第9話 明かされる真実

 楓は、レイやユーリが裏で何か話を進めている事が気になっていたが、それ以外は楽しい日々を過ごしていた。リリィとも仲良くやっている。


 「最近、カップルがよく店に来ると思ってたが、あんたもかい!」


 「仕方ないじゃないですか…好きなんですし…」


楓は喫茶跳ね馬に来ている。マスターのレオとカウンター越しに話していた。


 「にしてもだなー…確かにレイさんが最近、おかしいのは俺も感じてたな」


 「そうでしたか…やはり…」


 「レイさんひとりでここに来てたんだがよ…口数少ないし、なーんか腹に抱えた感じだった」


レオが思い出しながら話す。


 「何が起きてるんでしょうね…」


楓は不安になる。


 「さぁな…俺にも分からん…」


レオもお手上げだ。その時、誰かが店に入ってきた。


 「お待たせ、楓…♪」


オシャレしたリリィだ。楓とここで待ち合わせしていた。


 「すごく似合ってるし、可愛いよ♪」


ニッコリ笑う楓。


 「お、気合入ってるな!お似合いだぜ!」


レオも笑った。


 「あ…ありがとう…それじゃ、いこ…?」


リリィが恥ずかしそうに楓の腕に抱き着く。


 「分かったよ、それじゃマスター。また来ますね」


 「おう!待ってるぜ!」


レオに挨拶して2人は街へ出た。


 「ねえ楓…やっぱり姉さま、何か隠してるよね…」


リリィが早速、懸案事項を持ち出す。


 「だね…僕の推測だと、この前図書館で見つけた本と関係あるんじゃないかな…」


図書館でレイが見つけた本とルシアが探し当てた本の解析に関しては何も聞いていなかったが、状況からしてそれらと関連していると踏んでいる。


 「姉さまはきっと気遣ってるんだと思う…」


 「…気遣わせてしまうような、重大な内容って事になるね…」


2人とも声のトーンが暗い。


 「でも…普通、ドラゴンに関する情報なら公開すると思うの…」


 「確かに…竜狩人には情報を渡さないと、討伐隊とかの編成が出来ないよね…」


ドラゴン出現の際には速やかに情報を分析し共有する事になっている。討伐作戦などを立てる際に全員が知っていないと話が進まないからだ。しかし、今回は何のアナウンスもない。


 「母様にアークが浮かんでいる事もまだ一部しか知らないし…」


この国ではドラゴンズ・アークが浮かんだことを公表してもパニックなど起きない。それくらいドラゴンの出現は身近な出来事なのだ。


 「ただのドラゴンじゃないって事だね」


 「そうだね…」


2人で話してもあまり大した結論は得られなかった。


 「とりあえずさ、今は2人の時間を大切にしよう。」


楓が前向きに提案する。


 「そうだねっ…」


リリィもその言葉に元気づけられたのか少し笑顔になった。           


 「今日はどこ行こうか?」


 「えっとね…服屋さんに行きたいなって…」


 「分かったよ♪」


手をつないで歩く2人。王族が街中を歩くこと自体はこの国では珍しい事ではないが、恋人と共に、となるとやはり注目される。街の人の視線は温かく見守るものだった。


 その頃、王宮ではレイと彩が揉めていた。


 「レイちゃん、いい加減に話さないとダメでしょ!」


 「うるさい!私だってそんな事分かってる…!でも、こんな残酷な話、簡単にできると思う!?」


 「どんなに辛い現実でも、逃げられないんだよ!だったら、早めに教えてあげるべきでしょ!」


 「彩はいっつもそうやって強いとこ見せるけどね、誰もがそうじゃない!リリィにとっては、受け入れられないのよ…」


 「楓君だって居る!リリィちゃんが辛くても支えてくれる!」


 「その前提が崩壊するから困ってるんでしょ!」


 「そんな事言うなら、私だってステラちゃんとずっと一緒に居たかった!ルシアちゃんだって、ユリアちゃんと一緒に居たいって言ってるの!辛さは皆にあるのよ!?」


 「私は姉としてリリィが心配で大切だから、言いかねてるのよ!彩だって、弟居るならわかるでしょ!」


 「私は…弟に何もしてあげられなかった…だからレイちゃんの気持ちは分からない」


冷たく言い放つ彩。


 「彩のバカ!そうやって人にきつく言っといて自分には甘いんじゃないの!?」


思わずレイも言い返した。


 「は…?私が甘い?一番甘いのは、何にも決められないレイでしょ!」


呼び捨てで吐き捨てる彩。


 「スレイヤーだからって調子乗ってんじゃないわよ!!」


 「王女だからってぬるま湯つかってんじゃねぇよ!」


激しく怒鳴りあう2人。


 「彩なんて知らない!どっか行って!」


 「言われなくても出てってやる!このスカタン王女が!」


彩がドアを蹴破って出て行った。レイも荒れ狂いながら自室へ帰った。


 「あちゃぁ…どーしよ…」


様子を見ていたユーリがため息交じりにぼやいた。


 「なぜ、お止めにならなかったんです?」


カレンが不思議そうに尋ねた。普段のユーリなら喧嘩を止めて、双方の言い分を聞く。


 「こればっかりは、2人とも正しいから…私もどっちがいいか悩んでるの…」


ユーリも判明した事実を情報としてどう取り扱うか決めかねていた。


 「…そうですね…現時点で知っているのはユーリ様、レイ王女、彩隊長、ルシア司書長に私だけですし…」


知っている人間があまりにも少ない事が逆に次の一手に悩む一因だ。隠蔽する方向か、公表する方向かでレイと彩でさえあれだけ大喧嘩するのだ。簡単に決まるものでもない。


 「そう言えば…ルシアちゃんは?」


 「彼女なら、図書館へ戻りましたが…」


 「何か言ってた…?」


 「いえ…?特に何も聞いていませんが…」


 「そっか…」


残酷すぎる真実は人間関係を崩壊させてしまう。彩とレイが喧嘩した事は、ユーリにとって痛手だった。


 その頃、学園図書館ではルシアがいつも通りの業務に戻っていた。


 (…あんな事知ったら…どうしたらいいか分かんないわ…)


受け止めきれない事実から目を逸らすかのように、業務へ集中する。敢えて深く考えないように努めた。


 「ルシア…?」


ユリアが心配そうに声を掛ける。


 「何?」


冷静を装いながら返事する。


 「何かあった…?」


ユリアはいつものルシアじゃないと気付いている。


 「…」


言葉に詰まった。別に何も無い、と言うのは簡単だが、ユリアに隠し事したくないし、嘘もつきたくない。しかし、告げるには余りにも過酷な現実。


 「無理しなくて言わないでいいよ…きっと、ルシアは私の事心配してくれてるんだよね…」


ユリアは少し涙を浮かべながらルシアの手を取った。


 「ユリア…」


 「多分…ルシアが悩んでる事って、きっと私や皆にとって辛いものだと思うんだ…だから、私から無理に聞かないから、話そうって思った時に話して…?ルシアが辛いなら、まだ話すタイミングじゃないと思うんだ」


そう言いながら、優しく抱きしめる。


 「ありがとう…ユリア…」


ルシアは幾分、楽になったようだ。涙を流しながら答えた。


 「大丈夫だよ。何があっても私はルシアの事、大好きでいるからね♪」


その言葉はとても嬉しいのだが、同時に少し悲しくもなった。それでも、ルシアにとっては癒しになった。


 「ユリア…」


チュッ…


思わずキスした。


 「ルシアったら…昼間なのにー」


苦笑するユリア。普段は真面目で堅物なルシアがユリアと居るときだけはどうもヘタレる。


 「ダメ…?」


 「いいよ…♪」


2人は部屋のベッドに上がり、熱く愛し合った。ルシアにとってはこれが最後かもしれない、そんな想いがあった。


 丁度、その頃、楓は服屋でリリィの服を選んであげていた。


 「やっぱり、リリィは花柄が似合うんじゃないかなー…」


執事としての目線でも見てはいるが、やはりここは恋人として見なければならない。


 「そ…そうかな?」


顔が赤くなるリリィ。


 「この前、見せてくれたアイリスの華が凄く印象に残っててね。それに花弁がさ、日本にあるカエデっていう木の葉に似てるんだ」


 「うんうん…」


 「それで僕の名前が楓だから、いいかなー…なんて…」


恥ずかしさ満点だが、何とか言えた。


 「はぅ…」


リリィが顔を隠してしまった。


 「だ…ダメかな?」


確認する楓。顔から爆炎煌くかの如く恥ずかしい。


 「ダメじゃない…試着してみる…」


リリィが試着室へ入っていった。


 (…どうしよう、死にそうなくらい恥ずかしい。リリィ可愛いし…どうすれば…!)


楓は冷静さを取り戻そうとしていたが、とてもじゃないが出来そうにない。


 「お待たせ…どうかな…?」


試着室から出てくるリリィ。アイリスの華の花弁をあしらった可愛らしいワンピースだ。


 「…可愛すぎてどう言えばいいか分からないよ…」


お互い真っ赤になる。


 「あ…ありがとう…これ買うね…」


 「僕が出すよ。執事として給料はもらってるし、僕からのプレゼントにしたいな…♪」


 「…楓」


リリィが真っ赤のまま俯いた。あまりにも嬉しくて、恥ずかしくて楓を直視できない。会計を済ませて、2人は店を出た。手は繋ぐが、恥ずかしさからかお互い目線を逸らす。


 「この後…どうする…?」


楓が話しかける。なんとかリードしてあげたい。


 「えっと…部屋戻って一緒に居よ…?」


少し小声で答える。


 「分かった♪」


帰り道を歩く2人。すると王宮の方から、彩が歩いて来た。


 「あれ?彩さん、何かあったのかな」


 「なんだか…怒ってる…?」


足取りといい、表情といい荒れている。


 「あら…2人ともお出かけ?」


彩の方から話し掛けて来た。彩としては少しでも気を紛らしたいのだ。


 「ええ、そうですけど…」


 「彩さん…どうしたの…?」


心配そうに尋ねるリリィ。


 「ちょっとレイちゃんと喧嘩してね。あの分からずや…」


ぶっきらぼうに答える彩。


 「大変ですね…」


楓は敢えて何も聞きださない。


 「姉さま…と…」


リリィも何も聞かなかった。あれだけ仲の良い2人が喧嘩したというだけでも、前代未聞だが、それだけ事が大きいという意味だ。何も知らない以上、首を突っ込もうなどとは思わなかった。2人の気遣いが彩にとって今はありがたい。


 「ごめんね…きっとちゃんと話すから…」


それだけ言い残して彩は立ち去った。


 「思った以上に深刻だね…」


 「姉さまが心配…」


急いで部屋へ戻り、荷物を置いてレイを探しに出た。


 「部屋に居ないときは…図書館かな…」


楓が予想する。


 「いや…多分、独りになれる所に居るはず…ついてきて」


リリィには心当たりがあった。楓を連れてある場所へ向かう。


 「姉さま…!」


時計塔最上階、バルコニーにレイが居た。


 「リリィ…楓も…」


 「心配しましたよ…レイ様…」


 「ここに来たって事は…彩と喧嘩したのは知ってるのよね…」


 「うん…さっき聞いた…」


 「ごめんね…リリィ…楓…」


 「謝らないで…姉さま」


 「謝る事ないです…レイ様はレイ様なりに考えて下さっているのは分かっていますから…♪」


にっこり笑って語りかける2人。


 「ありがとう…でも…今は話せない…」


俯くレイ。


 「いいの…彩さんもそう言ってたよ…」


 「そっか…彩も辛いんだ…」


 「今夜は3人で過ごしませんか?少しでも気持ちが和らぐと思います♪」


楓が提案する。


 「私もそれがいいと思う…」


リリィも乗った。


 「そうね…そうしよっか…♪」


レイにようやく笑顔が戻った。


 その頃、彩は喫茶跳ね馬でカウンターにつっぷしていた。


 「彩さんがそんな顔するのは珍しいな。喧嘩でもしたか?」


レオが心配する。


 「お互い譲れない時ってどうしようもないでしょ…?」


 「まぁ確かにな?でもよ?話し合う事、向き合う事も大事なんじゃないか?」


マスターとしてではなく、大人としてアドバイスする。


 「そうかも…でも…」


 「ああ、分かってるさ。タイミングが肝心なのさ。今はその時じゃないだけだろうよ」


彩の辛さを汲む。


 「しんどくて…辛くて…最近、ろくに休めなくて…」


本音を吐露する。こういった場所でないととても言えない。それくらいに自分の羽織る、親衛隊長のマントに誇りと責任を感じている。


 「おいおい…それを言う相手が俺ってどうんだ…?」


 「だって…マスターなら気兼ねなく話せるもん…他言とかしないし…」


とても信頼している。


 「彩さんには恋人いるだろ…」


 「ステラには心配かけたくない…」


 「気持ちは分かるけどな、何も話してくれない恋人ってのは、普段より倍以上の心配するもんだ。何も言ってないこの現状が既に心配掛けてるんだぜ?」


 「マスター…」


 「洗いざらい話す必要ない。少しでいいから話してみな。察してくれるから。信じてみな。」


彩は意外と人付き合いが下手な部分がある。頼ることが苦手というか、罪悪感を感じてしまうのだ。昔から虐待されて育った為、自分がずべて悪いと思いがちなのだ。


 「…うん」


レオのアドバイスが彩を一歩前に踏み出させた。店を後にし、ステラの部屋へ急いだ。


 「ステラちゃん…」


部屋に駆け込むとステラはベッドに横になっていた。


 「彩さん…?」


起き上がる。


 「今日…泊まっていい…?」


何から言えば良いか迷ったので、とりあえず一緒に居る事を考えた。


 「良いですよ?」


あっさり了承するステラ。


 「ありがとう…」


そう言いながら、服を脱ぎベッドに上がる。


 「彩さん…」


下着姿のステラが上に乗っかる。

 

 「な…何…?」


 「最近、彩さんは何か悩んでますよね…」


ステラも彩の異変にはとっくに気付いていた。


 「…うん」


 「少しでいいから話して欲しいです…」


もっと自分を頼って欲しい。


 「でも…」


躊躇してしまう彩。


 「意外と彩さん、強情です…だから私が素直にさせてあげますよ…」


ステラがリボンで彩の両手を縛った。


 「ステラちゃん…?」


 「…全部話せなんて言いません。でも少しは私を信じて欲しいです」


そう言いながら、身体に指を這わせる。


ひゃぁっ…


彩の身体は敏感だ。ステラはポイントを理解していた。


 「すてらちゃん…」


涙目になる。


 「お仕置きです…」


ちゅっ…チュゥ…


唇を奪い、貪る。夢中で彩を味わう。


ぷは…


 「すてらちゃん…ってば…」


彩が涙目で頬を染める。


 「…話してくれますか…?」


 「すてらちゃんにめーわくかけれないの…」


蕩けながらもまだ反抗してしまう彩。


 「そうですか…」


ひゃぁっ…


 「そこはダメ…」


 「お仕置きです…」


ひゃぁぅ…あぅ…


ステラが彩の身体を愛という鞭でお仕置きした。


 「ハァハァ…」


火照り切って蕩けきっている彩。


 「…私の事頼って、彩…」


ステラが初めて呼び捨てで呼んだ。敬語も崩した。


 「…すてらちゃん…」


彩の表情を見てステラが彩を抱き起して、抱きしめる。リボンは結んだままだ。


 「何があったの…?」


 「…いつかは話さなきゃいけない辛い事実があってね…それの事でレイちゃんとも喧嘩しちゃって…」


泣きながら彩が話す。


 「彩ったら…何で自分だけで背負っちゃうのかな…」


 「だって…私がしっかりしないから…」


 「彩は…自分を許す事を覚えないとダメ…」


ステラが諭す。


 「許せない…」


 「だったら私が許す…」


 「え…?」


 「それが恋人だし…」


 「…ありがとう…」


 「彩が正しいと思ったようにやっていいんだよ…だから、私の前では素直でいて…?」


 「…うん」


汗だくだが2人は抱き合った。


 「じゃあ…続きしよっか…?」


 「うん…」


ステラがそのまま彩を押し倒す。


 「ひゃっ…」


元々敏感な彩がさらに敏感になってしまい、さらに蕩けて行く。


 「彩かわいいよ…」


ちゅっ…


両手を縛られた彩を欲望の赴くままに愛した。


  

 翌日、レイと彩は教室で顔を合わせたがバツが悪いのか、特に話はしなかった。昼休みになってようやく話しかけたのはレイからだ。


 「ねえ、彩…」


 「レイちゃん…?」


 「この気持ちどう伝えたらいいのかな…」


恥ずかしいのか何なのかよく分からないが、顔が赤くなる。


 「私も…モヤモヤしてるの…」


 「彩…」


 「レイちゃん…」


そう言いながら、2人は両手を握って抱き合う。その光景はクラス中の注目を浴びた。


 「ごめんね…彩…ひどいこと言って…」


 「私もごめんね…きつく言っちゃった…」


ようやく素直に謝罪できた。その日は久々に2人でランチにした。


 その光景を楓はちゃんと見ていた。


 (仲直りできたようで良かった…本当に…)


ひとまず安心する。


 「楓君…」


彩が話しかけてきた。


 「どうしました?」


 「楓君ってさ…喧嘩した事ってある…?」


 「それは友人と、という意味ですか?」


 「うん…」


 「すみません、僕は日本で学校に通っていた頃は友人なんていませんでしたから喧嘩はありませんでした。家では親や兄さんと喧嘩というより絶縁に近い状態でしたし…」


なるべく揉め事は起こさないように生きて来た。それが一番、自分にとって楽だったのだ。


 「そっか…私も、似たような感じでね…レイちゃんと喧嘩しちゃって…怖くて…」


 「彩さんはレイ様が大好きですか?」


優しく尋ねる楓。


 「大好きだよ…親友として…」


 「親友どうしだからできる喧嘩もあると思うんです」


 「え…?」


 「お互いがお互いを想っている、真剣だからこそ、ぶつかってしまうものです。人間はそれぞれ考え方や価値観が違います。それは例え、親友や家族であっても例外はありません。ですから、ぶつかるのはむしろ普通なのですよ。包み隠さず、本心を話せている証拠だと思います。」


まるで先生のような話し方だが、彩にとってはとても聞きごたえのある良い話だ。


 「楓君…同い年に思えないや…」


彩が俯く。


 「いえ…偉そうな事を言いましたが…ただの本から得た知識です。僕から見れば、彩さんはとても人間らしく、生き生きと過ごされてるように思えます。」


楓は彩のような自然体で振る舞うという事がどうしてもできない、そう感じていた。


 「そうかな…でもさ、楓君でもリリィちゃんと一緒だととても人間らしいよ?」


彩がクスッと笑う。


 「あれが僕の素顔なのかもしれませんね…全く恥ずかしい限りですが…」


 「え…?恋人の為に一生懸命になったり、恥ずかしくなったり、変な事言っちゃったり、空回りしちゃうのって普通だよ?」


 「そうなのですか…あらゆる人間の前で冷静さを失わないように仕込まれた身からすると…」


恋愛などは彩の方がよく分かっていた。


 「それはさ…周りに押し付けられた仮面でしかないと思うの…」


 「仮面、ですか…」


 「仮面を被った楓君を望む人の前ではそれでいいけどさ…リリィちゃんの前で被っていられる?」


真剣な眼差しで見つめる。


 「できませんね…それは失礼ですし…寂しいですよ…」


 「そこで寂しいって言えるんだから、楓君だって人間らしさはちゃんとあるんだよ♪」


微笑んだ彩。窓の外は快晴だ。差し込む光と相まってとても輝いて見えた。


 「人間らしさを失えば…どうなるんでしょうね…」


ちょっとした疑問を呟く。今まで自分は人間らしさを捨てたと思っていたが、そうではないと分かり、かえって興味が沸いた。


 「それは…私の弟みたいになるんじゃないかな…」


悲しみを浮かべながら話す彩。


 「ふぇ…?彩の弟さんって…そんなに人間らしくないの…?」


レイが会話に入り込んできた。


 「なんだろう…全てに無関心で無感情なの…私が消えた事も多分気にしてないだろうし…」


 「…そこまでなる環境が怖いってば…」


レイはガタガタ震える。


 「一度ね…嫌いな人が居たらどうする?って聞いたの」


 「うん…」


 「僕なら…関わらないようにしますけど…」


楓の回答が一番オーソドックスだろう。


 「普通はそうでしょ…?でもね、弟は『殺せばいい』って答えたの…」


 「え…彩がこっち来る前ってまだ彩…12だよね…」


レイはそんな発想に至る事にも驚いたが、年齢にも驚く。


 「うん…まだ小学生だった…」


 「小学生がそんな発想するんですね…」


楓も唖然とした。


 「怖かったけど…もう少し尋ねたの…親が嫌いなのになんでそうしないの?って…」


当時から親の虐待は凄惨なものだったが、その言葉を信じるなら、親は死んでもおかしくない。


 「怖いけど…気になる…」


 「僕もです…」


レイと楓は身震いしている。


 「…そしたらね…『もっと復讐心を溜め込んでから、残酷にぶっ殺す方がいいだろ?』って…」


その言葉に何を返すべきか迷った。むしろ、思考が止まった。


 「じゃ…じゃあ…復讐の為に敢えて…耐えるって事…?」


レイが小声で呟いた。


 「多分ね…今はどうしてるのか分かんないけど…」


彩が悲しみを浮かべる。


 「…人間というより…何でしょう…憎悪の権化ですね…」


楓はそう言いながらも、震えていた。まさか、そこまでの虐待となると全く想像できない。


 「…だから、何とかして助けたいの」


 「そりゃそうよね…私に出来ることがあれば、協力するわ」


 「僕に出来る事があれば何なりと。」


 「ありがとう…2人とも…」


彩の弟の話は以前にも少し聞いてはいたが、改めて彩の助けたいという気持ちを応援したい。


 その日の放課後、リリィと合流した楓は彩、レイとした話を伝えた。


 「姉さまと彩さんが仲直りしたのは良かった…でも彩さんの弟さん…」


やはりインパクトとしては彩の弟の件の方が大きい。

 

 「正直、僕も驚いたというか…驚く事すら忘れてたっていう感じかな…」


 「でもさ…助けてあげたい」


リリィはいつも優しさを忘れない。


 「そうだよね。僕たちにも出来ることがあると思う。」


楓も前向きに考える。


 「でも…今は、ドラゴンの方が先かな…」


 「だね…」


ユーリには既にドラゴンズ・アークが浮かんでいる。近々、出現するであろうドラゴンの対策を考えねばならないが、相変わらず何の情報も公開されていない。


 「そろそろ教えてくれてもいいと思うんだけど…」


 「確かにね…」


流石の2人も気にしないという訳にはいかなくなっていた。



 その頃、学園図書館ではルシアがカウンターで悶々としていた。


 「あうあう…」


普段のルシアらしからぬ可愛らしい声だ。


 「ルシア…どうしたのさー…」


ユリアが心配する。横に座って頭を撫でた。


 「そろそろ話さなきゃ…なんだけどね…」


 「ルシア…」


 「うぅ…」


どうしても辛い。


 「ルシアが話そうとしてる事って、レイさんや彩さんも知ってる事でしょ…?」


 「うん…」


 「ルシアだけが話そうと思うから辛いと思うの…だから、一度みんなで集まってみたら…?」


ユリアがアドバイスする。


 「…ユリア…ごめんね…」


 「謝らないのー…」


 「うん…ちょっと、レイ達に会ってくるわ…」


 「うん、いっておいで」


ユリアが優しく送り出した。


 (ユリアに心配かけてばっかりね…私…しっかりしなきゃ…)


そう思いつつ、レイの部屋へ向かった。ドアをノックする。


 「どうぞー」


 「レイ…彩も来てたのね…」


レイと彩は紅茶を飲んでいた。


 「ルシアちゃんもとりあえず、紅茶どう?」


彩が勧める。


 「頂くわ…」


席に着いて紅茶を飲んだ。3人は黙ったままだ。


 「ねぇ…」


レイが口を開く。


 「レイちゃん…」


 「レイ…」


 「真実を話すかどうか…母さまも悩んでいて…ね…」


 「そうだよね…」


彩もユーリの苦悩は知っていた。


 「でもさ…リリィや楓君にこれ以上心配掛けれないわ…」


 「私もステラちゃんに心配かけてるわ…」


 「ユリアに心配かけてるわね…私は…」


 「三者三様、大切な人がいると…言い出しにくいわよね…」


レイが俯く。


 「でもそろそろ…腹括らないとさ…」


ルシアが呟く。


 「だよね…私も、ちゃんと話さなきゃいけないと思う…」


彩も同意する。


 「やっと彩、決意できたんだね」


そう言いながら、パルトネの姫華が現れた。


 「ごめんね…姫華…」


 「気持ちは分かるけど…彩が不安定になると私が出てこれなくなっちゃう…」


姫華がちょっと不満をこぼす。


 「ねぇ姫華…大切な人が消えたらどうする…?」


 「取り返せばいいじゃない。できるよ、彩なら」


パルトネとしてマスターを信じているからこそ、素直にそう言えた。


 「ありがとう。姫華」


 「私も、姉として、王女として…ちゃんと話すわ」


レイが立ち上がる。


 「私も、司書長として解析した情報を提供する。ユリアにもちゃんと話す。」


ルシアも立ち上がった。


 「皆、心は決まったみたいね…♪」


そう言いながら、ユーリが入ってきた。

 

 「母さま…」


 「私は皆の決めたことを尊重するわ。国民への情報公開は私から行うわね」


ユーリも決断した。


 「本当に…恐ろしいドラゴンが現れるのね…」


彩はスレイヤーになるほどの腕を持っているにも関わらず、余裕が全くない。


 「大丈夫。皆の力があれば勝てる」


レイが励ます。


 「うん。きっと大丈夫」


ルシアも前向きだ。


 「皆、力を合わせて頑張りましょうね♪」


ユーリはそう言いながら、内心でほっとしている。


 (皆がここまで前向きになってくれて良かったわ…でも、こうやって少しずつ皆が変わり始めたのは楓君が来てからかな…執事として来て、今はリリィの恋人だったわね。でも、良かった…楓君が来てから皆がいい方向に向かってるんだもの♪)


 「とりあえず、明日皆を呼んですべて打ち明けよっか」


レイが提案する。


 「だね。場所はユーリ様もいることだし、玉座の間でいいよね?」


彩が賛同がてら場所の話もする。


 「それでいいと思う。」


ルシアも頷く。


 「じゃあ、明日の放課後に皆いらっしゃい♪」


ユーリがにこっと微笑んだ。


 「じゃあ、ちょっと私、図書館でやることあるから先に戻るわね」


ルシアがいつものクールさ全開で言う。


 「私と彩はちょっと王都に出かけるわ」


こうして各々、解散した。


 図書館に戻ったルシアは、製本道具や材料を準備する。


 「ルシア、本でも作るの…?」


ユリアが声を掛ける。


 「ええ。ちょっと手伝ってくれる?」


 「もちろんっ」


ルシアは以前から色々と書き溜めた紙を集め、編集作業に取り掛かった。


 一方、彩、姫華とレイは街中を散歩している。


 「いよいよだね、彩」


レイが声を掛ける。


 「そうだね。この国を皆を守らなきゃ」


 「うんっ」


彩も背中に影月を背負い、スレイヤーとしての覚悟を決めていた。姫華が微笑みながら2人と歩く。


 翌日、玉座の間にユーリ以下一同が集まる。ついに真実を話す時が来た。緊張の空気が張り詰める。


 「じゃあ、代表して私から話すわね」


ユーリがゆっくり口を開く。全員が耳を傾ける。


 「今回のアークに関してだけど、レイやルシアちゃんが見つけてくれた書物を解析した結果、時在竜のものだと判明したわ。」


 「じ…時在竜って…まさか…伝説の存在と言われている、エジステ・オーラスのことですか…」


ユリアが驚く。普段から勤勉な為、伝説の類にも詳しい。


 「その通りよ…その名の通り、時と存在を司る、固有種ね…」


ユーリが続ける。


 「厄介なのは…その能力なのよね」


彩が腕組みする。


 「彩の言う通り。出現自体はアークで分かるけど、相手は存在を操る事ができるの。つまり記憶の改変すら可能…私たちの記憶から時在竜の存在が消されてしまうと、集めた情報が意味を為さないわ…」


レイが俯きながら話す。


 「さらに…出現はアークが浮かんだ後だけど、こちらは向こうの存在を認識できない。だから、いつどこから現れるか分からない。だからこそ、研究も進まず、伝説の存在になってしまっているの。ただ、色々調べて分かったんだけど、時在竜は存在に干渉する前に、必ず何かしらの存在を消すと言われているわ。つまり、ノーコストで存在をどうこうできる訳でもなさそうなの。」


ルシアが静かに語る。


 「それでね…どうやら、時在竜があらかじめ存在を消そうと決めた対象にはアークが浮かぶらしいの。それをドゥーエ・アークと名付ける事にしたわ。通常、アークが浮かぶのは魔法が使える人間に限られるけど、ドゥーエ・アークは物体にも浮かぶ可能性があるそうよ。」


ユーリが付け加えた。


 「ドゥーエ・アークが浮かぶ対象は1人、あるいは1つだけなのでしょうか?」


楓が質問する。


 「いい質問ね…楓君。でも現時点では不明なの」


ルシアが残念そうに答える。


 「そうですか…にしても…どうしたらいいんでしょうね…」


 「言い伝えによると…現れた際にはこの世の者でない者に討伐を依頼するべし、なんて書いてるのよね」


ユーリが呟く。


 「なるほど…時在竜は時と存在を操る以上、この世界の全てを掌握しているも同然。ならばその範疇にない者ならば対抗できるという事ですか…」


楓が聞いた内容を整理する。


 「だから、私が楓を呼んだ時みたいに、新たに召喚を行うしかないわね」


レイが答える。楓や彩は異世界人だが、すでにこの世界の住人になってしまっている。肝心なのは時在竜が現れると同時に、異世界から時在竜が干渉できない人間を呼ぶことにある。


 「それで…召喚のタイミングは?」


楓が確認する。


 「ドゥーエ・アークが確認されたら直ぐよ。このアークが浮かぶという事は時在竜が存在への干渉を始めた合図だからね。何としてもドゥーエ・アークを確認しないと、召喚しなければならないという記憶すら消されかねないわ。時在竜はおそらく、自分に関するあらゆる存在を消すだろうから…」


ここでいう存在とは記憶の中の存在も含まれるのだ。


 「そのアークに関して分かっている事はあるんですか?」


 「そうね…普通のドラゴンズ・アークと違って、徐々に浮かぶらしいの。浮かび始めてから完成までには数日かかるって書いてたわね」


レイが答えた。


 「では…そのアークを探し出す事が先決でしょう…ね」


 「楓君の言う通り。だから、何としてもドゥーエ・アークを探し出して欲しいの」


ユーリが真剣な眼差しを向ける。


 「あのぉ…アイリス王国は広いのにどう探すんです…?」


この場で一番話に乗り遅れているステラが質問を投げる。


 「大丈夫よ。時在竜が消したがるのは、自分に関係のあるものだけなはず。しかも、先んじて消すという事は時在竜にゆかりのあるものだと考えるべき。なら、王都が一番あり得るわ。何せ、ドラゴンの情報が全て集まっているんだもの」


彩がきりっとした顔で答える。


 「王都だけでも結構大変ですよぉ…」


ステラが嘆く。


 「大丈夫、大丈夫♪」


彩が励ます。


 「それじゃあ、皆で手分けしてアーク探しをお願いね。レイとルシアちゃん、ユリアちゃんは情報の整理お願い」


ユーリの一声で全員が動き始めた。


 リリィと楓は早速、王都に向かう。


 「にしても、王都にそんなにドラゴン関係のものあったかな…?」


楓が自分の記憶を辿る。


 「意外とあるよ…?なんか遺跡みたいなのもあるし…」


 「そうなんだ…」


2人は中心街へ着いた。


 「うーん…どう探したものか…」


 「例えば…あの噴水見て」


リリィが指差したのは広場の中央にある、美しい噴水だ。


 「綺麗な噴水だけど…?」


 「あの台座の部分に、ドラゴンズ・アークが彫ってあるの」


よく見ると、アークが彫られていた。


 「噴水とドラゴンに繋がりなんて思いつかないなぁ…」


 「確かね…水属性を操るドラゴンとの戦いに勝った記念だったとか…」


 「そうなんだ…」


身近な所にドラゴンを感じさせるものがある。


 「とりあえず、王家に伝えられる遺跡行ってみよっか」


リリィが提案する。


 「そうだね。そういう場所の方があり得るよ」


2人は中心街から外れた方面へ向かう。しばらく歩くと、一軒の家が見えてきた。


 「ここ…」


リリィが玄関に立つ。


 「え…民家だよね…これ…」


どこからどう見ても民家だ。


 「いいからいいから…♪」


少し楽し気な様子のリリィが中に入った。


 「…なるほど…そう言うことか…」


中に入るなり、楓は納得した。そこは遺跡への入口になっていたのだ。家のように見せてカモフラージュしてあるのだ。


 「ついてきてね」


リリィが先を進む。内部は一本道だ。


 「遺跡とは思えない綺麗さだね…」


楓が驚く。


 「それがね…ここの遺跡は一体何なのか、そしてこの白く輝く壁は何なのか、分かってないの」


 「うーん…でもこうして人が入っても大丈夫な所を見ると…危険なものじゃないな…」


楓が注意深く観察する。


 「でもさ、時在竜のアークが載ってた、姉さまが見つけた本も白かったでしょ…?無関係な感じはしないんだよね…」


リリィなりに推理してここへ来たのだ。


 「うーん…この輝き、どうも見覚えがあるな…」


楓が壁を見つめる。よく見ると床も同じ輝きを放っている。


 「この遺跡は、何代も前の王が発見して依頼、ずっとこの輝きを放ってるんだって…」


リリィが歩きながら説明する。


 「そんな長期間、輝きを維持するなんて…魔法か何かかかってるのかな?」


魔法が存在する以上、まずはそちらを疑う。


 「ううん…何回も魔法的調査は行ったけど、一切魔力は検知されていないの。」


 「そっか…」


楓は脳内で情報を整理する。


 「で、ここで行き止まりなの…」


一本道を真っすぐ行った先は小部屋になっている。壁、床、天井の全てが白く輝いている。しかし、何もない。


 「ちょっと試してみるか…」


そう言いながら、楓は服を擦り合わせ始めた。


 「楓…?」


リリィが不思議そうに見つめる。


 「ここが一番緊張する…嫌な瞬間…」


唾を飲み込みながら、楓は恐る恐る壁に指を近づける。


バチッ…!


乾いた音が響いた。


 「痛ッ…いてて…」


日本の冬場でもここまで痛くはならない。ドアノブを触ってもこんな痛くならない。


 「楓!?大丈夫…!?」


リリィが心配する。


 「大丈夫だよ…おかげでこの壁が何なのか、分かったよ」


 「え…?」


 「服を擦ると静電気が溜まるんだけど、それは金属に触れると放電されるんだ。だからこの壁は金属製。見た目からして床や天井も同じ金属だね。そして、こんな痛みが来るほどの放電をするという事は電気を通しやすいもの。おまけにこの白い輝きと来れば、答えは1つしかない。プラチナだよ。この遺跡は全てプラチナで出来てるんだ」


 「ぷらちな…?」


リリィは聞いたことがない。


 「地球に存在する希少金属だよ。ものすごく高いんだ。金より高いよ」


 「金より…!?じゃあ鉄より高いの!?」


なぜかそこで鉄が出る。


 「え…?えっとね…プラチナ、金、鉄の順番だよ…?」


とはいえ金と鉄の値段の差なんて比べるまでもない差があるのは地球では常識だ。


 「だって…この国で金属って金か鉄しかなくて、鉄は超希少資源なんだよ…!?」


リリィが反論する。


 「え…金ってそんなにあるの…?」


むしろそっちに驚く楓。


 「金なんてそこら辺の山掘ったら出てくるもん。お金が金貨な理由は、紙や鉄よか安いからだよ?金のおかげでお札なんていう手間もお金もかかるもの作る必要なくなったんだもん」


衝撃的な事実だ。


 「…じゃあ鉄は何に使うの…?」


鉄は地球では最もポピュラーで使い道の多い金属の1つだ。しかも埋蔵量も多いので安い。


 「鉄はね…魔法やドラゴンの攻撃、あ、ドラゴンの攻撃も魔法と同質だから一緒だけど、魔法を完全遮断する究極の物質なの」


まさかの最終兵器的位置づけだ。


 「それなら、ドラゴンなど恐れるに足らずだよね…」


 「そう言いたいけど…全然取れなくてね…王都の城門に使う分が取れた後はこれっぽっちも見つかってないの…ごくごく僅かに見つかったものが超高級装飾品になるくらいで…そんなの買える人間いないから、王家に献上されるんだけど…」


 「そうなんだ…金と鉄以外の金属は探していないのかい…?」


 「見つからない…多分、私たちの知識が足りてないんじゃないのかな…」


俯くリリィ。


 「えっと…電気って分かる…?」


一応聞いてみる。


 「分かんない…」


 「えっと…溶鉱炉とか…は?」


 「分かんないね…」


この国には金属を加工する技術が全くないと考える楓。金は見た目からして探しやすいし、砂金としても産出する。鉄は鉄鉱石を加工する技術が必要だが、それは無さそうなので、おそらく砂鉄を集めたのだろうと考える。


 「そっか…多分ね、この世界には地球と同じように色々な金属があると思うんだ」


プラチナなどという希少金属があるくらいだ。銅鉱石やボーキサイトがあってもおかしくないし、砂鉄があるのなら鉄鉱石だってありそうだ。


 「でも…金属ってそんなに使いやすいかな」


金貨ぐらいしか普段は金属を見かけないから、そう思うのも無理はない。


 「色々使えるよ?でも鉄が魔法を遮断するというなら、他の金属でも同じかもしれない。それに金属は武器を作ることだって出来る。ドラゴンと戦いやすくなるかもしれないよ」


 「なるほど…でも、凄いよね…こんなにずっと輝いているなんて…」


リリィが辺りを見回す。


 「あー…こんな金属は地球でも少数派だよ…?」


輝きを保つという事は、酸化しないという事だが、そんな金属は少ない。


 「そ…そうなんだ…」


 「とにかく…この部屋をもう少し調べてみるよ」


そう言いながら、壁や床などをじっくり調べる。


 「なんか…ここだけ妙に色が違うような…」


リリィが床の端っこを見つめる。


 「どれどれ…?」


楓も見てみた。確かに、その一角だけは妙に青い気がする。


 「しかもこれ…蓋なのかな…」


いかにも手を突っ込めそうなスリットが空いている。


 「開けてみようか…」


楓が蓋を外しにかかる。


ガゴッ…


低い音がして開いた。


 「なんかこれ重そうだね…」


リリィが呟く。


 「多分、色合いからしてオスミウムだね…地球では最も重いとされる金属だよ」


 「…そうなんだ…さっき言ってたプラチナと色合い似てるから、似た金属なのかな?」


 「さすがリリィ。その通りだよ。プラチナとオスミウムは白金族元素っていうグループに分けられるんだ。だから輝きを失わないし、色合いも似てるんだよ。ついでに、オスミウムは一番重いけど、プラチナも重い金属に当たるから、よく似てるんだ」


周期表を見ると、オスミウムの右側がイリジウムでその右がプラチナだ。この3つは白金族に当たる為、似た性質を持つ。楓は一般的な化学知識は当然、備えている。


 「中には梯子があるね…」


蓋を外した中に下へ向かう梯子が伸びている。その縦穴もプラチナで覆われている。


 「ここからは僕が先を行くよ」


安全を考え、楓が先行した。ゆっくりと下を目指す。幸い、梯子はそんなに長くない。


 「うわぁ…綺麗…!」


リリィが思わず叫んだ。あたり一面、虹色に輝いている。しかも、独特な幾何学模様の壁だ。


 「これは…ビスマスだね…」


その特徴から楓が直ぐに気付いた。


 「金属なの…!?これ…」


リリィがさっきの流れから金属だと推測するが、この神秘に満ちた様はとても金属と思えない。


 「ビスマスに酸化膜がつくとこんな色になるんだよ。」


よく分からない言葉が混じっているが、とりあえず、金属なのは理解できた。


 「…地球にある金属ってこんなに綺麗なのに…人間の心は汚いよね…」


しみじみ呟くリリィ。


 「例えば、こんな美しい金属があったら、リリィ達はどうする?」


楓が質問する。


 「決まってるじゃん…王族、国民みんなの物だから、鑑賞するなら皆で平等に。何かに使うなら、皆の意見を聞いて決める。」


 「それができるのがアイリスの人々。それができないのが地球の人々。」


楓が俯く。


 「できないって…どうするの…?」


 「…独占する為に、自分以外を全て排除する。要するに殺す。戦争する。」


重い口調で語る楓。


 「なんで…そんなに傷つけあうの…」


リリィには全く理解できない。


 「…じゃあ聞くよ…?この国には何人住んでる…?」


 「えっと…王都だけで1万ちょっとの筈…」


アイリス王国はとても広大な国土を持つが、人口は極端に少ないが、それはあくまで地球人の感覚だ。アイリス王国の人間からすれば王都の人口1万というのは過密都市である。しかし、王族と国民の距離はとても近い。というか王都ではご近所づきあいレベルだ。国民どうしも知り合いが多い者が多いなど、いわゆる人間同士のネットワークが出来ている。


 「僕の居た日本ですら、人口は1億いる…地球全体だと…70億いるんだ…分かり合うなんて無理な数なんだよ…」


 「そんな…」


圧倒的な数の差。想像もつかない。


 「だから、この国は本当にいい国だよ。」


楓が改めて感じた事を伝える。


 「ありがとう…楓はきっとアイリスに来るべき人だったんだよ♪」


にこっと笑うリリィ。


 「そうかもね。とりあえず、先に進んでみようか」


2人は手をつないで奥へ進んだ。


 「楓…行き止まりだね…」


一本道だったので真っすぐ来たが、またしても行き止まりである。


 「いや…かすかに隙間風がある…こっちの壁が開きそうだ…」


虹色の壁を押して見ると、予想通り開いた。


 「あれ?楓君…!?」


 「楓先輩…!?」


なんとそこにはルシアとユリアが居た。


 「お2人はどうやってこちらへ…?」


楓がすかさず尋ねる。


 「私とユリアで書庫の整理してたら、隠し通路見つかってそこを辿ったらここに。あなたたちは…?」


 「王家に伝わる遺跡から辿ってきました」


リリィが答える。


 「図書館と遺跡が繋がってるなんて…ここに来るまで何かあった?」


ルシアが考えながら尋ねる。


 「いえ…強いて言えば、地球にある物質があったくらいですけど、一本道でしたね」


 「地球にある物質ね…でも一本道でここまで来たって事は…」


ルシアが辺りを見回す。


 「むしろ、ここからが本番って感じですねっ…ルシア先輩♪」


人前ではきちっと後輩として接するユリア。


 「この壁…動きそうですよ…!」


楓がさっき開けた側と反対側の壁を押した。僅かに動いたのだが、重いせいでそれ以上開かない。


 「皆で楓君を押すわよ!」


ルシアが声を掛け、楓を手伝う。


 「もう少しです…!」


その瞬間、いきなり壁が開いた。全員そのまま倒れてしまう。


 「ちょっと…どんな仕掛けよ…ユリア、大丈夫?」


ルシアが起き上がる。


 「大丈夫ですっ」


 「リリィ、大丈夫?」


楓が心配する。


 「大丈夫だけど…変な壁というか扉…」


リリィが観察するが、特に変な仕掛けはないように見える。


 「なるほど…これだ…」


楓は壁の裏の下に黒い棒状の物がついているのに気付いた。よく見ると戸を閉じた時に黒い棒が来る位置の床にも同じ黒い物が埋め込んである。


 「これ何…?」


ルシアがじーっと見つめる。魔力は感じない。


 「これは…磁石ですね…しかも超強力なネオジムっていう金属を用いたネオジム磁石でしょう…」


 「磁石…って?」


物知りなルシアでも異世界の物は知らない。


 「磁石は鉄を引き付ける性質があるんです。それと磁石どうしも引き合うんです。それを活かした製品が地球には沢山ありますよ♪」


磁石を使った物で偉大な発明といえばモーターなどだが、勿論、アイリス王国にはそんなものはない。


 「にしても…とても強力なのね…」


 「普通の磁石はこんな強力じゃないです…強さを変えられる磁石もありますけどね…ネオジム磁石はあまりに強力なので、取扱いには注意しなければなりません。」


楓が解説する。


 「とりあえず、先へ進みましょ」


ルシアが先を進んだ。やはり一本道だ。


 「ふむ…」


楓はさっきからずっと考え込んでいる。


 「どうしたの…?楓」


リリィが少し心配する。


 「実は、今まで僕らの目の前に現れた金属は全部共通点があるんだ。」


 「そうなの…?」


 「プラチナ、オスミウム、ビスマス、ネオジム…これらは全部第6周期元素っていうグループに入るんだ」


周期とは周期表の横一列の事だ。ネオジムは欄外に記載されているが、ランタノイドとしてちゃんと第6周期に含まれる。


 「ふむふむ…」


難しい話だがリリィは一生懸命、理解する。


 「最初は金属という共通点から考えてきたけど…第6周期元素っていう見方に変えたら、他の何かが見えてきそうな気がするんだ…」


頭の中の周期表とにらめっこするが、どうもこの場にありそうな元素が見つからない。地球では有用な物が多いが、今この場にあってもおかしくないものはどれもない気がしていた。


 「でもとりあえず、先へ進もう?」


気付いたら楓は足取りが止まっている。リリィに声を掛けられようやく気付いた。


 「そうだね。行こう」


4人は虹色の壁で出来た通路を進んだ。


 「あら…また行き止まりね」


ルシアが立ち止まる。またもや壁で塞がっている。


 「あーでも、先輩、この壁、魔力防壁じゃないです?」


ユリアが直ぐに気付いた。


 「周りに合わせて擬態させるなんて、こった真似してくれるわね…」


 「魔力防壁なら、私が破ります…」


リリィが前へ出た。


 「オスクリタ・ジャヴェロット!」


リリィの声に応じて、漆黒の槍が出現する。


 「リリィ、結構この防壁固いわよ」


ルシアがアドバイスする。


 「大丈夫。私に貫けないものなんてありません」


 「そりゃそうね。楓君のハートも貫いてるもんね?♪」


ルシアがちょっと茶化した。


 「ルシア先輩…恥ずかしいです…」


 「はいはい♪」


頬を赤く染めながら、槍を構えるリリィ。楓にカッコイイところを見せたいという思いもある。


 「行きます…ペネトラツィオーネ!」


その口上と共に、投擲する。槍は一筋の黒光になり、壁へ吸い込まれる。


ズドォンッ!!!


かなりの轟音が響いた。その音と共に、防壁は崩壊していく。


 「流石ですっ!リリィさんっ」


ユリアが驚く。自分の魔力では到底できない業だ。


 「姉さまの砲撃の方が凄いですよ…」


謙遜するリリィ。姉を立ててしまうのは癖になっている。


 「リリィ。人がどうかじゃなくて自分がどうか、だよ。レイ様は砲術、リリィは槍術。全く違うものなんだから、比較なんてしなくていい」


楓がフォローする。


 「私も楓君と同じ意見ね。レイがこんな所であの大砲ぶっ放したら、この通路ごと崩れるわよ…?リリィの槍だからこそ、ピンポイントで攻撃できたの。自信持って?」


ルシアも励ます。


 「ありがとうございます…」


リリィが少し嬉しそうにお礼を言った。


 しばらく4人が歩いていると、辺りが少し霞んできた。


 「なんか…湿気を感じるわね…」


ルシアが空気の変化に気付く。


 「ちょっと温度も上がってます?」


ユリアも感づいてる。


 「なんか…お風呂っぽい…感じじゃない?楓…」


リリィが楓の方を向く。


 「…だね…というか、これはきっと…」


楓の頭には一つの結論が導かれていた。


 「見てこれ…お風呂があるわ…!」


ルシアが見つけたのはお風呂だが…


 「いえ…お風呂というより、温泉ですね」


楓が石で出来た湯船や置かれた桶を見ながら言う。まさに日本の旅館にある温泉だ。


 「温泉って…王都の外の街道とかにはありますけど、こんな所にあるなんて…」


王都と他の町を結ぶ街道には温泉旅館もある。アイリス王国では日本文化を取り入れているので、珍しい訳ではないのだが、これまで王都では温泉など見つかった例がない。ユリアが驚くのも無理はないのだ。


 「この遺跡や通路を作った人は何者なんでしょうねぇ…ほんと」


楓が思わず呆れ笑いする。


 「どういう意味…?」


リリィが尋ねた。


 「多分この温泉はラドン温泉っていう温泉です。そしてラドンというのは今まで僕たちが見てきた金属と同じ第6周期というグループに属する元素なんです。ラドンは金属ではなく、希ガスですが」


難しい話だったが、要するに繋がりがある物質という事になる。


 「でも…とりあえず、温泉だし入っていかない?せっかくだし」


ここまで来て温泉に入らず帰るというのも勿体無い。ルシアが提案する。


 「いいですねーっ」


ユリアが乗った。


 「私も入りたいです…」


リリィも賛成する。


 「えーと…温泉1つしかないんですが…僕はどうすれば…」


楓が戸惑う。


 「え?一緒に入れば?」


何を今更、という顔でルシアが誘う。


 「いいんですか…」


 「私は全然いい…」


リリィは全力で頷く。


 「私もいいですよー?」


ユリアも気にしていない。楓の人柄は皆が理解しているからこそ、こうやって一緒に温泉に入ろうという話になるのだ。


 (意外と信用されてるのかな…でも、こういうのも悪くないや)


楓は少し安心した。



 「あー…きもちー…」


ルシアが温泉につかりながら寛ぐ。


 「せんぱいとおふろ…えへへ♪」


顔を赤くしながらルシアにすり寄るユリア。


 「なんか…血行良くなってる気がする…」


つかりながらリリィは自分の体の変化に気付く。


 「ラドン温泉は疲労回復だけでなく様々な効果があると言われていますね。病気の治療に湯治として温泉に来る文化も日本では盛んなんですよー…あー…おちつく…」


リリィと背中合わせになって温泉につかる楓。疲労が一気に解消されていく感じがした。


 「にしても…アーク探ししてたら…温泉見つけちゃうなんてねー…」


ルシアが呟く。


 「にしてもこれだけの施設…誰が作ったんでしょーねー…」


楓がぼやいた。


 「ていうーかー…アイリス王国に鉄と金以外の金属があるなんて…おどろきましたぁ…」


ユリアがぼーっとしながら話す。


 「本当に、この国で見つけたものなのかな…地球から持ってきたとか…」


リリィはむしろその可能性の方があり得るんじゃないかと考えている。


 「うーん…あれだけの量のプラチナ買えるだけのお金あったら異世界なんか来なくたって、地球で一生贅沢できるから…それはないんじゃないかなー…」


楓が推測を述べる。


 「あー…これから帰るの面倒だけど…とりあえず、上がりましょ…」


ルシアが温泉から上がった。その後、皆が上がった。


 「…ここは旅館なんですかね…?」


楓が温泉の外である部屋を見つけた。布団をしまった押入れがある和室だ。


 「今日はここで泊まっちゃいましょ…もう眠くてしかたないわ…ふわぁ…」


あくびしながらルシアが提案した。


 「そうですね…結構歩いて疲れてますし…布団敷きますね」


執事として久々に腕を振るう。ベッドメイキングや布団を敷く技術は当然のように持ち合わせている。手早く4人分の布団を敷いた。


 「んじゃ…もうテキトーな場所でねましょ…おやすみ…」


ルシアが一番近い布団に潜り込んだ。


 「じゃあ…先輩と寝ますー…」


ユリアが隣に入る。


 「おやすみ…楓…」


リリィも空いてる布団に入った。


 「おやすみなさい、リリィ」


楓も布団に入った。4人とも疲れが出たのか直ぐに寝付いた。


 その夜、レイ、彩はユーリと一緒に寝ていた。こちらも情報整理で疲れていたのか直ぐに寝付いたようだ。

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