三つ巴
氷の外に飛びだしてみて、夏生は何が起きていたのかを理解した。
他の二隻の星船が到着していて、氷に対してそれぞれの武装で攻撃を加えていた。
その攻撃が氷にヒビを入れ、ヒビが入ってくれたおかげで、スサノオは氷を割って脱出することができたというわけだ。
《どうも我々を取り合っているらしいな。三者ともに、別々の勢力ということか》
《なるほど》
秋津の説明によって一発で理解できた。
新規に加わった二隻がこの場に到着したときには、スサノオは氷に閉じこめられて、運ばれてゆく最中であった。
星船を欲しがっているらしい他の二隻にしてみれば、容認できることではなかったのだろう。
そのおかげで得た自由を無駄にすることなく、スサノオは上昇をかけた。
いまや三方向が塞がれている。残された道は、上――宇宙にしかなかった。
ぐんぐんと上昇をかけてゆくと、青かった空の色が、しだいに黒へと近づいてゆく。
太陽からの光線が凶暴なまでに輝いていた。
大気圏の厚みは、ほんの百キロかそこらしかなかった。
上昇をかけて三十秒もしないうちに、もうスサノオは宇宙に飛びだしてしまっていた。
《追ってきてるよ》
真琴が言ってくる。
夏生にもわかっていた。
三隻の星船が食いついてくる、そのプレッシャーを首筋で感じている。
宇宙へと出たスサノオは、地球を周回する軌道に入った。
人工衛星の飛ぶ高さを、それ以上の速度で駆け抜ける。
空気という邪魔者がいなくなり、速度は上限なしに上がってゆく。
加速度だけが問題となった。加速度とは、すなわち
それぞれの星船に乗る
夏生の心配は現実のものとなっていた。
船の性能で――。エンジンの性能で――。念動者のパワーで――。上回ることができない。
引き離すことができない。
眼下の地球が動いてゆく。
地球が回って見えるほどの速度で飛んでいた。
スサノオも、そして追ってくる三隻も、船体が発光をはじめる。
この高度にもわずかに存在している空気分子と、摩擦を生じて赤熱してゆく。
後ろの三隻から攻撃がはじまった。
高エネルギーのなにかのビーム。そして小型の
どの船も近代兵器で武装していた。
通常兵器に属するものは防御可能だった。
磁気シールドでビームをねじ曲げ虚空へと返す。
ミサイルは至近距離で爆発させて、爆圧をあえて受けとめておいてから慣性中和で無力化する。
実体弾は全力加速をしているうちは、勝手に狙いが逸れていってくれる。
地球周回が二周目に入ったとき。
三隻のうちの一隻――。
はじめからずっと夏生たちを追ってきていたアメリカの星船に、これまでとは違う動きがあらわれる。
わずかに速度を落として、他の二隻よりも遅れを取る。
《なにかやってくるつもりだぞ》
パワーをなにか他のことに向けているのだとわかった。
青白い光を放ちながら、船体表面から薄膜状のなにかが鎌首をもたげてくる。
それは鎌のように見えた。
湾曲した三日月状の刃は、どんどんと巨大化していって、船体よりも遙かに大きなものとなる。
実体を持たないエネルギーの刃なのだろう。
現代兵器によるママゴトではなく、超能力による本気の攻撃が、ついに始まった。
鎌が振るわれる。
全長が数キロ近くにも伸びた鎌は、エネルギーの刃であるが故に、質量というものをまったく持たないようだった。
支点である船体から長く伸びてゆくにつれ、振り回される速度も際限なく上がってゆく。
どんな能力なのかわからないので、食らうわけにはいかない。
振り回される鎌の先をすべて避け続けていたが、加速を犠牲にしてまで行う回避運動には無理が溜まってゆく。
そしてついに捉えられる瞬間がきた。
斬られた――と思った瞬間、予想したような衝撃はなにもこなかった。だがなにかが欠けていた。
欠けたのは、体の一部の感覚だと気づくまでに、数秒かかった。
《凍ってる!》
全身を走査した真琴が、異常箇所を発見する。
斬りつけられた場所は尾部のほうだった。
そのあたり一帯がまるで無感覚になっている。
――と。凍りついた組織が、ぽろりと脱落していった。
数メートルほど大きさの凍りついた組織塊は、しばらく宇宙を漂っていたが、やがて崩壊をはじめた。
細かく細かく砕けつづけ、ついには視認できないほどの微細な塵になってしまう。
ゆっくり視ている暇はなかった。
次の鎌が振るわれてくる。
凍てつく氷の鎌は、もたもたしている間に何本にも数を増やしていた。
蜘蛛の足のように、細く長くあらゆる方向に広げられた鎌が、一斉に襲ってきた。
避けられなかった。
だがこんども衝撃はない。
ただ――あるべきものが欠けているという喪失感だけが感じられた。
凍りついた組織が、数メートル単位で、つぎつぎと脱落してゆく。
欠けた部分には肉芽が生じて、すぐに再生と修復がはじまるが、失った物質までは戻ってこない。
氷の刃が乱舞する。
スサノオは滅多斬りにされた。
全長五十メートルほどはあったはずのスサノオの体は、ほんの十メートルかそこらにまで小さく縮んでしまっていた。
《みんな……、無事か?》
攻撃がやんでいた。
夏生は皆の無事をまず確認した。
自分の他に気配は七つ。
姫とスサノオ自身も含めて、すべて揃っている。
全員が無事であるということは、すくなくとも、ブリッジ周辺の数メートルには手が付けられていないということだ。
そのわずかな空間だけしか残されていないのかもしれないが……。
《逃げられ……、そう?》
訊いてきたのは、真琴だった。
他の者は黙って、返事を待っている。
組織をそぎ取られて体積がごっそりと減ってしまったと同時に、パワーの源も持っていかれてしまったようだ。
能力を増幅する星船の機能が、ほとんど働いていないようだった。
《どうなの?》
真琴がふたたび訊いてくる。
《それは……》
夏生には言えなかった。
《あちらさん、なんか揉めてるみたいだから、逃げるならいまだけど……》
真琴が透視の能力をいっぱいまで振り絞ると、三隻の星船の様子が視えてきた。
三隻のそれぞれが他の船に対して攻撃を加えている。
増幅率が下がっているせいで、真琴の透視も性能が落ちていた。
すぐ近く――ほんの数百キロの距離で行われているはずの戦闘の様子さえ、細かなところまではわからないほどの衰弱ぶりだった。
仲間割れ――というよりは、はじめから仲間でもなんでもなく、スサノオが逃げられなくなったと判断して、その取り合いを始めたのかもしれない。
《わかった》
夏生は言った。
三隻から距離を取ろうと試みる。
何千分の一か。それとも何万分の一なのか。
夏生が単独で
しかしスサノオの体のほうも、削ってもらったおかげで、質量は何十分の一に変わっている。
以前の超加速とは比べるべくもない、のろのろとした加速で、スサノオはゆっくりと移動をはじめた。
地球がじわじわと遠ざかってゆく。
全力で逃げていたときの速度と方向が残っているのだった。
地球の大気圏に戻ることが、もっとも逃げのびる可能性の高い道だということはわかっているのだが、そちらに進路を向けることができない。
現在の速度に比べて、
戻るためにはまず速度を打ち消す必要があるのだが、それには何時間もかかってしまうに違いない。
《月に向かってるよ……》
真琴の言うとおり、スサノオは月に向けて漂っていた。
《この速度であれば、一時間とかからないな》
《月旅行かぁ――、そういや、そこも行ってみたいと思ってたんだよね。宇宙船だって聞いてたし》
しんみりとした声で真琴が言う。すっかり諦めムードになっている。
ぐるるる……。
野獣の唸り声のような声が聞こえた。
《おい……》
冷たいものが、夏生の背をはしった。
すっかり忘れていた。
従順なペットのように思いこんで、気にもしていなかった。
《なに? ねぇ誰よ? やめてよね、ちょっと――》
真琴の声に答えるように、ふたたび、獣の野太い唸りが鳴り響く。
ぐるるるる……。
《……スサノオ?》
真琴の呼びかけにも、返ってくるのは、警戒心と敵意ばかりだった。
生物であれば必ず備わっている自己保存本能が目覚めていた。
生まれたてのなにも知らない無垢な魂が、追い回され、小突き回されたうえに、体を何分の一になるまで切り刻まれたのだ。
生まれてわずか数時間では、理性などというものが備わるはずもない。
生命の危機というストレスにさらされて、本能がむきだしとなったのだ。
スサノオは〝敵意〟を覚えたわけだ。
《おねがい、落ちついて――ひっ》
なだめようとした志津が、火傷したように心を離す。
本当に火傷をしたかもしれない。
皆には伝えまいとして、彼女がすぐに遮断してくれたわけだが、一瞬だけ、その荒々しさに夏生たちにも触れた。
その巨大な心が放つ敵意は、人間とは比較にならない大きさであった。
まともに触れたら人間の意識など、ひとたまりもなく押し潰されてしまう。
《だめ……、ふせぎ、きれない……》
志津がうめいた。
遮断しようとしているが、圧倒的な心の質量の差があった。
人間が象を止めようとするものだ。
溢れだした奔流が、夏生たちの意識に襲いかかってきた
凶暴な敵意。
それは剥きだしの生存本能からくるものだった。
生まれたての魂を持つスサノオは、無垢であるが故に、敵意もまた純粋だった。
強制的に共振してくる精神感応が、夏生たちを凶暴な衝動に染めあげる。
自分のものではない闘争本能に絞りあげられる。
スサノオは夏生たちを支配してこようとしていた。
六人を自己の〝一器官〟として吸収しようとしているのだ。
《みんな……、がんばれ!》
自分自身という存在を手放したら終わりだった。
無駄と思える抵抗をつづけながら、夏生は思い出していた。
こうなることは、すでに聞かされていたのだ。
荒ぶる怪物だと聞かされていなかったか?
〝外敵〟に力で対抗しうるような存在であると?
そして人身御供を要求してくるような神でもあると?
夏生はもうひとつ大事なことを思い出していた。
《アリシア! ――だめだっ!》
夏生は叫んだ。
どす黒い破壊衝動に染まった心象空間のなかで、そこだけが白く神々しく輝いている。
彼女は両膝を折って
なにかを決意する顔で、手を胸のまえで組み合わせる。
なにに対しての祈りなのか夏生は知らない。自分が喰われることが怖くないはずはない。その恐怖に打ち勝つだけの願いをこめて、彼女は祈る。
心象空間を満たしていた黒い闇が、彼女のほうにどっと押し寄せた。
埋めつくし、まとわりつく。
彼女の顔も――彼女の肢体も、すべて黒い闇に覆い尽くされて視えなくなる。
かわりに夏生たちは束の間の自由を得た。
《いまのうちにここを出る》
秋津の声がした。腕を引かれる感覚がある。
《おい。待てよおい! アリシアが――》
《きなさい夏生!》
真琴と二人がかりで引きずり出される。
水の中から浮かび上がって、水面に顔を出すような感覚があった。
長いこと忘れていた肉体感覚が戻ってきていた。
どこか薄暗い場所にいた。喉がひりつく。呼吸が苦しい。空気が薄くなっているせいだと気づく。
〝ブリッジ〟と夏生たちの呼んでいたあの場所に戻ってきているようだが、部屋の様相は一変していた。
シートやパネルといったものは姿を消していた。
平らな床だけの殺風景な部屋と化している。
手足はまったく動かせなかった。全身が床に埋もれている。首だけが、かろうじて外に出ていた。
心象空間にいたときには、すぐ近くに感じられた皆の存在も消え失せて、いま夏生は一人きりだった。
「おい――、みんな?」
「夏生~、ここから出して~」
声が聞こえてきてほっとする。真琴の声だった。
「みんないるのか?」
まず自分の体を外に出してから、それから皆の身体を順々に
「いてて、あたたたた……」
「うええ。べとべとぉ。ひりひりするぅ」
皆、ひどい姿となっていた。
粘液がまとわりついている。肉体的にも消化吸収されかかっていたのか、手足の露出していた部分は赤く腫れている。スカート姿で露出の多かった真琴が、とくにひどい。
とりあえず全員の救出は終わったものの、アリシアにだけは手が出せなかった。
彼女は立ったまま取り込まれていた。
完全に組織に覆い尽くされ、封じこめられてしまっている。祈りのポーズそのままに彫像と化している。
「アリシアさん。……守ってあげたいですか?」
彫像となった彼女を見つめていると、隣に並んできた志津がそう言った。綺麗な黒髪まで粘液でべったりと汚れて、さんざんな有様だ。
「もちろんだ」
「……みんなで助かりたいですか?」
「もちろんだ」
「じゃあ約束してください。みんなで助かるって。一人で無茶はしないって。無茶するのなら、みんなで一緒だって」
「あの子を助けたい気持ちは、みんな一緒なんだよ」
真琴が言ってくる。
秋津もうなずく。
大鉄の肩の上で小鉄もうなずいている。
「スサノオに、どっちが主人か思い知らせてやりましょう」
志津はそう言い切った。
「ペットの躾は最初が肝心なんです」
「ペットっていうか野獣だけど」
「土佐犬だって野獣だってなんだって躾けられます。猛獣を使うには気迫で勝てばいいんです」
「お、おう」
「さっきはみんながばらばらだったから負けちゃいましたけど。六人でかかれば負けません。負けるはずがありません」
迷いのない志津の顔に、思わず、うなずかせられる。
「わたしがしっかりみんなをつかまえています。だからみんなは――」
と、志津がそこまで言ったときだった。
衝撃が襲ってきた。揺り動かされて、壁に激突する。
「なんだ! どうした!?」
それぞれ別の壁面にすがりつく。
振動はいっこうに収まらず、むしろ、どんどんと激しくなってゆく。
「三機とも来てる。すぐ外に」
「戦ってたんじゃないのかよ!?」
視覚に入りこめないのがもどかしい。状況を口頭で聞くしかなかった。
三隻の星船は三つ巴の戦いをしていたはずだ。
どれが勝つにせよ、やってくるのは一隻だけだと思っていた。
「三機が……、スサノオのこと引っぱってる。それぞれ三方向に」
「政治的に決着がついたらしいな。三等分して、それぞれ一片ずつ持ち帰るつもりのようだ」
「ひめさまが入ってたら、それアタリー」
「おれたちはクジかっ!」
振動はますます激しくなり、ついに壁面に裂け目が入った。
空気が漏れ出てしゆく。急激に気圧が下がる。
ただでさえ薄い空気が抜けていき、部屋の中は真空へと近づいてゆく。息が出来ない。
体を床面に引きつけていた重力のような作用も切れて、体が床から離れてゆく。
夏生たちは床の凹凸を掴み、這いずるようにして部屋の中央に集まっていった。
一度だけ振り向くと、大きく開いた壁の亀裂から宇宙が見えていた。
小鉄が一人だけ遅れていた。
体も小さく、なんの能力も持たず、それでも懸命に頑張っている。
励まそうにも、もう空気が存在していないのか、なんの声も喉からは出ない。
小鉄が最後の一メートルを這い進んできて、全員の手が部屋の中央に集まった。
そして夏生たちは気持ちをひとつにして、心象空間の中に飛びこんでいった。
重ねあった手を握りしめ――。
◇
《早くしないと我々の体が保たなくなる》
《わかってる》
夏生が言ってきた。それに夏生が答えを返す。
夏生の言ってくる通りだった。
こちらに移って楽になったのはいいが、現実世界の肉体は、あの部屋の中で真空にさらされているのだ。
《姫様あっちだよー》
夏生がアリシアを見つけだして夏生に言う。
《あれ?》
《そのままみんな夏生君に同調して――ぜんぶ預けて》
と夏生が言うので、夏生は疑問に思うことをやめた。
心に力がみなぎっている。
六人を合わせた心の力は、単なる六倍などではなかった。
《六の六乗であれば四六六五六倍となるし。もしくは六の階乗で七二〇倍となるか》
夏生はかつてない能力を手にしていた。五桁の計算もなんと一瞬だ。
《ここ突っこむべきところ?》
夏生は心象世界を見渡した。
白く神聖な輝きを放つ少女の体に、黒いスサノオの本能が取り憑いているのが見える。聖なる輝きを犯しつつある。
ほんのしばらく前には、あれほどデカく感じられていたものが、いまは自分と同じ大きさでしかない。
やれる――。六人でなら。
《スサノオっ!》
夏生は雄叫びをあげた。
《――てめー! オレのおんなになにしてんだ! ゴルァ!》
《オレのってあのね》
《だまって。とりあえず全部肯定してっ。――ゴルァ》
《ゴルァ》
《ゴルァ》
《ゴルァ》
《ごるぁ》
全員の意思が完全に一致をみる。
夏生は突進していった。
がっぷりと四つに組む。力と力との――。いや――。この心象世界では、力とはすなわち、気迫のことである。
気合いと気合いとの勝負であった。
《オレのおぉ――オンナだアァ!》
本能にとても近いところから、雄叫びが迸る。
守る。なんとしてでも守り抜く。夏生の――夏生たちの叫びは、種族維持本能――自分以外のなにかを愛し、守ろうとする本能に基づいたものだった。
それに対してスサノオの力の根本となっているのは、自己保存本能――自分自身を守ろうとする本能だった。つまり恐怖だ。
二つの本能同士が激突しあった。
どちらが勝るのか。
結果はは、はじめから見えているようなものだった。
すべての生物にとって、最も強い本能とは――すなわち「愛」であった。
たかが生存本能ごときが、勝てるはずもない。
スサノオの意思が、ついに屈服する。
相手を圧倒して、服従を認めさせた瞬間――。
相手の手放した感情が、恐怖や敵意といった、スサノオを苦しめていたものが、支配を奪った瞬間、すべて夏生たちに丸投げされてくる。
こわい。
きえろ。
あっちいけ。
《―――!!》
夏生たちは、歯を食いしばってそれに耐えた。
《耐えるの……、得意です、からっ……》
《む――》
志津と大鉄。
ふたりの心が、この方面では強靱で、忍耐強かった。
ふたりの心が双璧となって立ち塞がってくれる。
夏生たちはなんとか乗り越えた。
激情がようやく過ぎ去ってゆく。
と、足下に擦り寄ってくるような気配がひとつ。
《くうん》
スサノオの心だった。小さくうずくまり、恭順の意を示している。
ふと気づけば、夏生はアリシアの体を抱きしめていた。
祈り続ける彼女の体が見えているせいか、自分の体も視覚で見えるイメージとして存在している。
《貴方のオンナにされてしまいました》
《えっ?》
アリシアが――彼女が言葉で話しかけてきた。
《いつか、貴方のものにしてくれますね? たしかに約束しましたよ。――夏生》
大人っぽく微笑む。
これまでのあどけない彼女とは別人のようだった。
目を覚ました彼女が腕の中にいる。
彼女を抱いているはずが、抱きしめられているのは自分のほうであるような感じさえする。
《まいりましょう。わたくしの
彼女は言った。
《でもどうやって。金星になんて……》
心象世界ではこうして落ちついてられるが、現実世界のほうでは、スサノオは切り刻まれて、三等分されそうになっているところなのだ。
《彼女なら――》
と、アリシアの大人びた意識がどこかへ向けられる。
《ボクー?》
夏生の胸のなかから、小鉄の声がのんびりと応じてくる。
どういうことになっているのやら。
いま皆は夏生のなかに一体化して存在しているようだった。
《彼女の眠っている力を目覚めさせます》
アリシアの体が黄金色の輝きに包まれる。
暖かなその光が、腕を通して夏生の体に染みわたってくる。
疲労が吹き消されてゆく。
細胞のひとつひとつにまで、力が染み渡ってゆくようであった。
《生体エネルギーと呼ばれるものか。――彼女を食らうということは、この膨大なエネルギーを得るということを意味していたわけだな》
秋津から説明されずとも、触れていればわかった。
彼女の体から湧き出してくる金色の輝きは、命の力、そのものであった。
単細胞生物から動物、植物に至るまで、生物であればすべてが備えるエネルギーである。
その量は、無尽蔵とも思えるほどで――。
とても一人の人間、一人の少女から発されているものとは思えなかった。
高圧電線がどこかから無尽蔵の電気を運んでくるかのように、彼女の放出する命の輝きは、まったく尽きることがないように思えた。
《ボク……、跳べるかも》
小鉄の声が、ぽつりとつぶやく。
その声には期待と予感がこもっていた。
夏生はふと、自分が初めて念動力に目覚めたときのことを思い出して笑った。
《彼女の能力とは、空間を跳躍する能力――テレポートだ。星船が必要とする最後の
秋津が言う。
なんの力も持たず、ずっとコンプレックスに悩んできたであろう小鉄に、夏生は言ってやった。
《小鉄。思いっきり、やっていいぞ》
《うん!》
小学生らしい元気な声が返る。
《いっくよー!! ――ばびゅーん!》
これまでのどんな感じとも違う衝撃が、夏生たちを襲った。
そして夏生は意識を失った。
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