんまりに大変な話だったので、まずは再確認さいかくにんしましょう。それから、これからどうするべきかを考えましょう」

 先生は丁寧ていねい口調くちょうで言いながら、チカに話をうながした。

「話していて、もし、のどがかわいたら飲んでくださいね」

 先生は人数分の缶のお茶を用意していた。

 プシュッと缶を開けて、一口お茶を飲むと、気持ちが落ち着いた。

 チカが話を始める前に、ヒロトは、ユウキとタクヤと一緒に、リョウがいなくなってからこれまでの話をした。先生は心配そうな顔をしながら、熱心に三人の話を聞いてくれた。その後で、ヒロトはお墓での幽霊さわぎの話を始めた。

「それはもう終わった事件じゃなかったのかよ?」

 ユウキはそう言って首をかしげたが、ヒロトは首を横に振った。


 春に会った幽霊騒ぎ。それを言い出したのはコージだった。その話では、川の向こうにあるお寺の墓地に火の玉が浮かんでいたのだという。

 ヒロトとユウキとミユの三人は、その調査のために夜中にそのお墓に行った。すると、そこには、ランタンを持った男の人がいた。男の人はランタンで地面を照らしながら、何かをしていた。

「それは、あの中華屋さんの店長だったんだろ?」

 ユウキの言うとおり、あの日に見たのは店長だった。

「でも、店長はお墓を掘り返してはいなかったよね」

「ああ、キノコを盗んでただけだった」

「ということは、もう一人、お墓を掘った犯人がいるはずなんだ」

 それで、チカは考えた。

「チカはお墓を荒らした犯人が、埋められた骨の中から、金歯とかに使われていた金属を盗んだんじゃないかって考えてたんだ。それで、僕も納得してたんだけど、それは間違いだったみたいで、しかもそのお墓あらしが、今度の事件とも関係してるみたいなんだ」

「何がどう関係してるんだ?」

「詳しいことはこれからチカが説明してくれるけど、その前に事件の全体を振り返っておきたいんだ」

「事件の全体?」

 タクヤの兄のリョウがいなくなったとき、最後のメールには「タク、ごめん、兄ちゃんやばいかも」と書かれていたはずだ。つまり、リョウは何かの事件に巻き込まれた可能性が高い。

 そう考えると、リョウの行動が怪しく見えてくる。

 それは、あの腕時計のことだ。あれだけ沢山の腕時計をリョウはどこで手に入れたのだろう。それが、この事件のポイントかも知れない。

 すると、一つの答えが浮かび上がってくる。

 きっと、リョウは、どこかで腕時計を盗んでいた。そして、そのときに何か大変な、もっと大きな事件に巻き込まれてしまったのだ。


 ヒロトはチカが考えた事件の真相を説明した。

「全ての犯人は、お寺の和尚おしょうさんなんです!」

 このごろ町では、宝石の窃盗事件や、ブランド品の盗難事件が沢山あるようだ。ブランド品と言えば、リョウの配っていた腕時計も、ブランド品だ。つまり、いろいろな物が盗まれる事件にリョウはかかわっていたのだ。

 だが、高校生のリョウが一人で、お店から宝石を盗んだり、時計をいくつも盗んだりできるとは思えない。もしできたとしても、すぐに警察けいさつに捕まってしまうはずだ。

 そこで、チカが考えたのが、犯人が二重にいるという推理だった。

 まず、お寺の和尚さんが一人目の犯人だとする。和尚さんなら高校生よりは上手く泥棒をやってのけるに違いない。それが、ニュースでやっていた事件の話だ。

 その先がリョウの話だ。リョウはきっと、和尚さんが盗んだものを、更に盗んだのだ。そう考えると、リョウがいなくなった理由も予想がつく。犯罪者から、物を盗んでいたのだから、命を狙われるような事件に巻き込まれる可能性は高い。盗むところを見られてしまったのか、あるいは、見てはいけないものを見てしまったのかも知れない。どちらにせよ、もしそんなことがあったのなら、リョウはこの町にいられないはずだ。だから、リョウは携帯電話を切って、姿を消したのだ。


 ヒロトたちの話を聞いて、先生は「まるで乱歩らんぽの少年探偵団みたいですね」と言った。

「ヒロトくんの言うことは分かりました。ですが、何か根拠はあるのですか?」

「それは、ええと、チカが説明します」

「チカ、と言うのは、トモノリくんのことですね。分かりました、では話してください」

 先生に見られて、チカは少し緊張しているみたいだった。

「大丈夫だよ、チカ。優しい先生だから!」

 ヒロトがチカの手をにぎってやると、チカはやっと話を始めた。

「去年から、この町ではブランド品とか宝石の泥棒事件がいっぱい起きてるでしょ?」

「はい、ニュースでよくやっていましたね」

「でも、盗んだものが見つかったり、売られたりしたっていうニュースはつい最近まで見たことが無かったんです。それで、どこにあるのかなって気になってて」

「それで、君はそれをどこかにかくしてあると思ったのですね?」

 先生がたずねると、チカはうなずいた。

 チカは缶をふう切って、一口だけお茶を飲んだ。

「その泥棒事件と合わせて、リョウ君がいなくなったんだけど、もしかしたら二つの事件が関係してるんじゃないかって思って」

「どうしてそう思ったのですか?」

「それは。リョウ君がいなくなる前に、たくさんの高い腕時計を持っていたって聞いたから、それで、もしかしたら盗まれた物の中には、腕時計もあったんじゃないかって思ったんです。それをリョウ君がぐう然見つけちゃったんじゃないかって……」

 チカはカバンの中から腕時計を取り出した。それを見て、シュン兄も自分の腕時計もポケットから出した。タクヤはカバンから五本の腕時計を取り出した。先生は目をぱちぱちしながらその時計を見た。

 チカは時計を机の上に置いたまま、次の話を始めた。

「じゃあ、リョウ君はどこで時計を見つけたんだろう、って次に考えたんです」

 チカは人差し指を立てた。「それで、お墓の幽霊話を思い出したんです。兄ちゃんの友達のコージ君がお墓で火の玉を見て、その時にお墓がほられていたっていう話だったんですけど。それで、お墓の下には骨つぼが埋まってるでしょ?」

「そうですね」

「その骨つぼの中なら、盗んだ時計を安全にかくしておけそうだなって思ったんです」

「たしかにお墓の中なら、そう簡単に誰かに見つけられることは無いでしょうね!」

「そうでしょ。それでね、お墓に言ってみたんです」

 チカはリョウの部屋で見つけた懐中電灯を取り出した。「この懐中電灯、赤い土がついてるでしょ」

「ああ、これは土の汚れですか。汚れた手で懐中電灯をにぎったということでしょうね」「お墓に行って見たら、お墓の一つにこれと同じ赤い土がしかれているところがあったんです」

「なるほど、だとすると、たしかに、これはお墓で何かあったという証拠ですね!」

 先生とチカは二人で話し続け、その間はヒロトもユウキもタクヤもシュン兄もだまっていた。話に割って入れるような様子ではなかった。先生はびっくりするほど真剣にチカの話を聞いてくれて、チカもすごく冷静に話をしていた。

「それでは、次です。これまでの話が正しいとして、それなら、お寺の住職さんが犯人というのはどうしてですか?」

 先生はみけんにしわを寄らせながら、チカに質問した。

「その話を聞くと、リョウ君だけが犯人で、勝手にお墓に物をかくしていたとも考えられるでしょう?」

「ううん。それはありえません」

「どうしてですか?」

「コージ君の話の中で、リョウ君はお墓をほった後で、そのまま逃げてるんです。だから、コージ君が見たときに、お墓の下には穴が開いていたんです」

「なるほど、そう言うことですか」

「はい、そうです。もしお墓に穴が開いていたら、和尚さんが気づかないはずが無いですよね。それなのに、お巡りさんに言わないなんておかしいです。だから、和尚さんには、お巡りさんに通報できない理由があるんじゃないかと思ったんです」

 チカは人差し指を振りながら話を続けた。

「それに、お墓のまわり、お寺のかべとかは汚れてるのに、お墓だけはすごくきれいだったんです。まるでほり起こされたのをかくしているみたいでした」

 思い返してみると、たしかにそうだった。お墓の周辺にある塀や岩のかざりにはびっしりとコケが生えていた。だけどお墓の石はどれもぴかぴかだった。つまり、数日の間に誰かがお墓を掃除しているということだ。

「今の説明で、住職じゅうしょくさんが怪しいと言うのはよく分かりました。では、この話をお巡りさんに言って、相談した方が良いでしょうね」

 先生の案を聞いて、ヒロトたちはうなずいた。けれど、チカは眉毛をへの字にまげて困った顔をしながら、先生の顔を見上げた。

「うん、まあ、そうだけど。ここまでの推理には、この懐中電灯とか、時計が証拠になる思うけど。お寺の和尚さんが犯人っていう証拠は無いんだ。だって、お墓の中にはもう何も無いかも知れないから」

「どうしてそう思うんですか?」

「だって、最近に何回か、誰かがお墓をほった事を和尚さんは知ってるんだよ。だったら、そろそろかくし場所を変えるんじゃないかな? それで、どの墓も掃除された直後みたいにピカピカだったんだろうと思うんだ。かくしてあるものを移動させたら、お墓の石をみがいて、その下の土を整えるでしょ」

「なるほど。そうですね、たしかに、その可能性もありそうですね」

「うん。でも、リョウ君の安全のためには和尚さんが犯人だって突き止めないと!」

 和尚さんが捕まらないままでは、リョウ君は安全に帰ってこられない。

「そうですか。これは困りましたね」

 先生はあごをさすりながら、考え込んだ。チカもだまって何かを考えている。


 先生とチカがだまって考え込んでしまったので、ヒロトたちは話を始めた。

「すっげーな、お前の弟!」

 タクヤは感心しながらチカを見た。シュン兄も口をあんぐりさせながら感心している。

「リョウのやつめ! 自分が泥棒したからってビビッてるんだな」

 シュン兄が呟きながら、携帯を片手に持ちながら教室を出て行った。どうやら、リョウに電話をして、彼を問いただすつもりらしい。

 シュン兄が出て行くと、ユウキがこぶしを硬くにぎりしめた。

「しっかし、寺の和尚は悪い奴だったのか!」

 正義感の強いユウキは、和尚さんに怒っているようだ。


 チカはしばらくだまっていたが、不意にぼそりと独り言を言った。

「中が空洞なら物をかくせるんだけど、でもそれがバレないものってなんだろう?」

 チカの呟きを聞いて、ヒロトはタクヤの家にあったイスを思い出した。タクヤの兄、リョウのイスだ。一見するとただのイスだけど、中は空洞で小物入れになっていた。

「あっ、そうだ!」

 ヒロトはひらめいた。「仏像の中なんてどうかな? 仏像ってまずは土で形を作って、その後でまわりを銅で固めるらしいんだけど、固まった後は中の土を取り出すんでしょ。授業でそう習ったのを覚えてるもん。だったら中は空洞だし、そう簡単には動かせないし。かくすのにちょうどいいんじゃないかな!」

 たしか、あのお寺のお堂には大きな銅像があったはずだ。

「あっ、そっか! うん、それだよきっと!」

 チカもはっとした顔で、ヒロトの意見に賛成した。

 先生は話を聞き終えると、立ち上がった。

「分かりました。これだけ話し合えばもう十分ですね。後は警察の人に任せましょう。先生から警察に連絡をします。警察の人が到着したら、またこの話を聞かれるかも知れませんから、君たちはもうしばらく学校に残っていてくださいね」

 先生は教室を出て行った。

 先生と入れ違いにシュン兄が教室に戻ってきた。

「タクヤ、残念だけど、お前の兄ちゃんは泥棒をしていたよ! 今、電話で認めた」

「えっ、兄貴の居場所が分かるのか?」

「ああ、これもその弟君が教えてくれたんだけどさ。転校して遠くに住んでいる友達の家を探せってさ」

 シュン兄は説明を求めるように、チカの方を見た。

「えっとね。たぶん、リョウ君はお墓で何かすごい物を見つけたんだと思うんだ。時計どころじゃなくて、さすがにこれはヤバイって感じるような物をね。それで、闇の組織みたいなのにねらわれるんじゃないかって怖くなったんだとおもう。だから、メールをしたら、携帯電話の電源を切って、遠くに逃げたんだよ。とすると、逃げる先はこの町から遠くはなれていて、そのうえ信用できる人の家じゃないとダメでしょ」

「それで、転校した友達か! なるほどな」

 シュン兄はなるほどと、手を打った。

「インターネットを使えば、はなれていても友達を探せるでしょ! SNSとかで」

「ああ。でも、トモノリ君はよく、SNSなんて知ってたな!」

 シュン兄は感心しながら、チカを見た。

「SNSって何? 助けてってやつ?」

 タクヤは首をかしげた。SNSと言われてもピンと来なかったようだ。

「助けては、SOSだ。SNSっていうのは、ブログとかフェイスブックとか、ツイッターとか、そういうやつだよ。聞いたことはあるだろ?」

 シュン兄はタクヤに説明した。それから、「話を戻すぞ」と言った。

「昨日からインターネットで調べて、リョウの居場所を突き止めたんだよ。それでさ、電話でリョウのヤツに問いつめたら、あいつさ、時計の事も白状したよ。夜中に泥棒のおっさんが、あのお墓に盗んだブランド品をかくしているのを見つけたんだと。それで、それを横取りするために墓荒らしをしたらしい。時計を盗んで、俺らに配ったり、他は売ったりもしたってさ。それで、また新しいのを盗もうとしたらしいんだけどさ、その時に何かヤベーもんを見つけたんだってよ。そのヤバイ物が何かは話してくれなかったんだけどな」

 シュン兄の説明に、ヒロトは疑うような顔をした。

「なんだか、変な話ですね。泥棒を見たって、そんなぐう然ってあるのかな?」

「ああ、だから、あいつはそのおっさんを最初から知ってたんだろ、たぶん。最近、この町で増えているブランド品の盗難とかさ、あいつは最近その話ばかりしてたからな。それを探ってたんだな。泥棒からなら盗んでもいいとでも思っていたのかもな。誰から盗んだって、泥棒は泥棒なのにな」

 リョウもシュンスケと同じ名門高校の高校生だけあって、頭は良い。そのうえ、シュン兄と違って悪いことをする友達も多かったらしい。だから、その悪い仲間からブランド品泥棒に関する情報を集めて、利用したのだろう。


 先生からの連絡を受けて、警察官が数人で学校に来た。最初は子どものイタズラだろうって決め付けていた警察官たちも、腕時計を見るなり身を乗り出してチカの話を聞き始めた。そして、すぐにお寺を捜査しに向かった。

 その後の捜査で、ヒロトの予想したとおり、仏像の中から大量の宝石やブランド物の時計が見つかって、お寺の住職はすぐに逮捕された。

 リョウはシュン兄に呼び出されて、翌朝には町に帰ってきた。帰ってくるなり警察の人が「ちょっと話を聞かせてくれるかな?」と言って連れて行ってしまったが、とりあえず元気そうだった。

 後日、シュン兄とタクヤがヒロトの家に来た。シュン兄は学ランを着て、真面目そうにシャツの第一ボタンまで閉めていた。タクヤも背筋を伸ばしあらたまった表情をしていた。

「本当にありがとう」

タクヤは涙をぽろぽろ流しながら、ヒロトとチカに何度も頭を下げた。

「そんな、気にしなくて」

「いや、本当に感謝してるんだ、俺。本当にありがとう!」

 タクヤはもう一度、ヒロトとチカに深々と頭を下げた。

 それから、シュン兄は事件の話をヒロトとチカに聞かせてくれた。

 お寺の住職やタクヤが警察の人に話した事件の全体像は、だいたいチカの考えていた通りだったそうだ。少し違っていた点は、リョウがお墓で見つけてしまったものだった。リョウはお墓で麻薬の入った袋やピストルの弾を発見して、怖くなって逃げ出したらしい。「宝石くらいなら売りさばいてやるんだけどな」。シュン兄が少年かん別所に面会に行ったとき、リョウはそう強がっていたそうだ。

 寺の住職は数年前から麻薬や悪い薬を密売したり、銃弾の密輸入したり、盗品の売り買いなどをしたりしていて、お寺はまるで犯罪者のための銀行みたいになっていたらしい。

 そんなものがあるから、この町の周辺には犯罪のかげが忍び寄ってきていたのかも知れない。住職が逮捕されるなり、おかしなニュースもほとんど無くなった。黒い雲が晴れるみたいに、すっと町が明るくなった気がした。

「それで、リョウさんはどうなったんですか?」

チカが気づかうようにたずねた。

「ああ、あいつはな」

 シュン兄はまゆ毛を曲げて辛そうな顔をしながら、リョウの話をした。


 シュンスケは、夜中に集まった仲間に「ちょっと話があるんだ」と切り出した。

「なんすか、シュンスケさん?」

「みんなは、リョウの話を知っているか?」

「ああ、俺聞きました」

「俺も!」

 リョウの噂はグループ全体に広がっているようだった。町で起こっていた、麻薬の密売事件や、ブランド品の盗難事件という大事件にかかわっているのだから、噂が広まるのが早いのも当然かもしれない。

「俺らの集まりの中から、犯罪をしたヤツが出た」

「っつっても、逮捕はされなかったんでしょ?」

「だけど、リョウは退学になって、大変な目にあっている」

「そりゃあ、自業自得ってやつじゃないっすか?」

「ああ、そうだ。だが、俺たちも、もし何かがあったらそう言われるんじゃないかと思うんだ」

「どういうことっすか?」

「俺はな、恵徳高校に通っている。名門校だ。ここにいるメンバーの半分くらいは恵徳の生徒だろ。他のみんなもそうだろうけど、高校で真面目に過ごしているのって疲れるよな。だから、息抜きのつもりで、俺はこのグループを作った。バイクに乗るけどちゃんと免許は取ってるし、夜中に集まって騒ぐけど弱いものいじめをしたり、暴力を振るったりはしない。ただ集まって楽しい。だからいい集まりだと思ってた」

 話しているのが辛かったが、シュンスケは話を続けた。

「でもさ、俺らも普通の不良と変わらないんだよな。メンバーの中には窃盗犯もいるし、そこのお前らは未成年なのにタバコを吸ってるし。楽しんでいるだけのつもりだったけど、悪いこともいっぱいしていたのかも知れない。だから、もうやめにしようと思うんだ」

「やめるってどういうことっすか?」

「グループは解散だ。もう夜中にこうして集まるのは無しだ。俺はバイクに乗るのもやめるつもりだ。みんなも、悪いと思うことはせず、真面目に頑張って欲しいと思う」

 たとえば、自分がバイクで事故を起こしたら。高校で禁止されているバイクに乗っていたことで、自業自得だと言われるだろう。つまり、泥棒をしたリョウと変わらない扱いを受けることになる。他のメンバーもそうだ。

 お酒。タバコ。これくらいならいいだろうと思ってしているが、それがどんどんエスカレートしていくのかも知れない。

 不良だけど弱いものいじめはしないし、悪さもしない。ただ夜を楽しむだけのいい不良。シュンスケはそういうつもりでグループを作っていた。だけど、そんなのはただの言いわけなのかも知れない。思い返してみれば、ヒロトくんは始めてあったときに自分たちのことを怖がっていた。小さな子どもを怖がらせるのだって、暴力と変わらない。校則違反だって良くないことだ。まだ高校生なのに飲酒や喫煙をしているのだって悪いことだろう。

 シュンスケはいろいろなことを考え抜いた結果、グループを解散することを決めた。一人ひとりがどうするかまで指図をするつもりは無かった。けれど、これ以上、仲間の中から犯罪者が出てしまう前に、活動をやめようと決めたのだ。


 こうして、ヒロトたちが遭遇そうぐうした重大事件はいともあっさりと解決したかに見えた。

 けれど、まだ一つだけ大きな謎が残っていた。

「しっかしなー。天使の食卓って一体なんだったんだ?」

 ユウキは怪しがるように甲高い声を出した。

「そうよね、トモノリ君の病気がすっと治っちゃうなんて!」

 話を聞いたミユちゃんも、不思議そうにチカの顔を見ている。

 天使の食卓でスープを飲んだあの日から、チカの体調は日に日に良くなっていった。まだ体育には参加できないものの、毎日の通学にはほとんど問題がなくなった。おかげで、今日も楽しそうに四年生のクラスに通っている。

「まだ、治ってないよ!」

 チカはそう言うが、ついこの間までよりもずっと元気なのはたしかだ。

 何が起こったというのだろう。どの病院に行っても治らなかったチカの病気が、どんどん治っていくことが、ヒロトたちには不思議でならなかった。

「天使の食卓は突然なくなっちゃうしね」

 ヒロトはそう言って、腕組みをした。

 事件が一通り解決したころ、ヒロトとチカは、スープのお礼を言いに天使の食卓に行った。しかし、天使の食卓にはブルーシートが被せられていた。さらにその数日後には、建物はあと形も無くこわされてしまった。

 ヒロトたちとチカは四人で、天使の食卓とその店長について毎日のように話し合った。

 あのお店は、「天使の食卓」は、何だったんだろう?

 本当に、ただの中華屋さんだったのだろうか?  

 不気味だけど優しい店長はいったい何者だったんだろう?

 チカを助けてくれたから、本当は良い人だったのか?

 それとも、やっぱり悪い人なのだろうか?

 しかし結局、天使の食卓の謎はチカにも解けなかった。

「本当に天使だったのかもね!?」

 誰かがボソリと呟いた。気のせいとか、聞き間違いのせいにしてしまいたくなるような、とても小さな声だった。

「今のは誰の声?」

 小さな声に気づいた四人は、お互いの顔を見合わせた。


 さらに半年ほどが過ぎて、ヒロトたち六年生はとうとう卒業の日を迎えた。

「名探偵ヒロトとチカのコンビも解散か!」

 ユウキはじーんとしながらそう言った。半年の間にもたくさんの事件があって、「名探偵ヒロトとチカ」のウワサはクラスどころか学校中に広まっていた。そのせいで、いつの間にかチカは誰からも「チカ」と呼ばれるようになってしまった。しかし、チカ本人もトモノリと呼ばれるよりもしっくりきているようで、最近は先生もチカ君と呼んでいるそうだ。

 ミユちゃんがヒロトのほうを見て、にっこり笑った。

「最初の大活躍は五年生の時よね! あの時はミャオを見つけてくれてありがとう!」

ミユちゃんは卒業に感極まって、涙を浮かべながら、ヒロトにお礼を言った。

「ううん、チカのおかげだよ!」

 ヒロトは首を振った。

「なに言ってんだよ! ヒロトの目の付け所の良さとチカ君の推理が合わさって、名探偵なんじゃないかよ」

 コージはそう言って、ヒロトの肩を叩いた。

「そうだぜ。弟の推理もたしかにすごかったけどよ。お前の考えとか発想もすげーもんよ!」

 タクヤがばーんとヒロトの背中を叩いた。その衝撃でヒロトがむせると、ミユちゃんとノゾミちゃん、キョウコが大笑いした。

 卒業式が終わって、ヒロトたちはバスに集められた。これから町のホテルで謝恩会が開かれる。謝恩会というのは、卒業する児童やその保護者が先生にお礼をするためのパーティだ。先生に花束を渡して、その後はみんなで食事をする。卒業生とその保護者、各クラスの担任の先生たちは送迎のバスでホテルへと移動した。

 バスから降りて案内された先は、ホテルの大ホールだった。ホールの中には大きな丸テーブルがいくつも置かれていて、その上にはサンドイッチとか、からあげとか、お寿司の乗ったお皿が所せましと並べられていた。

 卒業生の代表と、保護者会の会長のおじさんが順番に先生たちへの感謝の言葉を言い、卒業生たちは先生に花束を渡した。

「先生、お世話になりました。ありがとうございました!」

ヒロトたちも花束を持って、担任の先生にお礼を言いに行った。

「どういたしまして。先生もこのクラスを受け持ててとても楽しかったですよ。特にヒロト君たちのまわりで起こったたくさんの大事件は忘れられませんね! それから……」

先生は思い出の一つ一つを振り返りながら、クラスみんなの名前を呼んで、たくさんの思い出話をした。

 先生への花束贈呈が終わると、ご飯を食べながらのパーティが始まった。パーティが始まると、みんなが名残おしそうに、クラスのヒーローであるヒロトの所へ寄ってきた。ヒロトはみんなと、小学校の六年間で起こったいろいろなことの話をした。

 謝恩会が終わって家に帰るとき、ヒロトはいつもの三人で集まった。クラスメイトたちが集まっている輪をこっそりぬけ出して、三人だけで池の公園に立ち寄った。

「ヒロトともお別れだな!」

私立の中学に進学するユウキがさびしそうに言った。

「ううん、違うわ! ヒロ君とゆう君は学校が変わったくらいじゃ、何も変わらない。きっと、今みたいに、ずっとずっと仲良しよ!」

ミユちゃんが言った。ミユちゃんは自信満々じしんまんまんだった。

「うん、そうだね。僕たちはずっと友達だよ。もちろん、ミユちゃんも一緒だよ!」

ヒロトはうれしそうに笑いながらうなずいた。胸を張って、自信満々だ。

「そっか、そうだな!」

ユウキもうれしそうだった。そして、自信満々の笑顔になった。


「それじゃ、また明日!」

 三人は同時にそう言って、みんなそろって笑いながら、それぞれの家に帰って行った。

振り向きもせずに意気揚々と走る三人を、真っ赤な夕日が照らした。

 中学に行けばもっともっと大きな事件が待っている。そんな予感がする。だけど、僕たち三人とチカがそろえば大丈夫だ。きっと誰にも負けない。でも、「名探偵ヒロトとチカとユウキとミユ」じゃあ長すぎるかな。ちょっと言いにくいよね!

ヒロトはクスッと笑った。そして、力強く地面をけり、家へ続く道を一気にかけぬけた。


 さあ、今日の晩ご飯はカレーライスだ! ただし、赤飯の。

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名探偵ヒロトの冒険 @strider

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