第7話 隊長の背中を追って

 ユリアの件が解決し、いつも通りの日常が戻って来た。


 「いやぁ…母様を本気で怒らるなんて…」


 「ホントにねー…」


レイは彩とティータイムを楽しんでいる。ルシアとユリアの件を全て彩が話した。


 「それと、2人が付き合い始めたっていうのが、私としては興味深いかな?」


レイも年頃の女子だ。コイバナとなれば気になる。


 「あの2人は気が合うし、それにルシアちゃんと一緒に勉強できる子なんて、ユリアちゃん位しかいないでしょー…」


彩が苦笑する。


 「そうだね…ユリアの真面目さは多分、アイリス王国でトップかもー…」


王女のレイが言うのだから、誇張でも何でもない。


 「あれ?そう言えば今日は楓君居ないの?」


先ほどから気になっていたが、執事の楓の姿が見えない。


 「今日はリリィと買い出し頼んでるのよっ」


 「そっか、それならいいの。ねぇ、ついでに聞くけどレイちゃんは恋人はどんなタイプが良いとかあるの?♪」


にっこり微笑みながら尋ねる。その瞬間、


ブホッ…ゲホッ…


レイがむせた。慌ててティーカップを置く。


 「い…いきなり何聞いてくるのよーっ…!」


涙目になりながら憤慨する。


 「えー?ルシアちゃんとユリアちゃんの恋仲を結構気にしてるみたいだし、もしかしたらレイちゃんもそろそ恋人見つけるのかなってね」


全くの推測を述べたが、意外と当たっている。


 「恋人なんて、まだ見つけてる訳ないでしょ…」


 「じゃあタイプはー?」


何かを聞き出そうしてる彩。


 「うーん、私は頼れるヒーローみたいな人が好きかな?」


 「レイらしいねっ。あ、そろそろ親衛隊の仕事あるから行くね。」


彩が席を立つ。


 「またねーっ」


レイが微笑みながら見送った。彩は道すがら、少し複雑な気持ちになる。


 (私が恋なんて…許されないわよね…きっと…)


自分で自分を責めてしまう。普段、人前では明るく元気に振る舞っているが、彩も悩んでいる事はあるのだ。


 (ダメダメ…!私が暗くなったら皆が心配しちゃう!)


鏡を見ながら、気を持ち直す。そしてこの日の親衛隊の会議に出席した。



 会議が終わった後、彩は自室に戻る。夕飯の時間だが、食欲が全く湧かない。最近、ずっとこんな調子だ。その身体に秘めている魔力が桁違いに多い為、生命維持に支障は出ないが、それでも不健康なのは間違いない。


 「ねえ彩…」


パルトネの姫華が声を掛ける。マスターの体調が不安だ。


 「姫華…?」


 「最近、独りの時間増えてるよね…どうしちゃったの…?」


姫華は彩をよく見ている。前は、暇さえあれば王都へ出向いたり、学園を散歩したりとアクティブな生活をしていた。ところが、最近はとにかく部屋にこもりがちだ。アイリス姉妹や楓とは会うものの、前より時間が減っていたりする。


 「気にしないで」


絞り出すような声で答える彩。


 「せめて私には話して欲しいよ…」


姫華が肩に手を添える。


 「今日はもう休む…」


彩は服を脱いだ。ここのところ、部屋の片づけも全くしていない。日用品から服まで散乱し放題だ。ベッドに入り、毛布にくるまる。そのまま丸くなって寝た。まるで猫みたいだが、姫華からすると何かに怯えているようにも見えた。


 翌日、朝、彩は何とか目が覚める。最近の目覚めの悪さには割と困っていた。


 「おはよっ!支度して教室行かなきゃ…!」


姫華が出来る手伝いをする。


 「うん…」


本当はずっと部屋にこもっていたい。でも、こんな自分を知られたくない。鉛のように重い体を何とか動かして、朝支度を済ませた。制服を着て、親衛隊長のマントを羽織る。動作の1つ1つがしんどい。朝食は食べる気がしなかった。


 「彩…」


 (パルトネなのに何も出来ないよ…私…)


姫華はどうすれば良いのか全く分からなかった。パルトネはマスターに従わねばならない。勝手な行動は出来ないため、誰かに相談するという訳にもいかない。彩がこんなにも辛そうなのを知っているのにどうしようもない、無力感に包まれる。


 「とりあえず…行かなきゃ…」


何とか準備を終えて、部屋を出た。その瞬間から、いつも通り笑顔を作って気丈さを装った振る舞いをする。


 「おはよっ!」


教室へ入っていった。いつも通りのメンツが揃っている。レイ達とは仲良しだが、今の彩は孤独を求めてしまっている。そんな気持ちを押し殺しながら、いつも通りの『彩』で居続けるよう意識した。



 その日の放課後、彩は用事もないので部屋への帰り道を歩いていた。ふと窓の外を見ると、グラウンドに見慣れた女生徒がいる。


 「スパーダ・アイリス!」


高らかに宣言すると、見事な美しい剣が出現する。バスターでなくては扱えない武装だ。剣を構え、魔力を高める。


 「ファタリタ・コンヴィンツィオーネッ!!!」


その叫びと共に剣を振り下ろす。


ズドォオオオンッ…!!!


激しい地鳴りが響いた。土煙が引いた後には一直線に地面が割れているのが確認できる。


 「…腕上げたなぁ…」


彩が感心する。


 「今…模擬戦なんてやったら、私負けるかもね…」


そんな弱気の独り言を呟いてその場を去った。一方、グラウンドでは汗を流す女生徒が帰り支度をしている。


 「もっと強くなって、隊長を守らなきゃねっ…」


彩を慕う、親衛隊副隊長のステラ・ソレイユ。1年生にして副隊長を務めるその腕は確かなものだ。


 (うー…汗すごいしシャワーしてこ…)


時間さえあれば訓練を欠かさない。座学の成績はイマイチなのだが、実技はピカイチだ。ユリアとは全く正反対である。シャワーを浴びて、髪を乾かしていると、親衛隊の隊員が入ってきた。


 「副隊長、少し良いですか?」


 「もー…そんな固くしないでくださいよー…?」


1年生にして副隊長を務めている為、隊員は基本、年上だ。敬語を使われる事に相変わらず慣れていない。ステラ自身は誰に対しても基本は敬語で話す。


 「いえいえ。皆、副隊長の実力を尊敬しているのです。当然の敬意ですよ」


実際、親衛隊の中で唯一、彩と模擬戦を行って張り合えるだけの実力を持っている。その時点で既に規格外の実力だ。ステラの魔力は2500だが、彩は10000ある。単純にいえば4倍の実力差があるのだが、それをセンスと技術で補うステラを皆はとても尊敬している。バスターでもスレイヤーに並べるんだという、皆の自信を生み出し、士気を上げているのだ。


 「もー…それで用事はなんですかー?」


可愛らしい声で尋ねる。まだ1年生なので、あどけない所もある。それがまた人気の理由でもあった。


 「女王陛下が時間が空いたら来てくれ、との事です。」


 「伝えてくれてありがとですっ」


女王の呼び出しとあらば、時間が空いたらなどと悠長な事は言ってられない。超特急で支度し、部屋へ向かった。ドアをノックする。


 「はーい、どうぞー」


ユーリの声がした。


 「親衛隊副隊長、ステラ・ソレイユ。参上しましたっ」


敬礼するステラ。


 「なんでこう…皆、私と距離置いちゃうのかなぁ…」


ユーリはもっとフレンドリーに周りと接したい。


 「や…やはり、女王陛下ですからっ!」


緊張気味のステラ。


 「ステラちゃん」


じーっと見つめるユーリ。


 「は…はいっ!?」


冷や汗が出るステラ。


 「もっとさー、肩の力抜いて?私は確かに女王だけど…私だってね、皆と仲良くしたいのよ?」


 「ユーリ様…?」


ステラはその言葉にリラックスした。


 「むぅ…お母さんでもいいのにー…」


 「え…!?え!?」


流石にそのセリフには耳を疑った。


 「私ね、女王って国の母だと思ってるの。だから、皆からお母さんって呼ばれるような女王になりたいなって。」


日頃からの目標を語るユーリ。実際にお母さんと呼べるかはともかく、母らしい愛情と優しさに癒されている者は多い。


 「お母さんですか…」


少し考え込むステラ。


 「でも、ステラちゃんは実家にご両親いらっしゃるのよね?」


 「ええ。元気に畑をやってますねっ」


ソレイユ家は所謂、由緒ある豪農だ。王都の外にある畑は大抵、ソレイユ家の所有する土地である。国の食料を支えているという意味で、王宮内でも地位が高い。王宮関係者は基本的に王都へ住むことになるのだが、ソレイユ家だけは邸宅を王都外へ構えるのは、ステラの父親である当主自ら畑を見回ったり、耕したりと農作業に勤しむ為である。


 「ご両親がいらっしゃれば良いのだけど、いない子もいるからね…特にこの学園は…」


ユーリが特に心配するのは、魔導学園に通う生徒で親が居ない生徒だ。


 「…そうですね」


ステラが俯く。この学園に居て親が居ないという事は、基本的にドラゴン戦での殉職なのだ。心に傷を負ったまま、親と同じように竜狩人を目指す者は少なくない。自分の親が元気で幸せな生活をしているという事実にたまに申し訳なさを感じるステラ。


 「ねえ、ステラちゃん。人ってさ、愛されて優しくされたいものだと思うの」


ユーリがゆったりとした口調で話す。


 「私もそう思いますっ。小さい頃から私もお母さんに甘えてましたっ」


 「でもね、自分の子を愛さない親もいるのよ…」


その言葉に身近な心当たりがあった。


 「隊長…」


まさに彩の事だ。彩が親に虐待されていた事は知っていた。


 「最近の彩ちゃんに変わった事ない?」


ユーリが尋ねる。


 「特に無いと思いますよ…?親衛隊でもいつも通りですし…」


ステラなりに答える。


 「レイがね、彩は絶対何か隠してるよ、って言ってて…」


親友のレイはいつも通りに振る舞う彩から何かを感じていたようだ。


 「レイ先輩がですか…」


ステラも2人の仲の良さはよく知っている。


 「だから、些細な事でも何か気づいた事ない?」


もう一度、最近の彩を思い出す。


 「そう言えば、最近一緒に出掛けてないですっ」


最近の彩は先に帰ってしまうからだ。


 「そっかぁ…やっぱり閉じこもってるのかな…」


 「隊長の親って本当に酷い人ですよね…」


彩の親がしてきた事は到底許されない事はステラもユーリも知っている。


 「彩ちゃん、やっぱり癒してあげないと…今は膨大な魔力だけで体がもってるだけだと思うの…いくら桁違いに多いと言っても限りがあるわ…」


ユーリの心配は絵空事でも何でもない。実際、彩は最近まともな食事も休息もとっていない。もし魔力が切れたらどうなるか考えるまでもない。


 「親が子を愛さないって…どういうことなんでしょうね…」


 「私もよく分からないわ…」


ステラは親にとても愛されて育った。ユーリはレイとリリィに惜しみなく愛情を注いでいる。虐待する親の心境など想像もつかない。


 「隊長がいた世界は…恐ろしいですね…」


ステラはブルッと震える。


 「前に聞いたわ…アイリス王国は平和で人々に優しさが満ちているって…彩ちゃんが居た世界は、人同士で殺しあって、常に争いが起きているって。」


彩に聞いた話を思い出す。


 「…地獄か何かですか…」


アイリス王国出身の者からすれば、そんな感想が飛び出すのも無理はない。


 「子育ても、競争なんだって聞いたわ。自分の子をいかに他人の子よりも優れた子にするかの」


 「…何ですかそれ…子は親の道具ですか…」


ステラはあまりにも残酷な現実を知り、怒りすらこみ上げてくる。


 「彩ちゃんが親に言われた言葉に、『あんたの生きた人生に価値なんかない』っていうのがあったんだって…」


 「信じられないですね…」


世の中にそんな事を言える親が居る事が信じられない。それでも居るのだから恐ろしい。


 「彩ちゃんがこっちに来た時は、いつも独りでね…見かねた私が抱きしめてあげたことがあったわ…」


その時の彩は12才。年齢的にまだまだ子供なはずなのに、とても大人びていた。虐待され続けて、過剰なまでの現実主義になっていた。そして誰も信じようとしなかった。ユーリは何も言わず、抱きしめて、何も聞かなかった。そうする内にいつの間にか、彩から心を開いていったのだ。


 「そうだったんですか…」


 「うん…だから、また彩ちゃんが独りになっちゃうのは…ダメ。」


ユーリが真剣な顔で話す。


 「私は…ずっと隊長の背中を追って来ました。強い隊長に憧れて、親衛隊に入りました。でももう…追いかけるのはやめます…!」


ステラは何かを決意をしたようだ。


 「じゃあどうするの?」


 「追いかけるんじゃなくて…隣を歩きますっ!」


それが答えだった。


 「うん♪それがいいわっ」


ユーリも笑みを浮かべる。


 「とりあえず…隊長の体が心配です…」


ステラが不安さを顔に出す。


 「ちょっと部屋へ行ってみましょ…?」


ユーリが立ち上がる。


 「そうですね…」


2人は彩の部屋へ行った。



 ドアをノックするが返事がない。


 「隊長…」


 「彩ちゃん、入るわよ」


構わずユーリがドアを開けた。


 「っ…」


ステラが絶句する。部屋があまりにも散らかっていた。ゴミもそのまま放置されている。


 「彩ちゃーん」


ユーリは気にせず声を掛ける。


 「…なんですか…」


毛布を頭から被った彩が返事する。その表情は普段の明るさから想像も出来ないような暗さだ。


 「ちゃんと服着なきゃ…冷えるわよ?」


下着姿で毛布を被っている。ユーリがそばへ寄った。


 「別に…どうでもいいでしょう…」


 「どうでも良くない。彩ちゃんが最近、しんどそうだなって思って来てみたの」


 「放っておいて…」


彩が顔を逸らせる。


 「あらあら…とりあえず、部屋を掃除しちゃうわね。ステラちゃん、手伝ってー」


 「は…はいっ!」


なんと女王自ら掃除をすると言うのだ。


 「まずはゴミ出しから」


手際よくゴミをまとめる。


 「あ…あの、なんでユーリ様自ら!?」


手伝いながらステラが尋ねる。


 「言ったでしょう?私は国の皆のお母さんって。娘が辛くて閉じ籠っちゃったら、一緒に居てあげなきゃ。辛くて片付けが出来ないなら、手伝ってあげなきゃ。」


まるで彩の母親なんだから当然、という風だ。もっとも、こんなにも優しい母親ならば、彩もこんな事にはならないが。


 「ユーリ様は…理想のお母さんって感じがしますっ」


 「そう?ありがとね♪」


実に手際が良かった為、部屋は直ぐに綺麗になった。


 「彩ちゃん…大丈夫よ…♪」


ユーリは特に何も聞こうとはしなかった。話したいと思ってくれるまでゆっくりと待つ。頭を撫でて抱きしめた。


 「ふわぁ…私…そろそろ眠いです…」


ステラが欠伸しながら呟く。


 「そろそろ寝よっか?」


ユーリは彩と一緒に寝るつもりだ。


 「ユーリ様は泊まられるのですか?」


 「もちろんよ?ステラちゃんも来なさいなー」


手招きする。


 「じゃあ…お言葉に甘えて…」


寝間着を持って来ていないので、下着でベッドに上がる。


 「それじゃあ、おやすみなさいねっ」


ユーリは彩を抱きしめたまま、眠った。


 「隊長の身体…」


ステラも彩に抱き着いて眠る。少しドキドキした。


 

 翌朝、最初に目覚めたのはステラだ。


 「ユーリ様も隊長もまだ寝てるかぁ…」


まだ朝早い為、無理もない。


 「もっと抱きついてよっと…」


彩の身体に抱きつく。白い肌はとても綺麗だが、体は細い。


 (隊長は…どんなに辛い思いしてきたんだろう…)


自分は愛されて育ったので、どうしても彩の辛さが想像し切れない。


 (でも…私だって隊長の力になりたい…)


副隊長として、後輩として彼女を支えたい。その決意を胸に、再び寝ついた。


 「あら…目が覚めた…?」


ステラが二度寝してる間に彩が起きる。ユーリもちょうど起きていた。


 「ユーリ様…」


 「元の世界での辛い事、思い出しちゃった…?」


実は彩は時折こうなってしまう事をユーリは知っていた。


 「はい…」


彩が俯く。


 「やっぱり…彩ちゃんには癒しが必要よ…」


 「ですが…」


彩は親衛隊長として、ユーリに何かと遠慮しがちだ。


 「とりあえず…私にいちいち敬語とか使わなくていいからね?ユーリって普通に呼んでくれていいのよ?」


 「それは流石に…」


 「…お願い、って言葉で済ませさせて…?」


 「わ…分かりました…ゆ…ユーリ…」


 「うんっ♪」


にっこり笑うユーリ。彩は何とか笑みを作ろうとしていたが、やはり表情は暗いままだった。


 「えっと…私、この後執務があるから先に戻るわね…?ステラちゃん起こしてあげてね」


ユーリはベッドから出るとそのまま部屋を後にした。実際、執務の予定はあるのだが、あえて彩とステラを2人きりにしてみようという想いもあった。いくらユーリが優しいと言っても、彩は親衛隊長で自分はその上司たる女王だ。いくら頑張っても、壁はできてしまう。


 「あ…隊長…」


ユーリが出て行った後、ステラが目覚めた。


 「ステラちゃん…ごめんね…?心配かけて…」


 「隊長のバカ…」


 「ひゃぁっ…」


ステラは勢い余ってそのまま、彩を押し倒してしまう。


 「隊長は…私の事嫌いですか…?」


上に乗っかりながら、彩の両手を握る。


 「そんな事ないわよ…」


 「だったら…もっと頼ってくれてもいいじゃないですか…」


涙目で話すステラ。


 「…迷惑かけたくない…それに…私が弱み見せて…怒られたくない…」


彩も涙目で本音を漏らす。


 「誰も怒らないですっ…!怒るなら…こんなに心配しないんですっ…!」


 「でも…怖いの…」


彩は小さい頃から、悩みや弱みは徹底的に隠してきた。そうでなくては親にとんでもない仕打ちを受けたからだ。おかげで、人には真面目で良い子と評され、親もそこには上機嫌だった。家でも親には徹底して、親の望むように成長する子供を演じ続けて来た。そこまでしても、親は虐待を続けて来た。そのせいで、極度に他人を恐れたり、信用しなかったりと孤独な生き方をするようになった。


 「私の事…怖いですか…?」


ステラが優しく問いかける。


 「…もしかしたら嫌われるかもって…いつも不安…だから…出来る隊長を見せてきたのに…こんな顔知られたら…」


彩は顔を逸らす。


 「…私にとって…強い隊長も弱い隊長も隊長なんです!どんな隊長…いえ…彩さんも尊敬してる先輩で…姉のような存在なんです!」


真剣さからか名前を呼ぶ。


 「ステラちゃん…」


彩がステラを見つめる。


 「私…彩さん大好きです…だから…ちょっとお仕置きしちゃいます…」


そう言いながら、ステラは彩の唇を奪った。


ちゅっ…ちゅ…


彩は涙を流しながら、ステラに口の中を弄られる。


ぷは…


 「す…すてらちゃん…」


 「なんですか…」


 「私の初めてなんて…欲しいの…?」


 「私だって初めてです…彩さんだからいいんです…」


 「ありがとう…」


 「でも…もうちょっと…」


ステラが足を絡めながらキスしてくる。


ちゅ…


彩もステラの口を弄った。


 「彩さん…もっと私の事頼ってくださいよ…?」


 「…」


やはり人を頼る事に抵抗がある。


 「…意外と頑固さんです…もっとお仕置きしちゃいます…」


ステラは彩の身体を撫でまわしたり、色々熱くなる事を沢山した。


はぁはぁ…


彩の熱い吐息。


 「すてら…ちゃん…」


顔は蕩け切って真っ赤になる。


 「…頼って欲しいですっ…」


彩に迫るステラ。


 「…うん…たよる…」


素直になった彩が答えた。


 「ありがとですっ…あの…1つお願いしてもいいですか…?」


胸をドキドキさせるステラ。


 「なぁに…?」


 「私の事も味わってほしいです…」


 「分かった…」


今度は彩が上に乗っかる。


んっ…


同じようにキスする2人。


 「ステラちゃんって…まだ1年生よね…」


 「はい…」


 「…大きい…」


彩が気にしていたのは胸。


 「そ…それは…」


 「…お仕置きね…」


彩が少しニヤッと笑った。


ひゃぁっ…ダメ…あぅあぅ…


その後、ステラの甘い声が響き渡った。


 お昼過ぎ、2人は汗だくでくたくたになっていた。朝からずっとじゃれていたのだから無理もない。


 「彩さん…」


 「ステラちゃん…?」


 「初めてですね…学校とか親衛隊をすっぽかしちゃったの…」


 「そうね…」


実際にはユーリが気を利かせ、公欠扱いにしていたから問題は無かった。


 「ずっと一緒に居たいですぅ…」


甘い声を出すステラ。


 「ステラちゃん…」


2人はまたもや抱き合う。汗だくだとかそんな事は気にしていない。


 「…えへへ」


 「私ね…きっと許されない事をしてると思うの…」


彩が急に真剣な顔になる。


 「…え?」


ステラが少し焦った。


 「私…元居た世界に弟を残してるのよ…」


その言葉だけで何が言いたいか大体察した。自分を虐待した親の元にまだ弟がいるという事実は彩を苦しめている。


 「そうだったんですか…」


 「でもね…呼びたくても、魔力が無いとこの世界へ召喚できないし…かといって…帰ったら帰ったでこっちが大変だろうし…」


スレイヤーの彩が国を留守にするなど、色々と都合が悪い。


 「確かに…それは大変な話です…でも、先ずやらなきゃいけない事がありますよ…」


 「え…?」


ステラのその言葉に少し驚いた。


 「何をやるにしても…先ずは彩さんがしっかり癒されてからですっ!」

 

 「そう…かしら…」


 「そうですっ…!」


 「ありがとう…ステラちゃん…」


 「来週、3連休あるので、一緒に出かけましょう!」


 「え…いいの?」


彩は人に誘われる事を避けて来た。でもステラとならば大丈夫だと思えた。


 「もちろんですっ」


 「じゃあ…行く…」


それから連休に入るまでは、いつも通り過ごした。それにかなり忙しかった。



 そして、待ちわびた連休初日の朝。


 「彩さーんっ」


学園の門で待ち合わせる2人。


 「お待たせ。」


 「彩さんの私服、可愛いですっ」


 「そういうステラちゃんこそ可愛いわよ?」


お互い私服姿を見るのは何と初めてだ。


 「では、馬車を待たせてあるので行きましょっ」


 「う…うん。というか、わざわざ泊りの用意なんて、どこ行くの?」


 「秘密ですっ」


2人は馬車に乗り込む。そして王都を出た。


 「久々に王都の外に出たけど…綺麗な景色…」


車窓に広がる豊かな自然の風景。彩は見とれていた。


 「彩さんの世界はこういう景色、ないんですか?」


ふとステラが尋ねる。


 「うーん…あるにはあるけど、平気で人間が破壊するからなぁ…」


地球での自然破壊問題を思い浮かべながら答える。


 「…本当に同じ人間とは思えない行動ですね」


アイリス王国の人々は自然をとても大切にしている。破壊など以ての外だ。しばらくして、馬車は豪華な邸宅へ到着した。


 「すごい…立派な家ね…」


彩が目を丸くした。


 「えへへ♪ここは私の実家なんですっ」


ここがソレイユ家の邸宅であり、ステラの育った家だ。


 「そうなの…凄いわね…」


 「ただいまですーっ!」


ステラは元気よく玄関から入る。


 「あら、お帰りなさい♪」


 「お母さまっ♪」


優しそうな母親が出迎えた。


 「お邪魔します。氷月彩です。ステラちゃんにはいつもお世話になっています。」


ガチガチに固い挨拶をする。


 「あなたが、ステラが言っていた彩ちゃんねっ。ようこそ♪私はララ・ソレイユ。ステラの母親です。そんな堅苦しくしなくていいからね?」


明るく陽気な母親だ。


 「彩さーん、こっちですよーっ」


ステラが呼んでいる。


 「直ぐ行くわーっ」


階段を上がる2人。


 「この部屋が私の部屋なんですけど、ここで一緒に寝ますよっ」


 「え…ちょっと…」


ステラの自室は綺麗に整理されているのだが、問題はそこじゃない。


 「どうしました?」


 「えーと…ベッド小さいわよ…?」


置かれたベッドはシングルサイズ。2人寝るには狭い。


 「抱き合って寝るから大丈夫ですっ」


 「は…恥ずかしいわよ…」


 「嫌ですかー?」


 「…そんな事ないけど」


モジモジする彩。可愛い。


 「2人ともーっ、お昼よーっ」


階下からララの声がした。


 「はーいっ!」


 「直ぐ行きます!」


ステラは元気よく、彩はどこか固い返事をした。彩は一目散に昼食の席に着いた。


 「あら、彩ちゃん、お腹すいてたの?」


ララは少し驚いた。そこまで食い意地が張ってるとは思えない。


 「いえ…呼ばれたら30秒以内に席に着く癖がついてて…」


 「あら…どうして…?」


 「…そうでないと怒られる生活をしていたんです」


さらっと言うが、どう考えても常識的な家庭ではない。


 「ほんと…ステラが言ってた通りの両親だったのね…そんな事で怒ったりしないわよ…その代わり、1つ約束して?」


 「は…はいっ」


 「この家にいる間は、私があなたのお母さんよ。だから、お母さんって呼んで欲しいし、堅苦しいのは無しね?」


 「はいっ」


 「彩ちゃんは良い子だからねー」


そんな話をしている間にステラも席に着いた。


 「お母さま、今日のお昼はなんですかー?」


無邪気な笑顔で尋ねる。


 「今日はねー、ピザよっ」


 「あ、ピザ大好き!」


思わず彩が声を上げる。


 「良かったわ♪」


こうして3人で楽しいお昼を過ごした。


 昼食後、ステラは作業着に着替えた。


 「それじゃあ、お父さまのお手伝いに行ってきまーすっ」


 「はーい、気をつけてね」


ララが見送る。


 「えーと…お母さん…」


彩が話しかける。


 「なぁに?」


 「ステラちゃんの言うお手伝いって…?」


 「それはねー、こっち来てー」


ララが2階のバルコニーへ彩を連れ出した。


 「綺麗…」


見渡す限りの畑。


 「あそこに人がいるでしょ」


指さす先に誰かが見える。


 「あ、ほんとだ」


 「あれが旦那でステラのお父さん。ソレイユ家は代々、畑仕事して王宮へ野菜とかを納めてるの。後は王都にも卸してるの。で、旦那は自分で作業するんだけど、ステラは帰ってくると必ず手伝うのよっ」


 「なんだか…そういうのっていいな…」


彩は羨ましいと感じていた。


 「どうして…?親の手伝いって普通にあることじゃない?」


ララとしては、ステラの姿に違和感を感じる事もない。


 「私の家で手伝いって…何をどんだけするか全部文書にしてサインさせられてたから…」


 「それ…親子でする事じゃないわよ…」


まるで雇用契約である。


 「私の親は私が何を言っても信用はしてくれなかったから…そうやって文書にして形にしなきゃダメだった」


 「子を信用しない親は親失格。」


ララがバッサリ言い切った。


 「生活にも決まりごとが多くて…何もかも許可制で…」


彩はそこまで言うと泣き出してしまった。あまりにも辛くて堪えきれない。


 「今まで…よく頑張ったわね…」


抱きしめて撫でる。ユーリとはまた違う家庭的な温もりがあった。彩も、今は親衛隊長という肩書を忘れて思い切り泣いた。


 ひとしきり泣いた後、彩が口を開く。


 「お母さん…」


 「ん?」


 「ありがとう…」


 「いいのいいの♪そうだ、ちょっと手伝ってくれないー?」


 「うんっ」


今度は素直に返事する。2人はキッチンへ向かった。


 「夕飯は沢山作らなきゃね。旦那とステラ、作業の後はとっても食べるからっ」


袖を捲るララ。気合が入る。まさに主婦の貫禄。


 「今夜は何を作るのー?」


 「ステーキとパスタかなぁ。」


食料庫を覗きながら答える。


 「私は何をすればいいかな」


 「えっとね…このレシピ通り材料揃えて欲しいの」


ボードに留めたレシピを見せる。


 「はーいっ」


こうして2人は大忙しで夕飯を作った。



 「ララ!帰ったぞーっ!」


 「ただいまですーっ!!」


大きな声が響く。


 「お帰りなさいっ♪」


 「お帰りなさーいっ」


ララと彩が元気よく迎える。すっかりソレイユ家に馴染んだ彩は自然と笑っていた。


 「お、我が家に増えた家族だな!俺はカルロ・ソレイユ!ララの旦那だ!」


威勢のいいイケメン男性。ステラの父親だ。


 「氷月彩ですっ!お世話になってますっ」


 「色々、元居た世界であったって聞いてるけどな!んなことは置いといてだ。ここでは俺がお父さんだ!」


ララと似たノリである。やはり夫婦だ。


 「お父さんっ」


彩が元気よく呼んだ。


 「おう!じゃあとりあえず、メシだ!」


こうして4人で賑やかにテーブルを囲む。


 「今日のパスタ、いつもとちょっと違いませんかー?」


ステラが声を上げる。


 「それはねー、彩が茹でたのよっ。」


ララが答える。


 「ほう。ララのとは少し茹でる時間を変えてるのか…」


カルロも味の違いに気づいた。


 「彩さんって、料理上手なんですねっ」


 「…え?私、いつも下手だから怒られてたんだけど…」


キョトンとした顔で答える彩。


 「待て待て。これで下手って言うか…!?彩の親が何と言おうと、今は俺とララが親だっ!そして上手だと言ってるんだから上手だっ!」


 「ふふっ。あなたの言う通りねっ」


夫婦共々、笑顔が絶えない。思えば彩はこんなに楽しい食事の時間は初めてだった。


 「私…幸せ…」


そう言いながら、涙が出た。


 「彩…?」


ララが心配する。


 「だって…説教されない食事の時間なんて…初めてで…こんな楽しいの初めてで…」


幸せという感覚の乖離に驚いた。これがソレイユ家の日常なのだが、涙する程喜ぶものなのか。


 「だいじょーぶ♪」


 「なんも心配することないぜ!」


夫婦揃って励ました。


 「彩さん、こうやって皆で過ごすっていいでしょう?♪」


にっこり笑うステラ。


 「うんっ…」


本心から笑う彩。


 その日の夜、彩とステラは狭いベッドで抱き合っていた。前の感覚が忘れられないのか下着である。


 「彩さん…」


 「なに…?」


 「私の両親の事、好きになってくれますか…?」


ステラとしては大切な質問だ。


 「うん…大好き…」


 「良かったですっ」


にっこり笑う。


 「それと…1つ気づいたんです」


 「ん…?」


 「彩さんって凄く大人っぽいときと子供っぽい時ありますよね…」


前々から薄々気づいていた。言葉の感じがどうも違う時がある。


 「なんだろね…私も自覚はあるんだけど…」


彩も分かってはいるのだが、どうにも直せない。


 「でも…それもきっと彩さんなんですっ。それに可愛いですっ」


所謂、ギャップ萌えである。しかも彩の場合は唐突にギャップが生じることが多いので可愛さ倍増である。


 「は…恥ずかしいってば…」


 「えへへ…彩さんあったかい…」


足を絡めて体をすり寄せる。


 「ステラちゃんこそあったかいわ…」


彩もすり寄った。顔がとても近い。お互いの胸もピッタリくっつく。


 「彩さん…」


 「ステラちゃん…」


ちゅ…


2人はキスして抱き合う。


 「彩さん…愛してます…」


 「ステラちゃん…!?」


急な告白に驚いた。


 「お付き合いしたいです…」


 「気持ちは嬉しいけど…今の私には無理…かな」


彩が申し訳なさそうに答える。


 「どうして…ですか?」


 「…まだ弟をクソ親から救い出せてないから…助けるまでは…お付き合いしないって決めてるの」


彩の固い決意だ。


 「弟さんが大好きなんですね…♪」


ステラもこれには納得した。


 「でも…こうやって…一緒に熱い夜過ごすのは…いいよ…」


小声でボソッと呟く彩。顔が真っ赤である。


 「彩さん…かわいいです…今夜も…愛し合いましょう…」


チュッ…


そう言いながら、ステラが再びキスした。


 「すてらちゃん…」


彩はされるがままだ。


 「えへへ…」


こうしてあっつあつの夜が過ぎて行った。朝になっても、2人はまだ抱き合ったままだ。


 「あやさん…」


 「すてらちゃん…?」


目が覚めるが、愛し合い過ぎたせいか未だに蕩けている。


 「…すごくきもちいいです…」


 「わたしも…きもちいい…」


ソレイユ家で昼間はステラがカルロを手伝い、彩はララを手伝う。そして夜は彩とステラが激しく熱い夜を過ごす。そんな3日間があっという間に過ぎて行った。


 学園に戻り、親衛隊の仕事に戻った2人。彩も元気な顔を見せるようになっていた。


 「はーいっ、今日の会議はここまでっ。各自、報告書を期日までに提出するのよー」


隊長として振る舞う時の彩は実に大人びていて、カリスマもある。


 「お疲れ様ですっ、彩さんっ」


ステラは彩の事を名前で呼ぶようになった。


 「ありがとーっ」


2人きりの時は子供っぽさが出る彩。


 「今日も2人きりですねっ…」


 「そうだねぇ…」


隊長と副隊長という役職柄、居残りは多い。


 「彩さん…」


ステラがムズムズしている。


 「どうしたの…?」


 「身体が熱いんです…」


 「え…!?風邪でも引いちゃったのかな…」


心配して額に触れた。確かに熱い。


 「彩さん…」


息が荒いステラ。


 「大丈夫…?医務室行く…?」


 「…ごめんなさい…我慢できないです…」


そう言ってステラは彩を押し倒してしまった。


 「ひゃっ…ステラちゃん…!?」


 「ふたりきりですから…」


ステラが服をはだける。そして彩の服もはだけさせた。


 「だ…だめよ…こんなところじゃ…」


彩が慌てる。


 「いいじゃないですか…ばれませんよ…」


チュッ…


お構いなしに少し乱暴に口を奪った。今までよりも激しい。


んんっ…ぷは…


 「すてらちゃん…ってば…」


彩も腰が砕け、抵抗できない。


 「えへへ…私だってこんな場所じゃイケナイってわかってます…でも…我慢できないんです…」


今まで彩に対して溜め込んでいた好きという感情がトンデモナイ方向に爆発している。


 「…すてら…ちゃん…だったら…愛して…」


彩も蕩けてしまう。


 「はいっ…きもちいいこと沢山しましょうね…」


ひゃぁっ…そこは…あっ…


彩の甘美な叫びが会議室に響いた。



 「あちゃぁ…ステラちゃんってば…意外とがっつく子なのねぇ…」


自室で一部始終を水晶玉を通して覗いていたユーリ。注意すべきか悩みどころである。


 「ま…彩ちゃんがいい方向に向かってるし、いっか♪」


意外とテキトーであった。


 「そろそろレイやリリィも恋人探して欲しいなぁ…」


ユーリとしてはむしろそちらが気掛かりだ。その頃、レイとリリィは自室で楓の紅茶を飲みながら勉強に勤しんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る