読後に長く引く余韻を残す、「旅立ち」の物語

 素晴らしい小説である。最後まで読み切った読者は、深い感慨とともに、あらためて自らにとっての「旅立ち」の意味について思いをめぐらせることであろう。

 思うに、「物語」の持つ力とは、私たちを日常性の軛から解き放ち、自由な想像の世界へと誘ってくれるというところにあるのではないだろうか。本作では、謎の「旅人作家」によって紡がれる物語が、抑圧的な現実から人々を解放し、「自由」に目覚めさせる契機となっている。

 宗教的な制約により、旅が禁忌とされ、人々が「家」に拘束されている作品世界において、旅人作家とは、多くの読者からの支持を受ける一方で、そうであるがゆえに、体制側からは、時に命を狙われかねないほど危険な存在として認知されている。その中でも、伝説的な存在となっているのが、ヴァルデマル・ファルチ。上流階級の少年・ロニは、複雑な過去を持つ家庭教師・クルトに導かれながら、ファルチの「物語」と出会い、人間的な成長を遂げて行く。この過程が、ロニの兄の「死」の真実、ファルチの正体をめぐる謎といった挿話とともに語られる。このあたりの語り口は見事の一言。

 作者の文章力は確かで、特に情景描写に優れている。この描写力があればこそ、最終話「旅立ちの朝」の場面が、とりわけ感慨深いものとなっている。旅立つ者と見送る者、二人の行く末と、この世界に生きる人々の未来に思いをはせながら、本作を読了した。