第3話『トランクの上の少女』

 放心状態のエントナーを放置後、彼女に教えて貰ったレストルームに行くと、目当ての少女はいた。

 確かに、少女はいた。コルセットにとても似ている容姿をしている少女だった。

 桜色の唇に、海色の瞳、コルセットと同じ金色の髪は腰まで伸び、毛先はちょんと曲がっていて、毎朝の手入れの苦労が何となく頭に浮かんでくる。

 身長は小さく、私の胸にやっと届く程度だろう。同年代の少年少女と比べると、どこか栄養が足りないのかと疑ってしまう程の低さだった。


 まあ年頃の女の子の身体を詮索するのは止めとして、残念な事に私の予想は外れてしまっていた。

 私は少女がスーツケースを持って此方に来ると考えていたのだが、少女はスーツケースではなく、トランクを持参していた。どうやって此処まで運んだ事も気になるが、おおかた駅員の手を借りたのだと思う。でなければ少女の身長と同じ高さのトランクなど、運ぶこともままならならないからな。

 そんなトランクの上でちょこんと座っている姿を見れば、助手の言っていた通り人形のような可愛らしさはあった。容姿の良さも姉と同じで、コルセットと並べば、美人姉妹此処にありと言ったところだ。

 ただ、それは外見からの判断であり。

 少女――リートリー・エルレインは、姉とまた違った方向性の酷さを滲みだしていた。

 リートリーがこちらに気付けば、姉の方へと口を開いて。

 

「遅いわ、愚姉」


 少女は、その顔を柔和に。しかし声は辛辣にこちらへと吐いた。

 少女の言い分も分かる。こちらは少女からの手紙で、彼女がこちらにいつ来るかは事前に知っていた。それなのに当日いざ待ってみれば迎えも無ければ、出迎えもない。

 心細い気持ちを抱いていると思っていたが、少女の言葉からはそんな事は微塵も感じなかった。

 トランクの上に座る少女へと、返す言葉も探さないといけないのだが。

 まずは、そうだな。隣で感動の再会を演出しようとしている助手の襟を捕まえてだな。


「コルセット、お前は言っていたよな。純粋な少女だと」

「はい、ですから邪念もない、真っ直ぐな少女だと言いましたよ?」

「真っ直ぐは、真っ直ぐだが……」


 直線過ぎて、思考が少し鈍りかけてしまう。

 少女らしからぬ言動を含めたとしても、私の想像を斜め上を行くところもいいとこの見上げる角度だ。

 

「それに可愛いですよねっ! 抱きしめたくなる可愛さですよね!」


 一瞥してはリートリーの顔を窺う。そりゃあ――納得するが。

 コルセットが断言するように、傍から見ても少女の器量だけは優れている。レストルームを覗く客がさっきからひっきりなしにいては、金色の髪が珍しい事もあってか、エルレイン姉妹は注目の的になっている。

 言葉に嘘偽りが無い事はよく分かった。二人が姉妹としても、よく似ている事も。

 ふっくらとした唇に、淡雪のような白い肌、額から降りてくる鼻梁は線がしっかりしている。目元も見れば此処までよく似ているものだと感心させられてしまう。


 と言うことは、コルセットの少女時代も妹のような容姿をしていたのだろうか。

 こいつに関しては出会って一年程度なもので、昔の彼女の事を私は良く知らない。

 妹と言えど、意外なところでコルセットの過去も見れたことはお得な気もしたが如何せんそれを上回ってしまうほどの、尊大な態度がどうしても印象として強く残り過ぎている。


 愚姉とか。

 姉を乏しめることもそうだが、あまり聞きなれない言葉が飛んできたな。

 今時の大衆文化でも聞かなくなった言葉だぞ、それは。


「ところでそこの凡人」


 コルセットがいつの間にか少女に抱き着いては、少女が厭わしさを示しながらも言葉がこちらへと向けた。

 そして礼節とやらを知らないようだな、この世間知らずな田舎娘は。

 眉が少し動くが抑えて、少女へと近付く。


「私の事かな、コルセットの妹さん」

「貧相な顔に、粗末な髪色、腐りかけた声はブランデーの匂いが混ざっているわね。もう昼間だと言うのに酒の香りを残しているなんて、愚姉の手紙通りの屑人間と言ったところかしら」


 この時、私の中に二つの怒りが込み上げてきた。

 一つは言うまでもなく、目の前の小便臭い小娘がきについてだ。

 人様が親しみを持って会話を望もうとしたら、いきなりの拒絶。それに加えての度を越えた誹謗中傷の数々。しかも的確に人の外見を罵っては、言葉に淀みが無い

 エントナーですら少しは言葉に躊躇いを見せていたというのに。

 本格的に折檻をしたくなってきた。

 

 そして二つ目はと。

 両手で妹を抱きしめているコルセットを一回、見つめてやる。

 彼奴は人の顔を瞳を見ては――視線を逸らさなかった。

 妹の言葉からてっきり、こいつが私の事を厭味ったらしく妹に伝えていたと思っていたが。首を傾げて私を見つめ返してくると言う事は、犯人は単独であるらしい。

 となれば、だ。二つ目に折り重なるのは一つ目の憤りで。増々、私はコルセットの妹に対しての嫌悪感というのが募ってきた。

 しかし子供相手にムキになってもしょうがなければ、何しろコルセットの事もある。彼女にとっては、妹との再会は一年越しになる。

 無粋な真似をして邪魔をしたくなければ、私とて、こんな子供に声を荒げるのもどうかと思う。


 此処は、一つ。大人としての振舞いをしてだな。


「ねぇそこの凡愚、女性を共にしてその風貌はどうかと思うわ。それも私の愚姉の雇用主に当たるのよね。とても上に立つ者の姿には見えない」

 

 平々凡々から、屑、そして凡愚と来ましたか。

 とんとん拍子で人のランクを下げては、何の権利がお前にあるんだと問いたくなる。

 しかし、まあよくそこまで言葉を詰まらせずに吐けるものだ。

 十五の少女にしては弁が立つようで、特に人を蔑む事に対しては良心の呵責すら覚えないところを見ると。やっぱりこの娘も都市学院に入学するだけの素質があると思う。

 人を見下すような、いつの時代の貴族様だよ。


 さて、このまま黙っていようかと思っていたが。少し気分が変わった。

 多少は世間の厳しさと言うものを教えた方がいい。

 コルセットのような単純な性格なら可愛げがあるならともかく、妹の方は社会の荒波にのまれる必要がある。

 コルセットには悪いが、厳しめに行かせてもらうとしよう。


「リートリー・エルレイン――」

「こらあリリー! さっきから悪口ばっかり、いい加減にしないとお姉ちゃん怒るわよ! 所長に向かって何を言っているの! 今すぐに訂正しなさい!」

「こ、こるせっと?」

 

 と、コルセットらしかぬ言動にこちらが動揺してしまう。

 彼女の普段の姿とはかけ離れた怒る姿というのは、あまり目にしない光景だ。


「あ、あの愚姉ぇ……。ゆっ、ゆらさないで。目がまわるの」


 不安定なトランクの上で体を揺らされては、視界も相当な苦しいはず。

 だが妹の方は、なんだこれは。

 先ほどまでの威勢の良さが消え失せて、ずいぶん弱気になったように見える。ところどころ口調にも変化があるような。

 もしやこれが素か……。


「はい、じゃあ所長に向かって言うことがあるよね」

「くっ……。私は全ての人間において上位にいる存在。そんな私がこやつのような莫迦に頭を下げろと言うのか? ふっ、可笑しくて――」

「それじゃあいつまでも揺らすよー。気持ち悪くなってもやめないからね」

「ふ、ふぇ……」


 容赦ないな。

 けど妹を溺愛しているからこそ、姉としては間違ったことは正直に正すのか。

 こちらが余計な手を煩わせるに済んだので、私としては文句はないが。

 それどころかちょっぴり憐れみを覚える。周囲の人々も喜劇を見るようにしては、二人を笑っているしな。


 ……そろそろ止めるか。


「コルセット、そのぐらいにしたらどうだ。妹さんは機関車でだいぶ揺らされているはずだ。それ以上、追い打ちを掛ける必要もないだろ。まあ私もそこまで怒ってはいないしな」

「しょちょうー、がそう言うならやめますけどー」


 ぱっと手を離せば、視界が眩んだのだろう。リートリーの身体が倒れそうだったので、支えてやる。


「おい、妹。意識はあるよな?」

「……も、問題ないわ。これしきの事で倒れるほど、わたしの身体はやわじゃ――わ、わっ!」


 私の手を払って立とうとするが、覚束ない足取りは本人の意志の従ってはくれない。

 少女の体一つ軽い物で、それを受け止めてはトランクに座り直させる。


「コルセット、リートリーに関して聞きたい事があるのだが。大丈夫か?」

「私の事を訊きたいとは、恐れも知らぬ」

「はい、バンバン聞いていいですよ。さっきの非を詫びる礼も兼ねて、私が知っているリリーの秘密教えちゃいますから」


 有無も言わさずに言葉を継いできやがった。


「お、おねぇちゃんっ! や、やめて! いっちゃ、やだ!」


 相当焦っているな。言葉すら取り繕う余裕すらないのか。

 でもリートリーには悪いが、私もキミに関してちょっと気になる事があるからな。

 姉が遠慮するなと言っているんだ。気兼ねなく聞かせてもらおうではないか。


「リートリーの性格、口調は偽りだな」

「そうですよ」


 妹の事を考える間もなく即答してくる。

 

「うっ……」


 その妹はトランクというステージに取り残されては、両手で顔を隠し始めた。


「この子の本当の性格を出来る限り、詳しく教えて欲しいんだが?」

「や、やぁあだっ!」

「はい、リリーはですね。私の事をお姉ちゃんって呼んでは、私の服の袖をよく掴んでくるんですよ。それでですね、怖がり屋で寂しがり屋でもあるんです。夜寝る時は、私か、もしくは私がプレゼントした灰色クマさんのぬいぐるみが無いと寝られなくて。ぬいぐるみをぎゅっとして抱きしめている姿が、これまた可愛くて」

「ぬいぐるみ?」


 もしやと思い、リートリーの座ったトランクケースを持ち上げてみると。


「軽い」


 少女ごと持ち上げられる重さは、見た目よりも軽い。

 あー、そうか。これならトランクだけの重さだし。駅員に頼むのもそんなに酷ではないだろうな。

 しかし、なんとまあ最初の印象からかけ離れて、真面な可愛らしさが出てきた事で。


「で、どうしてリートリーはあんな古めかしい口調で話すんだ?」

「それはリリーが魔法少女だからですよ」

「はあ?」


 流石に抑えていた言葉が出てきてしまった。

 今までの会話なら俺も受けこたえは出来たが、まさかのそんな発言には受け止めきれない物がある。

 魔法少女って……。

 あれだよな、魔法使いの事で。ファンタジーや、お伽噺に出てくる尖がり帽子を被った奴。

 俺も十代の初めまでは存在を信じたことはあったけど、自身が魔法使いとは言った事が無い。魔法使いはあくまで空想世界、フィクションだけの存在だ。

 憧れはするものの、間違ってもそんな馬鹿な発言をしてしまえば、周りから白い目でを見られてしまう。

 それにリートリーは思春期を迎えている女子、自身が言っている事がどれだけ無知な事だって分かっているはずだ。

 だから、たぶんな。今の少女は。


「……おねぇちゃんのバカ」


 恥ずかしさで、悶え苦しいだろうな。

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やさぐれリリーの屈折した日常 浦染霞 @urazome

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