*番外編*まっしろサプライズ!雪side


 みんなでキッチンに立った後は、ワイワイ楽しくハンバーグを食べる。

 お風呂で疲れを取ったら、あっという間に夜も更けちゃった。


「雪、入るよ?」

「どうぞどうぞ~」


 ドアノックの後、ぼくの部屋に入ってきたところを手招き。

 幸ちゃんは何もいぶかしむことなく、いつもみたいにぼくと並んでベッドに座った。

 ラベンダー色に、白い水玉もようの、ふわもこルームウェア。

 セミロングの黒髪は、同じ柄のシュシュでゆるくまとめて、左の鎖骨辺りに流してる。

 ネイビーのパジャマを着てるぼくとは当然ながら違って、女の子らしい幸ちゃんだ。


「雪?」


 大抵は、幸ちゃんをギュッてして、もう寝ぼけてたらキスまでして、おやすみって送り出すだけ。

 そのぼくがニコニコ座ってるだけだから、幸ちゃんも不思議に思ったみたい。


「幸ちゃんに、渡したいものがあってね。手を出して?」


 小首を傾げたまま右手を差し出してきたきみに、ぼくはさりげなく爆弾を落としてみるよ。


「……は? なっ、ちょっとこれっ!」


 効果はてきめん。

 たぶん混乱してる幸ちゃんに、説明という名の追い討ちをかけます。


「綺麗な指輪でしょ?」

「雪、これ、その辺の雑貨屋で買ったようなもんじゃないでしょ!」

「あははっ」

「笑ってごまかせると思うな!」


 幸ちゃんの言う通り。

 プラチナのリングに、ダイヤモンドの雪の結晶。控えめな光を放つのは、本物だっていう証。


「こんな高価なもの、もらえないよ」


 幸ちゃんならそう言うだろうと思ったから、突き返される前に、指輪ごと両手で包み込む。


「ほんとはね、この指輪の価値、ぼくにもわからないんだ」


 え? と声を漏らした幸ちゃんは、手のひらを見下ろして、まばたき。

 ぼくが手を離したら、白いお守り袋が、指輪と並んでたから。


「18歳になるまで開けちゃダメって言われてたから、ぼくもわりと最近まで知らなかったんだけどね」

「えっと……んん?」

「ふふ、ちょっと昔話をしよっか」


 きみは、ぼくの過去を知ってる。

 でもこれは、きみにも流れ込まなかった、昔々のお話。


「ぼくね、生まれたときから身体が弱かったんだ。幼稚園にもあんまり行けてなかったって。それで、困り果てたお父さんとお母さんが、このお守りを持たせてくれたの」

「物心つくかつかないかの子供に、これを?」

「ぼくも、中身を知ったときはビックリしちゃった。でね、すごいおまじないだなぁって、嬉しくなったの」

「おまじない?」

「この雪は絶対に溶けないでしょ? だから、ぼくが健康に育つように……って」


 そうして小さくなってしまったときが、おまえに、この指輪の助けが必要なくなったときだ。

 だからそのときは、心から守りたいと思える人に渡しなさい。

〝溶けることのない幸せ〟の、象徴となってくれるはずだから。


 お父さんの部屋の整理をしていて、そう綴られた手紙を見つけたとき、口では言い表せない熱がこみ上げてきたのを、今でも覚えている。


「2月8日――人生で大変な時期に、あげるわけにはいかなかったからね。1ヶ月遅れだけど受け取って? 誕生日、おめでとう」

「……この、策士が」

「幸ちゃんを手に入れるためなので」

「アホ」


 トンッと、もたれかかってくる幸ちゃん。


「……あたしの全部、とっくに雪のものでしょ?」


 震える吐息が、クシャリと歪んだパジャマの胸元に溶けるから、苦笑い。

 そうだね。

 きみはぼくのもので、ぼくはきみのもの。


「……でもね幸ちゃん、少しだけ、離れよっか」

「雪……?」

「じゃないと……キス、出来ないから」


 言葉の意味を理解して、慌ててぼくの胸に顔を埋め直されちゃう前に、あごをすくい上げる。


「……んんっ!」


 よじろうとする身体を、抱き寄せた。


「……目、閉じないで……ぼくを見て」

「雪……っ……」

「んっ……幸、ちゃん……」


 唇だけじゃなく、絡み合った視線までも熱くって。

 ぼくの〝男〟の部分を、どこまで見せたらいいのか――手探りする理性も、水飴みたいにとろけちゃう。


「雪……っ!」


 幸ちゃんが苦しげにぼくを呼んだところで、やっと身体を離す。

 互いの境界がわからなくなるくらい、トロトロ甘いキスに……ぼくの頭も、やられたみたい。

 精神的なものか、生理的なものか、もしくは両方か。

 大粒の瞳に滲む雫を、ひとつ深呼吸して拭った。


「かわいかったよ、幸ちゃん」

「雪あんた……反省してない!?」

「だって、ほんとにかわいかったんだもん!」

「もん! じゃない!」

「なんならもう1回」

「冗談やめて!」

「わりと本気です」

「余計ダメでしょ!」


 幸ちゃんが頑なに抵抗するのは、こんな風に、一晩中甘やかされたことがあるから。

 甘やかしたがりのぼくとしては、すごく楽しかったんだけどなぁ。


「じゃあ、今日はこの辺で」

「ホントに?」

「ほんとに。あ、でも最後にひとつ」


 幸ちゃんの手のひらから、お守り袋を取る。


「これはお役御免です。代わりに、はい」

「……ネックレスチェーン?」

「うん、目立つところにつけてほしくって」

「あたしにドヤ顔で見せびらかせと」

「幸ちゃんかわいいもの。大学でナンパとかされないように!」

「なるほど、効果はありそうだ」

「あと幸せを呼びますよ!」

「オマケみたいに言うな」


 えぇ? 結構自信あるんだけどなぁ。

 ぼくが内心したり顔してるのを、きみはまだ知らない。


「……雪」

「うん?」

「つけて」

「! 喜んでっ!」


 ゆるく束ねられた黒髪をかき分けて、白いうなじに腕を回す。

 ぼくと20年以上を生きてきた雪の結晶が、大好きな女の子の胸元で輝く。


「ほんとはここにつけてほしいけど……」


 左手の薬指に指を絡めれば、ピクリと跳ねるちいさな肩。


「ちゃんと〝お願い〟したいから、それまで予約ってことで、ね?」

「……雪っ!」


 ぎゅうって、ぼくの首に飛びついちゃったら、ほらね、いよいよ逃げられなくなりましたよ?


「これ以上、好きにさせないで……もー、雪のバカぁ!」


 よかった。かえくん、作戦は大成功です。

 幸ちゃんが、子供みたいに泣いちゃうくらいに。

 あんまりにもいじらしいから、ね?


「幸ちゃん、ぼくと寝ません?」

「それはっ……」

「えいっ!」

「きゃっ!」


 体重をかけたら、ポフッと倒れ込んじゃって。

 ぼくの下に、幸ちゃんのビックリ顔。

 押し倒したのは、初めてだっけ。


「寝るだけだから」

「う……」

「ほんとのほんとに寝るだけだから」

「……う、ぅ」

「今夜は、一緒にいよ……?」


 すりすりと、今度は甘えモード。

 意識してるわけじゃないけど、幸ちゃんの前だとコロコロ変わっちゃうんだよねぇ。

 どうしたら一番効くか、本能的にわかっちゃうんだ。


「……キスは、あと1回までね」

「うんっ、ありがとう!」


 最低限の譲歩をしてくれるくらいには、嫌がってないのかも。

 そんな好都合な解釈をして、幸ちゃんに、今日最後のキスを落とす。

 一生懸命頑張ってたきみが眠れるように、抱き締めてあげる。頭を撫でてあげる。


「おやすみなさい、幸ちゃん。……愛してるよ」


 ぼくの愛情の中で、安心してお眠り。

 次は夢の中で会いましょう。

 ぼくだけの、かわいいかわいい女の子?

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【完結】ユキイロノセカイ はーこ @haco0630

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