第1週

2月29日~3月1日 ~サンガツが来た~

 2月29日23時55分。うるう年の今年は給料は変わらないのに、なんだか一日多く働かされた気分がする。しかもこんな日に限って、トラブル発生ばかりの蔵書管理システムの入替え作業の立会いを命じられ、開放されたのはつい先程だ。帰り道にコンビニで弁当を買って、築15年のアパートの自室に戻ろうとすると、うちの前で一匹の黒猫が待っていた。

いや、待っていたという言い方は適当じゃない。そもそも僕は猫なんか飼っていないし、餌付けてもいない。しかし、その猫の佇まいは、まさに「待っていた」と言わんばかりで、黒い二本の前足をちょこんと揃え、背筋を伸ばしこっちを向いて座っている。

 どかさなきゃ部屋にはいれないので、黒猫に近づくが逃げようともしない。嫌な予感がして顔を覗き込むと、黒猫は金色の丸い目で見上げながら、ひと鳴き、じゃなかった、「やあ、遅かったじゃないか。」一声発した。

猫が喋った。



 「調子はどうだい」

 黒猫はサンガツと名乗り、我が物顔で台所にあったカツオブシを勝手を食べながら、聞いてきた。信じがたいことでイマイチ状況が理解できないが、黒猫が言うには、自分はサンガツの神様みたいなもので、時折人間の前に姿を表すらしい。

「最低だよ、くしゃみ・鼻水、薬飲めば眠い、どうしてくれるんだ全く」

「花粉症をワタシのせいにされてもねぇ、君が仕事中眠そうにしているのはいつものことじゃないか。」

「うるさい。なぜそれを知っている。大体貴様も春の端くれなら、もう少し気の利いた春を連れて来い」

「出会いと別れの春?」

「3月なんて年度末で忙しいだけで、感慨なんてないね社会人ともなると。もう卒業式とか感動的なイベントはないのだよ」

「ああ、やだやだ。ひねくれちゃって。女の子と映画に行くとか言ってなかったっけ、あれ先月までだったよね」

「なぜそれを。結局予定が合わなくて行きそびれたんだ」

「要は、フラれたんだろ」

「振られたのではない、丁重にお断りされただけだ」

「同じじゃないか」

 しゃべる猫だという時点でおかしいはずなのに、僕は、何故かこの異様な状況に順応している。そうかきっと疲れてるんだ。夢に違いない。それでもサンガツは続ける。

「今月はいろいろと忙しそうじゃないか」

「そうだよ、君の相手をする暇がないくらい」

「ソシャゲやりながら、何を言う」

「いいじゃないか、いついかなる時も知略をめぐらせる、頭脳のトレーニングだ」

「その無駄な頭脳をもう少し有意義には使えないのか」

「使えたら今頃こんなことはしていない」

「まぁ、そうだろね。もう春だというのに勿体無い」

「大体、僕は三月だとか春だとかでいちいち浮かれるほどおめでたくはないのだよ」

「君の春は遠いねぇ」

「サンガツに言われたくないな、君も春なら春らしく、もう少しはっきりした気候にならないか。今年の君は4月のようだったり、2月のようだったり、一貫性がなさすぎる」

「♪そうよ、3月生まれは気まぐれなの」

「何かわいこぶってるんだよ。今日はもう寝る!頼むから隣人や大家に見つからないようにしてくれよ。」

「にゃー」

「こんな時だけ猫になるな!誰かに聞かれたらどうする」


シャワーを浴びてベッドに入るとサンガツが入ってきた。

「猫好き憧れ。キャット、イン、ベッド」

「…暖かくてモフモフしてて、これはいいものにちがいない」

「ところでもうすぐホワイトデーがあるけど?」

「ほっとけ!頼む・・・もう寝かせてくれ明日早いんだ」

「土曜日なのに?」


「想像しうる限りの災厄の権化のような女性に呼びだされてるんだ」

「それは楽しそうニャ」視界の端で、サンガツがにやりと笑ったような気がした。

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