虚心坦懐

 私の初恋は小学生の時。

 近所に住むショータ君が好きだった。勿論、好きだなんて告白できる訳はなく、ずっと片思いだった。そして、彼は転校していなくなった。

 私の初恋は終わった。

 それから、好きな人は現れなかった。

 そんなある日、教室で、ふと誰かに見られている気がした。視線の主を探したが、分からなかった。誰かの視線を感じる――ということが何度かあり、やっと、クラスのタイガ君が私のことを見ているのではないかと思うようになった。

 いや、厳密に言うと、私ではなく、親友のワカナちゃんを見ていたのかもしれない。

 私の幼馴染、ワカナちゃんは外国人の血が入ったクォーターで、それこそ、お人形さんのように可愛い。スタイルも抜群で、年頃になれば、胸も大きくなって、更に魅力的な女性になるだろう。

 それでいて、根暗なところがあり、嫉妬からだろう。クラスの女子から人気が無かった。一人で寂しそうなので、私が友だちになってあげた。

「良いの。ユカちゃん」とワカナちゃんは私のこと、心配してくれた。

 自分と友だちになったら、クラスで仲間外れにされるのではと心配してくれたのだ。そういう心遣いが出来る子だったら、二人になってもやって行けると思った。

「仲間外れなんかじゃないよ。ワカナちゃんがいるじゃん」と言うと、ワカナちゃんは涙目で頷いた。

 ワカナちゃんと友だちになると、私を通して、ワカナちゃんの人となりがクラスの女子たちに伝わり、仲間外れになることはなかった。

 ワカナちゃんは、シャイで無口なだけだったが、お高くとまっていて、ちょっとモテるからって、私たちのことを下に見ている――と思われていたのだ。

 とにかくモテるワカナちゃんだが、「男の子が怖い」と言って、敬遠するものだから、彼氏が出来なかった。

 タイガ君はきっと、ワカナちゃんに恋しているのだ。

 タイガ君なら、優しそうだし、ワカナちゃんを大事にしてくれそうだと思った。

 何とかしてあげたい。席は隣だ。話しかけることができたらと思っていたら、タイガ君の方から話しかけてきた。

 私のノートにムルチのシールが貼ってあってあるのを見て、「ユカちゃんもムルチのファンなんだね」と声をかけられた。

 ムルチは大バズりのアニメ「漆黒の剣闘士」の主人公の名前だ。

「うん」と頷くと、そこから話が広がった。

 ムルチを突破口に、タイガ君と話が出来るようになった。休み時間の度に話しかけてくる。ワカナちゃんのところに行く暇もないほどだった。


――私のことが好きなのかしら?


 と思わないでもなかったが、いや、違う。ワカナちゃんのことが好きなのだ。「将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ」という諺がある。私は馬なのだ――と自分に言い聞かせた。

 そんなある日、クラスメイトからからかわれた。

「最近、タイガ君と仲が良いけど、付き合っているの?」

 そういう風に見られているのだと思った。ワカナちゃんにも聞いてみた。

「そうね。最近、タイガ君とばっかりしゃべっていて、少し、寂しいかな」

 このままでは、タイガ君の株が下がってしまう。

 思い切って、タイガ君に聞いてみた。

「タイガ君。ワカナちゃんのことが好きなのでしょう?」

 タイガ君は驚いた様子だったが、否定はしなかった。やはりワカナちゃんのことが好きだったのだ。

「いいわよ。私、協力してあげる」

「本当?」とタイガ君が言った。嬉しそうだ。

 その夜、私は泣いた。何故、涙が出るのか分からなかった。でも、心が痛くて仕方なかった。

 ワカナちゃんと一緒にいる時に、私に話しかけてみては――とタイガ君に提案した。タイガ君が話しかけて来ると、最初は警戒していたワカナちゃんだったが、徐々に打ち解けて行く様子だった。

 二人が少しずつ接近しているのを見て、心が痛んだ。


――ダメ。タイガ君が好きなのはワカナちゃん。二人が上手く行くようにサポートしてあげなきゃあ。


 自分にそう言い聞かせた。

 このままでは、私の心が壊れてしまう。二人、仲良くなってくれれば、あきらめがつくのに。そう思った。そこで、ワカナちゃんとタイガ君を急接近させることにした。週末、二人を連れ出して疑似デートさせるのだ。邪魔者の私は、二人が仲良くなったのを見て、姿を消せば良い。

「日曜日に、ワカナちゃんと買い物に行くんだけど、タイガ君。一緒に来ない?」と誘ってみた。

 タイガ君は戸惑っていたが、OKしてくれた。


 土曜日、鬼切神社にお参りに行った。

 明日はワカナちゃんとタイガ君の疑似デートの日だ。自分の心の葛藤にケリをつけておきたかった。よく当たると評判の御御籤を引いた。


――虚心坦懐。


 恋愛運のところに、そう書いてあった。どういう意味だろう。ネットで調べてみた。素直になって心を開くことを言うらしい。

 ケリをつけるどころか、却って迷いが生じてしまった。

 ワカナちゃんに電話をした。明日、タイガ君が来ることを伝えると、ワカナちゃんは「ええっ!」と驚いていた。そして、言った。「ユカちゃんが、私とタイガ君をくっつけようとしていたこと、分かっていた。でもね。私たち、親友よね。ずっとユカちゃんと一緒だったんだから、ユカちゃんのこと、誰よりも分かっているつもり」

「うん。私たち親友だよ。私もワカナちゃんのこと、誰よりも分かっているつもり」

「分かっているの。ユカちゃんがタイガ君のこと、好きだってこと。私とタイガ君のこと、くっつけようとしていて、好きになってしまったのでしょう」

「・・・」お見通しだ。

「今度は私の番。明日、約束通り、待ち合わせの場所に行って。そして、タイガ君に言うの。タイガ君が来ると聞いて、私、怒って来なくなったって」

「そんな・・・」

「いいのよ。それで、タイガ君の気持ちが覚めるかもしれない。ユカちゃん、彼のこと、好きなんだったら、私にだって渡しちゃダメだよ」

「ワカナちゃん・・・」

「明日、頑張ってね」

 ワカナちゃんは全て、分かっていた。

 明日は素直になろう。そして、伝えるんだ。タイガ君に。あなたのことが好きです――って。

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鬼切神社の御御籤 西季幽司 @yuji_nishiki

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