3月4日 ~バンビと有蹄会~
「部長そんなところでなにしてるんですか?」
レファレンスカウンターに座っているとバンビが現れた。レファレンスカウンターというのは図書館のコンシェルジュのような仕事だ。図書館の執事と言ってもいい。資料検索のお手伝いや、助言を行うのが仕事だ。と、僕はバンビに自分の仕事を説明した。
「へぇ、そんなふうに聞くと部長も仕事ができる人みたいですね」
「デキる人みたいってなんだ。ところで今日は何のようだ?用がないなら帰った帰った。」
一瞬不穏な空気が流れる。「用がなきゃ来ちゃダメなんですか?」
バンビが寂しそうな顔でこっちを見た気がした。
「いやそんなことないよ」
「ジャンヌさんから、奈良に行くから部長と打ち合わせしておくように、って連絡があったのです」。
ああ、展示場の帰り際にそんなこと言っていた気がするしかし奈良?何故に。
「それも忘れちゃったんですか?わたしが去年のOB会の時ジャンヌさんに、鹿が咥えたおみくじがあるって教えたら興味もっちゃって。ついでに東大寺に行っていい男との縁を大仏に祈願するって、これ部長から聞いたんですけど。あたし奈良案内しなくてもいいんですか?」
バンビの名を襲名してからというもの、彼女は文字通り鹿にハマった。図鑑、グッズ収集を始め、奈良が彼女の聖地となった。聞くと年に数回訪ねている。アダ名もまた人を作るのである。奈良か、遠いな。車どうしようかな。
「あ、それはわたしの方。有蹄会のアテがあるので。」
「有蹄会?」なんだそれは。
「知らないんですか?ただひたすら蹄のあるひとたちを愛する会なのです。」
また怪しげなことに首を突っ込んで、というか、有蹄類は人じゃない。
「それぞれの専門分野がわかれてて。私も最近ようやく鹿担当に空きがでて入れたんです。」
鹿担当にバンビか。じゃあトナカイ担当はルドルフだろうか?
「残念でした。トナカイはクリ○トフさんです。フィンランドからの留学生なんですけど、金髪で色白で大きくてかっこよくて、優しいんですよ。どこかの部長と違って」
「なんか、氷運んでそうな名前だな。仲良いんだな。」
「あ、妬いてます?」
断じて違うが、僕には縁のなさそうな集まりのようだ。知らないところで、大いに集い有蹄類に関する有意義な会合を持ってほしい。
「そうそう、先日の主演女優、羊さんも愛蹄会で知り合ったのです。」
「それは、実に興味深い会合だ。ぜひ僕も有蹄動物について語りたくなってきた」
「え、部長は無理ですよ。違うから」
バンビの顔が、急に他人の顔になった。遠くを見るような、憐れむような、そんな顔で僕を見ている。いつもと何か普段と違う雰囲気を察し、問いなおす。
「違う?ってどういう意味」
「あれ、わたし何か変なこと言いました?とにかく、車のこと有蹄会のお馬さんに頼んでみようと思います」
いつもの調子に戻るバンビ。
「馬車、ってオチはないだろうな。」
「それはそれで乗ってみたいですよね」
「とにかく今週末日曜日、8時に大学集合にしよう。遅れるなよ」
「現役時代、いつも一番遅いの部長でしたけどね。」
羊と黒猫の三月、または選択を先延ばした僕に降りかかる災厄のはなし 上田ミツヲ @Phil_Harmonic1812
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