一次元の男【1分で読める創作小説2025】

鉛色のイカリ

一次元の男

 一枚の紙が部屋に置かれていた。


“一次元に行く方法を見つけた”


 その言葉と共に、彼は部屋から消えてしまっていた。


 俺は大学で文学を学んでいる。彼は同じゼミの友人で、文学というものを幅広く学びたいという。彼がよく言っていたのは


「人は文字に縛られている」


 という言葉だ。文学を専攻しているのに、なぜそんな考えが浮かぶのか俺には疑問だった。


「なぜ人は文字にこだわるんだろう。三次元的な伝達手段は今の時代、いくらでもあるのに」

「声とかか? けど聞こえない人はどうする? そんな人のために文字があるんだろ」

「けどそれは旧態的だ。文字なんて結局線と点が交わっているだけに過ぎない。人がそのくびきから解かれるには……」


「ならモールス信号は? 一次元的だけど、完全な点と線。文字の縛りからは解かれるし、誰でも理解できうる」


 壁には黒い点と、線が浮かび上がっている。

 俺はそれを指でなぞる。それは壁のしみではなく規則的に壁に沿って浮かんでいる。

 触れて分かったのは、立体的に存在しているわけではないということ。壁から浮かんでいるように見えるが、触れようとするとすり抜ける。


 彼の机に置かれていたのは、ゼミで使う文学の本。だがそれらはすべて破かれていた。ただ一つ破れていなかったのはモールス信号に関する本。


『モールス信号とは一次元的な言語であり、いかなる状況であっても使うことができる。光の点灯や音として使われることもあるが、基本の読み時には点と線を使う』


 彼の部屋のメモ用紙とペンを使い、俺は壁のモールス信号を解読することにした。


『ーーーー ーーーー ー・・・ ーー・ー・ ・・ ー・・ーー ・・ー ー・ ・・ 』


「『ここは自由だ』?」


 本に書かれていた解読法を使った結果、その言葉が現れた。

 今彼のいる世界は本当に自由なのだろうか? 一次元の世界なんてものは、何より制約された世界のように思えるのに――――


 そう思った瞬間、壁に浮かんでいたモールス信号は切り替わるように変化した。

 俺はそれをメモに書き、解読する。さっきと同じように。


『・ー ・・ー・ ーー・ー・ ー・ーー ・ー・ー・ ・・ーー ・ーーー・ ・ー・・ ・ー ー・ー・ ・ー・・・ ・・ー・ ー・ーー・ ー・ー・ ー・・・  ー・ー・ ーー・ー・ ー・ーー ・ー・ー・ ・ーーー  ー・・ー・ ーー・ー・ ・・ ・ーーー ーー・ー・ ー・ーー・ ・・ーー ・ー・・ ーー・・ー ・ーー・ ーー ・・ー ー・  ー・ー・・ ・・ー・ー ・ー・ ・・・ ー・ー ・ー・・ ー・ーー・ ー・ ・ー・ー ・・ー  ーーー・ ーーーー ・・ーー ー・ー・・ ・・ー・ー ー・ ーー 』




『ーー・ー・ ・・ ー・・ーー ・・ー ・ー・ ・ー・ー・ ・ー・ーー ・ー・ ・ー ーー・ー・ ・・ ・ー・ ・ー ・ー・・ 』

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