第5話 危険な本

 レイ達は、ユーリの部屋へ来ている。部屋にはすでにリリィとカレンが来ていた。既に事情は聞いたようだ。


 「レイ…とりあえずその本をこちらに…」


ユーリが慎重な声で促す。


 「はい…母様…」


ゆっくり渡す。部屋には緊張した空気が張り詰める。楓は思わず、唾を飲み込んだ。


 「じゃあ…開いてみるわね…」


ユーリが表紙を開いた。1ページ目には自分の腕に浮かんだアークと同じものが描かれている。さらに次のページを捲る。


 『万象の理、これを超えし者』


とだけ書かれている。さらに捲ると、


 『超えし者は新たに創る』


さらに捲る。


 『創造と破壊は即ち陽と陰、表裏一体』


その次のページからは何も書かれていない白紙のページだらけだ。そして一番最後のページにはユーリに浮かんだアークとは全く異なる紋章が描かれていた。


 「うーん…全然何のことか分からないわね…」


ユーリが本を閉じた。


 「…さっぱりわかんない…」


レイもお手上げだ。


 「とりあえず…私の方で分析してみましょうか…」


カレンが提案する。


 「お願いするわ…」


ユーリが本を渡した。カレンが直ぐに部屋を後にする。


 「…とりあえず、私は親衛隊の仕事あるし戻るわね」


彩も部屋を出る。


 「図書館に戻るわ。」


少し足早にルシアも出て行く。


 「レイ様…あの本、かなり変ですよね」


楓が口を開いた。


 「確かにね…」


よく分からない文言に白紙のページ、最後に描かれた紋章。変と言うより最早、怪しい。


 「姉さま、もしやあの本は…未完成なのでは?」


リリィが推測を述べる。


 「どういうこと?」


 「白紙のページにはまだ文言が浮かぶんじゃないかと…それらを紐解けば、ドラゴンの情報へたどり着くのでは…」


あり得ない話ではない。


 「確かに…何らかの干渉で文字が浮かぶ本はあるもんね…」


レイが腕組みする。


 「魔力干渉で浮かぶなら、私の手に触れた瞬間に浮かぶはずだから…あり得るとしたら他の方法ね」


ユーリも考えをめぐらす。


 「そうですね…よくあるのは熱を当てると浮かぶ仕掛けでしょうか…」


楓も色々考えてみる。


 「とりあえず…今は分析を待つしかないわね…」


ユーリのその言葉に全員が頷く。その日は部屋へ帰る事にした。



 「あーつかれたーっ…」


レイがベッドにダイブする。いつもの子供っぽさが戻っていた。


 「姉さまったら…もう…」


リリィが苦笑する。


 「レイ様、リリィ様、ハーブティーが入りましたよー♪」


楓が笑顔で紅茶を出す。


 「ありがとーっ!!」


 「ありがとう…」


姉妹揃って飲み始める。見ている楓も心が癒される光景だ。


 (おふたりは本当に仲良しなんだなぁ)


わざわざ笑顔を作らずとも、自然と笑みがこぼれる。そうさせる姉妹の事を楓は執事としてしっかり支えねば、と決意を新たにした。


 翌日、レイが親衛隊のミーティングに参加している間、楓はリリィを迎えに行くように頼まれている。1年生の教室棟へ向かう道すがら、生徒たちの注目を集めていた。


 「あの人…確か編入生の…」


 「王女様の執事なんだって…」


 「かっこいいなぁ…」


スーツを着こなす執事はやはり女生徒からすれば憧れる。しかし当の楓は全く気にせず、リリィを迎えに行くという目的のみを念頭に置いて動いていた。


 「失礼します。リリィ様、お迎えにあがりました。」


教室の戸を開け、声を掛ける。


 「執事さんだ…さすが王族…」


 「しかもカッコイイ…」


相変わらず注目を集めてしまう。執事自体は貴族などの間では普通の存在だが、学校に通わせて世話をさせるとなると話が変わってくる。


 「お待たせ…」


リリィがやって来た。


 「いえいえ、お気になさらず。レイ様はしばらく戻られないと思いますが、この後どうされます?」


 「生徒会室に行く…やることあるから」


 「分かりました。」


2人は時計塔へ向かう。最上階が生徒会室だ。


 「…素晴らしい眺めですね」


眼前に広がる王都アイリスの景色に思わず驚いた。


 「でしょ…私たちの国。大好きな国。」


リリィが微笑む。


 「こんなにも美しいという言葉がピッタリの街なんて…地球には無いでしょうね…純粋に美しい」


楓は景色を見つめ続ける。


 「私は地球の事とか何も知らないけど…そんなに酷い世界なの?」


ほんの興味から尋ねる。


 「そうですね…人間の汚さや醜さで溢れていると言ってもいいですよ」


皮肉交じりな答えを返す。普段の楓ならもう少しオブラートに包んだ物言いをしていただろう。


 「楓はきっと…辛い思いをしてきたのね…」


リリィがなんとなく察した。


 「この世界の人たちは皆、優しいですよ。本当に。」


そう語る楓の背中はどこか哀愁が漂う。リリィは小さい頃から、母や姉に優しくされてきたし、愛されてきた。そんな彼女でさえ、楓には何かあるんだと感じさせる。悲しい過去や辛い思い出を背負っている事は、例え一流の執事であっても隠し切れるものではなかった。


 「優しいよ…皆。だから私もいつか楓の事ちゃんと知りたい…」


リリィの優しさから来る気遣いだ。


 「お気遣い、ありがとうございます。それより、仕事の方はよろしいのですか?」


主に気を遣わせてしまった。直ぐに話題の軌道修正を図る。本来やるべき事や予定をきっちり消化しなければ、後で困るのは主なのだ。いかなる時でも執事としての心構えは忘れない。


 「そうだね…私、生徒会の会計なの。だから、予算の計算とかしなきゃいけなくて」


そう言いながら、棚から帳簿を取り出す。


 「なるほど。金銭管理は重要です。何かお手伝いできる事があればお申し付けくださいね」


 「えーと…紅茶淹れて欲しいかな…」


 「かしこまりました♪」


主が快適に仕事を進められるようにサポートするのも執事のとして重要な仕事だ。楓はキッチンで早速、支度する。


 「予算自体は潤沢にあるから…えーと…」


リリィは資金繰りの算段をする。冷静さを持つ彼女の采配にはレイやユーリも信頼を寄せている。


 「お待たせしました。紅茶が入りましたよ♪」


そろそろ一息入れようかなと思った絶妙のタイミングで楓が紅茶を持ってきてくれた。


 「すごいタイミングいいわね…」


王家の使用人でもこんなタイミングいいサーブが出来る者など皆無だ。


 「主が必要とするものを必要な時に。これは執事の鉄則です♪」


ニコッと笑いながら紅茶を注いだ。


 「ほんと楓すごい…でも、ありがとう」


紅茶を飲みながらリラックスするリリィ。


 「いえいえ。他に何かあれば、遠慮なくどうぞ」


 「えーと…じゃあ、ここに書いた資料集めてくれる…?全部生徒会室にあるんだけど…」


そう言ってメモを見せる。


 「お任せ下さい♪」


リリィとしてはデスクで仕事に集中していたいが、必要な資料は一々取りに行かねばならない。しかし、楓がいれば頼めば持って来てくれる。1人人手が増えるだけでこうも楽になるなんて、と思うリリィ。そして、主の為ならばと使命に燃える楓。


 

 「ありがとう…楓。いつもより早く終わった…♪」


リリィが笑顔で礼を言う。


 「お役に立ててよかったです♪」


同じく笑顔で返した。2人は生徒会室を後にする。その後、レイと合流し、部屋へ戻った。


 次の日、3人はいつも通り登校する。リリィは1年の教室へ、レイと楓は2年の教室へ向かう。リリィと別れて廊下を歩いていると、ルシアと会った。しかし様子がおかしい。


 「ルシア!どうしたの…!?」


レイが慌てて駆け寄る。髪はボサボサで目の下にクマが出来ていた。


 「レイ…どうしても…ユーリ様につたえ…なきゃ…」


それだけ言うと気絶してしまった。


 「楓…!ルシアを医務室にお願い…!」


 「お任せ下さい!」


すぐにルシアを抱えて医務室へ急行した。


 「エレン先生…ルシアは大丈夫ですか…?」


レイが医務室の先生に尋ねる。


 「大丈夫。過労で倒れただけだから、寝てれば回復するわ…でも、この子がこんな無茶するなんて…」


ルシアは普段、徹夜などはしない。図書館に泊まり込む事はあってもきっちり休息は取っている。本に集中するには、万全の体調からという彼女なりの考え方だ。


 「おそらく…これが理由ですね…」


楓が1冊の本を見せる。ルシアが抱えていたものだ。


 「私医務だから…こういうのよくわかんないけど…レイさんは?」


レイも本の表紙を覗き込む。


 「これきっと…伝説を書いた本だ…でもこの文字…」


普段見慣れない文字でタイトルが書かれている。


 「僕も見た事ないですね…これは…」


地球にもヒエログリフなどの古代の文字はあるが、楓の知る限りどれとも似ていない。


 「これ…古代アイリス語かも…」


レイが考え込む。アイリス王国で日本語が使われるようになる前に使われていた言語だ。


 「そうなると…解読が必要ですね…」


暗号解読の技術が活かせるかもしれない。


 「でもまずは母様に見せなきゃね。ルシアがそうしたがってるし…」


ルシアは友人である前に司書長だ。本に関する事なら彼女に勝る者はいない。だからこそ、ユーリに見せたいという意志を尊重する。


 「あれ…ここは…」


ルシアが目覚める。


 「ルシア…倒れたから、楓に運んでもらったの。医務室よ」


レイ声を掛けた。


 「そう…本は…?」


 「ここにお預かりしています。中は見ていませんよ」


楓が本を渡した。


 「…とにかく早くユーリ様に会わせて…」


起き上がるルシア。


 「ルシアさん…寝てなきゃだめよ…」


エレンが制止する。


 「それでも行かなきゃ…」


無理やり体を起こす。


 「…仕方ないわね」


あまりの真剣さに根負けした。


 「とりあえず…ユーリ様はどこ…」


レイに尋ねる。


 「母様なら今日は部屋で休んでるはずよ…」


 「分かった…行きましょ…」


 「ちょっと…そんな足取りじゃ…」


ふらつくルシアが心配だ。


 「では…失礼しますね。」


楓がルシアをお姫様抱っこする。


 「か…楓君…」


ルシアがほんのり顔を染める。


 「とりあえず行きましょ!」


レイが先を急いだ。楓も続く。



 「母様!!」


レイが扉を思い切り開く。


 「レ…レイ!?どうしたの…そんな慌てて…」


ユーリが血相を変えたレイに驚く。


 「ユーリ様…」


楓に抱きかかえられながら話しかけるルシア。


 「どうしたの…?」


 「この本…を…」


徹夜で図書館から探し当てた本を渡す。


 「これは…古代アイリス語ね…」


すぐに気づくユーリ。


 「表紙開けてみて下さい…」


ルシアとしては何語で書かれているかなどはどうでも良い。解読すればいいだけだからだ。それよりも重大な事があった。


 「こ…これって…」


表紙を開くと、そこには紋章が描かれている。


 「母様…これ…アークよ…」


レイも驚いた。そこに描かれているのはユーリに浮かんでいるドラゴンズ・アークと同じものなのだ。


 「この本の内容を早く解読しなくてはね…」


ユーリ、レイ、楓はルシアが無茶した理由にようやく気付いた。


 「母様…とりあえずルシアを休ませてあげないと…」


 「そうね…今日はこの部屋に泊めてあげましょ?明日は休日だからゆっくり休むといいわ」


ユーリの優しさはまさにお母さんそのものだ。

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