幸せの1歩手前

コルクボードに無造作に張られたセピア色の写真、何枚も張られている写真の1枚、1枚を眺めているような感覚に陥る。
その1枚、1枚に本人しかわからない思い出があり、その思い出を少し共有している自分がいるのである。
グレーな視界、靄のなかにぼんやり光る、わずかな光に手を伸ばそうとした瞬間の終幕。
それは結論などない人生の途中、その束の間の数ページを垣間見ただけ。
散りばめられたアーティスト、曲、魚、酒……。
1話ごとに1枚の斜めにピン留めされたフォトを想像させられた。
写真家の他人を意識した商業的なフォトではない。
個人が何気なくシャッターを切った、そんな写真を見ている。
それは、今日飲んだカクテル、あるいは好きなアーティストのCDジャケット、本人しかシャッターを切るタイミングは解らない。
そんな写真に秘められた、あるいは込められた記憶を眺めた。
そんな小説でした。
心地いい風景ではない、だが足を運んで良かった。
来れて良かった。
そんな気持ちになる作品。

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