第6話 可愛い後輩、優しい先輩
ルシアが徹夜して発見した本の分析はカレンに一任された。ユーリはルシアの体調が心配だ。
「あれ…ここって…」
ルシアが目を開ける。普段自分が寝ている部屋の天井とはまるで違う。
「目が覚めたのね。心配したわよ…」
ユーリが声を掛ける。
「ユーリ様…」
ルシアは昨日の記憶が曖昧だ。本を手渡した辺りまでは覚えているが、疲労のせいかその後が分からない。
「昨日、本を渡してくれた後、私の部屋で休んでもらうことにしたのよ♪」
ユーリがにっこり笑う。
「え…では…このベッドは…」
寝心地が極上なうえに、キングサイズ。
「ええ、私のベッドよ?」
「そ…それは…失礼しました…!すぐ出ます…!」
物凄く慌てる。女王のベッドで寝る事など王族でなければ許されない。
「相変わらず堅いわね…ちゃんと休まなきゃだめよ?」
そう言いながら、ユーリがベッドに上がる。
「ユ…ユーリ様…?」
「ルシアちゃんは甘える相手いる?」
急に真面目な話を振る。
「私に甘えなど…もっと学業に励まねばならないので…」
ルシアが図書館に泊まり込んでいる理由は、本好き以外にも勉強の為でもあるのだ。その凄まじい勉強量のお陰で学園での成績は首席だ。
「そうやって…自分を追い詰めちゃダメよ…」
優しく頭を撫でる。
「ですが…両親の敵を…」
ルシアの両親は優秀な竜狩人だった。しかし、とあるドラゴンとの戦いの中、非業の死を遂げた。それ以降、ルシアは厳しく自分を律するようになった。
「分かってる。でもね?ドラゴンを倒すのはルシアちゃんだけじゃないの。他の仲間もいるのよ?だからね、自分だけで何もかも背負っちゃダメなの。」
実の母親のつもりで諭すユーリ。
「ユーリ様…」
ルシアは今にも泣きそうなのを必死で堪えていた。
「私は…ルシアちゃんの母親じゃないけど…この国の母で居たいって思ってるの。だから、お母さんって呼んでいいわよ?♪」
ユーリの優しさにルシアは癒されていく。
「…おかあさん…」
小声で呼ぶルシア。
「いい子いい子…」
精一杯抱きしめる。ルシアは今まで溜め込んでいた辛さを洗い流すかのように涙した。ユーリはずっと抱きしめて、頭を撫でてあげた。
「あの…えっと…」
ルシアが恥ずかしさ全開で口を開く。
「なぁに?」
「…たまに甘えていいですか…?」
本音が出る。ユーリに癒され、色々吹っ切れたようだ。
「もちろんよ?いつでもいらっしゃい♪」
満面の笑みで答えるユーリ。
「ありがとう…ございます…えっと…おかあさん…♪」
初めて見せる明るい笑顔だ。
「いいのいいの♪あ、体に障るから無理し過ぎちゃダメよ?」
ちゃんと注意はしておかなければならない。また倒れられでもしたら大事だ。
「はい…♪それじゃあ…図書館に戻りますね」
「分かったわ♪」
ルシアは身支度を済ませ、部屋を後にした。
図書館にある自室へ戻ったルシアは今日の仕事を確認する。本当は当直用の部屋なのだが、事実上ルシアの住処だ。
(今日は書架の整理点検ね…)
図書館は利用者が多いのだが、それ以上に本が多い。定期的に整理しておかないとトンデモナイ事になってしまう。ルシアが来た当初はあちらこちらに本が散乱しており、足の踏み場が全く無かった。
(さてと…今日はここから始めましょ)
脚立を用意し書架の本を点検する。傷んでいる本などは修繕しなければならない。ドラゴンの資料や魔法の教本などは利用者が多い為、傷みがちだ。
(…もうちょっと大切に扱えないのかしらね)
溜息をつくルシア。傷んだ本に魔力を込めると新品同様に蘇る。ルシアは魔導学園でも1人しかいない、回復魔法を使う竜狩人なのだ。これにより、実戦では支援役になるのだが、本人は前線に出られないのが悔しい。だからこそ、首席で居続け、知識で頂点に立っている。
(あれ…これ私知らない事書いてる…)
図書館を知り尽くしたルシアでさえ、新発見はある。そういう時は必ずメモに書き取っていた。日頃から知識を取り込む姿勢が身に付いている。ひとりでこうした時間を過ごすのが大好きなルシアは夢中で整理・修繕・メモ取りの3つに没頭する。
(あれ…魔導教本が全巻抜けてるわね…貸し出した覚えないんだけど…)
魔導教本は魔法の基礎を綴った参考書だ。学園入学の際に購入する指定教科書なので、図書館に置いてるものを借りる例は少ない。ルシアはカウンターに戻り、貸し出し記録を調べる。普段からきっちり記録をつけている為、誤りはない。しかし、教本を貸し出した記録がない。
(無断で持ち出せたタイミングって昨日しかないわよね…)
ルシアが居ない間を狙えたのは昨日、ユーリの部屋で寝ていた間だけだ。
(誰かしら…)
蔵書の紛失など前代未聞だ。早急に誰が持ち出したかを特定しなければならない。色々考えていた時、図書館に誰かが入って来た。
「あ…ルシア先輩っ…」
浮かない顔で声を掛けて来たのは、2年のユリア・セレーネ。
「あら…ユリア。ってそれ…」
ルシアがユリアの抱える本に気づく。まさしく抜けていた魔導教本だ。
「すみません…どうしても必要で図書館に来たんですけど…先輩がいなくて…」
「全く…ユリアったら…」
普段ならもっときつく言うのだが、ユーリに癒されて心が温かくなったのか態度も温和になる。
「す…すみません…」
「そう言えば…」
ルシアが手元の貸し出し記録を遡る。
「は…はい…?」
ユリアが緊張する。ルシアは尊敬する先輩なのだが、怒らせたりすると今までは怖かった。
「あなた…教本結構な頻度で借りてるのね…」
教本の最近の貸し出し記録を見ると、貸し出し先は全てユリアになっている。
「うぅ…」
縮こまるユリア。ルシアは問い詰めようかとも思ったが、もし自分がユリアの立場だったらという事を考えると思いとどまった。
(ユーリ様みたいに…優しさを忘れない人間になりたい…)
自分だって優しくされたい。甘えたい。ならば、人にも優しく、辛そうなら甘えさせてあげる。ルシアは逸る気持ちを抑えて、ユリアに掛ける言葉を選ぶ。ただ優しい言葉を掛けるだけでなく、きっちり事情も聞き出さねばならない。ユーリはいつも当たり前のようにやっている事だが、ルシアにとってはまだ難しい。間が空く。それでも、感情に任せて思いもよらない事を言って傷つける位ならしっかり考えたい。ルシアも根は優しいのだ。
「えっとね…?教本は学園生なら皆持っているでしょ…?だから、なんでわざわざ図書館で借りてるのか…ちょっと気になってね…?」
微笑みながら、ゆっくり話した。言葉も出来るだけ考えて、分かりやすく。語気を強めずに。
(ルシア先輩…なんか凄く優しい…何かあったのかな…でも…せっかくだし相談しよっかな…)
今まで接して来たルシアは尊敬する先輩だった。自分に厳しく、他人に厳しかった。もちろん、怖いと思ってはいたが、そんな凛々しさは確かに尊敬できた。しかし、距離感としてはあまり近くない。図書館で勉強を教えて貰う仲ではあるが、教師と生徒という感じだった。ユリアは必至でルシアに教えを請うたし、その根性をルシアも認めていたからこそ、色々教えていた。しかし、今目の前にいるルシアは今までと全く違う。尊敬する先輩と言うよりは、姉に近い気がした。前よりもっと近くに居る。だから、ユリアも勇気を出そうと決めた。
(ルシア先輩に、きっとああさせるキッカケがあって…それで先輩は一生懸命、私に優しくしてくれてるんだ…だったら私は…)
優しくされるというのは安心感を実感する事に直結する。だからこそ、優しくされた人間はそれに対して信頼で応える。今の場合なら、ユリアは悩みを打ち明ける事になる。
「先輩…実は…困ってるんです…私…」
勇気を出して打ち明ける。半泣き顔だが何とか言えた。
(ユリア…そんな顔しないで…何かあったのね…今まで気づかなかった…)
ルシアは胸が痛んだ。今まで、後輩が悩みを抱えているなど全く気づかなかったのだ。そこまで注意を払っていなかった。自分に勉強を教えてくれと頼み込んで来たユリアの事を最初はあまり何とも思わなかった。でも、ずっと熱心に通ってくる内に、大切な後輩になっていた。大切だからこそ、知識を出し惜しみせず必死で教えたし、ユリアもついて来た。でもそれ以上、ユリアの事を見られていなかった。
(…ユーリ様に抱え込んじゃダメだって言われた…ユリアは今何か抱えてるのよね…私は辛さをユーリ様が癒して貰った。だったらユリアの辛さは私が癒してあげなきゃダメよね。いつも私を慕ってくれてる後輩の為にも)
ユリアの力になってあげたい。
「何があったの…?話してみて…?」
頭を撫でてあげた。
「私の教科書とか参考書…いつも誰かに隠されるんです…」
涙ながらに答える。地球だろうが異世界だろうがイジメる人間はいるのだ。
「それは困るわね…心当たりなんて…ないわよね…?」
ユリアは品行方正な学園生だという事をルシアが一番よく知っている。3年の首席に勉強を教えてくれと頼むほど真面目な生徒は恐らく彼女しかいない。レイやリリィもユリアは本当に真面目だと評している。それでも念のため確認する。
「私…いつも実技が下手くそで…笑われて…そんなんでよく学園に居るな、なんて言われてて…」
これだけ勤勉なユリアだが、魔力の量はかなり少なく、ぎりぎりハンターというレベルだ。もし、実技のみの評価であれば落第しかねないようなレベルなのだが、座学の成績はトップクラスであり、実技の分を補って余りあるものだ。これでもし実技が出来ればレイやリリィよりも席次が上になる。
「なるほど…それでこんな事するのか…」
王立魔導学園は竜狩人を育成するのが目的な為、どうしても実技が出来る者が偉いみたいな風潮がある。その為、実技の成績が低い者をバカにする者がいるのは事実だった。
「私…どうしたら…」
ルシアに勉強を教えて貰っているのはこの為だ。実技が出来ないからこそ、座学で取り返す。ルシアも自分の魔法が戦闘に適さないからこそ知識を増やしている。ないものを別の何かで補おうとするユリアの事をルシアはちゃんと認めている。
「大丈夫よ。私がついてるから」
ルシアがユリアの手を握る。冷え切ったその手を温める。
「ルシアせんぱい…」
大粒の涙をこぼすユリアを自分がしてもらったように抱きしめる。その身体は冷え切っており、細い。
「ユリア…普段ちゃんと食べてる…?」
心配になって聞いてみる。
「最近あまり食べてないです…」
「あら…それはダメよ…」
「…部屋に戻っても嫌がらせの手紙が来てたりして…辛くて…」
ストレスから拒食状態になっているようだ。
「…しばらく私の部屋で過ごしなさい…?その方が落ち着くと思うわ」
「いいんですか…?」
「もちろんよ…♪」
ニコッと笑うルシア。安心したのかユリアはふらっと倒れて寝てしまった。
(相当疲れてるのね…今は休ませてあげないと…)
自分のベッドに運んだ。
(休ませてる間に、協力取り付けなきゃ)
ルシアはユーリの元へ向かった。
「ユーリ様!いらっしゃいますか?」
「あら…どうしたの?」
慌てた様子のルシアに驚くユーリ。
「あれ?ルシアにちゃん、どしたの?」
報告書を持って来ていた彩もその場に居た。
「あ…彩さんも…ちょうどいいですね。実は聞いていただきたいことが…」
事の次第を説明した。
「うわ…まるで、日本の小学校のイジメじゃん…運動しかできないバカが、勉強できる子をイジメるみたいな感じの…」
彩が顔を歪める。異世界に来ても、イジメというものはつくづく不愉快だ。
「ルシアちゃんが、とっても優しくなって、ユリアちゃんの事を大切にしてるのがよく分かるわ。だから、女王として協力してあげる♪」
ユーリもルシアの変化に喜んでいる。そして女王として協力するという、ルシアにとって最強の切り札が出来た。
「それでは、休み明けにお願いしますね」
「任せて!」
「ユリアちゃんの体調、ちゃんと見てあげてね」
打ち合わせを済ませて、ルシアは部屋へ戻った。ユリアは寝付いていたが、涙を流していた。怖い夢を見ているのかもしれない。
(ユリア…私ね…あんなに私を尊敬してくれるのが凄く嬉しかった…)
手を握るルシア。
(図書館でずっと孤独に過ごしていた…本当は寂しかったの…でも、私がちゃんとしなきゃお父さんとお母さんに申し訳ないって思ってて…本音を隠してた…)
手を握って温める。
(だから…最初は本当に冷たくしちゃったわ…でも、諦めずに私に向き合ってくれた…)
ユリアはルシアに教わりたい一心で必死に図書館に通って来た。
(嬉しかったわ…でも、素直になれなくて…厳しくあたって…ごめんなさいね…)
手を握りながら、ルシアも涙を流した。そして、いつしか眠気が襲って来た。
(ユリアを抱きしめて寝よう…)
その日は初めて2人で過ごす夜になった。
次の日、先に目が覚めたのはユリアだ。
「ふわぁ…そっか…今日休みだった…って私…ルシア先輩のベッドで…」
横にはまだ寝ているルシアがいる。
「はわわ…先輩…」
顔が真っ赤になる。憧れている先輩と一緒のベッドで寝ていたのだから無理もない。
「先輩の髪…綺麗…」
蒼い髪は美しさを放つ。
「ん…あら…ゆりあ…おはよぉ…」
目を擦りながらルシアが起き上がる。
「あ…おはようございますっ!ルシア先輩っ」
「…あー…今日休みだっけ…」
頭を掻きながら尋ねる。
「は…はいっ。お休みですよ!」
「そっかー…じゃあ二度寝する…」
そのまま再び寝てしまった。ルシアは朝が大の苦手なのだ。
「…じゃあ…私も…先輩と二度寝します…」
「おいでー…」
今度はお互いの顔を見ながら抱き合って寝る。
「せんぱい…」
「ゆりあ…」
抱き合ったまま二度寝した。2人とも普段から勉強などでかなり疲れが溜まる生活をしている。他の生徒は休日となると王都へ遊びに行くのが定番なのだが、この2人にとっては貴重な爆睡日和なのだ。お昼過ぎになってようやく、きっちり目が覚める。
「ふわぁ…よく寝た…」
ルシアが起きる。
「久々によく寝れました…」
ユリアも起きた。
「ねえユリア」
「は…はい?」
「一緒にお風呂入ろっか♪」
微笑みながら誘う。昨日はそのまま寝てしまったので身体を洗いたい。
「ふぇ…!?いいんですか…?」
「いいわよ…♪」
「じゃあ…入ります…」
顔を真っ赤にしながら答えるユリア。内心では嬉しさと恥ずかしさでいっぱいだ。
「ルシア先輩の身体…本当に綺麗ですね…」
お互いの身体を洗いながら話す2人。
「そうかしら…ユリアこそ綺麗よ?胸もあるし…」
ルシアとしてはユリアの胸が大きいのが若干羨ましい。
「脂肪より魔力が欲しいです…」
自分で自分を皮肉った。
「ユリアの魔力が少ないのはきっと理由があるはずよ…」
湯船につかりながらルシアは推測を述べる。
「そうなんですか…?単に私が未熟なのかと…」
「…私が直々に教えてるのよ?それで魔力が伸びないって事は何か理由があるに違いないの」
ルシアは自分の知識に自信がある。だからこそ、ユリアには何か特殊なものがあると感じていた。
「先輩…なんだか…すごく優しいです…」
思わず本音が出るユリア。
「恥ずかしいからあんまり言わないで…」
顔を逸らすルシア。2人はお風呂を出た後、昼食にした。
「ルシア先輩の部屋は本だらけっていうイメージだったんですけど…すごく綺麗ですね」
部屋を見ると本が無い事に気づいた。
「本は図書館に沢山あるからね…それに部屋まで本を入れると多分、私メリハリつかなくなっちゃうから…」
ルシアなりのけじめである。
「さすが先輩ですっ。その…実はお願いしたいことが…」
モジモジしながら話す姿を見てルシアは微笑んだ。
「なに…?♪」
「…えっと…一緒に暮らしたいですっ!!」
勇気をこれでもかと言うほど振り絞って打ち明けた。心臓が爆裂しそうな程に高鳴る。
「私でいいの…?」
ルシアとしては本当に自分でいいのか不安になった。相部屋をしている生徒は相当数居るが、大抵は同学年の仲良しだったり、あるいは兄弟姉妹だったりするのだ。レイとリリィもその例のひとつだ。
「先輩じゃなきゃヤダ…」
ユリアが子供っぽい声で答える。
「…ユリア」
「先輩…?」
お互い見つめあう。
「私ね…ユリアと居ると心が落ち着く…安心するの…」
「私も先輩と居る時間が一番大好きです…」
顔が赤い2人。
「…意識しちゃうと…ドキドキするわね…」
今までこんな経験はしたことがない。
「…私も先輩見てると…ドキドキしちゃいます…」
ユリアが俯く。恥ずかしくて直視できない。しばらく、お互い黙ったままの時間が流れる。本当は言いたいことがあるのに恥ずかしさから言えないでいた。
「…ユリア!」
先に口を開いたのはルシア。やはり先輩として先を行きたい。
「は…はいっ」
ピンと背筋を伸ばす。
「…ユリアが大好きです…だから、一緒に暮らすだけじゃなくて…お付き合いして欲しいわ…」
顔から火が出そうだが頑張って言い切った。
「…私も…ルシア先輩とずっと一緒に居たいです…だから…先輩後輩を超えて…恋仲で居たいです…」
ユリアもやはり顔から火が出る。
「と…とりあえずユリア?」
あまりに恥ずかしいので話題を逸らしてしまうルシア。
「は…はい!?」
「い…一緒に暮らすんだし…必要な荷物持ってらっしゃい…!」
「そ…そうですよね!取ってきますね…!!」
ユリアは慌てて部屋を出て行った。こうして束の間のひとりの時間が出来る。
(告白しちゃったわ…でも…好きなんだもん…もう自分を隠すの嫌…)
ルシアは自分の本音をちゃんと出せた事にホッとしていたが、やはり恥ずかしい。
(恥ずかしいけど…ユリアとならきっと幸せになれる…)
今までよりも近い関係になれた事が何よりも嬉しい。
(ユリアの魔力の事も私がきっと解明してみせる…先輩として、恋人として…)
誰よりも必死に努力しているのを知っているからこそ、魔力の低さの問題を誰よりも真剣に考えている。改めて、謎を解明する固い決意をした。
「戻りましたーっ」
大きめのキャリーバッグを引きずってユリアが戻って来た。
「お帰りなさい♪それとユリア。」
「は…はい?何でしょうか…」
ユリアがびくっとする。まさか何か気に障ったのか、不安になる。
「2人きりの時は…恋人って事だけ意識して…?だから敬語なんて使わないの」
顔を逸らしながら少し小声で呟く。
「じゃあ…なんて呼べば…」
ユリアとしてはルシアをどう呼ぶかが問題になる。恋人といえど、先輩なのは事実である上に、年上だ。
「…バカ…ルシアでいいの…」
言わせないでよ、という雰囲気で答える。
「…じゃあ…ル…ルシア…」
遠慮気味に名前を呼んだ。
「ユリア…♪」
とても恥ずかしいが、名前で気軽に呼びあえるという今の関係に2人はとても満足している。
「えっと…ルシアはこれから用事ある…?」
不安げに話すユリア。まだ慣れていない感じだ。
「特に無いけど…?」
「じゃあ…勉強を教えて欲しいな…ちょっと分かんない事が…」
いつもなら、すんなり頼むことが関係が変わると同じ事でもどこか恥ずかしい。
「いいわよ♪疑問は残しちゃダメだからね?」
「う…うんっ」
この後、いつも通り、ルシアの個人授業が始まる。一度勉強モードに入ると、2人はまるで別人のような集中力を発揮する。
「違うわ。そこは、こうするの。」
紙にペンを走らせるルシア。ちゃんとした知識を身につけて欲しい為、熱が入る。ユリアも食らいつく。
「でも、こうしたらダメ?」
疑問をドンドンぶつける。
「それは、条件が限られるでしょ?色んな状況に対応できるやり方の方がいいわ」
質問大歓迎のルシア。きっちり答える。ユリアの疑問を納得行くまで潰すのがルシアの授業スタイルとなっていた。途中で夕飯にするが、食べながらもお互い熱い議論を交わす。集中力は全く途切れない。ルシアの集中力に食らいつける人間などユリア以外にいないのだ。その後も夜が更けるまで勉強を続けた。
「ふー…今日はそろそろ終わりにしましょ…明日は登校だし…」
「そだね…いつもありがとう…」
流石に頭を使い続けたせか疲労を感じる。
「ユリアは明日、授業は実技と座学だっけ」
「そうだけど…」
「私は、司書長かつ首席で出席日数の大幅な免除があって、出なくても困らないから明日はユリアのクラス覗こうかしらね」
学園では上級生は下級生を指導できる事になっている。つまり、授業を見てユリアをイジメる犯人を探そうという作戦だ。出席日数の免除があるルシアならではの手でもある。
「ルシア…ありがとね…」
「恋人イジメられて黙ってらんないわ」
「えへへ…♪」
恥ずかしさと嬉しさが混ざり合う。
「そろそろ寝ましょ…」
「そだね…」
眠気には勝てない。
「ふぅ…」
ルシアが服を脱いで下着のままベッドに上がる。
「ルシアって下着で寝てるの…?」
ユリアが恐る恐る尋ねる。
「そうよー…?寝間着着るのめんどくさい…」
眠気混じりに答える。
「じゃ…じゃあ私も下着で寝てみるっ…」
ユリアも下着でベッドに入った。
「ユリア…可愛いのつけてるわね…」
「ルシアこそ…オトナって感じ…」
「…おいで」
「…うん」
抱き合う2人。お互いの体温を肌で感じる。
「ユリア…」
「ルシア…」
互いの名前を呼ぶ。温かさもあってか少しずつ蕩けてきた。
「…我慢できない…」
「…私もだよ…」
チュッ…
ルシアがそっとキスする。
んっ…
2人ともファーストキスだ。大好きな恋人の口をしっかり味わった。
「愛してる…ユリア…」
「…私だって…愛してるもん…」
蕩けながら抱き合って、キスして…。
「ユリアの胸…大きくていいなぁ…」
改めて見るとやはり大きい。
「…ルシアだって…すごく綺麗な胸だよぉ…」
ユリアに言わせれば、ルシアの方が綺麗でバランスが良い。
「ゆりあ…」
「るしあ…?」
身体が熱くなる。その後の記憶は余り残らない程、愛し合った。
翌朝、2人は抱き合ったまま目が覚める。
「おはよー…ユリア…」
「ルシア…おはよぉ…」
昨晩の記憶が曖昧だが、とても幸福感に包まれていた。
「とりあえず…私は支度するー…」
ユリアはベッドから出る。
「私は私で支度しなきゃ…」
慌ただしく準備する2人。
「じゃあ私、授業あるから行くね。いってきまーす」
「いってらっしゃい…♪」
ルシアがユリアを送り出す。その後、図書館のカウンターに入り、書類を書く。
(とりあえず、今日は臨時休館ね…)
書類を仕上げた後、図書館を出る。大扉の施錠を確認し、臨時休館の札を下げておく。その後、ユーリの元へ向かった。
「おはようございます、ユーリ様。」
「おはよう、ルシアちゃん。うーんでもやり直しっ」
ちょっといたずらを仕掛けるユーリ。
「え…えっと…おはようございます…おかあさん…」
察したのは良いが、恥ずかしい。
「はい、よくできました♪」
意外とユーリはお茶目である。そう言えば…レイもこんな感じだったと思い出すルシア。
「おはよーでーす…ふわぁ…」
欠伸しながら彩が入って来た。
「おはよう、彩ちゃん」
「おはようございます、彩さん」
「さてさて、揃ったし早速始めましょ」
ユーリがそう言いながら、戸棚から大きな水晶玉を取り出した。代々、王に受け継がれる秘宝だ。
秘宝と言う割には水晶玉としか呼ばれないシロモノだが。
「この水晶玉見るのは久々だなぁ」
彩が呟く。
「まあ…これ使う事が普段ないもの…魔力を込めると任意の場所を覗き見る事ができる水晶玉だしね…」
「何というか…使い方次第ですよね…コレ」
何かを察したルシア。
「そうなのよ…旦那が若い頃に、レイとリリィのお風呂を覗いたり、私のお風呂を覗いたりしてたわね…」
ユーリの旦那というと先代の国王になるが、国民達の絶大な支持を得ていた。圧倒的なカリスマで国をリードした希代の王であったのだが、ユーリの今のセリフでイメージにヒビが入る。
「でも今回はちゃんとした使い方だし大丈夫大丈夫っ」
彩はいつでもポジティブ。
「そうね。とりあえず、ユリアちゃんの教室を映し出すわね」
ユーリが魔力を込めると、そこには授業中のユリアのクラスが映った。
「流石…ユリア。ノートに書いてる内容が他の生徒よりも細かいわね」
ルシアが頷く。自分が教えている事をきっちり実践してくれている。
「いやー…あの子の真面目さは半端じゃないよねぇ…というかルシアちゃんに個人教授頼むとか、いい意味でぶっ飛んでるよ…勝てる気がしないわ」
流石の彩も座学のみで勝負となるとユリアに勝てる気が全くしない。スレイヤーにここまで言わせる時点でユリアの座学における成績は異次元レベルなのだ。
「いやー…あの子、ほんと凄いわ…レイやリリィも座学だけで席次決まるなら絶対負けるって成績発表の度に言ってるのよ?」
ユーリもユリアの実力はよく知っている。レイやリリィもちゃんと勉強しているのは知っているが、その上を行っているのだ。
「とりあえず、授業中は動きがないわね」
ルシアが教室中をよく見るが、特に何も起きていない。その後、実技の授業に移る。ユリアは真面目なので誰よりも先に教室を出て、グラウンドに向かう。
「ねぇねぇ…ユリアってさ、魔力無いくせに何あんな必死になるんだろうね?」
「さぁー」
「実力無いくせにこの学園に居るとかムカつくわ。なんであんなのがいるんだろ」
ユリアが出て行った後の教室での会話は聞くに堪えない。
「こいつが犯人か…」
鬼のような形相で水晶玉を見つめるルシア。憤怒のオーラを撒き散らしている。
「こんなのが同学年とか…嫌だわー…マジ引くわー…」
まるで日本の女子高生のような口調の彩。
「見て…この子、ユリアちゃんの机から教科書抜き取ったわ…」
ユーリが決定的瞬間を目の当たりにした。
「こいつ…ふざけんな…」
ルシアの怒りが頂点に達していた。
「…ちょっとこりゃ焼き入れてやんなきゃねぇ」
彩も急にガラが悪くなる。
「これは、女王として許し難いわね」
温和なユーリも表情が一気に険しくなる。
「あ、でもさールシアちゃん」
ふと彩が元に戻り、話しかける。
「はい?」
「そんなに怒れるって事は、ユリアちゃんの事大好きなんだねっ」
「ええ、というか愛しています。告白したので」
何も隠さず正直に言った。
「そっか♪幸せになってね?」
「もちろんです。だからこそこいつを許しておけない」
「恋仲になったのね♪応援してるわっ」
ユーリも微笑んだ。
その日の放課後、ルシアはユリアのクラスへ赴いた。丁度、犯人がユリアにちょっかいを出している所だった事もあり、一気に怒りがこみ上げて来る。しかし、感情に任せてしまっては意味がないので抑える。
「3年のルシア・シリウスですけど、ライラ・アルヘナさんは居るかしら?」
「あら、3年の…しかも首席の方が何の御用ですか?」
1人の女生徒がこちらへやってきた。
「貴女が、ユリア・セレーネに嫌がらせをしていると聞いたので、上級生として指導に来ました。」
あくまで冷静に話す。
「おやおや…何事かと思えばそんな事ですか…嫌がらせとは聞き捨てなりませんねぇ。この学園は竜狩人を育てる事。実技が出来ない者など排除すべきではなくって?」
「座学で成績が下位だからと言って妬みから嫌がらせをするなど、低俗な者の行いですよ。」
「ふふっ…ドラゴンとの戦いで親が死んでから没落したシリウス家の人間に言われる筋合いなど無いのですよ。負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね」
アルヘナ家はアイリス王国でも高貴な貴族だ。それ故に、ライラは相当に我儘で身勝手である。
「あーあ、素直に謝っときゃいいのにさぁ?どうして異世界でも貴族ってのは威張り腐った連中ばっかなんだろーね?」
ズドォン…
声と同時に教室の扉が吹き飛ぶ。彩が蹴破って入って来た。背中には大太刀を背負っている。愛刀の影月だ。
「仕方がないよー…自分の偉さを自慢する位しか脳がないんだよ、きっと」
そう言いながら、少女が入ってくる。
「姫華もそう思うかー」
「彩さん…パルトネ連れて来たんですか…」
パルトネとはスレイヤーにのみ召喚出来る相棒だ。主に戦闘の補助をしてくれる。そのパルトネを連れて来たという事は本気という事だ。さすがのルシアも驚く。
「私さー自分の立場に溺れて、無力な癖して、努力もせずに他人妬んで嫌がらせするみたいなヤツは…消えてもいいんじゃないかなーと思うわけ」
彩が殺意を振り撒く。魔力なんて放出してすらないのに周りの生徒は腰を抜かしてしまった。スレイヤーの殺意など経験した事がない。
「私も彩から話は聞いたから、彩のやりたいようにやってって言ったの」
姫華も臨戦態勢だ。
「あらあら…たかが異世界人にアルヘナ家へ口出しなど許されるとお思いで?」
全く動じず、ライラが煽る。そして遂に彩がブチっとキレた。そして魔力を一気に解放する。
ドゴォンッ!!
その音で辺りの机や椅子が吹き飛ぶ。
「オイコラ…てめぇ…自分の立場分かってんかコラ…」
彩の表情はまさに修羅。そしてあまりのガラの悪さにルシアも腰が抜けた。
(え…彩さん…超怖い…)
「我がアルヘナ家はアイリス王国でも上流貴族。たかだか異世界人に口出しされる筋合いないですよ」
「貴族だなんだ、うっせーんだコラ!!てめぇがユリアにした事に謝れっつってんだ!」
「あら、無能な人間を排除しようとしているのですよ?何が悪いんです?」
「…そうかい…てめーはそこまで死に急ぎたいかい…」
ブチギレている彩。ゆっくり影月を抜いた。宿る魔力が強力過ぎて床や壁にヒビが入る。
「貴女、自分で何言ってるか分かってるんですか…」
流石に焦るライラ。
「てめーは死ね。それだけだ…姫華、あの外道を消す」
「分かったよ」
姫華が彩に憑依する。それにより、さらに力が解放される。
「ちょっと…あなた…」
初めて目の当たりにするスレイヤーの戦闘態勢に狼狽するライラ。
「…覚悟しやがれ!」
影月を構えたその瞬間、
「はーい、そこまでそこまでっ」
温和な声が飛んできた。その声で我に返る彩。
「ユ…ユーリ様…」
彩が急にしおらしくなった。あれだけ怒り狂った彩を容易く沈静化させるだけのカリスマはまさに女王の器。
「気持ちは分かるけどね…?ていうか…彩ちゃん…あんまり壊さないでぇ…」
教室はズタボロだ。
「…ごめんなさい…でも許せないから」
彩が頭を掻きながら謝る。
「で、ライラ・アルヘナさん?私を前にして先程と同じ事が言えるんですね?言えなければ、貴女は人を見て態度を変えるという、上流貴族にあるまじき軽率な態度を取る不届き者になりますけど」
容赦なく責め立てる。
「じょ…女王陛下…無能な者はこの学園から追放すべきです!」
「ええ、その通りね」
「流石、陛下…」
「ですから、私は貴女を学園から追放致します。」
衝撃的宣言だ。
「え…」
「良いですか?この学園では実技も座学も大事ですが、それ以上に周りの人間と仲良くする事。お互いを尊重する事。そして常に己を高めんと努力する事。この3つが最も大切なのです。貴女はこの内どれも出来ていませんね?仲良くする所か嫌がらせをする。尊重する所か軽蔑し侮辱する。努力をせず座学も実技も平均以下の成績。ええ、無能な人間は追放するべきという貴女の意見、女王として採用します。」
全く容赦ない裁きだ。彩とは違った恐ろしさがある。
「そ…そんな…」
絶望に打ちひしがれた顔のライラ。
「ユリア・セレーネさんは座学の成績が過去に例を見ないレベルです。そして確かに実技の成績は芳しく無いです。ですが私は、出来ない事に目を向けるより出来る事に目を向ける事も大切だと思います。出来ない事を出来る事で補う事の何が悪いのです?貴女のような何も出来ない無能とは居るべき世界が違いますよ」
全く容赦のないセリフだ。
「…」
最早何も言えない。
「では、貴女は学園追放処分とします。それと、貴族が人として最低の行為を働いた事による処分は追って知らせます。場合によっては取り潰しも有り得るので覚悟なさい。私からは以上です。さっさと荷物纏めて出ていけ…下衆…」
静かに言い放ったその言葉は槍のようにライラに突き刺さった。下された処分の重さといい、あまりにも冷酷な言い草といい、完全に打ちのめされた。
「ユーリ様がもし殺せって言ったらアンタの首撥ねるから。今日は命拾いしたわね」
彩が姫華を連れて出て行った。
「ユリア、行きましょ」
「うんっ…」
ルシアはユリアの手を引いてユーリを追った。
ユーリの部屋で全員が落ち着きを取り戻し、改めて会合を開いた。
「ふーっ…あんな怒ったの初めてかも」
紅茶を飲みながらユーリが呟く。
「彩さんキレると超怖いです…」
ルシアとしては彩の怒り狂った姿が若干トラウマである。
「いやーごめんごめん。イジメるヤツってマジで許せないのよねぇー」
「えっと…色々ありがとうございますっ…」
ぺこっと頭を下げるユリア。
「とりあえず、どーすんのさ?あの女と家」
彩がユーリに尋ねる。
「そうね、アルヘナ家は確かに名家ではあるけど、最近何かと不祥事多いし…もう潰しちゃえばいいんじゃないのー…不祥事起きるたびにこっちがめんどくさいからさぁー…」
だらけ切ったユーリ。
「ユーリがそう言うならそれでいいやー…」
女王相手に超慣れ慣れしい彩。だらけた時の女王と親衛隊長はいつもこんなノリなのだ。
「私は、ユリアと一緒に暮らすので…」
ルシアが恥ずかしさ混じりに口を開く。
「ルシア先輩…愛してますよぉ」
「ユリアったら…もう…」
「だって…事実ですから…ね?」
「恥ずかしいでしょ…?」
「…でも愛してるんですっ」
完全に2人の世界に入ってしまっている。
「えーとさ…後の事はこっちでやっとくから、2人は今日は部屋戻って一緒に過ごしなよー」
彩が気遣う。その言葉に甘えて2人は部屋へ帰った。
その日の夜、2人は再び下着姿でベッドに入っていた。
「ユリア…」
「ルシア…」
お互い見つめあう。
「今日のユリア…勝負下着…?」
「そう言うルシアこそ…」
ドキドキしながら抱き合う。
「ねえユリア…」
「なに…?」
「これから先、何があっても…守ってあげるからね…」
「じゃあ…ルシアは私が守る…」
「ユリア…愛してる…」
「私もルシアのこと愛してる…」
抱き合いながら想いを伝える。自然と足を絡め、腕を絡める。
チュッ…
そして舌も絡める。
「ユリアって意外と積極的よね…」
「ルシアは意外と奥手だった…」
「…今夜もユリアが…リードして…?」
先に蕩けてしまうルシア。
「ルシアったら…いけない子だよ…」
そう言いながらユリアはルシアの唇を奪う。
「ゆりあ…すごいよぉ」
ルシアが完全に蕩ける。
「…今夜は寝かせない…」
ユリアのスイッチが入ってしまった。その日の夜はルシアの甘い声が部屋に響いた。
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