いもうと

呑戸(ドント)

いもうと

 太田さんには「妹がいた」という確かな記憶がある。


 年の差は四歳で、その子がハイハイしているのを眺めたり、一緒に花火をしたり、公園を駆け回ったり、好きなアイドルについて話したり、ケンカしたり、進学のことで長々と相談し合ったりしたのを覚えている。


 妹さんが亡くなった時のことも記憶している。


 太田さんが二十二歳の時、冬、大晦日の前の前の日に電話があって、妹の友人から急死した、と知らされたのだ。

 目の前の車道を行く車や行き交う人の動きがゆっくりになり、やがて斜めになって、あぁ自分は倒れるんだ、と自覚した途端に、そばにいた見知らぬ中年の女性から支えられたことも回想できる。

 事故や事件、自死などではなく、急な心筋梗塞だったという死因もはっきりと思い出せる。


 その後の、葬儀や何やらの流れはあまり思い出せない。父親が顔を伏せて泣きながら喪主の挨拶をしていて、母親も顔を押さえていたことくらいしか頭に残っていない。

 あまりに突然のことで、ぼんやりしていたのかもしれない、と太田さんは振り返る。

 

 それから十年経ったが、太田さんの「妹がいた」という確かな記憶は揺らいでいない。



 ただ──



 妹の写真、映像、ケータイの通話やメールの記録、妹の持ち物、バッグや服、勉強道具、部屋、遺品、形見、過去の交遊関係など。

 そういったものは一切、何も残っていない。


 そして、これだけハッキリと妹のことを思い出せるというのに、太田さんはどうしても「名前」が思い出せないという。

 妹の葬儀は初七日とセットで行われたはずだが、四十九日や一周忌など、それ以降に弔いをした記憶はまるでない。

 先祖代々の墓にも、それらしき名前は掘られていない。

 地元の高校や中学、小学校にも問い合わせてみたけれど、教師たちの返事は芳しくなかった。

 役所で戸籍謄本を調べてみたものの、妹も弟も、姉も兄もいない。

 書類上は、太田さんは一人っ子となっている。



 さらに。


 記憶の中で妹と一緒の時にいて、葬儀の席で泣いていた両親は、いま実家にいる両親とは別人なのだそうだ。

 記憶の中の両親は顔つきも身体もスッとしていて、実際の両親は丸顔でふくよかな体つきをしている。

 似ても似つかない。

 妹が死んだ時に入れ替わったようにしか思えない。



 理屈に合わないでしょう、と太田さんは言う。



「だから、私ちょっとおかしいのかな、何かドラマとかアニメのお話とゴッチャになってるのかな、とずっと思ってたんですけど──」


 今年の正月のことである。


 今回の年末年始には、太田さんは実家に帰省していた。

 三が日が明けた頃に封書を出す必要があったので、切手を探していた。

 茶の間の棚の二段目か三段目だよ、とお母さんに言われて、切手をごそごそと探していると。


 ハガキ大の木箱が出てきた。

 深さは五センチくらいである。


 これの中かな、と蓋を外してみると、三つのものが出てきた。


 まずは、指輪でも入れるような、藍色の布張りの綺麗な箱。

 開けてみると、古代ギリシャの神の横顔のような意匠が掘られた銀色のネックレスだった。


「あっ、これ妹が私に、二十歳のお祝いでくれたやつだ、って思い出して」


 ふたつ目は、紫色の分厚い布に包まれていた。

 広げてみたら、小さく固い、白いものが入っていた。仏様のような形をしている。


「妹の喉仏だ、焼いた時にこれだけ別に引き取ったんだ、と記憶が甦ってきて」


 三つ目は、写真だった。

 高校の制服を着た太田さんが誰かと肩を組んで、カメラの方を向いてにっこりと、幸せそうに笑っている写真である。

 その左半分はぱっつりと鋏で切られていた。

 肩を組んでいる相手が誰なのかはわからないが、肩や腕の感じから、同年代か年下の女性、ということだけはわかる。

 白っぽい、フリルのついたワンピースから、細くて白くて美しい腕が、太田さんの肩に回されている。


「妹だ、って思いました」


 太田さんはその三つの品物を、そっと自分のマンションに持ち帰った。




 するとその日の夜から、部屋に妹さんが現れるようになった。



「今はまだ腕だけなんですよね。写真に写っていた腕だけ」


 腕は箪笥たんすの引き出しから垂れていたり、少し開いたドアから這い出てきたり、天井から下がっていたり、ベッドの中でシーツをせわしなく揉んだりしているという。



「妹の『証拠』が徐々に集まれば、少しずつ、出てくる部分が増えてくるんだと思うんですよね」



 今度帰省するときは、両親に強めに聞いてみようと思っています──



 太田さんは微笑みながら言うのだった。

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いもうと 呑戸(ドント) @dontbetrue-kkym

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