3月2日 ~ジャンヌさんと住宅展示場~
「これは、これは。ジャンヌ先輩、ご機嫌麗しゅう」
「遅い!」
濃紺のパンツスーツに身を包んだロングヘアの長身眼鏡美女が眉間にしわを寄せこっちを睨んでいる。黙っていれば、それはそれはお美しく素敵な方なのだが、色々な意味で「残念な」お方なのである。特に酒関係でのエピソードは枚挙に暇がない。彼女こそ歩く災厄、残念な美女、ジャンヌさんなのである。なぜジャンヌなのかという話は、また今度。
ここは、郊外の住宅展示場。市内の美術館で開催中の特別展の招待券をもらうことを交換条件に、先輩の展示場に来ているわけだ。 「招待券」というのは小心者にとって、実に便利なシロモノである。タダ!という点もちろんだが、それ以上に「口実」になるのである。 「あんまり興味ないんだけど、タダ券もらったから、行かない?」 うん、実に自然である。
この自然さを装うために世のタダ券、招待券は邪なる目的の為に実に涙ぐましい努力と情報網によってこうして飛び交っているに違いない。当たり前のことだが金券ショップで買うのは邪道である。 もちろん、こういった努力を 「間違った努力」と呼ぶことに当人は全く気がついていないのは、よくある話である。
24歳の独身。かろうじて職はあるが1Kの手狭なアパートの家賃にさえ逼迫する身だ。こんな場所にいる自分は、どこからどう見ても、名木100選に選ばれ、春になればそれはそれはたいそう見事な花を咲かせ、宴会が催されそうなくらい立派な「サクラ」である。
「ところで、あんた今日は一人?女の子連れて来いっていったじゃない。」
「んなもん、急に無理にきまってるじゃないですか」
「あたし、『新居を計画中の友人夫婦をご案内しますので、午前中応対厳しいです~』って半日サボるつもりだったのに、どうしてくれるんだ!」
「理不尽だ!」
さて、ここで問題です。顔合わせてからこの間僕は何回罵倒されたでしょうか。
「まぁ、あんたが女の子と来ることなんて一ミリも期待してなかったけどさぁ。いないの?そういう子、お姉さんに話してごらん」
「仮にそんな子がいたとしても『住宅展示場、行かない?』って言ったらドン引きですよ。」
遠くのステージでは、日曜朝のお友達が、子どもたちを前に愛と平和を取り戻すために巨大な悪と戦っている。今すぐ僕に愛と平和を取り戻してほしい、なんならいっそこの悪魔を。場違い感大いにだだよう中、会場内くるりくるり。 当然見るところなんてない。
「何か印象に残るようなところあった?」
「IHコンロの実演コーナーのお姉さんが可愛かった」
「……他には」
「キャンペーンガールの等身大パネル、ちょっと欲しい」
「死ね」
そして、最後に住宅相談コーナーのあるに案内された。営業担当と来場者が応接するような机と椅子が用意されている。
「相談するようなこと、ないよね」
「住居に関しては、ないですね」
「何ならあるの?」
「……人生相談」
「それは、また今度にしよう」ほぼ素通りだった。
最後に抽選コーナーに案内された。
「個人情報と引き換えに、抽選をどうぞ!」
「嫌な言い方ですね……こう見えてもガラガラは得意なんですよ」
「へぇ、当たり以外を出すことが?」
「先に言わないでくださいよ!」
ガラガラ、コロリと飛び出る……白玉。
「残念でした、はい粗品のチョコ。バレンタインデーあげてなかったよね、よかったね。今年は0じゃなくって」
「余計なお世話です!」
とひとしきり罵倒された後、ジャンヌさんが少し真面目な口調で聞いてきた。
「そういえば来週末、空いてる?」
いつもこっちの都合お構いなしで、前日に連絡してくる人が珍しい。
「ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだけどさ」
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