奇怪報告

李夢檸檬

奇怪報告

 きっと貴殿きでんに言われずとも、私はあの場所へと向かって、今、の時のように申し上げていたでしょう。僭越せんえつながらに、申し上げさせて頂きます。あれは、中々に奇怪な事象でありました。奇怪と云うのは……理解出来ない、あるいは、なんとも不気味であると云う事でして、より深く考えるほど恐怖を感じるような、身の毛が弥立よだような、そう云った意味合いです。何一つ変わらない今迄いままで通りの世界に、ぽつんと異常なゆがみが在るような……そう云う、大変形容し難いものでして、意図せず所々に想像上の恐怖が混入してしまうかもしれません。ただ、寸分すんぶんたがわず、一言一句正しくあの事象について話そうと努力致します。

 貴殿きでんと共に外へ出て、あの普遍ふへん的な日常が蔓延はびこり——炎のごとく燃えて、我々をつんざこうとする太陽、正反対に、静かに見下ろしてくる月、の仲を取り持つように遠くをながめているねずみ色の雲——の全てが一つの絵の中にまとまっているあの場所で、私は少しばかりの異変を感じたのです。普段通らない曲道まがりみちに、転がり固まり動かなくなってしまった、小さな小さな遺体のような物を見付けたのです。嗚呼ああ、いや、遺体と云うのは人間の肉片とかではなく、まあ虫のような物で御座ございます。の事について貴殿きでんに申しますと、「見て来い」と言われましたので、私はおおせのままにあの場所へと向かったのです。其処そこまでは、貴殿きでんと何一つ変わらぬ記憶でありましょう? ええ、はい。合っておりますね。私はず、の遺体の方へと向かいました。近付いて深くじっくりと観察してみれば、れははちの死体でありました。丸まって、まるで胎児のようたたずんでおりまして、特にっかけた部位は無く、何の変哲へんてつも無いただの死体でした。少々めずらしい物だなとも思いましたが、摂理せつりは常に在るものですから、ほど違和感いわかんは有りませんでした。れで終われば良かったものの、ふと、私はさらに奥を見てしまったのです。そして、恐れおののくとともに、みょう依存性いぞんせいの有る好奇心こうきしん違和感いわかんに取りかれてしまった――れがいけなかったのです。此処ここで引き返していれば、こうなる事も無かったでしょう。何もしていないのにふるえる足におどろきつつ、私は好奇心こうきしん圧倒あっとうされ、奥へと歩を進めてしまったのです。

 少々歩くと、不思議な現象に出会いました。円を作るように、互いに頭部を相手の毒針をくっ付けるようにからまって、互いにからまりをほどこうと――あるいは、無理矢理にでも相手を引きがそうともだうごめく、二匹のはちを見ました。両者ともひどく苦しんで、まるでうなっているようにもがいているもので、思わずおどろきの声を上げて狼狽うろたえてしまいました。あまりにもおぞましい惨状さんじょうだったもので、私はしばらくの間、唖然あぜんと硬直する他有りませんでした。ただ呆然ぼうぜんの場に立ち尽くして、目に映る悲惨ひさんな光景を、ただ只管ひたすらに見詰めていました。の時ようやく、とんでもない事に首を突っ込んでしまったのだと気付きました。矢張やはり引き返そう——そう思ったのですが、何故なぜか私はの気になれませんでした。の意思が可笑おかしい事にすら気付けませんでした。最早もはやき気をもよおような恐怖や、正常から外れた世界にさえ、とりこになってしまったようでした。の最中……私は、とても幸福に感じていました。高揚こうようした感情は全身をめぐり、興奮こうふんから来る身震みぶるいを引き起こし、の場で口をぽかんと開け目を大きく開き――私はそうして、形容しがたい心臓の高鳴たかなりが起こっているのを理解しました。の時には、恐怖などすでに限界を通り越して、逆になんとも無くなっていました。

 恐れる事を失った私は、さらに奥へと進みました。軽快けいかいな足取りではありませんでしたが、少し歩調が速かったような気がします。少しもしないうちに、新たなはちの死体を見付けました。最初に見たような死体でした。またこうも不可解な現象に遭遇そうぐうするのかと思っていれば、れに応答するように、またさいなまれるわけ御座ございます。さらの奥を見れば、さらに六匹分、はちの遺体が有ったのです。計七体、全てがあくたように道に転がっており、まだまだ地獄じごくが続く事を暗示あんじしているようで、私は悦楽えつらくと圧倒を感じる他有りませんでした。今一度考えてみれば、れが異常である事は一目瞭然いちもくりょうぜん。本当に、あの時は狂気にまれていたと感じます。思い出すだけでも、またあのようになってしまいそうで、もう恐ろしくてたまりません!

 申しわけありません、少々荒ぶってしまいました。大丈夫です、もう落ち着きました。思考にみだれは有りません、くるってもいません。いたって安静です。ですから、何も心配しないでください。私にしたとて、勿体もったいぶるだけです。さて、の続きでありますが、私は愉悦ゆえつかれてさらに奥へと進みました。今迄いままでに比べて、あのような虫達と会わない時間が多いように感じました。ため、当時の私はがっかりしていました。期待していたのに何も無ければ、失望しつぼうしてしまうのは当然の事でしょう。不貞腐ふてくさながら、ただ只管ひたすらに前へと進んでいると、矢張やはりまた新たな怪異と出会いました。地面に平伏ひれふように、胴体どうたいが、原形が分からないまでつぶれて、動かないのを良いことに無数の小物達に肉体を食われている飛蝗ばった——あわれな飛蝗ばったに向かって少しずつ進むが、の場にいつくばってもだうごめくしかできない蚯蚓みみずの二体と、邂逅かいこうたしました。異様で、みにくく、おぞましい! れらこそ、当時の私が追い求めていたものだったのです。醜悪しゅうあくさが私の好奇心こうきしんを満たすように、いびつに割れた隙間すきまに入り込み、やがて歓喜の骨頂こっちょうに達しました。言うなれば、自然と歌でも披露ひろうしてしまうような、余所よそを気にせず高々と笑い声を上げてしまうような、そんな状態でした。最早もはやの頃には、異常にまみれ、汚染おせんされ、れらが奇怪であるか如何どうかすら判断出来ず、まるで、私自身が怪異になってしまったようでした。嗚呼ああ、恐ろしくて恐ろしくて、もう如何どうにかなってしまいそうです! ほどまでに体がふるえた事が有ったでしょうか! いいや、有りませんでした! 嗚呼ああれは失礼。また可笑おかしくなってしまいました。すみません、気を付けます。はい。れで、改めて説明しますと、ず肉体の半分ほどつぶれ、の肉をらう小さな虫達に群がられた飛蝗ばったと、飛蝗ばったに向かうようにしての場でうごめいている蚯蚓みみずが居たのです。れは、今日見た何よりも奇怪でまわしく、なんともあわれで可笑おかしい、惨憺さんたんたる光景だったのです。

 の話は、もうぐで終わりにしましょう。そうしましょう。まだ話は終わりませんが、れ以上長く話してしまうと、我慢がまん出来ずに失神しっしんしてしまうかもしれません。いや、きっと失神するでしょう。間違まちがい無い。必ずそうなると確信しています。ですので、手短てみじかに残りの話をさせていただきます。

 ようやく、気付いた事が有りました。何者かが、此方こちらに視線を向けている感覚です。今迄いままでも、の視線は有ったでしょう。しかし、のふっとした瞬間、猛烈もうれつに感じたのです。一体何者かと思って、高慢こうまん面持おももちで視線の主の方へと振り向いた時、私は何か、背筋せすじが凍るような感覚におちいりました。視線の持ち主は、全身は黒く、大きさは少なくとも五寸ごすん以上、まるで煌々こうこう不穏ふおんな輝きを放っているような眼を持ち、大きな岩の側面にぴたりと張り付いている——れは、一匹の蜥蜴とかげでありました。いや、蜥蜴とかげだった事に驚いたのではありません。其方そちらの方を見てからも、しばらくの間は意味も無く見詰め続けていたのです。そうしたら、猛烈もうれつに気分が悪くなり、の場で金縛かなしばりのような感覚に陥りました。其処そこで、失っていた恐怖を改めて思い出したのです。もう、怖くて怖くて恐ろしくて、如何どうしようもありませんでした。すると突然、おびえている私の目の前に、何かが落ちて来ました。小枝です。一本の、私の身長の半分程度の大きさの、何一つ可笑おかしな箇所かしょの無い、ただの木の枝です。の枝が異常性を持っていたのではありません。私はさま上を見ました。何も居ませんでした。何本もの木々と、の奥にあいわらず存在している空だけで、動物と見られる存在はりませんでした。唐突とうとうな事象に、私はおののきました。の最中にも、また奇怪な出来事にさいなまれました。耳をつんざような鳥類の鳴き声、人間をはるかに超えるであろう巨体を持っているよう猛獣もうじゅう雄叫おたけび、正体の分からない未知の存在が発した鳴き声とも雄叫おたけびとも思える何か――れらが段々と聞こえ始め、やがの反響が極限きょくげんに達し、まるで洗脳されると分かっていながら洗脳を受けるような感覚を味わいました。其処そこようやく、はっと目が覚めたように感じ、ぐに貴殿きでんを待たせている場所に逃げることを決意しました。其処そこからの記憶はもうほとんど有りません。ただ只管ひたすらに通った道を引き返し、周りの事など一切気にせずに、かく走りました。言い表すなら、状況は違えど、メロスさながらの走りでした。いや、あれほどの速度ではありません、ただのように感じたのです。私が出せる速度はたかが知れているなど、貴殿きでんもご存じでしょう。さて、まあそうして私はの道を駆け抜けてきたのです。

 れがあの場所で私が経験した全てです。想像が混じっているかもしれませんが、言い足らない部分は有りません。さあ帰りましょう、そうしましょう。もう此処ここに居る必要は有りません。ずっと居たとて、何も良い事は有りません。私と同じようくるってしまうだけです。帰りましょう。もう此処ここには居たくありません。帰りましょう、帰りましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇怪報告 李夢檸檬 @ribo-lemon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ