アイリスの華

東洞院咲夜

第1話 王女のワガママ

 魔力零の竜狩人こと氷月光が、召喚魔法によってアイリス王国へ来る前、平和な暮らしをしていた姉妹のお話。


 「リリィーっ!いないの?」


部屋を探し回って歩いているのはレイ・アイリス。金色のロングヘアが美しい少女だ。


 「姉さま…どうしたんです…?」


何があったんだという顔で返事したのはリリィ・アイリス。レイの妹で、見た目はそっくり。しかしメガネを掛けているので区別には困らない。


 「私たちさ…王族だよね」


急に真顔で話すレイ。


 「そうですよ…?アイリス王家の者です。私たちはユーリ母様もとい女王の娘ですが…何をそんな当たり前の事を…」


 「魔導学園に入ってから、ずーっと思ってたの!」


 「えーと…何を…?」


 「なんで日常生活全てを姉妹にやらせるのよーっ!母様は!!」


読者としては王族と聞けば、使用人達が全てを支える生活をイメージするだろう。何から何まで、全て任せきり。そんな想像が頭によぎるに違いないが、アイリス王家では少々、事情が異なる。


 「またその話ですか…母様が言っていたでしょう…いくら王族だからって贅沢ばかりしていてはダメ人間になるから、魔導学園に在籍する間は身の回りの事は全て自分たちでやりなさいと…」


要するに、アイリス王国女王のユーリ・アイリスは教育ママというやつである。甘やかしてくれない。贅沢させないのも母として娘を立派に育てる為だ。


 「でもでも、憧れるじゃない?執事さんとか…」


レイは割と子供っぽい所がある。愛嬌あると言えば聞こえはいいのだが、ワガママな所はいかんともしがたい。


 「姉さま?母様が決めた事です。母の教えに従うのは娘として当然ですよ?」


リリィは真面目そのものだ。妹が姉にお説教という、どこの世界でもありがちなシチュエーション。


 「リリィは固過ぎだってば…」


 「姉さまが幼稚なんです」


ああ言えばこう言う。姉妹らしい会話だ。


 「母様に直談判してくるもん!」


 「…まぁ、それは姉さまの自由ですけど、多分ダメだと言われますよ…」


レイはムスっとした顔で部屋を出て行った。



 王宮にある、女王の部屋。普段はここでユーリが執務を行う。今日は仕事量が少な目な為、ユーリも少しくつろいでいた。


 「ねぇ、カレン」


隣に控える、女王補佐のカレン・アステールに話し掛ける。


 「どうしましたか?ユーリ王」


 「最近…平和ね」


窓の外に広がる、王都アイリスを眺めながら呟く。


 「平和そのものは良い事なのですが…やはり、何か嫌な予感もありますね…」


カレンもユーリも気掛かりな事があった。


 「ドラゴンが全く攻めて来なくなったもの…かえって不安よ…」


 「少し調べる必要がありそうですね。」


 「お願い…」


 「お任せを」


カレンが下がった。ユーリはため息交じりに紅茶を飲む。その時、戸をノックする音が聞こえた。


 「どうぞ」


 「母様ーっ」


レイが入って来た。


 「あら…レイ。どうしたの?」


ユーリが微笑む。愛娘を見ればいつだって元気が湧いてくるものだ。


 「えっとね…執事さんが欲しいなって!」


単刀直入にねだる。レイ自身、真っ直ぐな性格なので言いたい事は隠さずに言う。


 「レイったら…学園にいる間は、贅沢しないで生活する癖つけなさいって言ったでしょう…?」


ワガママを言われても叱りはしない。自分の考えをちゃんと理解してもらう。


 「でもー…」


母の言う事はいつも間違っていないし、言う通りにして今まで大失敗せずにこれた。だからこそ、レイはユーリを大好だし、尊敬もしている。


 「レイ?言う事聞いて?ね?」


優しく諭す。


 「うー…」


全く言い返せない。親子喧嘩をした事がないのは、毎度レイがユーリに優しく諭されて決着するからだ。


 「あはは…またレイちゃんのワガママですかー…?」


苦笑しながら入ってくる少女がいる。


 「あ、彩ーっ」


無邪気に手を振るレイ。大親友の氷月彩だ。


 「ねー彩ちゃん…レイのワガママ何とかしてー…」


ユーリが甘えるような声を出す。彩を信頼してるからこそだ。それもそのはず、彩は王家親衛隊の隊長を務めている。


 「えーと…難しい問題ですよ…?レイちゃんとユーリさんの意見が完全に真逆ですし…」


 「だったら真ん中とかないのっ?」


短絡的発想のレイ。しかし、意外と参考になったりもする。


 「まぁ…レイちゃんが忙しいのは知ってるんだけど…お母さんの言う事も正しいからね…」


 「彩は私を見捨てるの…?」


上目遣いで問いかける。可愛いのだが、彩としては、


 「えーと…ほら…王家親衛隊は王の指揮下にあるから、ね?私の上司はユーリ王だから…ね?」


職務上の立場とプライベートの立場で揺れている。


 「ねぇ、彩ちゃん。レイはそんなに普段忙しい…?」


ユーリが尋ねる。


 「忙しいのは事実ですよ?授業に加え、訓練がかなり多いですからね。それに、ほぼ毎日魔力を空にする日々なので疲労はあるかと…私は普段の訓練で魔力を空になんて出来ないので、自主訓練もしてますけど…」


客観的な見解を述べる。


 「なるほど…分かったわ。贅沢にならない範囲で補佐する執事をつける事にしましょ」


ギリギリの所で折り合いをつけるユーリ。


 「母様っ…!」


レイが抱き着く。


 「レイったら…執事に関しては、練習を兼ねて召喚魔法を使いなさい。採用の如何は私が決めるわ」


頭に手を置きながら話す。


 「はいっ♪」


笑顔で返事する。


 「レイちゃん見てると…同い年だと思えないなぁ…私老けてるのかな…」


肩を落とす彩。


 「彩ちゃん!?そんな事ないわよ!?レイが子供なだけだから!!」


ユーリが慌ててフォローする。


 「ありがとです…お母さん…」


彩は時たま、ユーリをお母さんと呼んでいる。それくらい大好きだし、お互いの信頼もあり、まるで家族のような付き合いなのだ。


 「じゃあ…召喚は明日やるねっ」


レイが部屋を後にした。


 「ま…今日と明日は休日ですし…あんなに元気なんですけど、これが明後日になれば私が背負って部屋に連れて帰るかもしれない位に疲れちゃうんですよねー…」


しみじみと語る彩。


 「レイは、子供っぽいけど…決めた事はちゃんとやる子。人に見えない所で努力惜しまない子だから…たまに無理し過ぎてないか心配しちゃうのよ…」


娘の事は母が一番知っている。レイが頑張っていることを誰よりも知っていた。


 「だから、執事さんをつける事にしたんですね♪」


ニコッと笑う彩。


 「私も女王の仕事があるとレイの事見てあげられないし…リリィはあの子、ひとりで集中して勉強とかする子だし…彩ちゃんは隊長だし…」


つまりは心配だから傍で見守る人が居てほしいという事である。


 「お母さんらしいですよ…えっと…その…」


彩が少しもじもじする。


 「おいで…♪」


察したユーリが手招きする。


 「お母さん…♪」


普段はあまり見せない顔で甘える彩。


 「よしよし…」


事情を知っているからこそ、我が子のように彩を大切にしているユーリ。



 翌日、王宮の庭にレイ、リリィ、ユーリ、彩が集まった。召喚魔法は王家に伝わる大切な儀式だ。


 「まさか…母様が認めるなんて…」


リリィが頭を抱える。


 「ふふーっ、リリィは真面目過ぎなんだってばー」


レイは魔法陣を描きながら答える。


 「どこから召喚するのー?」


彩が尋ねる。


 「んー…日本でいいんじゃない?アイリス王国と繋がりあるし、彩も日本から来てるし。」


 「そうね。最も安定した召喚が出来るから日本からにしましょ」


レイとユーリが答えた。古くからアイリス王国は日本から度々、召喚魔法で人を呼んでいる。


 「それじゃ…始めるね」


レイが魔法陣の前に立って、魔力を込める。白い光が輝く。


 『私、レイ・アイリスの名の元に、地球の日本から召喚を行うっ!』


その宣言と共に、辺りが閃光に包まれた。


 「ふぅ…上手くできたハズなんだけど…」


手ごたえを感じているレイ。


 「姉さまなら大丈夫ですよ」


リリィはレイの才能を知っている。だから成功を確信している。


 「ちゃんと出来てるよー。人影が見える」


彩が魔法陣の所に人影を確認した。ユーリも魔法陣の方を見つめている。


 「あれ…えっと…」


召喚された者が起き上がる。


 「ようこそ、アイリス王国へ♪」


レイが微笑みながら話しかける。


 「えっと…あなたは…?」


 「私はレイ・アイリス。ここアイリス王国の王女よっ」


何もおかしな事は言っていない。事実なのだから。しかし、召喚された側からすれば何が何やらさっぱり分からない。


 「あー…レイちゃん…異世界に来たばっかの人にいきなりそんな話しても理解追いつかないって…」


彩が苦笑しながら口を挟んだ。


 「あれ…あなたは…日本人…?」


召喚された者は彩を見て少し驚いた。服装はともかく、顔はどう見ても日本人だ。


 「私は氷月彩。あなたと同じく日本からこっちに来たの。所でお名前は?」


名前を尋ねる。


 「僕は四条楓と言います…」


 「四条ってなんかどっかで聞き覚えあるような…」


彩が考え込む。


 「えーとですね…四条家は日本の名家に古くから執事や使用人、メイドなどを置かせて頂いている家系なんです」


 「なるほどねー…てことは君も?」


 「ええ…とある名家に派遣される予定だったのですが、いつの間にかここに。」


 「なるほど…レイちゃんまさかのヘッドハンティングって訳だ…」


 「はい…?」


 「レイちゃんが執事さん欲しいって事で召喚魔法を使ったの。そしたら君がね」


 「なるほど…でも、僕は構いませんよ?」


意外とすんなり受け入れる。


 「一応、送還魔法で帰す事も出来るけど、いいの?」


レイが確認する。召喚魔法を使ったら必ず、召喚された者にこの事を確認する掟だ。


 「ええ。派遣される予定だった名家の名前や素性は機密にされていましたし…親も僕を厄介払いしたかったようですから」


 「それどういう意味…?」


ユーリが口を挟んだ。親がらみの話題となると敏感になる。


 「僕には兄が居るんですよ…すこぶる優秀な。まさに完璧超人です。文武両道で、顔はモデル並み。執事としての資質も最高レベル。まさに四条家の顔に相応しい人なんですよ。でも僕は、何もかもが平凡。四条家からすれば、兄さえいれば僕は要らないんです。」


 「そう…でもね、この世界に来たという事は…一つ才能がある証拠になるのよ?」


ユーリが少し真剣な顔つきになる。


 「それはどういうことですか?」


 「召喚魔法を用いて召喚できるのは、魔力を持つ人間のみ。つまりあなたは魔力を持っているの。地球ではどう足掻いても見つけようのない力。あなたにとってこの世界はピッタリかもしれないわね。私はあなたを歓迎するわ♪」


そう言って微笑んだ。


 「とりあえず、楓っ!よろしくねっ」


レイが手を握る。


 「は…はいっ」


こうしてレイ・アイリスに念願の執事がついた。



 翌朝、休日明け登校日だ。楓は朝一番に起きて自分の支度は済ませてある。そしてレイとリリィの朝食を作っていた。


 「ふわぁ…おはよー楓ー…」


レイが起きてくる。


 「おはようございます、レイ様。寝ていらしても僕が起こしますよ?」


 「あー…昨日、彩に言われなかった…?」


 「そう言えば…あまり甘やかすなと聞きましたが…」


 「つまりそう言う事なの…」


 「分かりました。出来る範囲で最大限お手伝いしますよ♪」


楓は微笑みながら朝食を盛り付ける。


 「おはよう。姉さま、楓」


リリィが起きて来た。


 「おはよーリリィ」


 「おはようございます、リリィ様」


丁寧に挨拶する。


 「あら…私の分もあるんですか…」


楓はレイの執事だと思っていたリリィからすれば自分の分まで朝食があるのに少し驚いた。


 「レイ様とリリィ様は姉妹だとお聞きしましたからね。レイ様だけサポートするのは執事として妹様に申し訳ないですから、おふたりともサポートさせて頂きます♪」


ニコッと笑いながら、朝の紅茶を注いだ。


 「楓ーっ、これ美味しいよ!」


 「姉さま…少しは落ち着いて下さい…美味しいですけど…」


一流執事は料理だって一流なのだ。


 「ありがとうございます。この後ですが、おふたりと僕は一緒に登校となっていますが、よろしいのですか?」


 「勿論だよっ。むしろ、学園で色々助けてほしいし…」


 「姉さまは忙しいですから。学園では姉さまを優先して」


 「かしこまりました。お任せ下さい。」


予定を確認し、手帳に書き込む。



 「王立魔導学園では何を学ぶのですか?」


学園への道すがら、レイに尋ねる。学園やこの世界に関してはレイに聞けと彩に言われている。


 「えーとね、そもそも魔法っていうのは、この世界に住むドラゴンを倒す為の力なの。ドラゴンは時々、人間の住む場所を襲うから、魔法で倒すの」


 「では、ドラゴンを倒す勉強をするという事でしょうか?」


 「そうなるね。魔力が高い人間はドラゴンを倒す武器を召喚できるの。それの使い方や戦術とか訓練をするのが魔導学園。」


 「なるほど…魔法というのは意外と使い道が限られているのですね…」


楓はもっと万能の力だと予想していた。


 「基本的にドラゴンを倒すのが魔法ですが…他の事に使える魔法を持つ人も少ないけどいますよ。例えば、母様は人の記憶を操る、つまり消去や復元などを行う魔法が扱えます。他にも姉さまは召喚魔法を行使できますし、学園にもドラゴンと戦うのとは異なる用途の魔法持つ生徒がいます」


リリィが解説した。


 「何事にも例外はあるようですね…」


 「そういうことです。では私は教室が向こうなので。」


 「いってらっしゃいませ」


 「また後でねーっ」


リリィと別れる。


 「ここが私たちの教室っ」


レイが扉を開ける。


 「おはよー、レイちゃん」


声を掛けてきたのは彩だ。


 「おはよっ、彩!」


 「おはようございます。彩さん」


 「いやー楓君、スーツ似合うねー」


 「いえいえ、そんな事は」


執事の名門、四条家の人間だけあって醸し出す雰囲気が違う。


 「えーと席は私の隣でお願いね」


レイが指定する。

 

 「かしこまりました。」


楓が言われた席にカバンを置く。昨日貰った教科書などは一応目を通して来た。しかし、教室に入ってからというもの少し気になることがあった。


 「あの、レイ様」


 「どしたの?」


 「クラスメイトの方とお話などはされないのですか?」


 「それがねー…私王女だから皆怖がっちゃって…」


 「なるほど…」


 「この学園は、魔力が高ければ身分関係なく入れるから…」


ヒエラルキーを感じる教室。


 「レイ様は構わないのですか?」


 「全然いいよー?彩がいるし、友達はちゃんといるからねー。それに…皆と仲良くしてられるほど暇でもないんだ…」


 「分かりました。」


あくまでレイの希望を最優先する。勝手な真似はしない。こうして四条楓の生活が始まった。

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