初恋は実らない

馬を射よ

 僕、タイガ。クラスで一番の美少女に恋をした。

 名前はワカナちゃん。スタイルが良くて、さらさらヘアーの、飛び切りの美少女だ。クラスの男子は皆、彼女に夢中だ。

 僕もワカナちゃんのことが好きになった。初恋だった。

 初恋は実らない――と言う。

 何とかしたくて、鬼切神社に行った。

 鬼切神社は町の守り神だ。昔々、有名な武将が鬼たちを退治したという伝説があるそうだ。鬼を斬るで「鬼斬り神社」となり、今の「鬼切神社」になった。

「おにぎり」から「お結び」を連想し、「お結び」から縁結びを連想することから、今では縁結びの神様として有名だ。

 それに鬼切神社の御御籤は当たると評判だった。いや、当たるどころか、願をかけて御御籤を引けば、ズバリ未来を言い当ててくれる――そういう噂だった。

 ワカナちゃんとのこと、相談してみたかった。

 御御籤を引いた。恋愛運を確認する。


――初恋は実らない。あきらめろ。


 と書いてあった。ショックだった。そう思って願掛けに来たのに、あきらめろはないだろうと思った。納得できなかった。なんとかしてくれよ~ともう一度、御御籤を引いた。

 恋愛運を見る。


――馬を射よ。


 と書いてあった。

 馬を射よ? どういうことだ。待てよ。確か、そんな諺(ことわざ)があったなと携帯で調べてみた。


――将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。


 という中国の諺があった。きっと、これのことだ。敵の大将を討ち取ろうと思うなら、馬を射て、大将を落馬させて討ち取れ――という意味だろう。要は、ワカナちゃんと付き合いたいなら、ワカナちゃんの友人と友だちになるのが手っ取り早いということだ。

 確かに、ワカナちゃんの友人と友だちになれば、ワカナちゃんが好きなもの、やりたいことなど、色々、聞くことができそうだ。

 ワカナちゃんと仲の良い女の子と言えば・・・ユカちゃんだ! いつも二人、一緒にいる。何とかユカちゃんと友だちになりたい。幸い、ユカちゃんの席は僕の隣だ。話だってしたことがある。ユカちゃんと友だちになることは、難しくなさそうだ。

 早速、翌日からユカちゃんの観察を始めた。

 どちらかと言えば大人しい女の子。長い黒髪がつやつやしていて、ちょと色黒。目の大きな可愛い子だ。いつもワカナちゃんと一緒にいる。

 ノートにムルチのシールが貼ってあった。ムルチは大バズりのアニメ「漆黒の剣闘士」の主人公の名前だ。僕も「漆黒の剣闘士」は見ている。これなら話が合いそうだ。

「ユカちゃんもムルチのファンなんだね」と声をかけてみた。

「あっ・・・うん」とユカちゃんが恥ずかしそうに答えた。

「先週のムルチとルーズベリー卿との闘い、見た?」

 話を広げる。ユカちゃんは乗り気――ってほどではなさそうだったが、それでもにこにこと話を聞いてくれていた。

 休憩時間の度にユカちゃんに話しかけた。最初は話題を探すのが大変だったが、会話が弾むようになると、話題を探す必要がなくなった。


 ある日、ユカちゃんに言われた。

「最近、タイガ君と仲良いねって言われるの。噂になっているみたいだけど、タイガ君、迷惑じゃない?」

「迷惑? 何故?」

「だって、タイガ君。ワカナちゃんのことが好きなのでしょう?」

「えっ⁉」僕は絶句した。

「見ていれば分かる。タイガ君。何時も目でワカナちゃんのこと、追いかけているから」

「・・・」何と答えようか迷った。

「ワカナちゃんと友だちになりたいのでしょう? いいわよ。私、協力してあげる」

「本当?」

「うん」とユカちゃんが頷いた。

「ワカナちゃんって、好きな人とか、いるのかな?」

「いない――と思う。好きな人がいるって話、聞いたことがない」

 例えいたって、人に話したりしないかもしれない。だけど、一番、仲の良いユカちゃんに言っていないということは、本当にいないのかもしれない。

「どうすればワカナちゃんと友だちになれかな?」

「そうね~ワカナちゃん、一人っ子で寂しがり屋さんなの。男の子が怖いみたい。だから、いきなり二人っきりで話をするのは難しいかも」

「へえ~」

「私がワカナちゃんと一緒にいる時に、私に話しかけてみたら? 少しずつ、ワカナちゃんとの距離を縮めて行けば良いのよ」

「なるほど~」

「ワカナちゃんもムルチが好きだから、最初はムルチの話で良いと思う」

「それなら簡単だ。先週の『漆黒の剣闘士』、見た?」「

「見た、見た。まさかムルチが――」

 ユカちゃんとは話が弾む。

 それからユカちゃんがワカナちゃんと一緒にいる時に、話しかけるようにした。

「良い感じ。ワカナちゃん、タイガ君に興味を持ったみたい」とユカちゃんが内部情報を教えてくれる。

 僕は有頂天になった。

 ユカちゃんが作戦を立て、僕に指示を出す。「ワカナちゃんエイトクロックの大ファンなの。次はエイトクロックの話題よ」

 エイトクロックは女の子に大人気の男性アイドル・グループだ。正直、詳しくなかったが、その日から猛勉強した。

 そうやって、ワカナちゃんとの距離を少しずつ縮めていった。そんなある日、ユカちゃんから「ねえ、週末、空いている?」と聞かれた。

「うん。別に用事はないけど」

「ワカナちゃんと買い物に行くんだけど、タイガ君。一緒に来ない?」

「えっ! 良いの?」

「まだワカナちゃんには話していないけど、多分、大丈夫だと思う」

「勿論、行く」

「そう。じゃあ、日曜日に――」と場所と時間を教えてくれた。

 日曜日、指定された場所に、指定された時間の十五分前に着いた。ちょっと早すぎたかと思ったが、ユカちゃんが来て待っていた。

「ユカちゃん、おはよう。早いね~」と挨拶をすると、ユカちゃんが「ごめんなさい!」といきなり頭を下げた。

「ごめんって、どうしたの?」

「それが――」

 ユカちゃんが言うには、ワカナちゃんに今日、僕が一緒に来ると告げたところ、「何だかデートみたいで嫌だ」と断られたということだった。

「ごめんなさい。楽しみにしていたでしょうけど、ワカナちゃん。来れなくなっちゃった。本当にごめんなさい」とユカちゃんが泣きそうな顔で言う。

「そんな・・・ユカちゃんに無理なこと、頼んだ僕が悪かったんだ。ユカちゃんが気にする必要はないよ」

「言い出したのは私の方。タイガ君を傷つけてしまった」

「大丈夫。僕、傷ついてなんていないから」

「本当?」

「本当さ。それより、今日、どうする? ユカちゃんさえ良かったら、二人切りだけど、予定通り、買い物に行く。映画とか、見ても良いし」

「うん。私はOKだよ」

 やっとユカちゃんが笑った。

「ユカちゃん。笑うと笑顔が可愛いね」と言うと、ユカちゃんが真っ赤になった。

 真っ赤になったユカちゃんの顔を見ていると、僕の心臓がドキドキと鳴った。急に、ユカちゃんのことを抱きしめたくなった。愛おしくてたまらなくなった。

「私、タイガ君に伝えたいことがあるんだ」

「そう。何?」

「うん。もう少し後で――」

「ふ~ん。ユカちゃん。僕、今、大事なことに気がついた」

「何?」

「ユカちゃんのことが好きだってこと」

「えっ・・・!」

「ワカナちゃんが好きっていったり、ユカちゃんが好きっていったり、僕、随分、いい加減だよね。はは」

「ううん。嬉しい。私もタイガ君のこと、好きだから」

「・・・!」

 御御籤に書いてあったのは、「馬を射よ」という一言だった。「将を射んと欲すれば」なんて書いてなかった。僕にはユカちゃんが相応しいと御御籤は教えてくれていたのだ。

 初恋は実らなかった。だけど、僕は本物の恋をみつけたみたいだ。

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