そして、エピローグ……

そして、プロローグ……

 金色の雲に厚く閉ざされた惑星、金星――。


 その近郊宙域に、突如として小さな物体が出現した。


 小さい、とはいえ、十メートルばかりの大きさはある。

 だが広大な宇宙において、天体のスケールと比較するなら、その物体は無に等しいほどのサイズしか持っていなかった。


 物体はその位置まで航行してきたのでも、金星の重力に引かれてきたのでもなく、ある瞬間から、突然その場に存在するようになったものだった。


 物体はひどく破壊されていた。


 かろうじてわかるのは、内部が空洞のボール状をしていたということだ。

 だが無惨な破断面が何ヶ所も大きく開いており、内部は宇宙の真空にさらされてしまっている。


 動くものの気配は、なにもない。


 金星と太陽の双方に照らされながら、物体はゆるやかに自転をしてゆく。

 そのうちに、内側の空間に太陽光線が入りこみ、破れた空洞の中の様子が明らかとなる。


 人のかたちをしたものが、七つばかり――床面に倒れているのが確認できる。


 七体の人らしきものは、乳白色の真珠質によって覆われていた。

 床と境目なく癒着している。

 そして円形の床の中央で、手と手を握り合うようにして、折り重なって倒れていた。


 物体のなかで動くものはなにもない。


 だが物体以外の場所でなら――動きがあった。


 それは宇宙的スケールで計ったとしても、すこしばかり大きな動きである。

 金星の大気が動きはじめていた。

 大陸ほどの大きさの渦が巻く。渦の勢いが増すにつれ、分厚い雲は外へと追いやられてゆき、金星を何十万年も覆っていた雲に、ついに穴が穿たれた。


 大渦の中央――。層をなす雲の下層から垣間見えてくるのは、巨大な樹木の梢であった。


 ただ単に巨大と言うには、それはあまりにも大きすぎた。


 大陸に等しい大きさを持っていた。


 一枚一枚の葉は、軌道上からは視認できない。

 枝も一本一本まで見ることはできない。

 だが大きく張り伸ばした幹と、大地に深々と食いこんだ根の二つだけは、天体スケールからでも確認できるものだった。


 幹の表面は赤く染まっていた。

 燃えているのだ。

 金星の気温は木材の発火点を優に越えている。


 そして金色の雲の主成分は、濃硫酸である。


 梢の上部に繁る葉は、別な意味において焼かれつづけている。

 しかし樹木からは生命力が溢れ出していた。


 いま金星から――いや、金星中に根を張り渡したその樹木から、巨大な念動が放出されてきた。


 惑星規模の念動力が、その手にそっと収めたのは、十メートルにも満たない例の物体であった。

 天体スケールからみたなら、塵にも等しいその小さな物体を、たおやかなPKサイコキネシスの腕で、そっと抱き止める。


 優しく扱い、ゆっくりと引き下ろしてゆく。


 樹木の梢が割れていった。

 枝と葉とが、道をあけてゆく。

 その小さな物体を内部へと迎え入れるために、幹がみずから裂けていって、白い生木の道を開く。


 黄金色の生命エネルギーが溢れ出す内部へと、物体は運ばれていった。


 金星の雲が割れて、地表の様子がうかがえていたのは、この十万年の期間のなかで、この瞬間――わずか数時間ほどのことでしかなかった。

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竜王の船 新木伸 @araki_shin

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