第4話 学園図書館

 翌日放課後、レイは手早く帰り支度を済ませる。


 「レイ様。この後、ご用事ですか?」


楓が確認する。


 「学園図書館に行くの。ついて来て」


いつもは明るく、優しげな雰囲気のレイ。しかし、今日はシリアスだ。


 「分かりました。」


事情があるのだろうと察した楓は何も聞かず、レイに付いてゆく。廊下を歩いていると、親衛隊の仕事を済ませて戻って来た彩に会った。


 「あ、彩」


レイが呼び止める。


 「どうしたの?レイちゃん」


シリアスなレイが少し気になる彩。


 「ちょっと図書館行くからついて来てくれない?」


 「ん、分かったわ」


3人はそのまま図書館へ向かった。特に会話は無い。


 「ここが図書館ですか…」


大きな扉に豪華な装飾が施されている。


 「うん」


短く答えたレイが扉を開く。


ガチャッ…ギィイイ…


古めかしい音を立てる。そして中には、天井まで届こうかと言うほどの書架で埋まっていた。


 「かなりの蔵書数ですね…」


さすがの楓も驚いた。例え、日本の国会図書館であっても到底及ばないであろうと思えるほどの本の量だ。


 「まぁ…ここ何冊あるのか誰も数えた事ないらしいわよ…」


彩が呟く。


 「そ…そうなんですか…」


 「でも、ネットがない分、ここに来れば欲しい情報はなんでも手に入るわ。グー○ル先生以上に頼れるかも」


 「なるほど…ウィキペ○ィアみたいな感じでもありそうですね」


いかにも地球人らしい例えで会話が弾む。


 「とりあえず…2人に聞いてほしいの」


レイが口を開いた。


 「何でしょうか」


 「なにかな」


 「実はね…」


レイはユーリから聞いたドラゴンズ・アークの件を話した。


 「なるほど…そう言う事ならここで調べるのが一番ね」


彩が頷く。ここ以上にドラゴンに関する情報がある場所などない。


 「しかし…どう探したものでしょうね…」


楓が書架を見渡すが、どうも規則的に本が配置されているような感じがしない。むしろ散らかってる場所もある。


 「とりあえずここの司書長を探さなきゃね…」


レイが館内を見渡す。


 「なるほど。カウンターには誰も居ませんが、ここに居るのでしょうか?」


カウンターには本が積んであるだけでもぬけの殻だ。


 「多分いるはず…ていうか絶対居る」


レイには確信があるようだ。そしてカウンター近くのひと際、本が山積みになっている所へ向かった。


 「楓、この本どかすの手伝って…」


レイが指示する。


 「お任せ下さい」


直ぐに本を運び出す。


 「ふぅ…司書長なんだからカウンターに居てよね…」


本をどけた所に、1人の少女が居た。レイが呆れ声で話しかける。


 「私は本が好きなの…図書館に居るんだからいいじゃない…」


読んでいた本から目を離す。蒼色のロングヘアがとても美しい。


 「全く…あ、この子が司書長のルシアよ。」


レイが紹介する。


 「あら…レイが執事をつけたって本当だったのね…私はルシア・シリウス。よろしく」


 「四条楓と言います。こちらこそよろしくお願いしますね。」


丁寧に挨拶する。主の知り合いにも執事として礼儀を尽くすのは当然だ。


 「で…レイ…あなたが図書館に来るなんて…明日は雪かしら」


冷たく言い放つルシア。


 「3年だからってさらっとバカにしないでよね」


 「そういうあなたは先輩への礼儀がなってない…」


 「堅物なんだから…それはそうと、ドラゴンズ・アークに関する資料を探してるの」


2人のやりとりは先輩後輩と言うよりも先生と生徒のようにも見える。だからといって仲が悪そうではなく、むしろ友達に近いようだ。


 「なるほど、分かったわ…ついて来て」


ドラゴンと聞けば放っておけない。直ぐに立ち上がって、とある書架へ向かう。


 「ルシアちゃんならこの図書館の本の配置分かってるから安心なのよねー」


彩もルシアの事は知っているようだ。


 「この図書館で配置を把握するってすごいですね…」


どう考えてもコンピューターで管理するような量だ。楓は驚きを隠せない。


 「あの子、1年の頃から図書館に入り浸ってるしねー。本が大好きなのよ」


 「なるほど…僕も本は好きですが、ここにある本は何というか不思議な感じがしますね」


上手く言葉に出来ないが、ただの本という感じはしない。


 「異世界の本だからね。魔力が宿った本とかあるの」


彩が説明する。


 「なるほど…」


しばらく歩いていると、黒い書架が見えて来た。いかにも怪しい本が並んでいる。


 「ここがドラゴンズ・アークに関する資料を集めた書架よ…一応、安全かどうかは確認してるけど、何があるか分からないから私も探すの手伝うわ」


無愛想な言い方ではあるが、手伝ってくれるようだ。ルシアは普段からこんな態度だが、根は優しく、気が利く所がある。


 「それじゃ…それっぽいのから順番に見ていくかなっ」


レイが気合を入れる。何としても情報を掴んでユーリに伝えたい。


 「四条君、この本テーブルに運んで」


ルシアが脚立の上から声を掛ける。


 「お任せを」


慎重に受け取る。見た目の割にかなり重い。


 「魔力が宿る本は重いから気をつけてねー」


彩もゆっくりと本を運び出している。


 「とりあえず…この本見てみよっかな…」


レイが1冊の本に目を付けた。タイトルは


 『ドラゴンズ・アーク辞典』


ド直球なタイトルだが役立ちそうだ。


 「なるほど…辞典なら役立ちますね!」


楓も期待する。


 「でもこれ…鍵掛かってるんだよね…」


表紙と裏表紙が頑丈な錠前でしっかり固定されている。


 「昔はドラゴンに関する情報は非公開だったから…仕方ないわね…」


ルシアが解説する。


 「鍵ないのー?」


彩が尋ねる。施錠された本の鍵の管理も図書館の仕事だ。


 「あるとは思う…でも探すのだけで多分、数日かかる…」


実はこのように施錠されている本は少なくない。鍵は全て保管庫にあるのだが、量が多すぎる上に古いものはどの本のものかすら特定が難しいのだ。


 「僕にお任せ下さい」


楓が本の錠前を調べる。


 「え?楓…開けられるの…?」


レイが驚く。


 「主が困っている時に問題解決が出来ずして何が執事でしょうか?この鍵ならピッキングできますよ」


スーツの内ポケットから工具を取り出す。


 「なんでそんなもの持ってるの…それ鍵屋さんが使うやつでしょ…」


彩が突っ込む。


 「意外と鍵のトラブルは多いんです。ですから、四条家の執事は皆、開錠技術を仕込まれますね」


そう言いながら、鍵穴に工具を差し込んで開錠にかかる。


カチャ…カチャカチャ…カチッ…


乾いた金属音と共に鍵が開いた。


 「お待たせしました、レイ様」


本をレイに手渡す楓。


 「凄い…ありがとね」


レイは直ぐに本を開く。様々なドラゴンズ・アークが載せられている。ユーリに浮かんだものを思い浮かべながらページを捲った。


 「どう…?レイ」


ルシアが他の本を探しながら尋ねた。


 「載ってないなぁ…」


本を閉じる。


 「うーん…せめて系統とか分かれば…」


ルシアが言うのはアークの種類についてだ。ドラゴンにも種類というのがあり、攻撃方法や特徴などで区別できる。それはアークにも表れる。


 「僕のイメージで言うとドラゴンは火を吐くという感じですがね…」


日本から来てまだドラゴンを見ていない楓はいわゆる、アニメや漫画に出てくるドラゴンを思い浮かべる。


 「間違ってはないよ?火属性のドラゴンは存在するからね。むしろ一番数多いんじゃない?」


彩が説明する。


 「他には…水や氷、風、雷辺りのドラゴンはよく居るし、アイリスにも攻めてくるわ」


ルシアが捕捉する。こうして聞いているとゲームの世界に近いとさえ思えた。


 「それら以外には何かあるのですか?」


 「今挙げたのは一般系統ね…要するに普通のドラゴン。もう一つの系統として固有系統っていうのがあるの。これはそのドラゴンが持つ属性や能力がそのドラゴンにのみ宿っているものを指すの」


ルシアが淡々と解説してくれた。


 「なるほど…レイ様がお探しのものはこちらですよね…きっと」


 「そうなるわね…それはそうと、四条君、ドラゴンに関して知識が浅過ぎじゃない?」


割と冷たく言われた。というのもこれらは王立魔導学園で全て習うものだからだ。


 「すみません。編入してまず、魔法に関する知識を吸収するので手一杯でしたので…ですが、教えて頂いて嬉しいです♪」


 「それもそうか…あなた、かなり魔力高いって言うし…きっちり図書館で知識身につけなさい」


ルシアなりに気遣う。


 「ありがとうございます!早速ですが、固有系統のドラゴンにはどんなものが居るのでしょうか?」


早速質問する。知識は貪欲に吸収せねばならない。


 「例えば、山を司る竜、山王竜モンテ・レ・ドラゴーネは有名ね」


楓は手帳に聞いた話を書き取る。ルシアも知識を与えてちゃんと吸収してくれる人間には好感を持つ。


 「一体どんなドラゴンなんですか?」


 「読んで字のごとく。山そのものを司るの。例えば、標高とか、植生とかそういうのを自在に操るの」


 「凄いですね…」


 「こういうドラゴンは襲撃したりしてこないわ。むしろ、人間と共生してるの。」


ドラゴンならば全てが悪ではないのだ。


 「ふむふむ…」


 「これが山王竜のドラゴンズ・アークよ」


ルシアが見せたのは山王竜について書かれた書物だ。


 「確かに山を連想させますね…」


見た直感で感想を述べる。


 「ええ。アークはドラゴンを特定する紋章だもの。調べれば真名だって分かるわ」


 「真名というのはモンテ・レ・ドラゴーネの事でしょうか?」


 「その通り。昔は真名だけでドラゴンを呼んでいたんだけど、もっと簡単に呼ぼうとなってね。当時から日本の文化が根付いていたこの国では日本語を使っていたから、ついでにドラゴンにも名前付けしたの。」


 「なるほど…」


 「まあ、こっちが一方的に召喚してるだけだから、一方通行の繋がりなんだけどね」


ルシアが苦笑した。初めて表情らしい表情を見せる。


 「色々、教えて頂きありがとうございます!」


 「気にしないで。それよりレイは…」


辺りを見渡すがレイが居ない。


 「ルシアーっ!」


奥からルシアを呼ぶ声がした。


 「ちょっと…レイ、どこまで行ってるの…」


 「うーん…固有系統ドラゴンの資料ってこの辺に無いの?」


 「あるのはあるけど…禁書区域よ…ここは」


どことなく不気味な雰囲気に満ちた書架。どの本にも鍵が掛かり、書架には金網が張ってある。


 「いかにも…危なそうな本ばかりですね」


楓も本能的に危険だと認識する。


 「禁書は魔力が宿っているだけじゃなくて、込められた魔力が暴走する危険性があるの…もし暴走でもしたら何が起きるか分からないわ…他には、ドラゴンを集めてしまう本なんていうのもあるし…そもそも何の本かすら分からないものもあるの」


ルシアが静かな声で解説した。


 「…魔法には危険もあるのですね」


楓が呟く。


 「まーねー…今はドラゴンを倒す力として使ってるけど、正直未知な部分も多いんだよ」


彩が口を開いた。そんな会話をしている中、レイが何かの本を見つけたようだ。


 「ルシア、この本出せない?」


書架に収まってる本の中でひと際目立っている。白く発光しているのだ。


 「どうしても…?」


ルシアとしては司書長の立場からあまり気が進まない。


 「お願い」


レイのその目つきはいつもと違う。王女の威厳が篭ったものだった。その目を見てルシアは察する。レイは普段、子供っぽいが、いざという時に見せる威厳や器はまさにこの国を統べる者としての資質を感じさせるものだ。だからこそ、頼み事は聞かなければという義務感さえ感じる。


 「分かった」


金網を外し、本を取り出す。慎重にレイへ手渡す。


 「この表紙の…これ…これよ!」


レイが驚く。


 「レイちゃん?これがそのアークなの?」


彩が確認する。


 「そうよ…これと同じものが母様の腕にね」


純白の装丁は神々しさすら放つ。タイトルなどは書かれていない。しかも、施錠されているわけでもない。禁書にしてはあまりにも異彩を放つ。


 「これ…そのままユーリ王に見せるべきだわ…ここで開くのは危険だと思う」


ルシアの本好きとしての直感がそう言わしめる。美しい本だが、危険だと直ぐに認識した。


 「美しきものには棘がある、なんて言葉も生温いかもしれませんよ…これは…」


楓も何故か危険だと感じている。


 「ルシアちゃんと楓君に賛成ね…親衛隊長として、これはユーリ王に見てもらうべきだと意見具申するわ」


彩がレイに語る。普段の友人としてではなく、隊長として王女にだ。


 「分かったわ…とりあえず皆で行きましょう」


レイも皆の意見を尊重した。本当は直ぐに開きたいのだが、信頼する者の意見はちゃんと聞き入れる。これも器というものだ。レイが本を大切に抱え、残りの3人が警戒しながらユーリの元へ向かった。

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