第18話 俺たちの幕府(3)
政策討論会。
幕府の設立を目指し、その方策について定例的に議論される場である。
基本的には平日の放課後に開催、出席者は
大それた夢を、一足飛びに実現する方法などない。水元の言葉である。
どうすれば自分たちの空想が現実になるのか。それを彼らは一歩一歩、時には三歩進んで二歩下がりつつ、意見を交わしていった。
……などと紹介すると大仰なもののように思われるかもしれない。しかしその絵面は、夕方の空き教室にお菓子を持ち寄った中学生が三人。教室は歴史同好会として申請し確保した。
あまりにも平和で、大人しくすらある光景。教師たちも思ってはいないだろう。彼らが歴史の勉強と称して、
「――結論から言えば、暴力革命しかない」
水元は断定的に言い下した。かなり物騒な内容である。
「この国の現体制は、非常に強固だ。支持率は決して高くないにも関わらず、他の勢力が国を治めるという事を国民の誰一人として想定していない」
彼は手元のコーラを一口飲んで唇を濡らし、
「たとえば俺たちが政党を結成してまっとうに国政進出しても、過半数が取れる見込みは薄いという事だ。別のところから攻める必要がある……。ここまでわかりますか? 将軍」
「さっぱりわからん」
得川は机の上の、タケノコ状のチョコレート菓子を摘みながら言った。
代わって、芦加賀が質問する。
「しかし暴力革命って。戦って勝つつもりなのか? 警察とかに?」
「ああ、話はここからでな。暴力ってのは半分は例えだ。力づくでやるわけだが、武力でやるわけじゃない。文化的にやるんだ。……どうですか? 将軍」
「さっぱりわからん。あと、姫将軍なら姫のほうで呼んでほしいんだけど~」
得川は机の上の、キノコ状のチョコレート菓子を摘みながら言った。
交互に食べているのである!
どちらか一方を決して贔屓しない公正な天秤。それを自然体でやってのける。やはり彼女には器がある……。水元は目を細める。
「つまり、物凄く簡単に言うと……人気者になればいい。俺たちが。そしてあくまで合法的なサークルとして人を集めるんだ。国中が俺たちを認知して、好意を持つまで」
「そ、そこからどうやって政治をやるんだ?」
芦加賀が疑問を呈する。だが水元の口調は
「想像してほしい。国よりも俺たちのほうが人気があったらどうなる? 俺たちの発言が、法律よりも影響力を持つようになったら? それはもう、国を治めていると言えるんじゃないだろうか」
水元の頭脳は加速する。
彼には見えている。遠いようで近い未来のビジョンが。
「例えば。例えば
「さらに、そのうち将軍が『生類憐みの令だ。犬を大切にせよ』と言ったとする。ファンがそれに従って犬を異常に大切にしたら? これは過剰な例だが、もう俺たちがお触れを出したのと同じ事だよな」
「俺たちは女体山を本拠地にするが、不法占拠するわけじゃない。定期的にそこでライブでも開けばいい。最終的には土地を買って城でも建てたいが、まずは集会地って扱いでいい。それで十分、女体山は俺たちのシンボルになる」
「定期的に女体山に集まり、発言で人々を統治する。女体からの指示で人々が動く。これが俺の考える女体幕府の原型になる。先に、俺たちが群衆を支配しているという既成事実を作る。ハコとか称号は、後でいい」
「……おおまかにはこんなところだ。どうですか? 将軍」
「さっぱりわからん。あと姫」
少女は最後に残ったキノコとタケノコを同時に口に入れ、両方の箱をカラにした。
水元の発言は、現実的に考えているようで、まだまだ十二分に夢見がちな内容といえる。芦加賀は尋ねる。
「方向性は、なんとなくわかった。で、あと二年でそこまで持ってくんだろ? 何から始めればいい?」
「それを、三人で詰めていきたい。何しろ国民的な人気者になろうってんだ。俺一人の感性じゃ限度があるさ」
「それこそ、女子の価値観とか……どうですか将軍、何かアイデアとか」
「だから! 姫!!!」
その時、水元は見た。得川の質量が大きく揺れ動くのを。
残像を伴って左右に往復するその質量を目で追ったとき、既に全ては終わっていた。なぜ質量が動いたのか。彼女が右腕を引き絞り、そのまま拳を突き出したからだ。顔面に鉄拳を受けたのだと水元が知ったのは壁際まで吹き飛ばされてからだった。
質量で視線を奪い、拳で倒す。明快で強力な技を前に水元は無力だった。何が神童だ。得川やすえは、空手を習っているのだ!
「ハハ……武芸に秀でてこそ……か」
鼻血をぬぐう事すらできず、水元は崩れ落ちた。この日の会議はここで終わった。
* * *
そこからの展開は速かった。
世間へアピールしていくにあたり、個人でのアイドルという形式に得川が難色を示したため、彼らはスリーピースのバンドという体裁を取ることになった。
フロントマンの(姫)将軍と二人の家臣、という設定を用意する。得川の歌声は舌足らずで音程がやや
バンド名はそのまま「女体幕府」。地元色を前面に押し出す。また幕府という単語のイメージを活かすため和装で歌う事に。作詞作曲は水元が、驚くほどすんなりとやってのけた。新しい技術を覚えるのは彼の特に得意とするところだ。
そして完成した最初の曲『女体山ブシドー宣言』のPVを動画サイトYouHoleにて公開。素人撮影の画質ながら、アングル等が巧妙であり一定の評価を得る。
茨城県のローカルメディアから数件の取材申し込み。地域レベルならメディア露出が比較的容易という水元の目論見が当たる。
次に公式ツイッターの設置。
これは告知以外のツイートを、あえて得川に一任。バンドの公式アカウントを名乗りながら、内容は授業がつまらんとかお菓子がうまいといった女子中学生の本音の生活である。得川本人のユルい性格や、キノコとタケノコを差別しない公平さもあり、驚くほど炎上と無縁だった。そして和装のコスプレ写真は瞬く間にバズった。
セクハラ等の荒らしは度々沸いたが、これは芦加賀が逐一ブロックし通報。こういったマメな事務処理の能力は彼が最も高い。作業の早い秀才である(もっとも、得川は自分が呟く以外の使い方を全く理解していないのでリプライなど見ないが)。
こうして数か月で人気を高め、タイミングを見極め、そして。
ついに女体山ライブを決行。
最初は路上という形だった。中学生にライブハウスを借りる小遣いはない。
しかしツイッターで事前告知したためギャラリーはそれなりに集まった。
そのまま回数を重ねる。人は増えていく。
一年が過ぎ、二年目が終わりを迎える。彼らは高校生になっていた。
あの「2-Eの誓い」から二年が経過する頃。
――「まあ、確かにな……。あまり時間もないわけだし」
――「俺たちに与えられた次のチャンスは、二年後だ」
ターゲットとしていた『二年後』がやってきた。
そこで「女体幕府」はひとまわり規模の大きいイベントを企画していた。
それが彼らの最初の挫折になった。
* * *
「……しくじった。焦ったのか……この俺が。今日しかないと、そう思っていたからか……? くそっ。リスクを取るべきではなかった……!」
女体山はロープウェイで頂上近くまで上ることのできる山である。山頂行きロープウェイの乗り場付近には、開けた駐車場などもある。ここならば特に登山の心得がなくとも人が集まる事が可能だ。
そこで今回彼らが企画したのは、ライブ『
ゆくゆくはこの集団を幕府の組織母体とするべく狙いもあった。なるべく人を集めるため事前から広く告知し、場所もいつも以上に周知した。
それが悪手であった。
会場入りした女体幕府を待ち受けていたのは、現行の国家権力。
すなわち茨城県警。
告知すれば場所は割れる。そこで大音量の集会をするなどとバレれば、こうなる。
もちろんその可能性を考えない水元ではなかった。だが速やかにイベントを進行、撤収すれば問題ないと判断し、決行した。……誤りであった。
今年のうちに幕府を開かなくてはならないという期限が、彼を焦らせた。
「囲まれてる……! どうする水元。中止しかないだろう」
「だが今日を逃すと残り時間の計算が……一度屈すれば女体山でのライブも続けられるか……」
「俺たちが補導されたら終わりなんだぞ!」
夢に取りつかれた水元は、珍しく判断力を鈍らせていた。
夢は時として、冷静さを失わせる。熱くなれる夢であるならば
「あと二十分でいい。乗り切れば……」
「無理だって! ここで全部終わるわけにはいかないだろ!」
「だが……!」
その時だった。
質量が大きく揺れ動いた。
残像を伴って左右に往復するその質量を目で追ったとき、既に全ては終わっていた。なぜ質量が動いたのか。彼女が右腕を引き絞り、そのまま拳を突き出したからだ。
水元は倒れ伏した。
「今日は……帰る! 命令!」
偉大なる将軍はそのように命じた。芦加賀は水元を担ぎ、従った。
「今日は……ね!」
高校生となりますます質量を増量させた得川やすえは、いつもの愛嬌ある笑みに少しだけ哀しみを混じらせ、そう言った。
気が付けば水元の夢は、三人の夢になっていたのだ。
* * *
……その年の、年末。
「終わる。俺の二〇一四年が……。無念だ、な」
水元は呟いた。彼にはまだ未練があった。遠くから、除夜の鐘が聞こえる。
「……まだ何も終わっちゃいないさ。次がないわけじゃ、ないんだろう?」
芦加賀は否定した。
「今年の語呂は、欲しかったけどな……」
あれから彼らは、女体山に近づけなくなった。茨城県警は常に警戒していた。
バンドの活動自体を休止するわけにもいかず、女体幕府は、よりによって男体山でライブを継続するという憂き目に遭っていた。
この時期を、後の史家は「男体の屈辱」と呼んでいる。
女体山を、取り戻す必要がある。今年は無理だったが、未来のために。
「もっとだ。もっと人気を増やすぞ……次は全国区の勢力まで増やす。今度は、文句を言わせない、国家権力どもも賞賛して乗っかるような、そんなバンドになってやる。そうしたら、俺たちが国家権力だ……!」
「次のチャンスって、いつなの?」
得川が聞いた。物事にはタイミングがある。
二〇一四年は無理だった。二〇一五年が始まってしまう。
ならば、次は。
「……三年後だろうな。それまで、力を溜める。三年後にすぐ天下を取れるように」
いつだったか、水元が言っていた。
鎌倉幕府が、室町や江戸の幕府に比べて明らかに抜きんでている点がある。
それは幕府として、きわめて重要なことだ。歴史に残るために。
だから、何としても三年後。それがラストチャンスだ。
「やれるさ、俺たちなら」
芦加賀の声は落ち着いていた。
彼はロマンを解する男である。だから、水元が執拗にタイミングにこだわるのもすぐに理解できた。
彼らはどこまでも夢想家で、未来の、その先までを考えている。
後の教科書に、こう載るべきだろうと。
――
百八つの鐘が鳴り終わり、二〇一五年の到来を告げた。
三年後に向けた女体幕府の戦いは、今も続いている。
女子小学生がロックで一発逆転する方法 ~全国ご当地バンド残虐非道トーナメント~ 渡葉たびびと @tabb_to
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