第8話 アイリス姉妹と楓の場合

 学園での色恋沙汰はアイリス姉妹と楓の耳にも入っている。ユーリも把握はしているが、特に何かするわけでもなかった。


 「恋人かぁ…」


机に肘をつきながら、レイがぼやく。


 「姉さま?」


リリィが声を掛けた。浮かない表情の姉が気になる。


 「私だって、恋したいなって思うんだよー…」


ルシアとユリア、彩とステラは最近、所かまわずイチャラブ状態なのだ。レイはそんな風な関係に憧れている。


 「姉さまは…ヒーローみたいな人が良いって言ってましたよね…」


 「そだよー…?」


 「姉さまにとってヒーローとはどんなイメージですか?」


リリィが少し真剣な顔で尋ねる。


 「うーん…私を守る為なら世界を変えてしまえるような人、かな…」


かなりスケールの大きい話だが、レイにとってはそれが本音なのだ。


 「そうですか…なかなか、ハードルが高いですね」


 「そうかもね…はぁ…」


溜息をつくレイ。


 「まぁまぁ、とりあえず紅茶でもいかがですか?」


楓がなだめる様な口調で話しかける。テーブルにティーセットの準備をした。


 「あー楓…ありがとー…」


 「いただきます…♪」


レイはテンション低め、リリィはニッコリ笑って紅茶を飲んだ。


 「それはそうと…この国では女生徒が同士でお付き合いする事は普通なのですか?」


楓がかねてからの疑問をぶつけた。


 「え?普通だよ?ていうか、男性同士もあるし…」


レイが何を今更、という顔で答える。


 「いえ…僕が居た日本では、恋人は異性同士というのが当然という文化でして…結婚は異性同士と法律で定められているんですよ」


日本人なら当然の民法知識だ。


 「…日本ってどんだけ暮らしにくい国なのよ…彩や楓から聞いた話だと、毎日息が詰まるんじゃないかな…」


 「いえ、実際息苦しいですよ?日本は。あくまで僕の主観ですが」


 「え…」


あっさり肯定されてしまい、逆に焦るレイ。


 「彩さんの日本への印象は図りかねますが、僕からすれば…本当に暮らしにくかったですね。日本人の気質と社会に馴染めない方でしたから…」


そうは言うものの、執事としてそんな事も言っていられない訳で、普段から馴染んでる風を装って来た。これがかなりのストレスになっていたのだ。


 「…そんなに普通の日本人って、心狭いの?」


 「狭いと言いますか、日本では少数派は疎まれます。常に全員が同じ意見、同じ考えを持つことが理想とされています。社会においてもそれは同じです。そして少数派は排斥されます。ですから、皆、本音を隠して、当たり障りのない意見を言ったりするんですよ。お陰で日本は自殺がとても多い国ですが」


 「最悪ね…それ…」


レイが何とも言えない表情になる。


 「え…という事は…日本の学園は軍隊か何かですか…?」


リリィが疑問を出す。


 「それに近いかもしれませんね。クラスで皆と違う意見を持つだけで先生に怒られるかイジメられるのどちらかですし。そしてイジメ問題は隠蔽して無かった事にして、健全な教育を行っていると堂々と言うんですよ。その方が世間体が良いですから。」


 「…そんな学園なら…私のオスクリタ・ジャヴェロットで粉砕する…」


 「リリィに賛成っ。私ならディストル・カンノーネでぶっ飛ばす!」


2人とも本気で武装を展開しそうな勢いだ。


 「僕もそうですけど、日本の学生なら誰でも一度は学園に隕石でも落ちてこないか、とか、嫌いな教師が首になったりしないか、とか思うものです。僕の居た高校では、嫌われていた教師の不祥事を生徒が暴いて首にしたなんていう事もありましたよ。」


 「荒んでるね…日本…」


レイはそれ以上何も言えなかった。


 「僕は日本なんて嫌いです。愛国心なんて持ち合わせていません。ですが、アイリス王国へ来て驚きました。こんなにも慈愛に満ちた温かい場所があるなんて信じられなかったんです。」


素直に本音を話す楓。


 「この国の事、好きになってくれる?」


レイは肝心な事を尋ねる。


 「はい♪こんなに優しい方に囲まれて、街の人もいい人ばかりです。今度は好きになれますよ♪」


ニッコリ笑う楓。


 「良かった♪」


 「この国があなたにとって癒しになってくれれば…♪」


レイとリリィが笑顔になる。王族として、自国が好かれるのはとても喜ばしい。


 「こちらこそ、召喚して頂いて嬉しい限りです♪」


 「そう言えば…楓はもし召喚されていなかったらどうなってたの?」


レイにふと浮かんだ疑問。


 「とある名家の執事として送られる事になっていたんですが、その名家に関しては何も分からずじまいでしたね…」


それくらいしか話す事が本当に無い。まさにブラックボックスなのだ。


 「そうなんだ…なんか怖いね…」


 「まあ…四条家で僕は要らない物扱いでしたし。最後の方は存在しないかのごとく扱われていましたからね。そんな何も分からない名家に送るにはうってつけだったという訳です」


淡々と過去を語る楓。


 「彩といい、楓といい…召喚でこっちに来る人ってなんでこう辛い事ばっか経験してるんだろう…」


彩が悲しみを見せる。


 「何とも言えませんが…やはり来るべくして来るという事でしょうか」


 「そうなんだろうね…」


こうして、1日が終わった。


 翌日、レイは彩と共に親衛隊の仕事に向かった為、いつも通りリリィと合流する。


 「今日もお疲れ様です、リリィ様」


教室まで迎えに行く。


 「ありがとう、楓…」


2人きりの時はリリィもレイと同じように名前を呼び、敬語を崩していた。


 「今日は特に予定がありませんが、いかがされますか?」


珍しく、放課後が暇なパターンである。


 「一緒に部屋帰ろう…?」


少し小声で答えるリリィ。


 「分かりました♪」


リリィの荷物を代わりに持ち、部屋へ向かった。


 「そう言えば…最近、親衛隊と姉さまの会議が長引く事多いような…」


部屋に戻るなり、リリィが思い出したように口を開いた。


 「そう言えばそうですね…きっと重要な案件なんでしょう…」


推測を述べる楓だが、実際重要な会議をしていたのだが、それはまた別の話である。


 「とりあえず…課題済ませる…」

 

 「分かりました。何かあればいつでも声を掛けてくださいね」


リリィは学園の課題に取り掛かろうとする。邪魔してはいけないと思い、楓は外そうとした。


 「あ…えっと…」


リリィが呼び止める。少し顔が赤い。


 「はい?」


 「ここに…一緒に居て…?」


恥ずかしそうな上目遣いでお願いするリリィ。


 「わ…分かりましたっ…」


あまりにも可愛らしいので、流石の楓もドキッとした。


 「ありがとう…」


 「では、僕は本を読んでいますから…何かあったらいつでも声を掛けて下さいね」


 「うん…♪」


リリィは課題に取り掛かり、楓は読書を始める。


 (リリィ様は本当に真面目だなぁ…)


時折、リリィの様子をうかがう。一度集中するとリリィの放つ気迫は中々凄いものがある。


 (…なんだろう…)


楓は何かいつもと違う感情が沸き上がっている事に気づいた。


 (…リリィ様…可愛いな…)


思わず見とれる。


 (待て待て…執事がそんな感情を持ったらダメだ…でも…)


執事としての矜持と、楓自身の本音がせめぎ合い、葛藤する。


 「楓…どうかした…?」


急にリリィが顔を上げて話しかけてきた。ちょうど課題が終ったのだ。


 「い…いえ…大丈夫ですよ…」


冷静さを装うが、どうみてもバレバレである。


 「…楓、私の事見てた…?」


じーっと見つめられる。


 「はい…すみません…」


正直に白状した。隠した所で仕方がない。


 「どーして…?」


じーーっと見つめるリリィ。


 「…リリィ様が…その…」


言葉に詰まる。


 「私が…何…?」


リリィがムスッとした顔になる。


 「…可愛くてつい…見とれてました…」


楓が目線を思わず逸らした。


 「ふぇ…私可愛い…?」


顔が真っ赤になる。


 「はい…とても…」


 「恥ずかしい…」


リリィは普段は冷静さを崩さないが、こうも堂々と可愛いなどと言われるとドキドキが止まらなくなる。


 「すみません…リリィ様…執事の分際でこんな事を…」


思わず謝罪する楓。


 「謝らなくていいの…凄く嬉しいから…」


 「ありがとう…ございます…」


 「ねぇ…楓…」


リリィが歩み寄る。


 「はい…?」


 「私と…お付き合いしない…?」


まさかの告白だった。


 「えっと…」


流石に戸惑う楓。


 「姉さまにも相談するけど…楓は嫌…?」


上目遣いで尋ねるリリィ。


 「僕は生まれてこの方、告白された事も、お付き合いした事もないので…どうお答えしたものか…」


戸惑いを隠せない。


 「私と一緒に居たくない…?私の事嫌い…?」


リリィなりに言い換えてみた。


 「僕は…」


 (執事に聞いてるんじゃない…僕自身の気持ちを聞いてるんだ…この子は…僕はこの子が好きなのか…?付き合えるのか…?)


自分の中で気持ちを整理し落ち着く楓。本心をちゃんと話す事にした。


 「僕は…最初に姉妹にお会いした時から、おふたりとも綺麗で可愛いと思いました。レイ様もリリィ様も、今まで見て来た女性の誰よりも美しいです。そして…執事でなければ…一目惚れで僕から告白していたでしょうね…」


静かに語る楓。


 「やっぱり…姉さまが好き…よね…」


リリィはやはり自分ではダメなのかと感じた。姉の輝きの前に、自分は霞んでしまうのだと悟った。


 「僕が…一目惚れしたのは…今目の前にいる方です…♪」


ニコッと笑う楓。少し顔が赤い。


 「え…わ…わたし…?」


いい意味で予想を裏切られる。驚きの余り、少し後ずさりしてしまった。


 「はい、リリィ様。僕は…リリィ様が大好きです♪」


 「ど…どうして…?てっきり姉さまかと…」


 楓の本音はとても嬉しいものだったが、やはり理由は気になる。


 「確かにレイ様は魅力的なお方です。でも…僕にとっては…眩しすぎるんです。でもリリィ様は…リリィ様となら…2人で一緒に輝ける気がしたんです。2人で輝いたら、きっとレイ様にも届くんじゃないでしょうか」


何とも分かりやすいのか分かりにくいのか微妙な言い回しではあるが、想いはしっかりリリィに届いた。


 「楓…ありがとぉ…」


リリィは嬉しさの余り泣いてしまった。


 「僕が…そばにいるから…僕にも兄が居て、その兄の陰に消えた存在だから…リリィとはきっとこうなる運命だったんだよ…」


初めて敬語を崩し、リリィの名を恋人として呼んだ。


 「うん…うんっ…」


リリィはレイと比べられるなどという事は無かったし、ユーリも2人を分け隔てなく愛した。それでもリリィの中には姉への複雑な感情があった。楓は聞かずともそれを理解していた。


 「とりあえず…執事が…恋しちゃっていいのかな…?」


肝心な事だ。


 「…恋愛に決まりなんてないよ…好きになったから一緒になる。それが全て…♪」


そう言うリリィの笑顔は思わず抱きしめたくなるものだ。


 「と…とりあえず…レイ様には言わないとね…執事だし…」


 「そうだね…」


 

 翌日、ユーリを交えてレイへ2人が事の次第を話した。


 「うん、いいんじゃない?」


 「ふふっ、リリィの恋人、素敵♪」


レイもユーリもあっさりと認めてくれた。


 「いやさー…最初からこうなるだろうなって思ってたんだー」


レイが続ける。


 「どういうことでしょうか…?」


 「楓を召喚して、初めて見たときに気づいたの…。リリィと似た目をしてるなって。」


その言葉だけで察した。


 「なるほど…」


 「だからさ、執事で居てほしいけど、リリィの恋人で居てあげてね?」


 「はいっ」


こういう時のレイはいつも以上に大人びている。


 「それと…リリィ」


 「姉さま…?」


レイの顔が少し曇る。


 「リリィにはきっと…私がいるせいで、色々辛い思いさせちゃったかもしれない…」


 「そ…そんな…」


 「でもね…私…リリィがいないとヤダ…」


急に子供っぽい声を出す。でも本音だ。


 「え…?」


 「私…人前で第一王女としてよく顔出すけど…ああいうの本当はイヤだもん…」


 「そうなのですか…?」


リリィが見る限り、いつもレイは公式の場で笑顔を絶やさない。本当に笑っているように見えていた。


 「私は…姉っていう風に見られたくない…」


意外すぎるセリフだ。


 「それは…一体…」


 「私はリリィあってこその私…どんな時も支えてくれて、一緒に居てくれて…私がだめぴーな時は怒ってくれて…母さまとは違うけど…私はリリィが居ないと嫌…だから、姉と妹みたいに区別されるの好きじゃない…」


 「姉さま…」


 「リリィが大好きだよ…!だから、私にも恋人ができて結婚したら、リリィと楓も一緒に…暮らそ?」


 「姉さま…私も…レイ姉さま大好き…」


2人とも涙しながら抱き合った。


 「2人とも…成長したわね…」


ユーリもほろっと涙がこぼれる。この後、姉妹と楓はいつもの自室へ戻った。


 「あ、今日は私、母さまの部屋で寝てくるから、2人で楽しんでね?姉からの特別サービスっ」


そう言いながら、レイは寝間着などを持って部屋を出て行った。


 「か…楓…どうしよう…」


リリィがおどおどする。


 「ど…どうしたの…?」


 「ふ…ふたりきりだよ…」


 「う…うん…」


恋人として意識すると2人ともガチガチに緊張してしまう。


 「ふわぁ…」


緊張はあっても眠気には勝てない。


 「今日はもう寝ようか…僕も眠いし…」


 「うん…えっと…一緒に寝よ…?」


 「分かったよ…」


リリィは寝間着に着替える。楓も寝間着に着替えた。


 「そう言えば…誰かと寝るのは初めてだなぁ…」


ベッドに入りながら楓が呟く。


 「え…?お母さんと寝るとかなかった…?小さい頃とかさ…」


リリィは小さい頃はいつも、今は時々だがユーリと寝ていた。レイと寝る事もよくある。


 「僕の親が、僕を愛する訳ないさ…昔から1人で寝ていたよ。一時期、物置で寝ていた位だしね。兄はすごく愛されていたけど」


楓の親は兄と楓を徹底的に比較し、劣る楓を目の敵にしてきた。そんな過去を思い出しながら答える。


 「そっか…私なんかが最初になっちゃうんだ…」


 「リリィ。僕は君に恋してるんだよ?私なんか、なんて言わないで?僕にとって、大切な人なんだからさ」


そう言いながら、頭を撫でた。


 「楓…」


 「リリィ、ずっといっしょ…」


そう言いながら、楓は寝ついてしまった。普段の疲れも出たようだ。リリィもその後直ぐに寝ついた。


 翌朝、リリィと楓は一緒に登校する。


 「えっと…いってらっしゃい♪」


 「うんっ…♪」


リリィを見送り、楓は自分の教室へ向かった。


 「おっはよー♪初めての夜はどうだったぁ?」


ニヤニヤ笑いながらレイが尋ねてきた。


 「レイ様…特に何も無かったですよ?一緒に寝たぐらいです」


 「えーそうなの…?もっとさ、いちゃいちゃしなかったのー?」


 「してませんよっ!!」


慌てて答える楓。


 「えー恋人なら火遊びくらいしなさいよー」


若干、不機嫌そうなレイ。


 「それ以前に疲れてたので直ぐに寝ました…」

 

 「え…あ…うん…ゴメン…」


よく考えれば、レイは楓に色々と頼んでいた。実際忙しい為、人手が欲しかったのだ。だが、それが楓の疲労にも繋がっている。


 「いえ、僕はレイ様の執事ですから」


きりっとした顔で襟を正す。


 「えーと…そうだ!私の事より、リリィの事優先してあげて?」


 「よろしいのですか?」


主の指示とはいえ、確認する。


 「うんっ♪リリィにとっては楓が必要だからさー」


 「レイ様…」


 「私も、いい人に出会えるといいなぁ」


 「きっと出会えますよっ!」


楓が励ました。


 

 その日の放課後、楓はリリィと一緒に図書館へ赴いた。


 「図書館にはどんな用事いくんだい?」


 「えっとね…借りてた本返しに…」


そう言いながら抱える本はかなり重そうだ。装丁も豪華である。


 「僕が持つよ♪」


 「あ…ありがとう…」


代わりに本を持つが、男の楓からしてもかなり重い。


 「これ…何の本だい…?」


 「えっとね…槍術の指南書。」


 「指南書ってこんなに重いのか…」


 「その本、魔力が込められているの」


 「そうなんだ…」


 「ただ…その魔力が何なのかよく分からないけどね…」


重い本を運びながら、ようやく図書館へ着いた。


 「あら…いらっしゃい」


ルシアが声を掛けて来た。


 「本を返しに来ました…」


リリィが応じる。楓はカウンターに本を置いた。


 「はい、確かに受け取ったわ。」


ルシアが記録簿に書き込む。


 「今日はユリア、居ないんですね…」


見たところ、ルシア1人だ。


 「いるわよ?私の部屋で寝てるけど…」


 「そうなんですか…」


 「勉強疲れがね。それはそうと、執事君と付き合い始めたって本当?」


ニヤッと笑いながら尋ねてくる。


 「は…はい…」


そう言いながらリリィは楓の腕に抱き着いた。


 「お似合いのカップルよ♪」


 「ありがとうございます…」


 「ありがとうございます♪」


リリィと楓が笑顔で礼を言う。


 「あ…るしあおはよぉ…」


寝ぼけたユリアが起きて来た。


 「ユリア…ちゃんと服着なさい…」


 「ふぇ…?るしあー…」


ちゅつ…


寝ぼけたユリアがそのままルシアにキスしてしまう。


 「ちょっと…ユリアっ…」


 「いいでしょぉ…」


そのまま抱き着いて離さない。


 「えっと…退散しよっか…」


 「うん…そうしよう…」


リリィと楓はそのまま図書館を後にした。


 部屋に戻り、リリィはぼーっとしていた。


 「リリィー…リリィ…?」


楓が呼び掛ける。


 「ふわっ…あ…ごめんね…どうしたの?」


 「ぼーっとしてたからどうしたのかなって…」


心配そうに尋ねる。


 「楓…大好き」


 「僕もリリィが大好きだよ?」


 「うん…」


そして黙ってしまうリリィ。


 「リリィ、大丈夫?」


やはり心配になる。しかも顔が赤い。


 「大丈夫…」


 「うーん…」


ぴとっ…


楓がおでこにおでこで触れる。


 「ひゃっ…」


思わず驚くリリィ。


 「熱はないみたいだけど…」


 「うん…へーきだよ…?」


上目遣いで見つめてくるリリィ。その目つきと雰囲気から楓は察した。


 (してあげた方がいいかな…うーん…でも、男としてリードしてあげるべきかな)


少し迷ったが、意を決した。


 「リリィ」


 「楓…?」


ちゅっ…


優しくキスした。


 「大好きだよ…♪」


 「ありがと…♪」


リリィがニッコリ笑う。その日の夜、


 「楓、抱っこして…?」


 「わかった、おいで」


楓が優しく抱きしめる。リリィの身体は細いが、とても温かい。


 「えへへ…」


可愛らしい笑顔。少し幼さが残る。


 「僕の事好きになってくれてありがとう…」


楓が撫でながら礼を言う。


 「いいんだよ…?私も楓が大好きだもん…」


 「その…好かれるのに慣れてなくて…嫌われてばっかだったからさ…」


 「これから慣れていこ?私が一緒にいるから…ここなら誰も嫌ったりしない」


リリィが楓を励ます。あんなに気が利いて、優しいのに嫌われてきたというのに納得できない。


 「そうだね…僕だって…好かれたいし。参ったな…こんな弱気な所見せちゃったよ」


 「恋人だから見せていいんだよー…」


 「本当にリリィは優しいね…実家では僕が弱音吐いたら、蔵に監禁されてたよ…」


どうも楓の優しいの基準は色々とぶっ飛んでいる。


 「そんなの当然だよ…だから、だいじょーぶ」


リリィが楓の頭を撫でた。


 「…撫でられたの初めてだ…今まで僕の頭に触れたものって…木刀か竹刀だったな…」


楓が思わず震える。


 「怖がらないでいいんだよ…私の手ならいいでしょ…?」


 「うん…ありがとう…」


そう言いながら楓は涙を流す。


 「ずっと…一緒…愛してる…」


ちゅっ…


今度はリリィからキスした。そして2人は抱き合ったまま眠りにつく。



 翌日、再びレイがニヤッとしながら話しかけようとして来た。このパターンは楓も読んでいる。


 「レイ様、昨日はキスはしましたけど、それ以上はありませんでしたよ」


先に答えを出す。


 「むぅー…イジワル…」


 「いえ、問いが予想できていたのでお先にお答えすれば問う手間を省けるかと」


楓がすまし顔で話す。


 「なんか私おバカさんみたいじゃんっ…」


 「え!?レイ様をバカ呼ばわりする者がいるのですか?どこです、そんな不届き者は!?」


わざと大げさなリアクションをとる。


 「楓のバカ…いじわる…」


レイがおとなしくなった。


 (よし…レイ様のスイッチを入れる前に鎮静化させた!)


心の中でガッツポーズする楓。勿論、表情は至って冷静。


 「本日は放課後、どのようなご予定で?」


早速、話題を変える。しかも必要な話題だ。今日はレイの予定を聞かされていない。


 「今日はちょっと母さまに呼ばれてるの。」


少し深刻な顔だ。


 「分かりました。では買い出しをしておきますね。部屋の食材が減っていますので」


 「うん、お願い」


それ以降、レイはあまり口を開かなかった。楓は何かしら、裏で動きがあるのだろうと感じているが、執事であるし、敢えて聞こうとはしなかった。


 その日の放課後は、リリィを誘って王都に買い出しに向かった。


 「ねえ…楓」


 「どうしたの?」


 「買い出しはこれで終わりだよね?」


何故か確認するリリィ。


 「そうだね。これで終わりだよ」


リストアップしたものは全て買った。


 「ちょっと寄り道したいの…」


 「わかったよ♪」


2人は街の中心から少し外れた場所へ向かった。


 「楓、目を閉じて?」


 「う…うん」


楓が目をつぶる。リリィは楓の手を引いてゆっくり歩いた。


 「はい、開けていいよ」


 「うん…って…ぇ…」


目の前の景色に驚いた。王都の中にこんな場所があったのか。


 「ここはね…王宮管理の花畑なんだ。夕日が差し込んで、ここから見ると、花が輝いて見えるの…♪」


 「すごくきれいだよ…」


 「姉さまや母さまにも内緒にしてた秘密の場所なんだ…♪」


 「そうなんだ…日本では見かけない花だなぁ…」


 「あれはね…アイリスの華って言うの。王家に代々、苗が受け継がれてきた、由緒ある花なんだよ」


アイリスの華は夕日の光を受けて綺麗な輝きを見せる。姉妹の髪と同じ、美しい黄色の輝きだ。そしてよく見ると、花びらがどことなくカエデに似ている。ちょっと不思議な花だ。


 「…本当にきれいだ…」


あまりにも美しい為、それ以上の言葉が出て来なかった。


 「丁度、見ごろだから、見せたくて…」


リリィが少しドキドキしながら話す。


 「ありがとう…リリィ。でも…こんな美しいものを見せられて、僕は何を返してあげたらいいんだろうね…」


何かお礼がしたい。でもこのアイリスの華に見合うものなど全く思いつかない。


 「…いいの。楓が一緒に居てくれたら…♪」


リリィは何もお返しが欲しいのではない。純粋に楓に見せてあげたかったのだ。


 「リリィ…だったら、僕たち、結婚しよう…」


楓が思い切った提案をする。


 「楓…結婚って夫婦になるんだよ…?」


 「うん…恋仲だけじゃ、不十分かなって…もっと近くに居たい」


 「…私が奥さんでいいの…?」


 「リリィ以外考えられないよ」


そう言って抱きしめる。


 「楓…私…楓のお嫁さんになる…」


 「うん…ありがとう。何があっても…守る」


沢山のアイリスの華が咲いてるその様は、2人を祝福しているかのようだ。


 「私幸せ…」


 「僕もだよ…こんなに素敵な子と一緒になれるなんて…夢みたいだ…」


 「夢じゃないよ…現実だよ…♪」


リリィがニッコリ笑う。


 「生きててよかった…本当に…」


楓は今まで、自殺を何回も考えてきた。それでも、何とか思いとどまって来た。それがようやく報われた気がする。嬉しさの余り泣き出してしまった。


 「楓…大丈夫…だいじょーぶ」


優しくリリィが涙を拭いた。


 「うん…本当に…ありがとう…」


2人はしばらく抱き合ってから、部屋へ帰った。


 「楓…」


 「どうしたの?って…その恰好…」


リリィが色っぽい下着姿で話しかけて来た。


 「…可愛いかな…?」


 「もちろん…でもそんな恰好じゃ冷えちゃうよ…」


そう言いながら楓はリリィを抱きしめた。


 「ひゃ…」


素肌に触れられて少しびくっとなる。


 「…リリィ、本当にかわいいよ…」


 「あ…ありがとう…」


リリィの身体は熱く、顔は蕩けている。


 「…だいすき」


楓はゆっくり優しく、ベッドに押し倒した。


 「かえで…」


 「なんだい…?」


楓もベッドに上がる。


 「愛して…ね?」


 「もちろんだよ…」


チュッ…


楓がリリィの唇を奪う。2人は夢中で舌を絡めあった。


ぷは…


 「かえで…だいすきだよ…」


 「僕も大好きだからね…」


 「…もっとおねがい」


リリィがおねだりする。


 「わかった…今夜は寝かせない…」


こうして2人の熱い夜が過ぎて行った。


 翌朝、楓が先に起きる。


 「リリィ…本当に可愛い…」


 「かえで…?」


その声で目覚めるリリィ。


 「あ…起こしちゃったかな…」


 「いいの…そう言えば…今日は臨時休校だったよね…」


リリィが思い出す。何故か今日は女王の勅命により、王立魔導学園ならびに関連施設は全て休業となっているのだ。


 「そうだけど…」


楓が不安そうな顔をする。


 「どうかした…?」


 「レイ様やユーリ王、彩さんの最近の様子が気になるんだ…」


レイや彩とは同じクラスだが、2人は最近何か考え事をしているかのようだ。それに口数が異様に少ない。ユーリとは時たま、会ってはいたが前のような優しさがあまり感じられない。何かを抱えているようだった。


 「私もそれは思う…でもね…」


 「でも…?」


 「ちゃんと必要になったら教えてくれると思う…今は、まだ話す段階じゃないんじゃないかな…」


リリィは姉や母、彩を信頼している。言わないという事は時期尚早ということだろうと考えている。


 「リリィがそう言うなら…僕もゆっくり待つよ」


リリィが不安そうなら何とかしなければと思っていたが、全然そうでなく、むしろポジティブだった。


 「うん…♪楓…抱っこして…?」


甘えるリリィ。


 「わかった♪」


下着姿のリリィを抱きしめる。


 「楓にこうされると…すごく落ち着くよ…」


 「僕も…リリィを抱きしめると…安心するんだ…」


顔が赤くなる。お互い恥ずかしい。


 「…今日休みだし…ずっとこうしてよ…?」


 「いいの?出かけたりしなくて…」


 「…楓に抱っこされてたいの…」


 「リリィがそう言うなら、いいよ♪」


 「…えへへ。あったかいし…きもちいい…」


 「リリィは甘えんぼさんなんだねー」


 「楓だけにだよ…?」


 「そっか…♪」


普段は絶対見せない顔だ。それが見られる事に楓は幸せを感じる。


 「楓…」


 「リリィ?」


 「私のカラダは楓のものだから…好きにしていいんだよ…」


その言葉に思わずむせた。


 「り…リリィ…急にどうしたのさ…」


 「もっと楓を感じたいから…身体熱いの…」


その様子を見て楓は色々と察した。


 「本当にいいのかい…?」


 「いいの…」


 「わかったよ」


楓も腹を括った。そして、リリィの身体を精一杯、愛する。



 昼間になっても2人はずっと愛し合って、お互いが疲れ果てる頃には夜になっていた。


 「かえで…すごいよ…」


汗だくでクタクタのリリィが呟く。意識が半分吹っ飛んでいる。


 「リリィこそ…かわいいし…すごかった」


楓も体力がすっからかんで動けない。


 「きょうはもうねる…」


汗だくでシャワーをと思ったが、身体が動かない。


 「早起きして登校する前にシャワーしようね…」


楓もそのまま寝る事にした。翌朝、予定通りシャワーを済ませた2人は登校する。楓が教室へ入るとレイと彩は既に着席していた。


 「おはよう、楓」


いつものレイではなく、王女モードの真剣さ、むしろ何か緊張しているようにも見える。


 「おはようございます、レイ様」


朝の会話はそれだけで終わった。彩に至っては、一言も口を開かなかった。やはり、知らないところで何かが動き出している。楓はどうしても気になった。


 「あの、レイ様」


 「なに?」


 「最近、何か問題が起きたのですか?」


 「否定はしないわ。でも、楓は未だ知らなくていいこと」


キリッとした声で答えるレイ。


 (やはり何か起きているのか…未だ知らなくていいという事は、いずれ知らされるのかな…)


レイの言葉を冷静に受け止める。


 「分かりました。余計な事をお聞きしてすみません」


 「気にしないで」


その場はそれ以上、聞き出すことを止めた。

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