もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしている事は本当に自分のやりたい事だろうか?

 温泉を見つけ、ついでに泊まった一行は、翌日王宮へ一旦帰ることにした。


 「…と、こんな具合にアークではなく温泉が見つかったんです」


楓がユーリに報告した。


 「それはそれで興味深いわねーっ♪」


ユーリがにっこり笑う。


 「それに地球にある物質がこちらにも存在するというのにも驚きました。」


 「それってもしかして…この世界と楓君の居た世界は似ているのかしら…?」


ユーリが考え込む。


 「可能性はありますね…希少金属が見つかったという事は、よりその可能性も高いかと」


 「ふむふむ…」


 「母さま…いまはアークを探さないと…」


レイが心配そうに口を挟んだ。


 「ええ…そうね。とりあえず、楓君とリリィでもう一度、アークを探してくれるかしら?」


 「お任せ下さい。」


楓は下がった。


 一方、図書館ではルシアとユリアが書架という書架を虱潰しに探索している。


 「見つからないわね…」


そうルシアが呟いた瞬間、


ドサッ…バサバサ…


大量の本が崩れる音がした。


 「ルシアーっ…助けてぇ…」


ユリアが助けを求める。


 「ちょっと…大丈夫…?」


ルシアが本を掻き分けて、ユリアを起こす。あたり一面、本だらけだ。


 「ありがと…でも、あったよ!調査記録っ!」


ユリアが大切そうに抱えていたのは、昨日行った遺跡に関する過去の調査記録だ。


 「あ、ありがとう。早速見てみましょ」


2人で本を見てみるが、目新しい情報は全くない。


 「そもそも温泉見つけてないじゃん…」


楓とリリィが通った白く輝く通路に関しては書かれているが、それしかない。ユリアが若干呆れる。


 「虹色の壁や温泉は見つけていないことになってるけど…本当かしら」


ルシアは記録そのものを疑っている。


 「まさか…記録を改竄した人がいるの…?」


 「何となく、そんな気がするわ…」


ルシアが直感的に推理する。


 「でもだったら誰が…?」


ユリアが考える限り、そんな事をしそうな人間は思いつかない。


 「そもそもこの国の人間ではないわ、きっと」


アイリス王国の人間がこんな改竄をする理由やメリットは全くない。


 「だったら…まさか…」


ユリアが隣国を思い浮かべる。しかし、国交は殆どない。


 「そもそも、この世界という考えを取り払えば…異世界の者という可能性が生まれるわ」


飛躍した発想ではあるが、この国では召喚魔法という儀式を通じて異世界と繋がりを持っている。


 「だったら…日本…?」


最も繋がりがあるのは日本。ユリアは容易に推測する。


 「ええ。けど、もう少し情報がいるわね」


状況証拠だけでここまで推論を飛躍させたが、流石に情報不足だ。


 「でも…アーク探しは…?」


 「このタイミングで温泉が見つかったのよ?何となく無関係とも思えないのよね」


ルシアが真剣な顔で答える。今まで、発見されていないとされているものが急に現れたら不審に思うのも当然だろう。


 「日本の事なら彩さんか楓さんに聞くしかないんじゃない…?」


アイリスに居る日本人はこの2人だけだ。自ずと選択肢は二択になる。


 「楓君は今日も王都にアーク探しで出てる筈だから、彩の所に行くわ」


ルシアとユリアは一緒に彩の元を訪ねる。レイ、ステラもその場に居た。


 「隊長、この書類だけはお願いしますー」


アーク探しや情報整理を行っているが、親衛隊の業務も並行して行わなければならない。副隊長のステラが出来る限り代行するが、隊長の彩でなければ決裁できない案件もそれなりにあるのだ。


 「はーい、にしても書類多くて困るわね…」


パソコンなど存在しない世界なのだから仕方がない。やり取りは全て紙なのだが、重要な案件は羊皮紙を用いたり、筆記用具は羽ペンだったりと、どうも手間がかかる。こちらに来て5年経つ彩でも慣れ切ってはいないかった。


 「失礼するわねー」


 「失礼しますー」


ルシアとユリアが入って来た。


 「あれ?ルシアちゃんとユリアちゃん?どしたの?」


彩が声を掛ける。


 「実は…」


ルシアが記録の事や自分の推理について皆に話した。


 「なるほど…あり得るかもね…」


彩は一理あると感じる。


 「私も彩に賛成。地球にある物質がこっちにあるなら、こっちにしかないものが向こうにあってもおかしくないわ。例えば…魔法とか」


レイは自分なりの推論を展開する。


 「もし日本にも魔法が存在するのなら、何らかの干渉をしてきている可能性は否定できないわ…もしかしたら…」


彩がぞっとするような予想を頭に浮かべた。


 「時在竜の出現に関与してるかもしれない、ですよね…」


ユリアが繋ぐように口にした。


 「もしそうだとして…日本に魔法が存在する事なんて、そもそも公になってるの?」


あくまで冷静に情報整理するルシア。


 「まさか…表沙汰にはなってないよ。というか言っても誰も信じないだろうし…」


彩が答える。自然科学の世界において、魔法などとは非論理的な空想の産物としてしか見做されない。


 「でも…存在すると仮定した方が、筋は通るのがどうもね…」


ルシアの言う通り、存在した方が、話は通るし推理も捗るのも事実だ。それは全員が同じ事を思った。


 「日本の政府とかが組織的に隠蔽してるのかもね…」


彩がぽろっと口にする。


 「政府って…何です…?」


ステラはこの場で一番、話について行くのに苦労している。しかも謎の用語まで出現してはたまらない。


 「まぁ…この国で言うと王宮ね。要するに、国がらみで隠蔽しているかもって事。そうなれば一般人は知る由もないし…」


彩が解説する。


 「でも…魔法を隠蔽する理由がないわよ…?この国ではドラゴンと戦う為に必須だって皆知ってるし…ていうか地球にドラゴンなんて現れるの…?」


レイが聞き返す。魔法という存在が当たり前になっている者としては至って普通の疑問でもある。


 「確かに…地球にドラゴンはいない…でも、魔法を使って召喚される武装は非常に強力でしょ?それを…軍事力として捉えれば…政府が隠そうとするのは当然よ…」


ドラゴン戦で使う兵装、それもバスター以上の者が使う兵装は凄まじい破壊力を秘めている。もしこれからが、地球でも運用可能で、しかもドラゴン以外にも効果が見込めるのなら、それは最早戦略兵器レベルの話ではない。軍隊を持たない日本としては隠蔽するのは当たり前である。


 「軍事力って…そんなもの…まさか…」


ルシアが気付く。この国では戦争など起こった試しがない。人間同士の殺し合いなど、そもそも存在しない。しかし、地球ならば事情は違っている。


 「うん…戦争が起きるからね…地球では…だから、魔法を使える人間が居れば、それを獲得する為に戦争が起きたっておかしくない…だからこそ、隠蔽するんだよ」


 「もし今までの話が本当だったら…恐ろしい事が起きるかもしれないわね…」


レイが焦る。


 「時在竜が策略によって出現したのなら…目的は恐らくこの国を丸ごとせしめる事…」


彩が目的を推理する。


 「でも…理由は何ですかね…?」


ユリアが疑問を投げた。


 「…昨日見つかった、温泉の話では、そこへ続く通路にはプラチナなどの希少金属があったって言ってたでしょ…?もしこの国中にああいう希少資源が沢山あるとするなら…欲しがるわね…日本は資源ない国だから…」


彩が深刻な顔で話す。


 「でも…時在竜の能力を考えたら、今話している事も忘れさせられるのよね…」


レイが考え込む。


 「と…とりあえず、アーク探し、しません…?」


ステラが恐る恐る提案する。


 「それはそうなのだけど…今までの推理が当たっていれば、時在竜が消したがるものって何になるのかしら…?」


ルシアがドゥーエ・アークに関して考察する。


 「むしろそこが分からないと探しようがないですよね…」


かえってアークが浮かびそうなものが分かり辛くなった。ユリアも必死に考える。


 「ちょっと待って…異世界に干渉しようなんて考える連中ならさ…私たちがこう考える事を見越してるんじゃないかな…」


レイが懸念する。一歩先を読まれているのなら、向こうの思うツボになりかねない。


 「あり得るわ…しかも、向こうは時在竜を制御している可能性もある…」


彩がさらなる懸念を示す。そもそも、時在竜を制御できないと企みの成功は困難だ。


 「時在竜を制御って…だったらなんでも好きなものを消せる事になりますよね…」


ステラがようやく、話の全てを飲み込み、議論に加わる。


 「そうね…そうなると…何を消すのかしら…」


彩が頭をフル回転させるが、どうも先程から考えがちゃんと纏まらない。


 

 「あ、皆さん、議論中でしたか…?もうお昼過ぎですから、昼食にされてはいかがですか?ユーリ様から料理を届けるように言われています」


カレンが入って来た。女王補佐としてあれこれ仕事は多いのだが、レイや彩たちの事も心配だ。


 「…えっとじゃあ食べながら話進めましょ。時間もったいないし無礼講で。」


レイがピザを齧りながら話す。王族に限らず、この国では食事はゆったりと過ごす習慣があるのだが、そんな悠長な事も言ってられない。


 「とりあえず、何を消すんでしょうね…あ、ピザ美味しいです♪」


ユリアが食べながら話す。


 「むしろ…向こうは企みを成功させる為に障害を排除するはず…やっぱ出来立ては最高よねー」


ルシアも食べながらだが、思考速度は全く鈍らない。


 「障害って…そりゃそれを見抜いた私たちですよね…隊長、それ美味しいですよー」


ステラが至った結論は皆も納得する。企みを暴いた者はそれを阻止できうる。ならば、成功の為に排除するというのは当たり前の行動になる。しかし、疑問が残った。


 「でも…全員消すなんて出来るのかなー…」


彩の指摘こそが疑問だ。ドゥーエ・アークは複数の対象に浮かぶ可能性も否定できないが、人間を消すというのは、いくらなんでも困難だと考えられる。


 「だったら…鍵になる人間を1人消すなんていう考えはどうでしょうか…」


ユリアが小声で答えた。


 「それで私たちの精神をへし折る、或いはその人間の記憶が消える事でこれまでの話の内容も消せるって寸法か…」


彩が頷く。人間を消せば、その人間自体は当然消える。それだけでなく、周りの人間からもその人間に関する記憶は消えるのだ。そしてその人間が関わった事柄に関する記憶も纏めて消えてしまう。そんな重要人物にアークが浮かべば、絶望感を味わう事になるだろう、と彩は推測した。



 「でも…そんな人…誰…?」


レイが彩に聞いてみた。


 「例えばだけど…ユーリ王は違うと思うわ」


意外な回答だ。


 「どうしてかしら…?」


ルシアが聞き返す。ユーリ王を消せば、それこそ簡単に事が済みそうだ。


 「もし、ユーリ王を消してしまえば、アイリス王国そのものが消滅すると思うの。この国は王によって統治されているから、王はその国の化身と言っても過言じゃないわ。もし国ごと消えてしまえば、目的は破綻しちゃう」


彩が的確に返す。ユーリが消えてしまえば、全ての人間からユーリという存在が消えてしまい、関連する記憶も全て消える。それはまさにアイリス王国の消滅と同義だ。この国を欲する者ならば、そんな愚かな真似はしないはずである。


 「だったら、消したら都合よく私たちだけにダメージを与えられて、でも国は消えたりしない…それ結構厳しくないです?」


ステラが考え込む。


 「逆に、そんな条件が当てはまる人間は少ないと考えればいいの」


ルシアの言う通り、条件が指定されればされるほど、該当者は減っていく。


 「だったら、もし私が消えたらどうなる?」


彩が仮定の話をする。


 「彩が消えたら…それでも、ドラゴンの情報を探し当てたのはレイと私だから、迎撃は出来そうよね…勝てるかはともかく…」


彩が消えたら、戦力面では大きく損なわれる事になるが、情報的にはさほど問題にならなそうだ。彩は時在竜に関する情報を全て報告で聞いているに過ぎない。


 「だったら、ソース元のレイちゃんかルシアちゃんって話だけど…どっちかだけ消しても多分、何とかするよねぇ…」


彩が腕組みする。2人がそれぞれ集めた情報から、色々判明したのは事実だが、片方が欠けても恐らく補完すべく残った一方が動く。それを可能にするだけの能力や行動力をレイもルシアも持ち合わせている事は全員が納得するところだ。


 「私やユリア先輩はどちらかというと外野組ですしねー…」


ステラが呟く。基本的に後から情報を得た者を消すことには意味がなさそうだ。


 「リリィも同じだもんね…」


レイが呟いた。同じく、後から情報を知った組だ。


 「そうなるとさ…もっと根本的な所に着目するべきよね…」


彩が発想転換を図る。このままじゃ小田原評定だ。


 「…どこに着目するのかしら…?」


ルシアも考えてはいるが、思いつかない。


 「ここまでに至るきっかけ、原点」


彩が短く答える。ドラゴン云々の話以前の話だ。どうしてここに至ったのか?


 「それはドラゴンズ・アークがユーリ様に浮かぶ以前の話になってくるわね…」


ルシアが今までを振り返る。


 「そうだね…」


 「ちょっと待って…まさか…」


勘の鋭いルシアは直ぐに気付いた。


 「恐らく…消されるのは楓君…ね…」


重苦しい口調で告げる彩。


 「…でも…確かに…辻褄は合うわね…」


絞り出すような声を出すルシア。認めたくはないが、実際辻褄が合う。楓が来てから、人間関係が変わり始め、ユーリにアークが浮かんだ。もし楓が消えれば、楓が来て以降の一切の記憶が消えるだろう。そうなれば、どうなるかは考えずとも分かる話だ。


 「楓が…そんな…」


レイが青ざめる。よく考えたら召喚したのは自分だ。責任感と悲しみが混じった、言葉にならない感情がこみ上げて来る。しかも召喚したレイは消えたとしても、ドラゴンの情報という観点ではルシアというバックアップがある。だから消す事に意味がない。何とも皮肉な話である。


 「レイちゃん…しっかり…」


彩がレイを抱きかかえる。ショックのあまり、腰が抜けていた。


 「私…どうしたら…」


取り乱すレイ。


 「皆、一旦話は終わりにしてちょっと休みましょ」


そう言いながら、ユーリが入ってきた。彩はユーリのベッドにレイを運ぶ。


 「すみません…ユーリ様…」


彩が謝る。


 「ううん…現実から目を逸らしちゃダメ…でも、今回はちょっと受け入れるのが大変ね…」


 「推測だけで話しているので何とも言えませんけど…」


 「それでも、筋は通ってるんでしょ…?」


ユーリが確認する。


 「一連の出来事に説明がつきますからね…」


彩が答える。その表情は苦しみを呈していた。


 「例えばの話…レイが楓君を召喚していなかったらどうなっていたのかな…」


 「どうでしょう…やはり誰かが消えたんじゃないでしょうか…個人的には、楓君が召喚される事自体が仕組まれた出来事かもしれないと考えていますが…」


彩のこの疑いようは親から受けた虐待で身につけたものだ。お陰で、騙されにくい上に、人の策略や建前と本音を見分ける事に非常に長けている。


 「あらどうして…?」


 「四条家の者がそう簡単に召喚されるような気がしません…あれだけの名家の人間をピンポイントで召喚できるものかなと…」


四条家は日本有数の名家だ。どこにでもあるような家系ではなく、由緒ある。


 「うんうん…」


 「しかも、楓君はとある名家に派遣されるはずだったのに召喚されています。しかもそのある名家に関しては本人も全く知らないらしく、また楓君は家では居ないも同然の扱いだったと聞いています…」


召喚される事自体が仕組まれた事だと疑う余地が沢山ある。


 「確かに…一理あるわね…最初の召喚ではこちらは人物を指定できないの。こちらに来た事がある人間が再びこちらに来る時には指定できるけれど…」


ユーリの言葉からすると、仕組むならやはり召喚される側に何か細工をするという可能性が浮かぶ。


 「でも…とりあえずはレイちゃんを落ち着かせないと…」


全員がショックを受けているが、寝込んでしまったのはレイだけだ。


 「そうね…」


ユーリも眠るレイの頭を撫でながら心配する。



 王宮に激震がはしっていた頃、丁度楓とリリィは戻って来た。


 「見つからないね…アーク…」


リリィがしょげる。見つからないのも当然だ。


 「とりあえず報告はしよう」


2人はユーリの元へ向かった。


 「おかえりなさい…」


流石のユーリでも、いつも通りの笑顔で出迎える事は出来なかった。


 「えっと…すみません…アークが見つからなくて…」


期待を裏切ってしまったと感じる楓は申し訳なさそうに謝罪する。


 「えっとね…その件なんだけど…」


やはり伝えなくてはならない。


 「はい…?って…あれ…なんだか…意識が…」


ドサッ…


楓が倒れた。


 「楓君!?彩ちゃん!急いで、エレン呼んできて!!」


ユーリが叫ぶ。エレンは医務室に勤務する校医だが、王宮付の医者でもある。


 「はい!」


彩が走って行った。


 「楓…かえで…!」


リリィが必死に呼ぶ。だが気絶したのか、全く反応がない。直ぐに楓をベッドに運び、エレンを待つ。


 「何事ですか!」


エレンが血相を変えてやってきた。


 「楓君が急に倒れちゃって…」


ユーリが状況を話す。


 「なるほど…」


エレンが診察を始める。息はあるので心臓は止まっていない。しかし、魔力には違和感を感じる。


 「先生…」


すがるような目のリリィ。泣き出さなかったのが不思議だが、本人としては泣きそうなのを必死で堪えている。


 「これは…魔力が一時的に凍結して起きた症状ですね…」


エレンが見解を述べた。


 「魔力凍結って…本来、自分が使う用途以外に魔力を強引に使おうとすると起きるやつですよね…なんで楓君に…?」


彩は納得できない。楓の魔力は非常に高い上、用途も自分たちと同じ竜狩人としてのものだ。それがいきなり用途が変わるなど、普通に考えてもあり得ない。


 「原因は…これですね…」


エレンが楓の服の袖をまくり上げる。腕に白い紋章の一部が浮かんでいた。見たところ、この紋章の形成に楓の魔力を使用しているようだ。


 「…これ…これよ…ドゥーエ・アーク…」


彩が小声で呟いた。自分たちの推測が正しい事を裏付けてしまっている。


 「待って…アークの形成で魔力を使い切る心配ないの…?」


ユーリが心配する。通常の魔力切れなら寝ればいいだけだが、こんなイレギュラーな使い方をして底をついたら、命に関わるかもしれない。


 「それは大丈夫ですね…このアークが消費する量をどれだけ多く見積もっても、楓君の魔力は殆ど減りません…異世界から来たというのに…彩さんもですけど、凄まじい魔力ですよ…」


基本的に異世界から来る人間の魔力は平均より少し高い程度だと言われている。それでも、竜狩人は人手不足なので召喚するのだが、彩も楓も上から数えた方が速いほどの高魔力保持者だ。


 「そう…このアーク…あとどれくらいで完成するの…?」


ユーリとしては、この場の全員もだが、アークの完成時期は超重要情報だ。


 「そうですね…明日一杯という感じでしょうか…」


こんな話をしている間にも形成は進行している。エレンがその速度から見積もる。


 「速いわね…」


 「速い…」


ユーリと彩はその速度に戦慄した。数日はかかるとされていたのが僅か1日しかないとなると色々と大変だ。


 「とりあえず…レイちゃんにはなんとか次の召喚魔法を準備してもらわないと…」


彩が冷静さを取り繕って解決すべき課題を明らかにする。寝込んでしまったレイに何とか立ち直ってもらわないと、時在竜に対抗しうる竜狩人の召喚が出来ない。


 「彩…!」


ルシアが駆け込んで来た。


 「ルシアちゃん…?」


 「楓君にアークが浮かんだのね…」


 「うん…」


 「さっきからずっと考えて居たんだけど…日本で企みをしている人たちは、この後にレイがやる召喚魔法についても考えているんじゃないかしら…」


当然あり得る話だ。


 「だとしたら…この世界に召喚される人間すらも計算の内…って事ね…」


要するに、この世界に送り込みたい人間が居るという事になる。


 「その送り込む人間に…アイリス王国を確保せよと命令しているとしたら…」


ルシアが最悪の予想にたどり着く。


 「恐らく…時在竜に対抗できるだけの能力を持っているはず…そして倒させて、力を見せつけるんだわ…時在竜に勝てる竜狩人がクーデター起こせば…アイリス王国は終わるわね…」


彩が悪夢を語る口調で話した。



 「でも…召喚しないと時在竜は倒せないでしょう…?彩が居るとはいえ…」


 「無理ね…」


分かっていながら相手の策に乗るしか選択肢がない。


 「しかも…この記憶は消されてしまう…」


ルシアが悔しがる。ここまで相手の腹を読んでも、その記憶が丸ごと消されてしまう。楓が消えれば、そもそもこんな話は無かった事になるのだ。


 「既知を未知にするなんてね…無茶苦茶もいいとこよ…」


彩も諦め口調だ。起こることが分かってもどうしようもない。


 「それでも…時在竜は倒さなきゃいけないわ…だから、レイにはやってもらうしかないわね…」


ルシアが感情を押し殺す。この国の人間はドラゴンにやられる位なら自殺した方がマシだと考える者が多い。時在竜にやられる位なら、時在竜を倒して、その倒した竜狩人と対峙する方がまだ、国民的な心情を考慮すればマシだろうという判断だ。


 「私もルシアちゃんと同じ考えよ…女王として…苦渋すぎる決断になるけど…」


ユーリも悔しさが滲み出る。


 「だったら…やっぱりレイちゃんに頑張って貰わないとね…」


彩が立ち上がる。


 「彩さん…落ち着いて下さい」


優しく話しかけたのは意識が戻った楓だ。


 「楓君!?大丈夫なの?」


 「ええ、大丈夫です。どうやら僕が消えてしまうみたいですね」


自分の腕に浮かんだアークを見ながら淡々と語る。


 「そうよ…」


ただ肯定しかできない彩。そんな自分に反吐が出そうだった。


 「そうですね…とりあえず、アークはいつ完成するんです?」


 「明日一杯…」


 「ならまだ24時間と少しありますし…とりあえず、皆さん、休みましょう。見たところ、疲労が相当溜まっていますから。レイ様の事は、僕に任せて下さい。」


ゆっくりと話す。こんな時でも優しい笑顔を見せられるのはまさに執事の底力である。


 「…そうしよっか…」


その優しさに安心してしまったのか、反論出来なかった。その日は皆、部屋で休むことにする。全員、疲れが溜まり過ぎていたせいか、速攻で寝入った。



 翌日、朝一で起きたのはルシアだ。伴って、ユリアも起きる。


 「ユリア、本づくり手伝ってくれる?」


 「もちろんっ。でも、何か意味あるの?」


2人で編集から装丁まで行い、本を作っていた。


 「何もせず、指を咥えて国が盗られる位なら…ちょっとくらい足掻きたいのよ」


 「よく分からないけど…手伝うよ!」


その意味深なセリフは頭脳明晰なユリアでも理解出来なかったが、とにかく作業を始めた。


 ルシアとユリアが図書館で作業を始めてからしばらくして、楓達も起きる。


 「おはよう…楓…」


リリィが悲しそうな顔で挨拶する。よく考えたら最後の朝なのだ。


 「おはよう、リリィ♪」


笑顔で答える楓。


 「楓…おはよ…」


眠りっぱなしだったレイも目覚める。


 「おはようございます、レイ様♪」


やはり笑顔で答える。


 「楓…何で…そんなに笑っていられるの…?今日は…最後なんだよ…」


リリィがうっすらと涙を浮かべながら尋ねる。


 「僕が日本に居た頃、とても尊敬している会社の経営者が居たんだ。その人は、自分の直感を信じて、好きな事をやった結果、世界一の企業を創り上げた。その人の名言にね、


『もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしている事は本当に自分のやりたい事だろうか?』


っていうのがあるんだ」


 「どういう…意味…?」


リリィにはよく分からなかった。


 「もし、人生最後の日だったらその日には当然やりたい事だけやるよね?つまり、毎日がそう言う日だと意識して、やりたい事を見失ってはいけないっていう意味なんだ。僕は今まで、四条家に居てやりたい事なんて出来なかったし、探した事もなかった。でもこっちに来てから変わったんだ。そして、ついに今日が人生最後の日。だったら、辛さや悲しみに暮れてる暇があるなら、リリィやレイ様とやりたい事をやりたいんだ」


凛とした声で答える。まさに本音だ。


 「楓…」


リリィは何て返せば良いのか迷っている。


 「ですから、レイ様も、自分のせいでこうなった、だなんて思わないで下さい。思う暇があるなら…僕と今日一日を最高の一日にする手助けをお願いします。最低の一日か最高の一日か、そんなの後者がいいに決まってるじゃないですか」


レイを見つめながら、諭すように話す楓。


 「楓…ごめんね…でも、ありがとう。なんか吹っ切れたっ!」


その言葉でレイはいつもの調子を取り戻した。


 「3人とも起きてるわね…今日をどう過ごすかは、任せるわ♪」


ユーリが微笑みながら声を掛けた。やはり、楽しい事を考える方が前向きに、元気になれる。


 「ありがとうございます♪」


楓が礼を言う。これで一日、自由に何でもできる。


 「楓…今日は何するの…?」


リリィが尋ねる。いざ、何かすると言っても案外思いつかない。


 「3人で、王都に♪」


ニコッと笑う楓。どうやら何か考えがあるようだ。レイとリリィは急いで支度する。


 (まさか…こんなにも早く人生最後の日が来るなんてね…流石に予想外。でも、どうせ来るのが遅いか早いかってだけだし…別に死ぬのは怖くない。でも、リリィとは一緒に居たかったなぁ…それに、僕が消えた後大丈夫かな…まぁでも…今はこの瞬間を楽しまなきゃ)


楓としても内心では複雑な思いがあるにはあったが、やはりやりたい事をやらねばという気持ちが先に立つ。


 「あー楓っ、今日は執事なんて思わなくていいからさ、家族として私と接して…?」


レイが少し恥ずかしそうに頼む。


 「分かったよ、レイ♪」


微笑む楓。2人のお願いは何でも聞いてあげたい。それもやりたい事だ。



 しばらくして、


 「お待たせ…」


 「おまたせーっ!!」


リリィとレイの支度が済んだ。2人とも気合のはいったおめかし具合だ。


 「綺麗…2人とも…今日はお揃いなんだね」


 「姉さま大好きだし…」


 「リリィが好きだもん…」


恥ずかしそうな姉妹。お互い大好きだからこそ、お揃いにする。似た者同士で微笑ましい。


 「じゃあ、行こうか♪」


右手をリリィと、左手をレイと繋いで3人は笑顔で王宮を出発した。楓は2人を喫茶跳ね馬に連れて行った。


 「いらっしゃい!今日は3人かい!」


マスターのレオが気さくに話しかける。

 

 「今日は、ちょっとお腹いっぱい食べたいので、お願いします!」


楓が元気よく頼む。


 「…ふふ…ついにこの俺、レオ・フェラーリが本気を出す時が来たようだ!」


そう言いながら、袖を捲る。気合十分だ。


 「えっと…楓…どういうこと…?」


趣旨が理解できないリリィ。


 「私も分かんないっぽい!」


レイも理解できていないっぽい。


 「簡単だよ♪今日はここで思う存分飲み食いしたい!」


楓が叫ぶ。アイリス王国の食事は美味い。だからこそ、食べまくりたいのだ。


 「なるほど…」


リリィが頷く。


 「あれ?でもなんで私たちも?」


レイが素直な疑問を投げる。


 「もちろん、一緒に食べたいからだけど、普段姉妹はあんまり食べてないでしょ?だから今日だけは無制限に好きなだけ食べようって話だよ♪」


姉妹は体形を気にして、普段はかなり小食なのだ。王女としての見栄もある。おかげでスタイル抜群なのだが、普段から空腹とはお友達だ。そうやって気にしないと食べ過ぎてしまう位、食事は美味しい。王都でも肥えた人はそれなりにいる事がいい証拠だ。


 「てなわけで、どんどん出すぜ!まずはパスタだ!」


レオが割と大盛りで出してくる。


 「それじゃあ、食べよっか♪」


 「うんっ♪」


 「やったぁ!」


制限なしで食べれるとなると、食欲がドンドン湧いてくる。3人は幸せそうに料理に手を付け始めた。


 

 その頃、親衛隊副隊長のステラは実家に帰っていた。というのも、朝に


 「すみません…隊長…お願いしてもいいですか…?」


げっそりした顔で話しかけた。昨日のショックでかなり病んでいる。


 「ステラちゃん…何でも言って…?」


彩はかなり強靭な精神を持っているので、すでに立ち直っていたがステラの事が心配で仕方ない。


 「ちょっと…実家のお母さまとお父さまに会いたくて…」


辛さのせいもあってか、親が恋しい。


 「分かったわ…行っておいで…」


辛いときに親に会うなんて、彩からすれば考えられない行為なのだが、ステラの両親とは前に会ってとても良くしてもらったのを思い出す。今のステラを癒せるのはやはり両親だけだろうと思い、送り出す事にした。


 「ありがとう…ございます…」


という事があった。ステラはショックの余り、涙すら出なかったが、ストレスが一瞬でキャパを超えてしまったのか、体中の調子が悪い。あちこち痛む。馬車の壁にもたれてぼーっとしているといつの間にか実家に到着した。


 「ただいまです…」


意気消沈した声で家に入った。


 「ステラ…どうしたの…?」


ただ事ではないと感じた母親のララが優しく抱きしめた。


 「かあさまっ…かあさま…」


温かい母親の温もりに心が癒される。思い切り泣いた。


 「よしよし…♪」


敢えて何も聞かず、抱きしめ、頭を撫でる。今は事情云々よりも、母親とこうしたいというステラの気持ちは聞かずとも直ぐに分かった。


 「ステラ、帰ってたのか!何かあったようだな…ま、話したくなったら話してくれよっ!」


明るく話しかける父親のカルロ。細かい事に拘らないざっくりした性格から来る気さくさもまた、ステラにとって癒しになる。ステラは疲れが溜まっていたので、一旦自室で寝る事にした。昨夜は一睡もできずじまいだったのだ。


 (実家の布団と枕…あったかい…おちつく…)


慣れ親しんだ実家の寝具。ララが心をこめていつもベッドメイキングしてくれている。その優しさを感じながら、落ち着いて眠った。



 お昼頃、ララが様子を見に来た。


 「起きてるかしらー…お昼ごはんできたけどー…」


 「ふわぁ…おきましたぁ…」


欠伸しながらステラが起き上がる。


 「体大丈夫?」


 「しっかり寝れたので…大丈夫ですっ」


いつものステラらしい表情だ。着替えて、階下の食卓へついた。


 「実はですね…」


事情を説明し始める。何かあった時はいつも、好きな時に話せば良いと言われているが、何かとステラは食事時を選んでいた。食べながら話すとなぜか上手く言えるのだ。そんなところも両親は理解しており、ララとカルロは耳を傾ける。


 「なるほどね…そう言うことか…」


 「はい…」


概ね理解したララ。


 「私がもし、そんな立場だったら…うーん…」


親としてやはり何か言ってあげたい。


 「辛いですよね…やっぱり…」


俯くステラ。大人であってもやはり辛いのだろうなと考える。


 「そりゃね…人間だもの。大切な人が消えたら辛いし悲しい。でもね、私さ…おバカさんだから、消えない可能性、帰ってくる可能性なんてのをさ、信じちゃうかなって♪」


意外な回答だ。


 「そんな可能性は…」


ステラとしてはそんな可能性は0だと思っている。時在竜に消されれば、それで終わりなのだ。


 「0だって言えるか?ステラ。」


カルロが口を開く。優しい表情だが真剣だ。怒っている訳ではない。ステラに元気になって欲しいからこそだ。


 「それは…その…」


0だとは思っていたが、断言できるかと問われると、出来なかった。


 「言えないだろう?よく大人は現実主義だとか言われるが、俺はいつも夢を見る男だからな!0じゃない可能性に全力で賭けるぞ!!」


 そう言うカルロはまさに、0じゃない可能性を信じてモノにした男だ。


 「あなたってば…新作の野菜を王宮に採用させるんだ!って意気込んで、宮中じゃ無理だろうって言われてたのを御用達指定にしちゃったものねー♪」


嬉しそうに懐かしむララ。夢を見て、諦めずに勝ち取った瞬間を間近で見ていた。


 「そう言う事だ!この世界は広いぞ!俺だって知らない世界がまだまだある!要するに、何が起きるか分からないんだから、真面目すぎる生き方するよりは、バカな生き方した方が可能性広がるんじゃないか?ステラは俺たちの誇りだ!だからこそ親が保証してやる!真面目もいいがたまにバカになった方が、色々と見えるぞ!」


そう言いながら、頭を撫でてあげる。その手は今まで、自分がバカをやって、0じゃない可能性をモノにした、ステラにとって偉大な手だ。


 「お父さま…そうですよね…0じゃないなら、その可能性を信じたっていいですよね…」


 「そういうことだ!0じゃないんだから、いいだろう?どんなに低い確率でも、0かそうじゃないかは全然違うんだ。だから、ステラも自分が信じたい、賭けたい可能性を、信じるんだ。」


励ますカルロ。その笑顔は夢に生きて、諦めなかった男の誇りを体現していた。


 「ありがとうです…元気出ました…♪」


ステラは決心できた。


 (楓さんは…きっと帰ってくる!どんなに掛かっても帰ってくる!だから私は…忘れたとしても…忘れずに…待つんだ!)



 お昼も過ぎて、そろそろ夕方か、という少し半端な時間。楓達は、喫茶跳ね馬でのんびりとしていた。


 「いやぁ…食べた食べた♪」


楓は実はかなり食い意地が張っている。普段はそんな風ではないが、いざスイッチが入るとフードファイターをも凌駕する存在だ。

 

 「ふーっ…美味しかったね…」


 「いやー…こんなに満腹なの初めて♪」


その楓といい勝負する姉妹の方が実は強者かもしれない。その細い身体にどうやって入るんだと言われそうだが、相当食べた。普段食べない分の反動が来た感じだ。


 「いやー…店の材料すっからかんだぜ!ハハハッ!」


レオが笑う。こんなに食べるとは思って居なかったが、むしろ嬉しい。


 「いやーすみませんね…マスター」


 「気にするなって!美味そうに食ってくれるのが最高に幸せなんだぜ!」


料理人として、やはり美味しく食べて貰えるのは嬉しい。むしろそれこそが、モチベーションでもある。


 「楓ー…」


リリィが声を掛ける。


 「ん?りリィ?」


 「楓が淹れた紅茶が飲みたいなっ…♪」


 「あ、私も欲しいなっ!」


姉妹は楓がティータイムに淹れる紅茶が大好きだ。


 「分かった♪マスター、キッチン借りますねー」


 「おう!自由に使ってくれ!」


私服姿でキッチンに立つが、手つきはいつもの執事として行う時と同じだ。どんな時でもプロ意識は忘れない。


 「お待たせ♪」


にっこり笑いながら、ティーカップに紅茶を注ぐ。じーっと見つめる2人。この鮮やかで優雅な手つきも大好きだ。


 「何回飲んでも美味しいし、飽きないなぁ…」


 「ほんとねー♪」


ゆったりとティータイムを楽しむ。それも今日で最後になってしまうのだ。


 「姉さま…」


 「なぁに?」


 「楓が消えない可能性を信じたら…ダメ…?」


リリィは今まで、姉の方針には全て従ってきた。尊敬していて、大好きだからこそだ。だが、今回ばかりは譲れなかった。レイは楓が消えてしまうものだと考えているが、リリィはそうは思いたくない。


 「…そうね、良いんじゃないかな…」


レイは静かに答える。


 「姉さまは…消える可能性を信じちゃう…?」


 「私も…夢を見たい…0に近いけど、0じゃない可能性を信じてみたい。でも…王女としての仕事とかやってる内に…リリィみたいには考えられなくなっちゃった…」


レイとリリィは姉妹なので2人とも王女として待遇を受けるのだが、仕事は第一王女のレイが基本的に行う。リリィはサポートや、代役に回る事が多い。これはレイがリリィには自由に過ごして欲しいと考え、仕事を全部自分に回させてきたからだ。


 「だったら…姉さまの分まで、私が信じ抜く…」


リリィが決意を表明した。初めて姉と違う道を歩く。でも、姉の事は決して忘れない。


 「ありがとう…リリィ。こんなに優しい妹が居て、幸せ♪」


ニッコリ笑うレイ。


 「姉さま、召喚魔法頑張ってね…」


レイにしか出来ない事。それが召喚魔法だ。


 「もちろん!」


召喚魔法の行使には安定した精神状態で臨まなければならない。


 「僕は、素敵な姉妹と過ごせて幸せだよ…♪そして、リリィ、愛してる♪」


微笑みながら、改めてリリィに気持ちを伝える。


 (こんな僕でも…人を好きになって愛する事ができるんだ…だから、リリィとは最後まで一緒に居たいんだ!)


溢れる気持ち。それはもう、言わずとも伝わった。


 「私も楓を愛してる…だから、ずっと一緒に居る…!」


 「楓とリリィは本当にお似合いのカップル…いや夫婦ねっ♪」


 「いやーめでたいぜ!まさに馬が合うってのはこの事だな!」


レイとレオが2人を祝福する。別に結婚式という訳でもないが、流れ的にそうなった。喫茶跳ね馬で今日、過ごした時間は間違いなく最高のものになった。



 その頃、王宮では彩がバルコニーで王都を眺めながら、物思いにふけっている。夕日を受けてキラキラ輝く街並みはとても美しく、癒しになる。


 (楓君…消えちゃうんだな…今日で…何がスレイヤーよ…結局私は誰も救えないんじゃない…)


自分の弟も、楓も、守れない自分に嫌気がさす。


 (ねえ…私って何の為にいるの…?)


自分の存在意義を見失いそうだ。


 「決まってるでしょ?守りたいものを守るため」


そう言いながら、パルトネの姫華が隣に現れる。


 「でも私は…守れてないわよ…」


 「それは今の話。これから先は分からない。」


 「でも…」


 「守れる可能性はちゃんとあるんだよ?0なはずないじゃんっ」


励ます姫華。マスターには笑っていてほしいものだ。


 「できると思う…?」


自信を失くしていた。


 「できるよ。できると思えばね?」


 「思えばって…そんな…」


 「自分から可能性を捨てないで?掴みに行って?できる可能性は0じゃない。やろうと思えば何だって出来るんだよ!」


姫華は彩を信じている。このマスターなら出来ると。


 「同じ事…光に言われた事あるなぁ…」


懐かしむ彩。


 「光って?」


聞き慣れない名だ。


 「私の弟だよ」


 「いい名前だねっ!」


 「でも…今は、真っ暗だろうな…心が…光り輝いてなんかないと思う…」


親の虐待を受け続けていると考えると、それだけでも希望が絶望になる。


 「だったら、彩がもう一度輝かせてあげたら良いんじゃない?消えた光を取り戻してあげようよっ!」


 「できるかな…?」


 「できるよっ!!」


どこまでもポジティブな姫華。


 「だったら、私…楓君を助けて、光も助ける。今夜で楓君は一旦消えちゃうだろうから…忘れちゃうかもしれない。それでも、助けて見せる!そして、必ず光をクソ親から救い出す!」


これが彩の答えだ。


 「うん!それでこそ彩!私も全力で手伝うから♪」


姫華がにっこり笑う。



 夜になり、楓達はある場所へ向かっていた。もう少しで日付が変わる。


 「楽しかったね…本当に…」


リリィが話しかける。


 「いやー…楽しかった!」


楓が満足そうな顔で答える。ティータイムを楽しんだ後は、王都を3人で散歩したり、お菓子を食べたりと、充実した時間を過ごした。


 「ていうか…どこに向かってるの…?」


レイだけはどこへ向かうのかさっぱり分かっていなかった。


 「姉さまにも見せたい場所♪」


そう言っていると目的地へ着いた。


 「綺麗…これって…アイリスの華よね…こんなに綺麗に間近で見られるなんて…」


王家管理の花畑だ。レイはアイリスの華はもちろん何度も見ているが、花束や鉢植えなど、少数でのみでしかない。これほどまでに美しい花畑は初めて見た。


 「やっぱり綺麗だね…♪」


楓は二度目だが、やはり美しいものは何度見ようが飽きない。夜に見るアイリスの華もまた月光に輝き、美しいのだ。


 その時、楓の体が白く輝き始めた。


 「楓…もしかして…」


レイが慌てて腕を確認する。ドゥーエ・アークが遂に完成してしまっていた。


 「いよいよ…かぁ…」


楓は運命だと思い、達観している。


 「…楓…帰ってきてね…」


リリィが抱き着く。


 「そうだね…できるなら」


楓だって、帰ってこれるなら帰ってきたい。


 「楓…大好き…愛してる…私には楓以外あり得ないの…」


泣かないと決めていたのに、涙がこぼれた。


 「楓…あなたが来てくれて…本当に楽しい時間が過ごせた…だから…かえってきてほしい…」


レイも涙ぐむ。


 「そうだね…僕だって…こんなに楽しい時間と素敵な人たちと別れるのは…辛いよ…」


その目にうっすらと涙を浮かべる。それは他人に見せる初めての涙だ。


 「楓…」


抱き着いて離さないリリィ。


 「1つお願いしていいかな…?」


涙を拭いて、りリィとレイに問いかける。


 「なに…?」


 「何でも言って…?」


リリィとレイは楓の望みならなんだって叶えてあげたい。


 「もし、僕が帰って来られなかったら…恐らく…記憶に残らないだろうけど、僕の事は思い出そうとしたりせず、忘れていて欲しいんだ」


それはあまりに衝撃的な頼みだ。


 「そんな…好きな人を忘れたままになんて…もし記憶から消されたって…ドキドキした感情は忘れない…絶対思い出す!」


 「そうよ…私も…一緒に居て楽しいと感じたこの感情、忘れはしない…だから…何をしてでも思い出す!」


姉妹揃って反論する。


 「ありがとう。でもね…もし僕が居ないのに僕の記憶に捕らわれたら、2人は前に進めなくなると思うんだ。それは…僕として辛いからね…だから、大好きだからこそ、忘れられたい」


優しく話す楓。


 「うぅ…かえでのばか…」


 「大馬鹿よ…楓…」


リリィとレイは大泣きする。


 「バカでいいよ…♪それじゃあ最後に…自分の心と直感を信じて。他人に惑わされずにね。それが僕が2人に送る最後のメッセージだよ…」


 「楓…かえで…!!!」


楓の体は白き光となって散って行った。そして、アイリスの華もまた散って行った。それはまさに、有終の美を飾り、また、大切な人が消えた事を悲しむ涙のようでもあった。それと同時に、皆の記憶から楓の存在が消えた。


 「あれ…姉さま…?」


記憶から楓が消えたリリィは何故自分がこの場にいるのか、理解できない状態になってしまっている。


 「リリィ…?」


 「なんでここに…」


 「えっと何でだろう…」


 「でも…何かを失ったような気が…」


 「…そうね…」


いきなり記憶から楓が消えたその感触はまさに、ぽっかりと大穴が空いたかのようだ。


 

 「あ…姉さま、召喚魔法の準備を…!」


何故かそれだけがくっきりと浮かんだ。


 「そうね…!急いで王宮に戻りましょ…!」


姉妹は走って王宮に向かった。アイリスの華の花畑は散ってしまっていたが、一輪だけ散っていない花がある。それは、ひと際綺麗な花弁を持つ、美しい花だった。



 王宮で、召喚魔法の準備に入るレイ。


 「えーと…これで良しっと…」


 「大丈夫?ちゃんと確認してね?」


ユーリが心配する。その瞬間、


グニャ…


一瞬だが空間が歪んだような気がした。けど、そんな筈はないだろうと思い、気にしない。


 「始めるわね…」


 「分かったわ」


レイが魔法陣に魔力を込める。


 『私、レイ・アイリスの名の元に、地球の日本から、竜狩人を召喚する!相応しい者よ、答えよ!!!』


その口上と共に、辺りが白い光に包まれた。召喚成功だ。



 召喚成功の瞬間は日本でも観測されていた。東京都内某所にて。


 「奥様…どうやらアイリスの方で召喚は成功した模様です。」


男性が報告する。


 「ならいいの。」


短く答える女性。和服に身を包む。


 「しかし、奥様…何故、あのような不良品を送りつけたのです?」


 「あれは、いわばスペシャルなのよ」


 「スペシャル…と申しますと…?」


 「使い方次第ではスレイヤーを超える存在になるわ」


 「…私の目は節穴かもしれませんね…あれは不良品にしか見えませんが…」


 「節穴じゃないわよ?あれをスペシャルにするために私も苦労したんだから…」


そう言いながら、ため息をつく。


 「なるほど…そう言う事ですか…それと時在竜を倒させた後はどうなさるおつもりで?アイリスの方では国を盗られると予想しているようですが…」


 「確かに、アイリスを奪えたら、日本は資源輸出大国になるだろうけど…私はそんなの興味ないのよね…」


 「では…?」


 「しばらくは様子見かしらね?ちゃんとスペシャルとして成長して貰わなきゃ、何の価値もないわ?時在竜を倒すなんてそんなの当たり前。」


 「奥様の先見の目にはいつも驚かされるばかりです。」


一礼する男性。


 「それはそうと…今日は何の予定があったかしら…?」


 「はい、青蓮院家との密会ですね。」


 「あー…そうだったわね…あっちはあっちでスペシャルを送り込むんだって言ってたんだった」


 「では、お車を準備します」


男性は一旦下がった。女性はノートパソコンを開く。そこに写っているのは、娘と息子だ。


 「ねぇ…私はね、愛情なんてそんなもの知らないの。でもだからと言ってあんな真似はしないのよ…?」


独り言を呟く。


 その後、青蓮院家の人間と密会に臨んだ。床の間にはアイリスの華が活けてある。これが、一種の目印でもあった。


 「で…そっちは成功したの?」


女性が青蓮院の人間に尋ねる。


 「成功した。2人同時でも案外、すんなりと行くのだな」


 「とりあえず、これで成功したら…計画が進むわ」


 「全く…君が考える事は本当に恐ろしいよ…」


 「そう?でも、素晴らしいでしょ?」


ミステリアスな笑みを浮かべる女性。


 「だが…2人だけではサンプルが少ないのではないか?」


 「いきなり大量にやっても仕方ないでしょうに…まずは成功例を確認して検証。そこからじゃないと量産なんて無理無理」


 「まぁ…正論だな」


会話している2人には感情というものが無いのではないかとさえ感じさせる空気が漂う。氷のように冷たい女性と全く何も感じさせない青蓮院の人間。


 「それに、前に一度送ったのは失敗したからねー」


 「あれはどうして失敗したんだ?代わりにどうやら凄まじい魔力を持っているようだが、それはそれで使いようもあるだろう?」


 「魔力高いし…情緒不安定だし…使い勝手悪過ぎよ…」


呆れる女性。


 「魔力を高める事の弊害なのか?あの不安定さは」


 「恐らくね。失敗した理由は、調整不足ってとこ」


 「では今回のサンプルはきっちり調整したと?」


 「もちろんよ。徹底的に、一切の容赦なくね」


 「現時点では成果はあるのか?」


 「今頃、召喚されて目覚めてるけど、魔力は知覚できてないわね」


 「ほぉ。0にできたのか」


 「0というより零ね」


 「それは興味深いな。とりあえずは竜狩人として成長する筋書きか?」


 「そうよ?アイリスじゃそれしか選択肢ないしね」


 「さしずめ、魔力零の竜狩人か。にしても…不便なものだな…行き来は」


アイリス王国へのアクセス手段は、アイリス側からの召喚または送還しかない。これは厄介だ。


 「まぁ…こっちからアクセスできなくもないんだけど…素性ばれるから嫌なのよ」


魔力を持つ者ならば、召喚魔法を誰が使ったかなどを知覚できる。女性は素性をばらしたくないので、わざわざアイリス側からの召喚を利用しているのだ。


 「にしても、自分の娘で失敗したら次は息子でやるのか」


 「別にいいでしょ?私の物だし?」


 「それ自体に文句はないがな…君と血縁関係にある者ではイレギュラーになるんじゃないか?君自身がそうじゃないか…」


 「だから青蓮院家の関与を認めてるんじゃない。それに言うでしょ?子供の事は親が一番よく知っているってね」


 「ふっ…違いない…」


密会はこれで終わった。帰りの車中で女性は再び独り言を呟く。


 「ねぇ、私の期待にちゃんと応えてよね。だって、あなたは私の物なんだから、光…♪」



こうして物語は魔力零の竜狩人へ続く…

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アイリスの華 東洞院咲夜 @Sakuya_Higashinotoin

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